19 / 44
第二章 パッショナートな少女と歩く清夏の祭り
第18話 嵐のような夏の昼下がり
しおりを挟む
晴れ渡った炎天の空、大気を引き裂く飛行機の轟音の雨が降る7月の昼下がり――
「今までありがとうございました」
「鷹野君はとても真面目で、よく働いてくれたのに残念だ」
「でも、やりたいことが出来たので」
「そうかい、青春だ。若いうちに何でも試してみるといい。応援しているよ」
僕はスペクリムから帰ってきた翌日、バイト先へ辞めることを伝え、話し合いの末7月末をもって辞めることになった。
今日は最後のバイトの日。お世話になった店長へ頭を下げ、僕は店に後にする。
「おかえりっ! お疲れ様っ!」
店内の扉の前でバイトの終わるのを待っていてくれていた金髪の少女、アリスはいつもの屈託のない笑顔を見せる。
「ありがとう。これからはファイユさんの手伝いに専念するよ。悪かったね」
「ううん、それじゃあ、打ち合わせしよっか」
今日は奇遇にもファイユさんの会社設立日で、しかも新しく発見された遺跡の観光案内で忙しい。
設立して早々、繁盛してとても順調なのだけれど、今後の事を考えると心もとない。
なのでファイユさんからの指示で、今のうちにアリスと一緒に僕は次の企画を練ることになった。
流石にバイト先だったファミレスを使うのは忍びないので、喫茶店で話し合う事になったのはいいんだけど――
「どこにしよっか? 目移りしちゃうっ! 夏だからやっぱり、北方にある町アニアの『オーロラが導く氷鏡の道』が良いかな。それとも翠玉のウェルノダ海に浮かぶ常夏のラツェン諸島がいいかな」
他社から拝借してきたという観光パンフレットを揚々と眺めるアリスと対照的に、僕はスマホを翳しながら見なければならず、冷房の効いた喫茶店と屋外ぐらいの温度差がある。
なぜならパンフレットは『スペクリム』の標準語であるノール語で書かれていて、僕は某宇宙センターの職員、絢さんから貰った自動翻訳アプリを使わなければならなかったからだ。
幸いアプリはスマホを翳すだけで、現地語の上に日本語訳が表示されるようになっている。
でも日本語には翻訳できない言葉もあるので完璧じゃないけど。
「ナノマシンで文字を読めるようになればいいのに……」
「それは無理だよ。前にも言ったけど、日本の国語辞典のデータを脳の海馬に焼きこむこようななもんだよ? そんなことしたらどんな障害が出るか分からないもん」
「だよね」
以前からそのことは聞いていた。アリスの話だと中枢言語と外的言語とがあって、音声言語はただの記号なので脳の領域を殆ど使わないのだとか。
速い話ナノマシンを注入されたのは、聞くだけで英語が話せるようになる教材の超高速版のようなものなのだそうだ。
しばらく眺めていた僕は観光雑誌のあるページに目が留まる。
「白い砂漠と情熱の太陽の町……何て読むんだ? これ?」
「ああ、ヴィスルだね。あそこ白い砂漠の中に白い建物が並んでいて、日が傾くと赤く染まる綺麗な町だよ。私も一度いったことがあるけど、暑くて長居が出来なかったなぁ~」
アリスは地球に来るまで各地を放浪していたらしい。
大切な人を亡くしたことでとは聞いていたけど、少しだけアリスの大切だった人というのが僕は気になった。だけど口にするの 憚れた。
「ねぇ? もしかしてこの子、ソラトの友達?」
「えっ?」
急にアリスが外を指したので、嫌な予感をしながらも視線を動かす。
「愛花っ!」
喫茶店の窓硝子に幼馴染の愛花が張り付いていた。
普段は下げてある髪を今日はツインテールにしていて、額には青筋を浮かべて僕を睨みつけている。
それにしても何で怒っているんだ?
というか何でここにいる?
今の時間帯は部活じゃないのか?
今にも乗り込んできそうだったので僕は散乱したパンフレットをさっさと片付ける。
案の定、不機嫌な顔つきまま愛花は店内に乗り込んできて僕らの前に立ち塞がる。
「何やってんのよっ! こんなところでっ! 聞いたよソラトっ! バイト辞めたんだってっ!?」
「速っ! ついさっきの事だよそれっ!?」
「さっきフリーチェに行ったら店長が教えてくれたのっ!」
フリーチェというのはさっきまで僕のバイト先だったファミレスの事だ。
「宙人がやりたい事があるから辞めたって聞いて何かと思ったら女子と遊ぶことっ!? いやらしいっ!」
とんでもない誤解をしている。勘弁してほしい。
愛花は相変わらずこういう早とちりするところがある。
省吾も大変だろうなぁ……
「誤解だよ。僕は旅行会社でバイトすることになったから、今やっているのは資料整理。彼女は隣のクラスの鏡宮アリスさん。一応僕の先輩」
「よろしくねっ!」
「あ……そうだったのっ!? あはは、ごめんねぇ~」
ばつの悪そうに笑ってごまかすのはいつもの事だ。
「ところで何で愛花がこんなところにいるんだよ? 部活は?」
「今日は半日だから」
「半日?」
半日なんて、1日休めば、取り戻すのに3日かかる――なんて言われているのに、そんなことで大丈夫なのか?
僕の心配とは裏腹に愛花から返ってきた言葉は意外なものだった。
「宙人のことがあったから、しっかり休息を入れるようにして、質の高い練習をするように心がけているの」
愛花はどこかやるせなさそうな顔をしている。
つい最近まで自分の事で精一杯だった自分が、この時愛花の心配をしていることに気付く。
言葉に言い表せないとても不思議な感じだ。
「今までありがとうございました」
「鷹野君はとても真面目で、よく働いてくれたのに残念だ」
「でも、やりたいことが出来たので」
「そうかい、青春だ。若いうちに何でも試してみるといい。応援しているよ」
僕はスペクリムから帰ってきた翌日、バイト先へ辞めることを伝え、話し合いの末7月末をもって辞めることになった。
今日は最後のバイトの日。お世話になった店長へ頭を下げ、僕は店に後にする。
「おかえりっ! お疲れ様っ!」
店内の扉の前でバイトの終わるのを待っていてくれていた金髪の少女、アリスはいつもの屈託のない笑顔を見せる。
「ありがとう。これからはファイユさんの手伝いに専念するよ。悪かったね」
「ううん、それじゃあ、打ち合わせしよっか」
今日は奇遇にもファイユさんの会社設立日で、しかも新しく発見された遺跡の観光案内で忙しい。
設立して早々、繁盛してとても順調なのだけれど、今後の事を考えると心もとない。
なのでファイユさんからの指示で、今のうちにアリスと一緒に僕は次の企画を練ることになった。
流石にバイト先だったファミレスを使うのは忍びないので、喫茶店で話し合う事になったのはいいんだけど――
「どこにしよっか? 目移りしちゃうっ! 夏だからやっぱり、北方にある町アニアの『オーロラが導く氷鏡の道』が良いかな。それとも翠玉のウェルノダ海に浮かぶ常夏のラツェン諸島がいいかな」
他社から拝借してきたという観光パンフレットを揚々と眺めるアリスと対照的に、僕はスマホを翳しながら見なければならず、冷房の効いた喫茶店と屋外ぐらいの温度差がある。
なぜならパンフレットは『スペクリム』の標準語であるノール語で書かれていて、僕は某宇宙センターの職員、絢さんから貰った自動翻訳アプリを使わなければならなかったからだ。
幸いアプリはスマホを翳すだけで、現地語の上に日本語訳が表示されるようになっている。
でも日本語には翻訳できない言葉もあるので完璧じゃないけど。
「ナノマシンで文字を読めるようになればいいのに……」
「それは無理だよ。前にも言ったけど、日本の国語辞典のデータを脳の海馬に焼きこむこようななもんだよ? そんなことしたらどんな障害が出るか分からないもん」
「だよね」
以前からそのことは聞いていた。アリスの話だと中枢言語と外的言語とがあって、音声言語はただの記号なので脳の領域を殆ど使わないのだとか。
速い話ナノマシンを注入されたのは、聞くだけで英語が話せるようになる教材の超高速版のようなものなのだそうだ。
しばらく眺めていた僕は観光雑誌のあるページに目が留まる。
「白い砂漠と情熱の太陽の町……何て読むんだ? これ?」
「ああ、ヴィスルだね。あそこ白い砂漠の中に白い建物が並んでいて、日が傾くと赤く染まる綺麗な町だよ。私も一度いったことがあるけど、暑くて長居が出来なかったなぁ~」
アリスは地球に来るまで各地を放浪していたらしい。
大切な人を亡くしたことでとは聞いていたけど、少しだけアリスの大切だった人というのが僕は気になった。だけど口にするの 憚れた。
「ねぇ? もしかしてこの子、ソラトの友達?」
「えっ?」
急にアリスが外を指したので、嫌な予感をしながらも視線を動かす。
「愛花っ!」
喫茶店の窓硝子に幼馴染の愛花が張り付いていた。
普段は下げてある髪を今日はツインテールにしていて、額には青筋を浮かべて僕を睨みつけている。
それにしても何で怒っているんだ?
というか何でここにいる?
今の時間帯は部活じゃないのか?
今にも乗り込んできそうだったので僕は散乱したパンフレットをさっさと片付ける。
案の定、不機嫌な顔つきまま愛花は店内に乗り込んできて僕らの前に立ち塞がる。
「何やってんのよっ! こんなところでっ! 聞いたよソラトっ! バイト辞めたんだってっ!?」
「速っ! ついさっきの事だよそれっ!?」
「さっきフリーチェに行ったら店長が教えてくれたのっ!」
フリーチェというのはさっきまで僕のバイト先だったファミレスの事だ。
「宙人がやりたい事があるから辞めたって聞いて何かと思ったら女子と遊ぶことっ!? いやらしいっ!」
とんでもない誤解をしている。勘弁してほしい。
愛花は相変わらずこういう早とちりするところがある。
省吾も大変だろうなぁ……
「誤解だよ。僕は旅行会社でバイトすることになったから、今やっているのは資料整理。彼女は隣のクラスの鏡宮アリスさん。一応僕の先輩」
「よろしくねっ!」
「あ……そうだったのっ!? あはは、ごめんねぇ~」
ばつの悪そうに笑ってごまかすのはいつもの事だ。
「ところで何で愛花がこんなところにいるんだよ? 部活は?」
「今日は半日だから」
「半日?」
半日なんて、1日休めば、取り戻すのに3日かかる――なんて言われているのに、そんなことで大丈夫なのか?
僕の心配とは裏腹に愛花から返ってきた言葉は意外なものだった。
「宙人のことがあったから、しっかり休息を入れるようにして、質の高い練習をするように心がけているの」
愛花はどこかやるせなさそうな顔をしている。
つい最近まで自分の事で精一杯だった自分が、この時愛花の心配をしていることに気付く。
言葉に言い表せないとても不思議な感じだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる