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第2章 深まる絆、離れる心

君がいるから

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「私は商人でしたから、このような方法くらいしか思いつきませんでした」

「パニーナって過保護なお母さんみたいね……でも、ありがと」

 報われるべき人物が、報われる世界へ。
努力や優しさが身を結ぶ世界へ、それをパニーナは求めている。
力のない自分に代わってそれを成し遂げてもらおうとクレイスを応援するのだ。
確かに打算的かもしれないし、うまくいく保証もない。

 それでも自分の大切な人たちが迫害されないために、少女は一人違うものと戦い続けると決めていたのだ。

「立派よ……私なんかよりね」

「——キリルさん?」

いつも笑顔の絶えないキリルの見せる暗い表情は脳裏にやけに焼き付く。

「さあ、ご飯さっさと作りましょ! お腹すいちゃったわ!」

急に走り出したキリルの背中を見つめ、なんと声をかければいいのかわからなくなったパニーナは、少しだけ立ち止まりその後を追いかけた。




「それで一緒にご飯を作ろうって?」

 行事イベントが更新されて自身の介入が許されたクレイスだが、予想外の展開に困惑の連続だった。
大剣を部屋の片隅に置き、袖をまくってエプロンに身を包む。
これが勇者とは誰も思わないだろう。ロイケンは足腰が悪いはず、という適当な理由で調理から外されておりテーブルから不思議そうな視線を送っている。

「先ほどキリルさんと一緒に買い物をして思いました。一緒に何かをするということは絆が深まる行為です! 是非パニーナたちと料理を作りましょう!」

 キラキラと瞳を輝かせて見上げるパニーナの笑顔に押され、クレイスは包丁を握った。

「それで何を作るんだ? 僕はあんまり料理とか出来ないぜ?」

「一応祝賀会です。何が出来るかはお楽しみにしてください」

「じゃあ、私とクレイスは切るだけでいいのね?」

「はい。宜しく御願い致します」

 せっかく絆を深めようというのに目も合わせないやり方を不思議に思いながら言われた食材を指定された切り方で切り続ける。しかし。パリン、という甲高い音にクレイスはすぐにパニーナへと駆け寄った。
割れた皿を拾おうとするのを制し、クレイスが後始末を買って出る。

落ちた理由を探し、キリルはパニーナが使っていたカウンターに視線を移した。

「ほわっ!?」

素っ頓狂な叫び声をあげたキリルはパニーナを押しのけ、カウンターへと駆け寄る。

「汚ったな! どうしてこんなゴチャゴチャで調味料ぶちまけてんのよ!?」

「つ、使いやすいように並べただけですが……」

 割れた皿を片付けたクレイスは顔を引きつらせてパニーナを見つめる。

「まさかパニーナ……」

「めっちゃ不器用なやつ!?」

 そこからはキリルがテキパキと台所を掃除して、使いやすいように食材を並び替えていく。
ガサツだと思われていたが、家庭的な一面が全員を驚かせた。
事が済むまでロイケンと同じようにテーブルで待たされたパニーナは悔しげに二人を睨んでいた。



 慌ただしく、それでいて楽しそうな二人の輪に入れない悔しさと悲しさ。
その気持ちが何なのか整理がつかないままでいると口髭をいじるロイケンが目をつぶりながら語り出した。

「意外じゃのう。パニーナ嬢は戦闘以外は完璧だと思っとったわい」

 幼くして自分の店を持ち、大陸に名が轟くほどに成功していた実績を全て捨ててクレイスと共に少女は旅をしているのだ。
道具の買い付けなどをテキパキとこなすパニーナに完璧超人という印象を持つのも無理はない。

「——申し訳ありません」

「何も謝ることはない。それにな……」

「パニーナ」

 会話を遮るように投げかけられたクレイスの声。
顔をあげるパニーナは色々な準備を終えたクレイスたちと目があった。
優しげな視線は、周りから母親と呼ばれる自分より温かみがあるものだと感じてしまう。

「ほら、一緒に用意しましょ」

「し、しかし……」

「一緒なら大丈夫だって」

 すでにクレイスの行事イベントにも大きな変化が起きている。
パーティメンバーとの絆を深める、という指示に変わりどうやって達成するのかも条件も不明なものになっていたが、不思議とクレイスは怖くなかった。

「はいっ」



 手を取り合って料理やデザートを作る中、不安そうに食材を混ぜるパニーナの後ろからその手を握って一緒に調理をし始めるクレイス。

「ク、クレイスさん?」

「こうやれば割れないし、溢さないだろ?」

「そ、そうかも、しれませんが……」

 密着する姿は兄妹そのもの。
ちょっかいを出そうとしたキリルは緩みきったパニーナの表情を見て、からかうのをやめた。

「ごめんなさいクレイスさん、失敗ばかりで」

だが、少し目を離せばいつもの調子のパニーナだ。真剣に失敗について考え込んでしまう。

「僕はどっちかっていうと、パニーナが失敗して安心した」

「それは、どういう……?」

 不安が加速するパニーナを見て、急いで取り繕おうとするもキリルが大声で割って入る。

「私も私も! なんていうか無機質で人間味が足りないと思ってたから」

「お前は余計なことしか……」

 空気を読めないキリルを気にしていたらキリが無い。
少しだけ曇った表情のパニーナを撫でてクライスは言葉を続ける。

「キリルの発言は置いておいて……この旅が何もなく進んでるのはパニーナがいるからだよ」

「違います、クレイスさんやキリルさんが敵を倒してくれるから……」

パニーナの思うように派手な活躍は目に留まりやすい。しかしクレイスが称賛したいのはそんな表層のことではなかった。

「一人で旅してた頃、一番キツかったのは戦いじゃない。普通に生きることだった」

 世界でも有数の強者であるクレイスの発言の意図が掴めないでいると同じく強者であるロイケンやキリルも深く頷いている。

「ぼったくられて満足に買い物も出来ない、起こした戦いのせいで街には長居できない。悪いやつとの戦いとはいえ、僕は居場所がないも同然だった」

 混ぜ終わった食材をキリルへと渡した後、肩を掴んでパニーナをくるりと回転させた。さらにクレイスは同じ目線まで屈む。

「パニーナが来てから僕の旅は変わった。皆の見る目が変わったよ」

「まあ何ていうの? その~あんたのやりたいことは、すでに身を結んでるのよ。パニーナ」

「僕らを宣伝してくれたり、道具を買い付けてくれたり、いろんな交渉をしてくれたり……パニーナにとっては当たり前かもしれないけど、僕らには出来ない」

目頭が熱くなりパニーナは粉まみれの手で顔を覆う。

「僕らと旅をしてくれて、ありがとう」

「ま、愛想悪くてもパニーナがいないと、私たち旅ができないから」

「癖の強い連中をまとめる母親が必要なんじゃよ」
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