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第4章 神の君臨
ヘラ
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「なんなのよ、あれ……」
ヘラは執着の神とされていた。
キリルも何度かその神片を使ったことがあり、敵を狙って逃さない能力を付与する。
そもそも神片は神の死骸だ。それゆえに神片が散らばっていたはずの神が目を覚ますなど思ってもいなかったのだ。
「ゼルヴェくんの感情がとっても美味しかったから勇者君を殺さなくても復活できちゃった。あはっ、心が死んじゃったってことかナ?」
ヘラ、そう呼ばれた神はキリルの作り上げた巨大な穴の中央に降り立つ。
悠々と宙に浮いている黒い靄は、それだけで人外の存在だと認識させられた。
「まあ今はそれよりも……運命の出会いよ。さあ、ゼルヴェ君。私を抱いてちょうだい」
一歩ずつ宙に足を踏み出すと、黒い波紋が空間を波打つ。
ゆっくりとゼルヴェに近づいていくヘラは風に吹かれ、少しずつ黒い靄を飛ばしていった。
「契約が完全に終わってないから本調子じゃないの~、私疲れちゃったなぁ~」
「テュイア……なのか?」
「違う……私は神。『ヘラ』。フォゼも言ってたでしょう?」
地に踏み出した瞬間、靄が全て吹き飛ぶ。
そこに現れた神はテュイアの姉と言っても過言ではない存在だった。
豊かな双丘、足先まで届こうかという長い髪は艶やかな薄茶色に輝いていた。
潤んだ瞳は幼い印象を与えるが、それでもテュイアより数歳年上のような大人びた雰囲気を纏っている。
得体の知れない相手のはずなのに、美貌で警戒心が緩んでしまうほどの神。
素肌が見えそうなほどの薄い衣は見るもの全てを虜にする神の美貌を惜しげもなく伝えている。
「さあ魔王、私と一緒にこの庭を支配しましょう?」
吸い寄せられるような瞳にゼルヴェですら見惚れてしまう。
そして神が存在していた時に争いなどなかった理由をその場にいるもの全てが理解した。
崇めたい、心のうちより湧き上がるその感覚が全員を支配した。
「待て……契約はどうなる!」
その場で唯一、神へ言葉を投げつけられたのは満身創痍のクレイスだけだった。
「僕たちの目を奪い、テュイアを奪い……全てはお前が復活するためだったのか!?」
「ええ。そうよ。人のエネルギーを吸って私は復活の時に備えていた。まさかどちらの命も散らさずに神を復活させるなんて……人間の想いってすごいのねぇ」
あまりにも早い返答。
全てはヘラの復活のために仕組まれていた事だと知ると、絶望に心が染まる。
穴の向こう側で倒れ伏すテュイアが目を覚ますことはもうない。
それを裏付けるようにヘラはニヤリと笑い、瞬時にクレイスの元へと移動した。同時にテュイアの抜け殻も連れて。
「!?」
ロイケンですら目で追えぬ神速。
それは速さという次元とは異なった何かだと思えて他ならず、まるで最初からそこにいたようなヘラの長髪は一切揺れていなかった。
「この子は繭よ。傷ついて死にかけた私を元に戻すためのね。欲しかったらあげるわ」
人形のように投げ捨てられたテュイアを抱えるクレイス。
このヘラは、かつて起きた神々の戦いの生き残りだと宣った。
ロイケンだけが体感したその大いなる戦に、このヘラが神々の中でも最上位に値すると認識して息を整えながら封印された刀に手をかける。
「ヘラって……執着の神でしょ? そ、そんなに強いの?」
司る権能だけを聞けば誰もがそう思うだろう。
しかしこうしてヘラだけが神として残っていることを考えればその強さは折り紙つきだ。
「そりゃもちろん強いわよ」
指を鳴らしただけでその場にいた面々は、魔王軍が敷いた陣形の中へと転移させられる。
「え、ここは……?」
数百メートルほどの円形に開かれた陣の中央にクレイスたちが落とされ、ヘラは一人でフォゼのいる本陣の玉座へと座る。
「こ、これが神の力? 桁違いすぎませんか……?」
逃げ場などどこにもない魔王の軍勢に囲まれた処刑場だ。
「フォゼ! どういう事だ!」
神の傍に控える部下に声を荒らげざるを得ないゼルヴェ。
クレイスもまた、かつて切り結んだことのある相手を宿敵のように睨む。
「私はヘラ様の復活を陰ながら援助する配下。貴方の部下を演じていたのはそのついでだ」
本陣に残るという発言の意図をやっとレヴィーは汲み取る。
ヘラの配下でない自分を遠くに追いやるための口車かつ、旋律で魔王軍全てを操るための建前に過ぎなかったのだ。
「魔王軍は全て、このヘラ様のためにある!」
勇者の冒険も、魔王の侵略も全てはヘラの餌に過ぎなかった。その事実にクレイスもゼルヴェも臍を噬む。
「勇者と魔王の精力は凄かったわぁ……私が想定より早く力を取り戻すくらい」
脳内に直接響くヘラの声に抵抗する事はできなかった。
今まで最大の敵だった勇者と魔王は仲間を後ろに下がらせ、共に前に出る。
「殺し合いなさい。私の契約はどちらかの死をもって終わる」
つまりここは檻。
逃げるには神の追手を退けながら、大軍を相手取らなければならない。
クレイスたちとゼルヴェに残された道は、殺しあう事だけだった。
しかし、もはや戦う義理はない、と二人はヘラを睨む。
ヘラは反抗期の子供を見下ろすように言葉を続けた。
「はぁ~そんなにその子が良かったの? ずっと私が乗っ取って話してたのに?」
驚くゼルヴェはレヴィーの後ろで横たわるテュイアを見やる。
クレイスは夢の中にいたテュイアが本物で目覚めた後の人格がヘラだと全てが繋がった。
「昼間のことが曖昧なのは、お前がテュイアに取り憑いてたからだったのか……!」
「二人とも私じゃ嫌? 男の子は同い年くらいの女の子じゃないと嫌なのかしら?」
そう話しながら見た目をテュイアそっくりに作り変えるヘラ。神にできない事はないと言われている証拠をまざまざと見せつけられる。
「これならゼルヴェも頑張ってくれる? 最初から好みの男の子の方に強い力を上げたんだから! 頑張って勇者を倒してねっ!」
自分達がいつも聞いていたテュイアの声音。
それを聞いたクレイスは怒りの炎に包まれる。
テュイアは勝手に依代にされ、その命を復活の散らされたことに。
「神だかなんだか知らないが、ふざけないでくれ!」
「うるさいわねぇ。君はタイプじゃないの。ちょっと静かにしてて」
軽く手を払っただけで、凄まじい風圧が発生し勇者一行の面々のみが軽々と吹き飛ばされた。
「さあ、ゼルヴェ。そいつらを殺して。早く城に帰りましょう?」
倒れ臥すクレイスたちを見遣ったあと、ゼルヴェは静かに神に尋ねた。
「……何故、私を選んだのでしょうか?」
ヘラは執着の神とされていた。
キリルも何度かその神片を使ったことがあり、敵を狙って逃さない能力を付与する。
そもそも神片は神の死骸だ。それゆえに神片が散らばっていたはずの神が目を覚ますなど思ってもいなかったのだ。
「ゼルヴェくんの感情がとっても美味しかったから勇者君を殺さなくても復活できちゃった。あはっ、心が死んじゃったってことかナ?」
ヘラ、そう呼ばれた神はキリルの作り上げた巨大な穴の中央に降り立つ。
悠々と宙に浮いている黒い靄は、それだけで人外の存在だと認識させられた。
「まあ今はそれよりも……運命の出会いよ。さあ、ゼルヴェ君。私を抱いてちょうだい」
一歩ずつ宙に足を踏み出すと、黒い波紋が空間を波打つ。
ゆっくりとゼルヴェに近づいていくヘラは風に吹かれ、少しずつ黒い靄を飛ばしていった。
「契約が完全に終わってないから本調子じゃないの~、私疲れちゃったなぁ~」
「テュイア……なのか?」
「違う……私は神。『ヘラ』。フォゼも言ってたでしょう?」
地に踏み出した瞬間、靄が全て吹き飛ぶ。
そこに現れた神はテュイアの姉と言っても過言ではない存在だった。
豊かな双丘、足先まで届こうかという長い髪は艶やかな薄茶色に輝いていた。
潤んだ瞳は幼い印象を与えるが、それでもテュイアより数歳年上のような大人びた雰囲気を纏っている。
得体の知れない相手のはずなのに、美貌で警戒心が緩んでしまうほどの神。
素肌が見えそうなほどの薄い衣は見るもの全てを虜にする神の美貌を惜しげもなく伝えている。
「さあ魔王、私と一緒にこの庭を支配しましょう?」
吸い寄せられるような瞳にゼルヴェですら見惚れてしまう。
そして神が存在していた時に争いなどなかった理由をその場にいるもの全てが理解した。
崇めたい、心のうちより湧き上がるその感覚が全員を支配した。
「待て……契約はどうなる!」
その場で唯一、神へ言葉を投げつけられたのは満身創痍のクレイスだけだった。
「僕たちの目を奪い、テュイアを奪い……全てはお前が復活するためだったのか!?」
「ええ。そうよ。人のエネルギーを吸って私は復活の時に備えていた。まさかどちらの命も散らさずに神を復活させるなんて……人間の想いってすごいのねぇ」
あまりにも早い返答。
全てはヘラの復活のために仕組まれていた事だと知ると、絶望に心が染まる。
穴の向こう側で倒れ伏すテュイアが目を覚ますことはもうない。
それを裏付けるようにヘラはニヤリと笑い、瞬時にクレイスの元へと移動した。同時にテュイアの抜け殻も連れて。
「!?」
ロイケンですら目で追えぬ神速。
それは速さという次元とは異なった何かだと思えて他ならず、まるで最初からそこにいたようなヘラの長髪は一切揺れていなかった。
「この子は繭よ。傷ついて死にかけた私を元に戻すためのね。欲しかったらあげるわ」
人形のように投げ捨てられたテュイアを抱えるクレイス。
このヘラは、かつて起きた神々の戦いの生き残りだと宣った。
ロイケンだけが体感したその大いなる戦に、このヘラが神々の中でも最上位に値すると認識して息を整えながら封印された刀に手をかける。
「ヘラって……執着の神でしょ? そ、そんなに強いの?」
司る権能だけを聞けば誰もがそう思うだろう。
しかしこうしてヘラだけが神として残っていることを考えればその強さは折り紙つきだ。
「そりゃもちろん強いわよ」
指を鳴らしただけでその場にいた面々は、魔王軍が敷いた陣形の中へと転移させられる。
「え、ここは……?」
数百メートルほどの円形に開かれた陣の中央にクレイスたちが落とされ、ヘラは一人でフォゼのいる本陣の玉座へと座る。
「こ、これが神の力? 桁違いすぎませんか……?」
逃げ場などどこにもない魔王の軍勢に囲まれた処刑場だ。
「フォゼ! どういう事だ!」
神の傍に控える部下に声を荒らげざるを得ないゼルヴェ。
クレイスもまた、かつて切り結んだことのある相手を宿敵のように睨む。
「私はヘラ様の復活を陰ながら援助する配下。貴方の部下を演じていたのはそのついでだ」
本陣に残るという発言の意図をやっとレヴィーは汲み取る。
ヘラの配下でない自分を遠くに追いやるための口車かつ、旋律で魔王軍全てを操るための建前に過ぎなかったのだ。
「魔王軍は全て、このヘラ様のためにある!」
勇者の冒険も、魔王の侵略も全てはヘラの餌に過ぎなかった。その事実にクレイスもゼルヴェも臍を噬む。
「勇者と魔王の精力は凄かったわぁ……私が想定より早く力を取り戻すくらい」
脳内に直接響くヘラの声に抵抗する事はできなかった。
今まで最大の敵だった勇者と魔王は仲間を後ろに下がらせ、共に前に出る。
「殺し合いなさい。私の契約はどちらかの死をもって終わる」
つまりここは檻。
逃げるには神の追手を退けながら、大軍を相手取らなければならない。
クレイスたちとゼルヴェに残された道は、殺しあう事だけだった。
しかし、もはや戦う義理はない、と二人はヘラを睨む。
ヘラは反抗期の子供を見下ろすように言葉を続けた。
「はぁ~そんなにその子が良かったの? ずっと私が乗っ取って話してたのに?」
驚くゼルヴェはレヴィーの後ろで横たわるテュイアを見やる。
クレイスは夢の中にいたテュイアが本物で目覚めた後の人格がヘラだと全てが繋がった。
「昼間のことが曖昧なのは、お前がテュイアに取り憑いてたからだったのか……!」
「二人とも私じゃ嫌? 男の子は同い年くらいの女の子じゃないと嫌なのかしら?」
そう話しながら見た目をテュイアそっくりに作り変えるヘラ。神にできない事はないと言われている証拠をまざまざと見せつけられる。
「これならゼルヴェも頑張ってくれる? 最初から好みの男の子の方に強い力を上げたんだから! 頑張って勇者を倒してねっ!」
自分達がいつも聞いていたテュイアの声音。
それを聞いたクレイスは怒りの炎に包まれる。
テュイアは勝手に依代にされ、その命を復活の散らされたことに。
「神だかなんだか知らないが、ふざけないでくれ!」
「うるさいわねぇ。君はタイプじゃないの。ちょっと静かにしてて」
軽く手を払っただけで、凄まじい風圧が発生し勇者一行の面々のみが軽々と吹き飛ばされた。
「さあ、ゼルヴェ。そいつらを殺して。早く城に帰りましょう?」
倒れ臥すクレイスたちを見遣ったあと、ゼルヴェは静かに神に尋ねた。
「……何故、私を選んだのでしょうか?」
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