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第二章 僕が彼女を『護』る理由

第41話 ずっと『一緒』にいたいから……。語られる少女の過去

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 徐にハウアさんはいつも着ているダスターコートを無造作に脱ぎ捨てると、筋骨隆々の身体が露になった。

 なんて鍛え上げられた肉体。以前より一回り分厚い。二の腕なんて赤ん坊の腰回りぐらいある。

「まさかハウアさん、ずっと鍛錬を積んで?」

「もしかしてずっと寝ていたのって……」

「おいおい下種の勘繰りは後にしろ。遠慮はいらねぇ! さっさとかかってきやがれっ!」

 ハウアさんと二度三度と組手を交わし、僕とアルナは3つほど技を習得した。

 そして明日の決戦に備え、体を休ませるためその日は解散した。


 もともとその日は用事があって、僕とアルナは一緒に病院へ向かう。

「こんにちは、リーシャさん、クロリス」

「お邪魔します」

「あら? ミナト、アルナ。今日も来てくれたの?」

 病室へと入ると、ちょうどリーシャさんが花瓶の水を変えている所だった。

 少しやつれているようにも見える。ご主人が入院中となれば仕方がない。

 実はここ数日はほぼ毎日のお見舞いに行っている。

 それは僕達二人が罪悪感めいたものを抱えているからなんだけど。

 早々クロリスがとことこと歩いてきて、アルナの膝に座った。

「クロリスは今日も元気だね」

 最近はアルナの方に懐いていて、ちょっと悔しい。

「ヘンリー。今日はすこし顔色がいいみたい」

 しかしヘンリー教授は依然として昏睡状態のまま。もうかれこれ半月は経過している。

 正直このまま意識がもどらないんじゃないかという一抹の不安がよぎってしまう。

 だけど一番不安に感じているのは奥さんであるリーシャさんだ。

 だから口が裂けてもそんなこと言えない。

「でもよかったわ。二人が来てくれて」

 リーシャさんは愛おしそうに自分の夫の髪を撫でた。

「近々病院を移ることになったの。ハウアの紹介でね、エレネス公国に腕のいいお医者様がいるからって」

「そうなんですかっ! ハウアさんそんなこと一言も……」

「あら? そうなの? きっとハウアは貴方達に余計な心配を掛けまいと、気を遣ったんでしょうね」

 なぁんだ。ハウアさんも僕等に内緒でちょくちょく病院へと足を運んでいた理由はそれかぁ。

「ただ容態が安定したばかりだから、まだ少しこっちに居るけど、そしたらしばらく会えなくなるわね」

「エレネス王国の何処です? 前に一度話したと思うんですけど、エレネスは僕の故郷なんです」

「そうだったわね。転院先は首都アルディーナのブリューシェイア国立医科大学病院なの」

 ブリューシェイアといえば最先端医療の研究をする医科大学じゃないか。

 大規模な病棟も併設されていて、諸外国から重病人を受け入れていることで有名な大学だ。

 まさか理不尽大王で名高いハウアさんが超有名大学と繋がりがあるなんて。まったくの謎だ。

 確か実家のある田舎町のリュタイフからアルディーナまで鉄道が通っていた筈。

 だいたい2時間ぐらい。いけない距離じゃない。お金は掛かるけど。

「じゃあ、近いうち帰る予定なんで、そしたらお見舞いに行きますね」

「……私も着いてっていいかな?」

「もちろんだよ。アルナに見せたいものがいっぱいあるんだ」

「うんっ!」

 なんか久しぶりにアルナの満面の笑顔を見た気がする。

 なぁんて考えてたら生温かい視線を感じて振り返ると、リーシャさんがにやにやしてた。

「ちょっと安心。アルナと最初に会ったとき、すごく落ち込んでいたみたいだったから、良かったわ。元気になって」

「そんな……」

 最初はやつれたリーシャさんだったけど少し笑みが見れて安心した。

「ただリュタイフからだと結構あるでしょう? 無理しなくていいのよ。さてと、私達は大丈夫だから、二人ともそろそろ戻りなさい」

「え、いやぁ、まだ来たばかりですし……」

「そうです。もう少しいさせてください」

「……ミナトもアルナも気が気じゃないって顔に書いてあるわよ」

 正直、儀式のことが気掛かりでしょうがない。

 まさかいとも簡単に見破られるなんて。

「貴方達が何をしようとしているかは聞かないわ。だけどそれって大事なことなのでしょう? 二人にしか出来ないことなのでしょう?」

 一緒に頷いた。現状《黒蠍獅》を倒すことは僕等でしかやれないこと。

「なら自分達のやるべきことやりなさい。でも決して無理はしないで」

 と、リーシャさんから背中を押され、僕とアルナは病院を後にした。

 それと今日、医師から肋骨が完全にくっついたとお墨付きを貰い、胸の窮屈さから解放された。

「良かったね。固定帯が取れて」

「うん、アルナが毎日鍼治療してくれたお陰だよ。準備万端、心置きなく明日を迎えられる」

 決戦に備えて早めに寝ることにした僕達。

 やれることは全てやった。共震の感覚も忘れていない。

 すこし緊張はあるけど、それはそれだけ万全の準備をしたからだ。

 床に就こうとしたら、カーテン越しにふとアルナが――。

「ねぇミナト……貴方に話しておきたいことがあるんだ。聞いてくれる?」

「え、あ、うん、えっと、なに?」

 何かと思ったよ。けどアルナは続けて。

「……私が今までどんな風に生きてきたのか」

「別に無理して話す必要なんかないよ? アルナにとってつらいことなんでしょう?」
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