青春クロスロード ~若者たちの交差点~

Ryosuke

文字の大きさ
76 / 189
第4章

人の噂も七十五日⑨ ~冷えたボトルと温かい優しさ~

しおりを挟む
 午前の練習を終えて昼食を済ました忍は午後の練習から二郎が来ることを思い出すと、なぜだか汗に濡れた運動着の匂いが無性に気になり、居ても立っても居られず部室へ換えのTシャツに着替えに戻った。ようやく気分もスッキリして練習再開の10分前となり体育館に戻ったところで忍は後ろ姿でも分かるやる気の無い顔と猫背が板に付いている男子生徒を見つけた。

(二郎!・・・忍、落ち着いて、昨日考えたとおり怒らないように声を掛けないと)

 忍が女子にしては高い上背を小さくしながらあれこれ考えていると、二郎が忍に気付き声を掛けた。

「おう忍か、・・・・朝からお疲れさんだな・・・・」

「うん、・・・なんか久しぶりに話すね、あたしら・・・・」

 二郎のぎこちない挨拶に忍も考えていた事が全て吹っ飛び頭が真っ白になりながらガチガチの笑顔で返事をした。

「・・・あれだ、この前の祭りの日だけど、誘ってくれたのに断っちまって悪かったな。まぁ今度なんか奢るからそろそろ機嫌直せよ」

 忍は自分が言おうとしていた仲直りの言葉を二郎に先に言われてしまったことに対するバツの悪さと、二郎からの仲直りの言葉を聞けた嬉しさで顔が真っ赤になりながら無言で立ち尽くしていると、二郎がその様子を心配したように言った。

「おい、忍、大丈夫か。なんだか顔は赤いし、目元もクマができて体調悪そうじゃねーか。昨日ちゃんと寝たのか」

「え、いや、うん、・・・・ちょっと考え事していたら眠れなくて」

 忍の明らかにしおらしい態度にいよいよ本気で心配になった二郎が思わぬ行動に出た。

「本当に大丈夫なのかよ。うーん、熱はないようだけど、やっぱり顔も赤いし午後は練習をやめた方が良いんじゃないか」

 二郎は忍に近寄り正面に立つと忍の額に手をあて熱を測り、両の頬に手を添えるとじっと忍の目を見つめながら言った。

 突然の二郎の強襲に呼吸を止めて石のように固まった忍がいよいよ意識を飛ばしそうになっているところで、休憩を終えた他の女バス部員達がぞろぞろと体育館へ戻ってきた。

 そのおかげで辛うじて意識を取り戻した忍は酸素の足りていない肺からありったけの空気を振り絞り言った。

「っだ、だ大丈夫だから。あんた、ちょっと何してるよ」

 忍が二郎の手を振りほどき距離を取ると、二郎も一歩下がり言った。

「おう、悪いな。まぁお前が大丈夫なら良いけど、そんじゃ、これ。まだ買ってきたばかりで冷えているから、これもでも飲んでちょっと休んどけ、ほれ」

「ちょっと、ひゃっ・・・・ありがとう」

 手に持つコンビニの袋から500mlのスポーツドリンクを取り出し、二郎は忍の火照った首筋に冷えたペットボルトをそっと押し当ててそれを手渡すと、そのまま体育館へ入っていった。

 忍は渡されたペットボトルを今度は自分で頬につけて気持ちの良い冷たさと思いも寄らない二郎の優しさを感じていると、後ろから溌剌とした明るい声がかかった。

「し・の・ぶ!!ちょっと白昼堂々何やっているのよ!!」

「え、歩!今の見てたの?!」

「ばっちり見ちゃったよ。もうビックリしたんだから!山田の奴、いきなりキスでもするのかと思ったよ。あんた達いつの間にそんな仲になったのよ」

 そんな声を掛けたのは忍の親友であり、部活の相棒でもあるチームのポイントガードを務める神部歩だった。歩は身長が160センチほどでバスケ部の中で一番小さいながらも抜群の運動神経とバスケセンスで一年の頃から忍とコンビを組みレギュラーを張っている、チームの副部長を務める女子生徒だった。歩は肩には着かない程度の長さの暗い茶髪にシンプルな藍色のヘヤバンドと動きやすそうなラフな運動着がよく似合う活発な少女だった。

「何バカのこと言っているのよ。アイツとあたしはそんな仲じゃないわよ!」

 忍があわあわしながら全力で否定するも歩はさらなる疑惑の目を向けながら言った。

「あんたそんなこと言ったって、端から見たらラブラブのカップルが盛り上がっちゃって見つめ合いながらチュッチュし始めるようにしか見えなかったからね。それに今流れている噂では山田の三股相手の一人に数えられているし、喧嘩で気まずくなっていたカップルの方が仲直りした後に色々盛りがるって言うしさ。それと自分では気がついていないかもしれないけど完全に乙女モードの顔になっていたわよ」

 歩がじと目になって親友がひた隠そうとしている二郎との関係を追求しようとしていると、忍は気まずそうに声のトーンを下げて言った。

「噂の事はあたしには関係ないし、その・・・」

「何、尊の噂の事?別に気にしてないよ。私は尊が忍に惚れているって知っていてアイツのことを好きになったんだから、むしろバッサリ尊を振ってくれたなら私はウェルカムだし。まぁどうして尊よりも山田が良いのかは正直私には理解できないけど、それが恋愛なのかね」

「ちょっといきなりどうしてそんな話しをしているのよ」
 
 忍が慌てた様子で問いかけると、歩は苦笑いしながら言った。

「だってこの一週間、ずっと忍はあれこれ悩んで私にも気を遣って、何だかよそよそしく感じちゃってさ。早くスッキリして元通りになりたかったんだよ。だから忍はもう私の事を気にしないで良いんだよ。もともと尊に気が無いことは分かっていたし、さっきの様子だと山田とも良い感じみたいだし、これでWin-Winだよね!!」

 持ち前の明るさでダブルピースサインをする歩の姿を見て、忍も肩の荷が下りたように返事した。

「そっか、わかったよ。ありがとう、歩」

「良いって事よ!こんな時こそ協力するのが相棒でしょ。さぁ皆もう揃っているし、午後の練習始めよう、部長!」

「了解。そんじゃ張り切っていこうか」

 忍と歩は高校入学以来、幾多の苦楽をともにしてきた親友との友情と信頼を改めて確認すると気合いを入れてコートに向かっていった。

(それにしても山田の奴は色々分かっていてあんなことしたのかね。あの朴念仁のことだから何も考えてなさそうだし、忍の事をからかうようなら私が一発ガツンと言わせるしかないわね)

 歩は忍の横顔を見ながら、反対側のバスケコートの隅であくびをしながらストレッチをする二郎を睨み付けながら物騒な計画を考えるのであった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小学生をもう一度

廣瀬純七
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

付き合う前から好感度が限界突破な幼馴染が、疎遠になっていた中学時代を取り戻す為に高校ではイチャイチャするだけの話

頼瑠 ユウ
青春
高校一年生の上条悠斗は、同級生にして幼馴染の一ノ瀬綾乃が別のクラスのイケメンに告白された事を知り、自身も彼女に想いを伝える為に告白をする。 綾乃とは家が隣同士で、彼女の家庭の事情もあり家族ぐるみで幼い頃から仲が良かった。 だが、悠斗は小学校卒業を前に友人達に綾乃との仲を揶揄われ、「もっと女の子らしい子が好きだ」と言ってしまい、それが切っ掛けで彼女とは疎遠になってしまっていた。 中学の三年間は拒絶されるのが怖くて、悠斗は綾乃から逃げ続けた。 とうとう高校生となり、綾乃は誰にでも分け隔てなく優しく、身体つきも女性らしくなり『学年一の美少女』と謳われる程となっている。 高嶺の花。 そんな彼女に悠斗は不釣り合いだと振られる事を覚悟していた。 だがその結果は思わぬ方向へ。実は彼女もずっと悠斗が好きで、両想いだった。 しかも、綾乃は悠斗の気を惹く為に、品行方正で才色兼備である事に努め、胸の大きさも複数のパッドで盛りに盛っていた事が発覚する。 それでも構わず、恋人となった二人は今まで出来なかった事を少しずつ取り戻していく。 他愛の無い会話や一緒にお弁当を食べたり、宿題をしたり、ゲームで遊び、デートをして互いが好きだという事を改めて自覚していく。 存分にイチャイチャし、時には異性と意識して葛藤する事もあった。 両家の家族にも交際を認められ、幸せな日々を過ごしていた。 拙いながらも愛を育んでいく中で、いつしか学校では綾乃の良からぬ噂が広まっていく。 そして綾乃に振られたイケメンは彼女の弱みを握り、自分と付き合う様に脅してきた。 それでも悠斗と綾乃は屈せずに、将来を誓う。 イケメンの企てに、友人達や家族の助けを得て立ち向かう。 付き合う前から好感度が限界突破な二人には、いかなる障害も些細な事だった。

クラスで1番の美少女のことが好きなのに、なぜかクラスで3番目に可愛い子に絡まれる

グミ食べたい
青春
高校一年生の高居宙は、クラスで一番の美少女・一ノ瀬雫に一目惚れし、片想い中。 彼女と仲良くなりたい一心で高校生活を送っていた……はずだった。 だが、なぜか隣の席の女子、三間坂雪が頻繁に絡んでくる。 容姿は良いが、距離感が近く、からかってくる厄介な存在――のはずだった。 「一ノ瀬さんのこと、好きなんでしょ? 手伝ってあげる」 そう言って始まったのは、恋の応援か、それとも別の何かか。 これは、一ノ瀬雫への恋をきっかけに始まる、 高居宙と三間坂雪の、少し騒がしくて少し甘い学園ラブコメディ。

カオルとカオリ

廣瀬純七
青春
一つの体に男女の双子の魂が混在する高校生の中田薫と中田香織の意外と壮大な話です。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...