玻璃色の世界のアリスベル

朝我桜(あさがおー)

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第一章 フラジオレットな少女と巡る旅の栞

第11話 光あふれた水の漲り

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 アリスの漕ぐ手漕ぎ舟スケーレンに揺れること数刻。

 森を抜ける寸前、目に沁みるほどの強烈で白く温かい日差しに僕は目を覆う。

 徐々に目が慣れて、見えてきた景色に僕は息を呑んだ。

「どう、凄いでしょ?」

「あ、うん……これは何と言うか壮大……」

 いくつ言葉を重ねても言葉の方が霞んでしまう程の、見るもの全てを圧倒するほどの絶景に、僕は胸が激しく打たれる。

 青い宝石を散りばめたかのような、切り立った鋭い岩山が連なり、その頂には白粉の様な照り輝く雪が積もっている。

 岩山を青く漲ってゆるゆると温和に川が流れていく。

 木の温もりが包み込んでいた樹上の町とは違い、今度は凛と張り詰めた空気が山も空も森も、玲瓏と澄み切っている。

 僕はその大自然の作りたてのような清浄な空気を大きく息を吸い込んで、肺に新しい空気で満たした。

 火照っていた身体が次第に冷めていく。ゆっくりと吐き出していくたび、身体の隅々から穢れが吐き出されていくようだった。

 空は抜けるように蒼くて、この世界に来た時、まさにアリスが言っていた通りだった。

「この世界は本当に透明だ」

「私もね、初めて地球の種子島の海と空を見た時、同じことを思ったよ。この世にこんな綺麗な空と海があったなんてって……」

 オールを持って船尾に立つアリスは、悠々とした佇まいで景色を僕と同じように眺めている。

「互いに単一粒子だと思い込んで、互いの世界に複雑で多様性に富んだ世界が広がっていると思っていなかった二つの生命が、それぞれの世界を見て同じことを思って偲ぶことが出来るなんて素敵ね」

 にこやかな笑顔を振りまくファイユさんの言葉に、僕とアリスは顔を見合わせる。

 意図せず抱いていたシンパシーに僕らは自然と気恥ずかしくなり、顔が火照っていくのが分かる。

「そ、それはそれとして、フェイさん。フィヴォーアを持ってくるようにって言っていたけど? 何に使うの?」

「うふふ、それはまだ秘密よ」

「フィヴォーア?」

「うん、地球だとヴァイオリンに似た楽器だね。昔は40歳を迎えた時が成人とされていたんだけど、みんなそれに合わせて自分の楽器や唄を作るのが、この世界の代表的な習わしなんだ」

 民族や家系によって製作する楽器や唄は様々で、アリスの家系はフィヴォーアというヴァイオリンに似た擦弦楽器を作るのだという。

 大体の人が学校の授業で課題として作成するらしいのだけど、アリスは自分が育った森から取れる素材だけに こだわって作ったらしい。

 確かにアリスの持ち物の中には、昼食のバスケットと一緒に木製の手提げ四角い重そうなケースがある。

 アリスまたしばらく進んだ後、深い森の手前の岸辺に手漕ぎ舟スケーレンを止めた。

「これからどこに行くの?」

「それを先に言ったらつまらないよ」

「そうね。実は私もこの先は行ったことが無いからとても楽しみよ」

「そうなんですか? てっきりフェイさんは知っていると思った」

「ヘルトアルヴェでもこのベアトリッテ・パオリスティン国際自然公園は有数の広さだから、流石にガイドの私でも全てを熟知していないわ」

「ヘルトアルヴェ?」

 また聞きなれない単語が出てきた。

「えっとね。実はこの森はベアトリッテ・パオリスティン国際自然公園と言って、ヘルトアルヴェ。地球で言うところの世界遺産になっているんだ。総数は……あれ、いくつだったけなぁ」

「総数は現在1299件ね。守るべき生態系などを指す 自然ナウトゥラ 遺産アルヴェと文化的な景観や後世に伝えるべき歴史的な遺産などを指す 文化メントゥラ 遺産アルヴェに分かれるの。因みにベアトリッテ・パオリスティン国際自然公園は自然遺産になるわ」

「流石ガイドさんですね」

「ごめんなさい。アリスちゃんがガイドする筈だったのに……」

「そんな、私も勉強になります」

 朽ちかけた葉っぱの土のような匂いが充満する銃原生林の中、僕らは獣道をかき分け進んでいく。

 獣道はあちこち窪んで油断していると足を捕られそうだ。

 この世界の住人だけあってアリスとファイユさんは顔色一つ変えず、鼻歌交じりに進んでいく。

 怪我してからと言うもの、運動という運動を殆どして無かった僕には少々きつい山道だった。

「大丈夫? 少し休もうか?」

「大丈夫。なんだろう、久しぶりに運動した気がする」

 息を切らせている僕を気遣うようにアリスが声を掛けてきて、少し情けないような気持になった。

 けどその疲労感は久しぶりに運動を楽しむような心地良い感覚で、息の切れ方も悪くないような気がする。

 遠くで枝が「ポキン」と鳴った。

 咄嗟に振り返ると、驚愕のあまり腰を抜かすのも忘れ、現れた存在に僕は立ち竦んだ。

 その存在の上半身こそ麻の服を纏うブロンド髪の女性だが、その下半身は巨大な蜘蛛だった。

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