青春クロスロード ~若者たちの交差点~

Ryosuke

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第1章

二郎の回想

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 二郎には変わった習慣があった。それは放課後、校内の見回りをして、何か校内で問題が起きてないかを調べ回ることだった。初めは2年のクラス教室のフロア、次に1年、3年と行き、音楽室や美術室、理科の実験を行う準備室などがある別館、体育館や柔道、空手を行う閣技室に各部活棟などの順に回っていく。時には生徒会の一に頼まれ、雑事を手伝ったり、一年時に仲良くなった写真部所属のイギリスから移住してきたレッベカと部室で茶を飲んだりする事もあり、大体4時前後くらいまで校内に残っていた。もちろん、すぐに部活に行くこともあるため、毎日ではないが少なくとも週に3回はこの校内徘徊を行っていた。

 この習慣は中学から行っているが、その切っ掛けになった出来事は、小学生の頃に起きた一連の出来事が関係していた。



 二郎の回想

 二郎には小学生の頃に受けた傷があった。それは体に受けた傷ではなく心に今でも深く残る傷である。

 二郎の父親は仕事人間で家庭を顧みないタイプの人だった。普段から帰宅時間は深夜で、休日にも接待や付き合いがあると言っては外出することが多かった。

 ある日、母が学生時代の友人の出産祝いで、3年ぶりに会うため外出する約束をしていた。その予定は一ヶ月前から決めており、二郎の父がその日は子供と留守番をしてくれるという約束だったため、二郎の母も安心して前日から嬉しそうにしていたのを二郎は覚えている。

「二郎ちゃん、お土産でおいしいケーキ買ってくるからね」

 二郎の母は二郎の頭をなでながら子供をなだめるように話かけた。

「うん、楽しみにしているね。お母さん」

 小学4年生の二郎はあどけない笑顔を母にむけた。

「一也ちゃんも明日はお父さんと一緒に留守番お願いね」

「母さん。留守番くらい僕に任せてよ。母さんも楽しんできてね」

 兄の一也は小学6年生であったが非常にしっかりしており、子供扱いしないで大丈夫だという口ぶりで返事をした。

「ありがとうね、一也ちゃん。それじゃ、二人ともお休みなさい」

「はーい」

 この夜、二郎は母のお土産のケーキを楽しみにしながら、すぐに夢の中へ吸い込まれた。

 次の日、二郎と一也がお目を覚ますと昨日あれだけ機嫌の良かった母親の怒鳴り声が聞こえてきた。二人は驚きすぐに部屋を出て声のする方へ向かった。 

 そこには玄関先で靴を履こうとしていた父を母が引き留め詰問している場面だった。

「あなた、どういうことですか。約束したじゃないですか、今日は子供達と留守番してくれるって。1ヶ月以上前から何度も友達と久しぶりの会うから、この日だけは外出しないで家にいてくださいって。私、何度も確認しましたよね」

 母はこの日の為に何度も確認し、父もその件を了承してこの日を迎えたことを訴えた。

「あぁ確かにそんな話してたな。しかし、急に昨日部長からゴルフに誘われて大事な話がしたいと言われたのだよ。これも大事な仕事だ。断るわけにはいかないのだよ」

「そんな急な話、家の用事があるからと言って断れば良いじゃないですか。私との約束は昨日急に決まったゴルフの約束よりも大事なモノなのですか。」

「あたりまえだ。君は友人と遊びに行くのだろ。私は休日もこうやって仕事をしに行くのだから。私だって休日にゴルフなんてやりたくないんだよ。でも、こうやって、上司の御機嫌を取りして、お客とも付き合いを深めたりしなきゃ昇進なんてできないんだよ」

「そんなのあんまりじゃないですか、友人との約束だって大事です。本当はもっと早くにお祝いを渡したかったのに、この前も急にあなたの予定ができたって言うので、私が予定を替えてもらったのよ。そんな事何度もドタキャンしていたらいくら友達だからと言っても失礼ですよ」

 母は口調こそ丁寧だったが、押さえられない怒りを父にぶつけた。

「私の仕事と君の友人関係には何も関係ないじゃないか。私が誰のためにこんなに働いているのか分かっているのか。これから中学、高校、大学とどんどん学費にもお金がかかるし、家のローンだってまだ25年も残っているんだぞ。今のままの給料では貯金も何も残らないで老後を暮らすことになるんだぞ。それをわかっているのか君は!」

 普段あまり多くを語らない父が珍しく大声でまくし立てた。

「それはわかってますよ。わかってますけど、私にだって大切な友人がいて、たまには会ってゆっくり話をしたりする時間がほしいんです。これが毎月1回とかなら我慢します。でも3年ぶりに友人に会うことも許されないのですか」

 滅多に見せない父の剣幕に押され、うなだれながら母は父に泣きすがった。

「駄目とは言っていないよ。今日は無理だと言ってるのだ」

「だから、迷惑かけないように一ヶ月以上前から何度も今日は出かけるので子供のこと見ていてくださいとお願いしていたのに」

 父は母の懇願を一切受け入れず、母が我慢するのが当たり前だという態度をとり続けた。

「もう部長を迎えに行く時間だから私は行くよ。どうしても君も出かけたいなら、お袋か誰かに連絡してみると良い。もしかしたら、二人を見ていてくれるかもしれないさ。では、今日は夕食も外で済ますから」

 父は結局最後まで母のお願いを聞き入れず家を後にした。

 冷静さを取り戻した二人の会話は声のトーンは下がっていたが、それと同時に夫婦の仲の絆も冷めて行くような、そんな一幕だった。 
 
 母は泣いていた。そんな両親のやり取りを離れて見ていた二人はしばらく何も言えなかったが、その沈黙を一也が破った。

「母さん、安心してよ。僕が二郎を見ているからお母さんは友達に会いに行って大丈夫だよ」

「一也ちゃん」

「お昼ごはんはピザか何かを注文するし、宿題も僕はちゃんと昨日やってあるから二郎の宿題も僕が見てあげるよ。この前母さんが買ってくれたポテトチップスも二郎と半分こにして仲良く食べるから、おやつも大丈夫だよ。僕はもう子供じゃないから、二郎と二人で留守番くらい任せてよ」

 一也は自分にできることを精一杯主張して、母親を安心させようと声を張ってみせた。

「でも、やっぱり心配よ。何かあったら私の責任だし。二人にもしもの事があったらと思うと・・」

 二郎の母は非常に心配性な性格だった。というのも、一也、二郎が生まれてからも常に専業主婦として家で子育てをしてきたので、基本的に二人の子供だけを残し、家を空けることは一度もしたことがなかった。出かけるにしても必ず誰かに留守を頼む事をしなければ心配でならなかった。ある意味では子離れできない母親だったのかもしれないが、それが二郎の母親の性格だった。

 二人が話していると、二郎が不意に話しかけた。

「お母さん、約束したケーキは食べれないの」

「え、それは・・・」

 母はどうしたら良いのか、一瞬答えに詰まっていたところで一也が母の代わりに答えた。

「二郎、大丈夫だよ。母さんは約束を破ったりしないから。二人で留守番ちゃんとできるよな」

「僕大丈夫だよ。だから、お母さんはおいしいケーキ買ってきてね」

 母は覚悟を決めたように二人に答えた。

「分かったわ、おいしいケーキ買ってくるわね、だから、二人で留守番お願いね」

 そう言いながら二人を抱きしめ「ありがとう、ごめんね」とつぶやいた。

 母が出かけ、お昼ごはんには一也が言ったとおりピザを頼んだ。二郎がそのピザをおいしそうに食べていると一也が二郎に語りかけてきた。

「二郎、僕たちは恵まれているよ。大きな綺麗なお家に住めて、毎日母さんがごはんを作ってくれて、欲しいおもちゃを買ってもらえて、服でも何でも僕らは持っているよな。それは毎日父さんが夜遅くまで働いてくれて、お給料を稼いでくれるから今の生活ができているんだって、前に母さんに言われたよ。確かに友達にはいつも同じ服を着て、ほしいゲームも買えなくて、家に帰っても誰もいないで、寂しそうにしている奴がいるよ。それに比べれば僕らは本当に恵まれていて、だからお父さんに感謝しなきゃ駄目だよって母さんに言われた。そうだなって思った。感謝しなきゃなって思った。でも、二郎。僕は父さんには感謝しても父さんのように母さんを泣かせるような大人には絶対にならない。ちょっと二郎には難しいかもしれないけど、二郎、お前がお母さんの泣いている姿をもう見たくないってそう思うなら、お前は困っている人、泣いている人を見たらその人を守ってあげられる男になれ。今は僕が母さんと二郎を守るから、二郎がもっと大きくなったら今度は二郎が誰かを守ってあげるんだ。いいか」

 一也は二郎には理解できないだろうと思いながらも、自分に言い聞かせるようにゆっくりと覚悟を決めるように言い聞かせた。

「うん、僕がカクレンジャーみたいに困っている人を助けるよ」

 二郎は自分自身が今ハマまっている戦隊ヒーローの名前を出して元気に返事をした。

「そうか、それじゃ、約束だ。僕たち二人で困っている人、泣いている人は絶対に助ける。男の約束だぞ」

「わかった。指切りだね」

 二郎は一也がどんな話をしたか全部を理解できなかったが、【困っている人がいたら助けて守る】という約束だけは心に深く刻まれることとなった。



 それから2年が経ち二郎は小学6年生になっていた。

「はい、それじゃ、学級委員長に立候補してくれる人いるかな」

 クラス担任の小谷先生がクラスの皆に問いかける。しかし、誰一人立候補する人はいなかった。このクラスは小学5年生の時から継続して学年が上がっており、担任も同じままで担任2年目の年であった。

 去年からこのクラスでは積極的にクラスの役職などを決める際に立候補する人がおらず、いつも微妙な空気になったところで、先生が誰かを指名するという流れができており、二郎はこの面倒事を誰かに押しつけ合うような空気が嫌いだった。例に漏れず小学6年最初のクラス委員決めでも同じような状況が作り出されており、その空気に嫌気がさしていた二郎が立候補しようと手を挙げようとした時、担任の小谷先生が我慢しきれずに声をあげた。

「誰も立候補する人はいないのね。わかりました。それじゃ、皆には悪いけど先生が決めるから、その子はよろしくね。それと選ばれなかった子も委員長の言うことを聞いて協力してあげること、皆それでいいかな」

 二郎は結局去年と同じなのかと落胆する一方で、立候補できなかった自分を悔やむことになった。
 
 皆の同意は得られたと判断した小谷先生は一人の生徒を指名した。

「それでは、吉田咲さんにお願いします」

「え、私」

「嘘、吉田さんが」

「吉田ってマジかよ、大丈夫か」

 指名された吉田咲もそれを聞いた他の生徒も皆が疑問と驚きで一斉に吉田咲の方を見た。

 咲は一言で言えば、目立たない子だった。性格はおとなしく無口で良くも悪くも害にならない存在感の薄い生徒だった。担任の小谷は5年時の1年間でクラスの問題があるとしたら、吉田咲がクラスから浮いている事と考え、それをどうにかクラスに溶け込ませる方法を思案していた。そして、6年初めの学級委員長を決める時に抜擢することを密かに計画していたのだった。

「皆もどうしてって思っているかもしれないわね。吉田さんはあまり前に出て話したりするのが苦手だけど、こうやって役割につけばきっとできるようになるし、皆も協力してくれるでしょ。そうすれば、もっとクラスが一つになれると思うの。どうか、吉田さんも、皆も協力してくれる。」

 咲はそんな担任からの提案に嫌とも言えず、クラス委員に任命されることとなった。
 
 それからしばらくの間クラスは平和だった。委員長の仕事に慣れない咲であったが、女子達も協力して仕事を手伝ってくれて、咲も責任を果たそうと一生懸命だった。
 
 しかし、ある日、問題は一気に表になって現れた。

 放課後の掃除の時間である。女子の一人が男子に文句を言っていた。

「ちょっと、飯島君、なんで掃除当番しないで帰ろうとしてるのよ。ちゃんとやってから帰ってよ」

「うるさいな、委員長が代わりにやってくれるから良いんだよ。そうだよな、吉田」

「え、それは先週の話で。歯医者に行くのに遅れちゃうからって飯島君が言うから代わっただけだよ」

 咲は精一杯の声を振り絞って説明した。

「違うよ、俺は放課後忙しいから、これからずっと委員長が代わりに掃除してくれるって約束しただろ、嘘つきかよお前」

 飯島は脅すように咲に迫った。

「私はそんなこと・・」

 すると、女子達が一斉に飯島に対して文句を言い始めた。さすがの飯島もそれには逆らえずしぶしぶ掃除をすることになった。

「吉田の奴、覚えてろよ」

飯島は掃除をしながら咲をにらんでいた。

 それから飯島は他の男子達と事あるごとに咲に突っかかった。クラスの話し合いで咲が司会として前に出たときも声が小さく聞こえないと文句をつけたり、わざと宿題のノートを集めるのを遅れて提出したり、クラスの決め事の話し合いをする時もわざと反対意見を言っては咲を困らせたのだ。

 咲は先生に飯島達の迷惑行為を注意してもらうように相談した。小谷先生はこれを問題と考え、飯島など妨害をする生徒の親を集めて話し合いをすぐに行った。反応はすぐにあった。問題生徒の親たちはすぐに子供達を厳しく叱りつけた結果、飯島達は問題行動を見せなくなった。
 
 クラスは再び平和になった、かと思われた。しかし、そうではなかった。飯島達は学校内ではおとなしくしていたが、先生にチクり、親たちにまで話を広げた咲を目の敵にしていた。放課後、咲の帰り道に待ち伏せし、近くの公園などに連れて行き集団で咲を小突きまわして罵倒を浴びせいじめていたのだ。
 
 ある日、二郎は偶然、その場に通りかかった。

「おい、吉田、お前のせいで親父に何度も殴られたんだぞ。お小遣いももらえなくなって。お前が代わりにお金よこせよ」

「お前が委員長にならなきゃこんなことにはならなかったのにどうしてくれるんだよ」 
 
 咲は恐怖で震え泣き耐えることしかできなかった。

「何黙ってんだよ」

「なんか言えよ」

 飯島達が咲をいたぶっていた時、何かを見つけ咲は力を振り絞って大きな声で誰かに向かって叫んだ。

「助けて!」

 そのおびえた瞳は二郎を見つめていた。二郎はその瞳が自分に向けられているモノだと直感で分かった。


「その手を離せよ、委員長が泣いてるだろ。そんなにけんかしたいなら俺が相手してやるよ」


 とは言えなかった。飯島達の前に出て、咲を庇うことができなかった。泣いている一人の女の子を助け、守ることが出来なかった。

 咲を見つけた二郎が不良達に近づいていくと自分よりも大きい体をした飯島の取り巻きの二人がそれに気づき、迫ってきた。

「何だよ、山田か、俺らになんか用か。それとも吉田に用か」

「いや、俺は・・・・」

 二郎が何かを言おうとするのを遮って、不良達が二郎をにらみながら言った。

「あんだよ、俺らに文句でもあんのかよ、あん」

二人のウチの一人が二郎を突き飛ばした。

「用がないならあっち行ってろよ、俺たちは吉田に用があるんだからな」

 二郎はけんかが強いわけでも体が大きい訳でもなく、平凡な小学生だった。そんな二郎からすれば自分よりでかく力の強い相手に突き飛ばされ怒鳴られたら、それを言い返すだけの度胸と気の強さを持ち合わせっていなかった。

 それでも二郎はその場に残ろうとした。そのとき、残りの飯島達二人が二郎の方に来て4人で二郎を囲んだ。

「何だ山田、お前俺たちとやろうってのか、どうなるかわかってんだろうな」

 二郎はその圧にとうとう耐えきれなくなって咲の震える瞳から目線を外し、下を向きながら逃げるようにしてその場を去った。

 二郎は家に帰り部屋に入ると泣き出していた。恐怖からの涙ではなく悔し涙だった。

「委員長ごめん。俺、君を守れなかった。ごめん、兄ちゃん、俺は約束を守れなかった」

 二郎は誰にも聞こえないくらいの小さな声で泣きながら何度も何度も繰り返し謝った。

「次は絶対に守るから、ごめん」
 
 次の日から咲は学校に来なくなった。そして一ヶ月経った頃、担任の小谷先生が朝礼でクラスの皆に伝えた。

「吉田さんは転校します」


 二郎は、【次こそ守る】という約束をついぞ果たすことが出来なかった。

 その日一日を呆然と過ごした二郎は家に帰るとポストに1通の手紙があることに気づいた。二郎宛ての手紙だった。裏を見ると「吉田咲」とあった。部屋に戻り手紙を開くと二郎への謝罪と感謝が綴られていた。



「二郎君へ

 二郎君、こんな形でしか感謝を伝えられなくて本当にごめんなさい。あの日、二郎君が飯島君達の前に立って、私を助けてくれようとして本当に嬉しかった。ありがとう。

 あの時、私、怖くて怖くて声も出せなくて、もう駄目だと諦めていたときに二郎君の顔を見て、助けを呼ぶ勇気が出たの。

 そこに二郎君が来てくれて4人を引きつけてくれたおかげ、その間に公園を出て通りにいたおばさんに助けてもらえたの。二郎君のおかげで私はあれ以上いじめられないで済んだの。だから、本当にありがとう。

 私が転校するのは飯島君達が怖いからじゃなくて、私がいたらクラスにまた迷惑をかけてしまうと思って、そう思ったら学校に行く勇気が出なくて。それでお母さんやお父さんに相談して、少し離れた小学校へ転校する事にしたの。

 二郎君はあまりクラスじゃ目立たない方だったけど、私にとっては正義の味方でした。二郎君は何も言わないけど、席が隣ってだけで男子の分の宿題ノートをいつも職員室へ運んでくれたり、皆がやりたがらない役割をいつも最終的にやってくれていたよね。そのおかげで私はいつも助けてもらっていました。

 二郎君は本当に何も言わずにいるから誰も気づいていなかったかもしれないけど、私は知ってたよ。二郎君が私を助けていつもクラスを守ってくれていたことを。だから本当に今までありがとうね。

 私、今度の学校では皆に迷惑をかけないようにもっとうまく出来るように頑張るから。

 私も二郎君みたいにこっそり誰かを助けてあげられる人にいつかなれたらいいなぁ。もしそんな自分にいつかなれたら、その時はきっと二郎君にちゃんと感謝を伝えにいくからね。

だから、それまではお元気で。さようなら
                                                 咲 」



 二郎は泣いた。自分は咲に感謝されるようなことは何も出来なかったと。もしかしたら、あの日よりもっと前から、咲からの助けてほしいというサインを見逃していたのかもしれないと。もっと早く自分が気づいていれば。もっと早く自分が立候補して委員長をやっていれば、咲がこんなに苦しむ必要はなかったのではないかと。

 二郎にとって咲はクラスメイトの一人でしかなかったが、それは二郎が守るべき人だった。しかし、そうすべき人を二郎は守れなかった。兄と約束し、心に誓ったあの約束を守ることが出来なかった。

 この出来事が長年に渡り二郎の心の奥底に深い傷を残すことになった。

 それから中学生になった二郎には1つの習慣が出来ていた。それは放課後の校内見回りである。目的はただ一つ、校内で何か異変を見つけたら即座に対処して、咲のようないじめの被害者を助けること、それだけであった。二郎は積極的に前に出て何かをやるタイプではなかったので、このように影から見回りをする方法が自分なりのやり方と考えていた。
 
 ちなみに、二郎が通う中学では生徒全員がいずれかの部活へ入部する必要があったため、参加の縛りがゆるかったバスケ部に入部し、そこで一と知り合うことになる。また、一は生徒会もやっており、校内を徘徊している二郎を捕まえては校内ポスターの掲示の張り替えや、行事準備などを手伝わせており、それをきっかけに一学年上の生徒会長をしていた二階堂凜とも知り合うのであった。
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