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再びお隣さん
「小豆畑さん!」
美里は廊下の気配をずっと玄関扉の前で探っていた。足音を感じて扉を開けると、水分を含み重くなったスウェットを脱ぎながら歩いてくる庄太郎を見つけた。
「わっ!ビックリした!」
いきなり、勢いよく隣の玄関扉が開いたものだから、庄太郎の心臓はバクバク鳴った。
平静を装い、庄太郎は髪を手櫛でかきあげる。思いの外、雨は降っていたようで、髪もしっとり湿っている。
「どうしたの?春山さん」
春先の夜は冷えるのにもかかわらず、庄太郎は半袖のTシャツだ。
「あっ、ちょっと待ってください」
急いで戻ってきた美里から庄太郎は畳まれていたタオルケットを差し出される。
既視感
庄太郎は朝と逆の立場だなと苦笑する。
「これっ!あっでも家の前でしたね。引きとめて、ごめんなさい」
何と表現すれば当てはまるのだろうか、庄太郎は首を傾げる。そう、美里の小動物のような健気さが庇護欲をそそるのだ。
上目遣いの円な瞳が庄太郎には眩しい。
「いやいや、ありがとう。あっでも、使っても良いのかな?」
庄太郎が美里の目の前で広げると可愛らしいウサギのフードがついている。
「はいっ!」
美里が満面の笑顔で返事をするもので、庄太郎は断りづらく羽織ることにした。
「でっ、何か話があるの?」
「あっ、今日はおはぎ、ありがとうございました。とても美味しかったです!」
『オレの帰宅を待ってまでお礼を言うようなことなのか?うーーーん、春山さんは律儀だな』
嬉しそうに話す美里の様子が微笑ましくて、庄太郎は頭に疑問符が浮かんだが相槌を打った。
「そう?良かったよ」
友人を得たことで美里はバイト先まで決まった。
咲とのどかにアルバイトのことを相談すると、咲のバンド仲間、ドラムの男の子の実家が調布駅付近の喫茶店を経営しており、今現在、アルバイトを募集中とのことで、放課後面接へ向かい、トントン拍子に話が進んだのだ。
「全部!小豆畑さんのおはぎのお陰なんです!」
ストーカーまがいかも?と美里が心配しながら庄太郎の帰りを待っていたのは、真っ先に、この喜びを庄太郎へ伝えたかったからだ。
「小豆畑さんのおはぎキッカケで友達が出来たんです!」
庄太郎が左右に頭を振ると、ウサギ耳が動くたびに顔へ飛んでくる。
「いやいや、それは飛躍しすぎでしょ?あれ、余りもん…。あっ、ごめんね。まぁ、そうなんだよ。余りもんを差し上げたようなものでね。偶然だと思うよ。春山さんみたいな可愛いお嬢さんなら誰でも友達になりたいって思うんじゃない?」
「ちっ、違うんよ!だって、入学してからずっと友達が出来んかったんよ!」
真っ赤な顔で反論している美里に、思わず手を伸ばして、庄太郎はあやすように頭を撫でていた。
美里は驚いて庄太郎を見つめている。鳩が豆鉄砲を食らったような表情だった。
『あっ、これダメなやつ…』
庄太郎は慌てて手を引っ込めて苦笑いを浮かべ、人差し指で頬を掻く。
恥ずかしそうに美里は俯いた。
「あのぉ…。聞いてみたかったんですけど?」
「何かな?」
「真夜中に…。小豆畑さんの部屋から何か音が聞こえるんですけど?」
「んっ?音?」
「うーーーーんと、ショッキ、シャッキって感じの何かを洗ってるのかな?田舎の川で聞いたことのあるような感じもします」
アパートは築20年経っているが、大家さんの管理は行き届いており、必要な改築も惜しみなく施工している。防音対策もバッチリで、庄太郎には上下両隣の生活音が響いたことがなかった。
『もしかして…。特典?』
庄太郎の背中へジンワリと汗が滲む。
「うっ、うるさかった?」
「んっ?いえ、最初は気になりましたけど、今はむしろ聞かないと眠れないかな」
「んっ?何それっ、子守唄?」
庄太郎が首を傾げる。ウサギ耳も同じ方向へ垂れる。
「へへへっ…へっくちんっ!」
その様子が可笑しくて美里は笑ったが、同時にくしゃみが出た。
「春山さん、風邪ひくよ」
「あっ、いえ、それより、長話しちゃって…。小豆畑さんの方こそ風邪ひいちゃいますね」
美里は厚手の上下トレーナーを着込んでいるが、タオルケットを被っているとはいえ、庄太郎は雨に濡れたままだ。
『あぁ、子供の頃からオレ風邪ひかないんだよなぁ。これも、特典?』
美里に悪気はなかったのだが、自身の行動が庄太郎にとって迷惑だったかもしれないと、表情を曇らせた。
人好きのする顔で庄太郎は目尻に皺を寄せる。
「はいはい、話はここまで…。子供は早く寝なさい」
「小豆畑さんて…。お爺ちゃんみたいですね」
美里は庄太郎へ祖父の面影を重ねた。祖父はとっくに他界しており、美里の記憶には朧げなのだが、柔和な口調が思い出の祖父に似ている。
『いやぁ、春山さん…。そこはせめてお父さんにしてもらわないとね』
心の中で庄太郎は抗議したが押し黙る。
警備員であるが、庄太郎は昼1時から夜の9時まで、遅番の固定シフトで働いている。
つまり、庄太郎の帰宅時間は夜10時前で、若い娘さんをこんな時間に拘束していては、件の従姉妹に殺される。
「春山さん、明日も大学でしょ?」
「はい」
「春山さんは朝が早いんだから、睡眠不足はお肌の大敵よ」
場を和ませようとオネエ口調で庄太郎は諭した。
「今度はお母さんみたい」
『ついに性別まで超えてしまった…』
美里が庄太郎を家族に例えるのは、親元を離れて心細いからかもしれない。庄太郎はそう納得することにした。
「おやすみ…」
「おやすみなさい」
美里はゆっくりと扉が閉まるまでウサギ耳の背中を見送っていた。
美里は廊下の気配をずっと玄関扉の前で探っていた。足音を感じて扉を開けると、水分を含み重くなったスウェットを脱ぎながら歩いてくる庄太郎を見つけた。
「わっ!ビックリした!」
いきなり、勢いよく隣の玄関扉が開いたものだから、庄太郎の心臓はバクバク鳴った。
平静を装い、庄太郎は髪を手櫛でかきあげる。思いの外、雨は降っていたようで、髪もしっとり湿っている。
「どうしたの?春山さん」
春先の夜は冷えるのにもかかわらず、庄太郎は半袖のTシャツだ。
「あっ、ちょっと待ってください」
急いで戻ってきた美里から庄太郎は畳まれていたタオルケットを差し出される。
既視感
庄太郎は朝と逆の立場だなと苦笑する。
「これっ!あっでも家の前でしたね。引きとめて、ごめんなさい」
何と表現すれば当てはまるのだろうか、庄太郎は首を傾げる。そう、美里の小動物のような健気さが庇護欲をそそるのだ。
上目遣いの円な瞳が庄太郎には眩しい。
「いやいや、ありがとう。あっでも、使っても良いのかな?」
庄太郎が美里の目の前で広げると可愛らしいウサギのフードがついている。
「はいっ!」
美里が満面の笑顔で返事をするもので、庄太郎は断りづらく羽織ることにした。
「でっ、何か話があるの?」
「あっ、今日はおはぎ、ありがとうございました。とても美味しかったです!」
『オレの帰宅を待ってまでお礼を言うようなことなのか?うーーーん、春山さんは律儀だな』
嬉しそうに話す美里の様子が微笑ましくて、庄太郎は頭に疑問符が浮かんだが相槌を打った。
「そう?良かったよ」
友人を得たことで美里はバイト先まで決まった。
咲とのどかにアルバイトのことを相談すると、咲のバンド仲間、ドラムの男の子の実家が調布駅付近の喫茶店を経営しており、今現在、アルバイトを募集中とのことで、放課後面接へ向かい、トントン拍子に話が進んだのだ。
「全部!小豆畑さんのおはぎのお陰なんです!」
ストーカーまがいかも?と美里が心配しながら庄太郎の帰りを待っていたのは、真っ先に、この喜びを庄太郎へ伝えたかったからだ。
「小豆畑さんのおはぎキッカケで友達が出来たんです!」
庄太郎が左右に頭を振ると、ウサギ耳が動くたびに顔へ飛んでくる。
「いやいや、それは飛躍しすぎでしょ?あれ、余りもん…。あっ、ごめんね。まぁ、そうなんだよ。余りもんを差し上げたようなものでね。偶然だと思うよ。春山さんみたいな可愛いお嬢さんなら誰でも友達になりたいって思うんじゃない?」
「ちっ、違うんよ!だって、入学してからずっと友達が出来んかったんよ!」
真っ赤な顔で反論している美里に、思わず手を伸ばして、庄太郎はあやすように頭を撫でていた。
美里は驚いて庄太郎を見つめている。鳩が豆鉄砲を食らったような表情だった。
『あっ、これダメなやつ…』
庄太郎は慌てて手を引っ込めて苦笑いを浮かべ、人差し指で頬を掻く。
恥ずかしそうに美里は俯いた。
「あのぉ…。聞いてみたかったんですけど?」
「何かな?」
「真夜中に…。小豆畑さんの部屋から何か音が聞こえるんですけど?」
「んっ?音?」
「うーーーーんと、ショッキ、シャッキって感じの何かを洗ってるのかな?田舎の川で聞いたことのあるような感じもします」
アパートは築20年経っているが、大家さんの管理は行き届いており、必要な改築も惜しみなく施工している。防音対策もバッチリで、庄太郎には上下両隣の生活音が響いたことがなかった。
『もしかして…。特典?』
庄太郎の背中へジンワリと汗が滲む。
「うっ、うるさかった?」
「んっ?いえ、最初は気になりましたけど、今はむしろ聞かないと眠れないかな」
「んっ?何それっ、子守唄?」
庄太郎が首を傾げる。ウサギ耳も同じ方向へ垂れる。
「へへへっ…へっくちんっ!」
その様子が可笑しくて美里は笑ったが、同時にくしゃみが出た。
「春山さん、風邪ひくよ」
「あっ、いえ、それより、長話しちゃって…。小豆畑さんの方こそ風邪ひいちゃいますね」
美里は厚手の上下トレーナーを着込んでいるが、タオルケットを被っているとはいえ、庄太郎は雨に濡れたままだ。
『あぁ、子供の頃からオレ風邪ひかないんだよなぁ。これも、特典?』
美里に悪気はなかったのだが、自身の行動が庄太郎にとって迷惑だったかもしれないと、表情を曇らせた。
人好きのする顔で庄太郎は目尻に皺を寄せる。
「はいはい、話はここまで…。子供は早く寝なさい」
「小豆畑さんて…。お爺ちゃんみたいですね」
美里は庄太郎へ祖父の面影を重ねた。祖父はとっくに他界しており、美里の記憶には朧げなのだが、柔和な口調が思い出の祖父に似ている。
『いやぁ、春山さん…。そこはせめてお父さんにしてもらわないとね』
心の中で庄太郎は抗議したが押し黙る。
警備員であるが、庄太郎は昼1時から夜の9時まで、遅番の固定シフトで働いている。
つまり、庄太郎の帰宅時間は夜10時前で、若い娘さんをこんな時間に拘束していては、件の従姉妹に殺される。
「春山さん、明日も大学でしょ?」
「はい」
「春山さんは朝が早いんだから、睡眠不足はお肌の大敵よ」
場を和ませようとオネエ口調で庄太郎は諭した。
「今度はお母さんみたい」
『ついに性別まで超えてしまった…』
美里が庄太郎を家族に例えるのは、親元を離れて心細いからかもしれない。庄太郎はそう納得することにした。
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「おやすみなさい」
美里はゆっくりと扉が閉まるまでウサギ耳の背中を見送っていた。
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