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第三章 『新』展開! 『新』関係! 『新』天地!

第64話 追伸。これから先、ずっと彼女を『護』り続けるたったひとつの方法

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 無意識に上げた声にならない悲鳴で、構内中の人の視線を一斉に浴びる。

 ああっ! 顔が熱いっ!!

「あははっ! ミナトってば変な声、おっかしぃ~」

 その所為でアルナにお腹を抱えて笑われて、ああっ! 耳も熱いっ!!

「わ、笑うこと無いじゃないかぁ~」

「ごめんごめん……それじゃあ帰ろ? ミナト」

 少し照れたように、はにかんだアルナはいつかのように僕の手を取り歩き出した。



 退院から3日が過ぎ――前とは少し違うけど穏やかな日常が戻ってきた。

 アルナは以前より笑顔が増えた気がする。

 彼女自身、気持ちの上では家と縁を切ったことで、きっと肩の荷が下りたんだと思う。

 だけどアルナ自身いずれ向き合わなきゃいけないとは考えているみたい。

 最近では実の両親のことや、自分の本当にやりたいことで思いを巡らせている様子だった。

 でも結論を急ぐ必要なんてない。

「ミナト」

 呼びかけられ振り返るとアルナがいた。

 彼女の手にはいつか見たバスケットが握られていて、芳ばしい匂いが漂ってくる。

 今日はこの後久しぶりに公園で一緒に食事する約束なのだ。もちろん前とは別の。

 正直なところ仕事の間ずっとお腹が空いてどうしようもなかったんだ。

「ごめん。待った?」

「ううん、ぜんぜん!」

 師匠が言っていた。こういうときはそう言うもんだって。

「う~ん、なんか嘘っぽい……?」

「そ、そんなこと無いよ?」

 怪訝な目で見つめられ、ちょっとドキッとした。

「それよりもさ! さっき協会の前で、ほら、三人組の子達を見かけたんだけど、大丈夫だった?」

「ああ、うん……寄宿学校の時のこと、お礼と謝られただけだよ」

「それだけ?」

「うん、それだけ」

 とりあえず一安心。まぁあの彼女達が何をしようが、アルナなら軽くあしらえるだろうし。

 ただ、お礼なんてしてこないかもしれないって思っていたけど、人って見かけによらないもんだなぁ。

 ここ数週間でそれが十分すぎるくらい理解できたけど。

「けど、あまり人に感謝されたことなかったから、未だにどんな顔していいか分からないんだよね……」

 そっか。たまに感謝の言葉を贈ると儚そうにしていたのはそういう理由だったんだ。

「でも、なんでミナトがそれ知っているの? 仕事中だったでしょ? さてはサボってたなぁ~」

「ち、違うよ。途中偶然見かけただけだって」

「ほんとにぃ~? あやしいなぁ~でも、まっ! そういうことにしておいてあげますか」

 ふっと胸をなでおろす。

 現在アルナは僕と一緒に協会で仕事をしているんだけど、主にグディーラさんと一緒に筆記の対策をしている。
 
 今度の依頼達成で免除されたのは実技をみる1次、2次のみ。

 あれは平均的な知性を図るものだし、多分大丈夫だろう。

 けどちょっと煮詰まってる感じだった。

「大丈夫? グディーラさん、ああ見えて結構厳しいところあるから」

「平気だよ! あともう一息! 後はハウアさんが言っていた5千万の依頼を達成するだけだもん。頑張る」

 先日、その情報を得て、翌週早々出かける予定だ。

 潜伏先はエレネス王国王都のアルディーナ。

 なんでも先にヴィンダさんが行って動向窺っておくとか。

 どうも本部の方で配属の関係で、一都市にB級以上は一人までに決まったらしい。

 家族のいるレオンボさん以外は転属を命じられるのでそれに合わせたとか。

 後日入れ替わりで新人が数名配属されるみたい。

 ようやく先輩って呼ばれていたかもと思うとちょっと悔しい。

 途中しばらく休養を兼ねて実家のあるリュタイフに帰る。もちろんヘンリー教授の見舞いにも。

 ヴィンダさんと言えばお見舞いに来てくれた時はそりゃぁ大騒ぎだった。

 相変わらずところ構わず僕を自分の胸に埋めようとするんだもんなぁ。

 おまけにアルナとセイネさんとも鉢合わせして、なんだか生きた心地がしなかったよ。うん。

 でも最後二人で「あれは敵」とかよく分からないこと言って、なんか意気投合して見えたけど。

 あれは何だったんだろう?

 するとそうか。セイネさんとも会えなくなるんだ。あとで挨拶に行こう。

「そっか、そしたら来週、ミナトの故郷にも寄るんだよね。いいのかな? 私なんかがお邪魔して、ご両親に嫌じゃない?」

「そんなこと絶対ないって。父さんも母さんも、町のみんなも有角種だとか全然気にしない。混血の子もいっぱいいるし、だから安心していいよ」

「うん、ミナトもいることだしね」

 そう言うとアルナは大胆にも腕を絡めて、ヤバ……心臓が! 愛しくて堪らない。

「そ、それにしてもいい匂いだね。今日は何かな? これは……古老肉?」

 少し手を伸ばしただけなのに、避けられた。

「だ~め、着いてからのお楽しみ。さぁ行こ? お空いちゃった」

「あっ! 待ってよアルナ」

 でも嬉しい。アルナに笑顔が戻ってきてくれて。命を賭けた甲斐がある。

 目的地である公園を手前にして、霊気バスが横切る。

 巻き上げた風が彼女の前髪を優しく撫で、澄んだ青い瞳と目が合った。

「どうしたの? 私の顔に何か付いている? ずっと見つめられたら恥ずかしいよぅ」

「ご、ごめん。安心したからつい……ははは、なんでもないんだ。気にしないで」

「変なミナト、ほら行ったよ。今のうちに!」

 とにかく今はアルナの特製ランチを堪能しよう。

 いつか戦いとかそんなものからも一切離れて、穏やかな日々を過ごして欲しい。

 そしてゆっくりと普通の女の子として、幸せになってくれればいい。

 僕等にはまだ何十年という時間があるんだから。
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