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第1章「分身能力の真価」
1話「やべっ、バイトの時間だ!」
しおりを挟む男ならば誰もが一度は妄想したことがあるはずだ。
クラス一巨乳な女子の胸を揉んでみたい。学校一のマドンナとヤってみたい。好きなアイドルの乱れた姿を見てみたい……と。
イケメンで高いコミュ力を持っていれば可能性はあるのかもしれないが、普通ならそんなうまい話はない。フツメンで特質したコミュ力もない俺は両方とも持っていない。
なんらかの奇跡でも起きれば実現可能なのかもしれないが、そんなうまい話もあるわけない。
そう思っていた。今日この時まではーーー
『おめでとーございます!あなたは選ばれました!』
「……えっ、誰?」
誰もいないはずの一人暮らしのアパートの一室。
いつも通り学校から帰宅すると、そこには紳士服を纏った人間?らしきものが立っていた。
なぜ人間らしきものかと言うと、首が枝分かれして木のようになっており、その先端には顔がたくさんついているのである。
作り物だと思うのだが、妙にリアルだ。よくできている。
『随分と落ち着いてるわね~。驚かないの~?』
「いや、めちゃくちゃ驚いてますよ。驚きすぎて、逆に冷静です」
いつでも逃げられるように部屋の入り口で様子を伺っていると、おっとりとした表情の顔が話しかけてきた。
先程話しかけてきた陽気な顔とは別の顔だ。そんな機能まであるとは、本当によくできている。
『冷静な子は嫌いじゃないわよ』
『驚かない……残念……』
『中々肝が据わってるじゃねぇか!』
他の顔も次々と話出し、ガヤガヤと盛り上がりはじめた。
『みなさん少しお静かに。長男である私が説明しますので』
最初に話しかけてきた陽気な顔がそう言うと、他の顔は話すのをやめた。
『まずは挨拶からですね。はじめまして、私は"兄妹の悪魔"と申します』
「あ、はじめまして、『天田ブンタ』です」
たくさんの顔。兄妹の悪魔という謎ワード。そして不法侵入。
色々と聞きたいことが多すぎるが、とりあえず俺も名乗り返した。
『ふふふっ、このような状況で冷静なのは本当に素晴らしいですね。あなたを選んで良かったですよ』
「あ、はぁ……」
『私がここにいられる時間は限られておりますので、早速説明させていただきますね』
「説明ですか?」
『はい。まず、あなたは10名の能力者達による戦いの参加者として選ばれました。そしてたった今、私の能力の一部を授けましたので、あなたは能力者となりましたよ』
「は?……うわっ!」
自称悪魔の説明を聞いていると、頭の中に能力の説明が流れてきた。
能力名:『分身Lv.1』
触れた対象の分身体を常に一体まで作り出せる。
分身体に自我はないが、使用者の命令に必ず従い、使用者の意思で消す事もできる。
分身体が死ぬようなダメージを受けた場合は消失し、再出現には1日を要する。
「分身……能力?」
頭の中に流れてきた説明を見ながらそう呟いた。
不思議なことに、能力の使い方も本能的に理解できる。あまりにも非現実的だが、こいつは本当に悪魔なのかもしれないな。
『あなたには悪魔達から能力を与えられた他の9名の能力者を倒し、この戦いに勝利していただきたいのです!……というのが大まかな説明ですね。何か質問はございますか?時間はありませんが、可能な限りお答え致しますよ?』
「めちゃくちゃあります。まずこの戦いから辞退……」
『それは残念ながら不可能です。悪魔に選ばれてしまったのが運の尽きだと思って受け入れていただくしかありません』
食い気味にそう答えられた。得意げな笑みがムカつくな。というか、不法侵入者に敬語は必要ないか。
「それじゃあ、故意に敗北して脱落しようとするのは大丈夫か?」
『可能ですが、それをすぐに望む参加者はおそらくいないと思われます。実際に使っていただければ分かると思いますが、我々が与える能力とはそれほどまでに魅力的なものですので』
凄い自信だ。まぁ、辞退するかどうかは後で能力を使ってから判断するとしよう。
「まだ質問があるんだが、他の能力者を倒すって具体的にどうすればいいんだ?」
『"倒す"という定義は多々ありますが、この戦いにおいては"相手に敗北を認めさせる事"が勝利条件となります。能力者を倒せば能力のレベルが上がりますので、それを見て勝利を確認していただくのが安全と思われます。ちなみに相手の殺害も勝利とみなされますので、私としてはそちらの方がオススメですね』
予想はしていたが、悪魔というだけあってだいぶ血生臭いな。
俺はもちろん殺害などしたくないが、物騒な能力者がいたらどう攻めてくるかわからない。
「他の能力者にも俺と同じ分身能力があるのか?」
『いえ、参加者の能力は私を含めた10体の悪魔の能力に由来するものですので全て異なります。残念ながら、他の参加者の能力をお教えする事はできません』
他の参加者の能力がわからないのは厄介だな。この分身能力は中々優秀そうなので、少なくともこれと同等かそれ以上の能力だと考えるほうがいいだろう。
「それじゃあ、この戦いの目的はなんだ?そもそも俺が頑張る意味はあるのか?」
『おっと、その2つの質問はとても大切な事ですね。大変失礼致しました。まずこの戦いの目的ですが、我々悪魔の喧嘩のようなものです』
「喧嘩?」
聞くと、こいつを含めた10体の悪魔は結構凄い存在らしく、少し喧嘩をするだけで周囲に甚大な被害が出るらしい。
そのため、代理戦争ならぬ代理喧嘩として自分達の選んだ人間に能力の一部を授け、代わりに戦ってもらう事にしたそうだ。
『そして天田様が頑張る意味についてですが、この戦いの優勝者にはもちろん褒美が与えられます』
「それはなんだ?」
『我々10体の悪魔によって叶えられる範囲の願いを1つだけ叶えて差し上げるというものです。ちなみに、我々が力を合わせれば時間や次元の操作もある程度可能ですので、タイムトラベルや理想の世界への転移といった願いでも叶えて差し上げられますよ』
「願いか……」
とりあえず今は思いつかないので、もし優勝できたら考えるとしよう。
あとは……
「……この戦いに時間制限はあるのか?」
『ございませんよ。遭遇率を上げるためにこの小さな島国だけで参加者を選んでおりますが、どれほどの時間がかかるかはわかりません。補足ですが、参加者同士は互いの能力の影響を受けませんので探知系の能力で場所を探られる事はございませんよ』
「まじか……」
この小さな島国ってことは、能力者は日本にだけいるらしいな。
探知系の能力者に場所を探られる心配がないのは安心だが、日本国内でも結構な広さがあるのでどれくらいの時間がかかるか本当にわからない。
下手すると何十年もかかるかも知れないな。
『我々にとっては1年も100年も誤差の範囲ですので、ゆっくり勝敗を決めていただいて構いません。ですが、天田様が考えるよりも早くこの戦いが終わると我々は予想しております』
「その理由は?」
『人は傲慢で欲深い生き物です。与えられた能力の有用性を知ってしまえば、さらに高いレベルを求めるようになり、戦いは加速していくと考えております』
「なるほどな……」
その意見は正しいかも知れない。実際、まだ使ってもいないのに『分身Lv.2』の効果はどんなものなのかと気になっている自分がいる。
『そろそろ時間ですね。次が最後の質問となりますが、何か聞きたい事はございますか?』
「それじゃあ最後に……どうして俺を選んだんだ?」
自分で言うのもなんだが、俺は平々凡々な普通の高校2年生だ。
一人暮らしの生活費をバイトで稼いでいるという点は普通ではないかも知れないが、それ以外は本当に普通でなんの取り柄もないただの高校生である。
そんな俺がこの悪魔に選ばれた理由がいまいちよくわからない。俺よりも優勝できる可能性のある人間などたくさんいるはずだ。
『ふふふっ、それは天田様が抱いている欲望が私の能力にとても合っているためですよ』
「俺の欲望が、合っている?」
『おっと、もうお時間ですね。そういえば伝え忘れておりましたが、敗北した場合はもちろん能力を失うことになります。それでは、健闘を祈っております』
「えっ、ちょっ……!」
悪魔はそう言い残し、消えてしまった。
最後の質問の答えはよく分からなかったが、必要なことは大体聞けたので良しとしよう。
「やべっ、バイトの時間だ!」
今日はシフトがある事を思い出した俺は、急いで支度をしてバイト先へと向かったのだった。
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