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第5章
ダブルデート・スクランブル④ ~剛の決断、恥か憤死か~
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話は少し戻って二郎が「踊る大捜査線」の開始直前になって上映室を出て、四葉達と待ち合わせしたファミレスに向かおうとしていた時、二郎達とは全く別の約束で三佳と剛が映画館の前に姿を現していた。
「剛君、お待たせ。ごめんね、待たせたかな」
「いや全然、俺も今さっき来たところだよ」
もちろん剛は一時間以上前から立川に到着していた。それは剛が少しでもこのデートを上手くようにと、立川駅周辺の下見や昼食で行く予定の店の場所の確認など練りに練ったデートの計画を完遂するために待ち合わせ時間よりも相当早く来ていたが、そんなこと少しも感じさせない様に自然に返事をした。
「そっか、それなら良かったよ。私普段立川に来ないから、少し迷っちゃって、ごめんね」
「もちろん大丈夫だよ。俺も似たようなモノだから。そんなことよりも今日の三佳ちゃん、凄く可愛いね」
剛が少し照れながらも褒めた三佳の姿はいつものポニーテールではなく背中の真ん中ほどまで長い髪を下ろしており、いつものスポーティーなスタイルとは異なり、白いニットに黒のキャミソールワンピース合わせた落ち着きのあるゆるふわ秋コーデだった。
「そうかな。褒めてくれてありがとね」
三佳は柄にもなくあれこれ悩んだデートファッションを褒められて恥ずかしそうに笑った。
そんな三佳の様子を見て小さくガッツポーズを決めると剛はその勢いで話を続けた。
「いつもの三佳ちゃんももちろんキラキラしていて可愛いけど、今日は何だか少し大人っぽい感じで凄く良いと思うな。えっと、はい、これチケットだよ。さぁバタバタする前に行こうか」
剛がここは攻め時とこれでもかと褒めちぎっている様子を見て、三佳も頬を少し赤らめながら返事をした。
「へへへ、何だかそこまで言われると照れるね。うん、急な予定だったのに色々準備してくれて本当にありがとうね。・・あれ?」
三佳は急に予定が決まったにもかかわらずチケットの準備やデートの計画を立ててくれた剛に改めてお礼を言っていると、まさかいるはずもない人物の後ろ姿を目にして一瞬言葉を止めた。
「そんなことたいしたことじゃないから気にしないで良いよ。うん?三佳ちゃんどうかした。なんか幽霊でも見たみたいな顔して」
「え、いや。ううん、大丈夫。多分私の勘違いだから。ちょっと知り合いっぽい人の姿が見えたけど多分違うと思うから。気にしないでごめんね」
「それなら良いけど。それじゃ、飲み物でも買って入ろうか」
「うん、そうだね。映画館なんて久しぶりだから楽しみだよ!」
三佳は一瞬二郎の姿を見たような気がしたが、まさか二郎がいる訳がないと思い直した。また今日は剛とのデートなのに二郎の事を話題に出すのは剛にあまりにも失礼だと思いそれ以上は考えないようにしたのだった。
(もう私は何を考えているのよ。こんなところに二郎君がいるはずないわ。きっと今日も部活か、そうじゃなければ家でゴロゴロしているのが二郎君だろうし、変なことを考えるのはやめよう。よし、今日は思いっきり楽しむぞ)
三佳は自分に言い聞かせるように二郎の事を頭の中から消し去り、気を取り直して剛の後に付いていくのであった。
それから何事もなく映画が始まり、三佳は食い入るように映画に集中していたが、剛はそうとはいかなかった。
剛はこの日を並々ならぬ想いで迎えていた。夏休み入る前に勇気を出してデートに誘うも、なぜかいつの間にかグループイベントにされてしまい告白の機会を邪魔され、夏休み終盤の祭りで告白するもあっけなくフラれ、それ以降は全く交流する機会もないまま悶々とする日々を過ごしていた。そんなとき怪我をしたことがきっかけで、突如として舞い降りてきた千載一遇のチャンス。この機会に今まで以上に三佳との間を縮めて今度こそは恋人関係になれるようにしたいと心の底から祈りこの日を迎えていた。
そんな心理状況の中で今のところ非常にスムーズにデートは進行していたが、剛はこの日朝起きてからずっと緊張の渦の中にいた。そしていま映画が1時間ほど過ぎようとしていたとき、一つの限界を迎えていた。
(もう・・・無理だ。膀胱の・・・限界だ)
剛は朝から緊張のせいか異様に喉が渇き何度も水分を摂取していた。それは三佳と合流してからさらに加速して、異常に喉が渇き水分を多量に摂取してしまっていた。しかし当然水分を摂れば、その分それを出さなくてはいけないのが人間である。
剛は朝に用を足してからそれ以降一度もトイレには行っておらず、上映開始前にも緊張のせいかトイレに行くことを忘れていた。その一方で待ち合わせ前に買ったペットボトルのお茶の残りを一気飲みして、さらに映画が始まって以降もこまめに飲み物に手をつけていたため、遂に緊張による尿意の減退すらも意味をなさないほど物理的な膀胱容量の限界突破に直面していた。
実のところ映画開始30分を過ぎた頃にはすでに我慢をしていたが、映画を見ている途中で中座するのはマナー違反だという思いと初デートの相手を前にダサい姿を見せるわけにはいかないという意地から、どうにか上映中の時間は我慢してこの状況を乗り切ろうと結論を下していた。
しかし、それは無理な話であった。1時間を過ぎようとするころ、すでに剛は映画の内容など一切頭に入ってこないまでに追い込まれていた。
想いを寄せる女子の前で周囲に迷惑を掛けて恥を忍んで中座してトイレに駆け込むか、男の意地と誇りそして自身の膀胱の限界を信じて憤死するか。二つに一つ。誰がどう考えても前者の回答一択となるところだが、剛にとってそれほどまでに三佳に格好の悪いところは見せられないという想いが自身の首を絞めることになっていた。
もはや手足は痺れ感覚は無くなり頭は呆然となりながらも全集中で自身の膀胱の先端の決壊を防ごうとこれ以上無い力を込めて忍耐を重ねていた。そんな状況の中、劇中で何度も放たれる大砲の衝撃音が剛の体はビクッと震えさせ、あと数ミリあるかも分からない薄い壁を破ろうとするのであった。
(俺はここで何をしているんだ。三佳ちゃんと楽しい映画デートのはずだっただろう。なんで一人こんな苦しい戦いを強いられているんだ。このあと、食事に行って流れで昭和記念公園に行ってコスモス畑をゆっくり散歩でもして、隙あらばもう一度告白をする計画じゃないか。そうだ、今日俺は男になる。そのためにも多少の恥をかいてもデートをぶち壊すような憤死だけはする訳にはいかない。ここは大人しくトイレに行って態勢を整えるしかない)
剛は呆然とする頭をフル回転させて何とかこの状況を突破するための最適解に辿り着くのであった。
「みみみ、三佳ちゃん、すまないけど、少し席を開けるね、すぐ戻るから、ごめん」
ガチガチに硬直した体をゆっくりと動かしながら剛が映画に集中している三佳に声を掛けると、三佳は特に気にも留めずに「うん」とだけ返事をしてよろよろと力なく席を立つ剛を見送った。
(どうしたのかな、お手洗いかな。まぁ長い映画だし私も後で行こうかな)
そんなことをふと思いながら三佳は面白くなってきた映画に集中し始めるのであった。
剛が我慢に我慢を重ねて苦渋の決断で選択した中座も三佳に取っては特に何の問題も無い事だった。むしろ剛が席を立ってくれたおかげで三佳も中座しやすくなった程度に受け止めていた。
面白いもので人間関係において本人にとって重大な事と思える事柄も相手にとっては本当に取るに足らない些細な事であることはよくある。特に男女の関係においてはそれが顕著に現れるもので、それが恋愛の難しさ、面白さ、そして奥深さだと大人になって気付くのだが、青春真っ只中の剛達はまだまだしばらくの間はそれに悩み迷い続けて行くのであった。
「剛君、お待たせ。ごめんね、待たせたかな」
「いや全然、俺も今さっき来たところだよ」
もちろん剛は一時間以上前から立川に到着していた。それは剛が少しでもこのデートを上手くようにと、立川駅周辺の下見や昼食で行く予定の店の場所の確認など練りに練ったデートの計画を完遂するために待ち合わせ時間よりも相当早く来ていたが、そんなこと少しも感じさせない様に自然に返事をした。
「そっか、それなら良かったよ。私普段立川に来ないから、少し迷っちゃって、ごめんね」
「もちろん大丈夫だよ。俺も似たようなモノだから。そんなことよりも今日の三佳ちゃん、凄く可愛いね」
剛が少し照れながらも褒めた三佳の姿はいつものポニーテールではなく背中の真ん中ほどまで長い髪を下ろしており、いつものスポーティーなスタイルとは異なり、白いニットに黒のキャミソールワンピース合わせた落ち着きのあるゆるふわ秋コーデだった。
「そうかな。褒めてくれてありがとね」
三佳は柄にもなくあれこれ悩んだデートファッションを褒められて恥ずかしそうに笑った。
そんな三佳の様子を見て小さくガッツポーズを決めると剛はその勢いで話を続けた。
「いつもの三佳ちゃんももちろんキラキラしていて可愛いけど、今日は何だか少し大人っぽい感じで凄く良いと思うな。えっと、はい、これチケットだよ。さぁバタバタする前に行こうか」
剛がここは攻め時とこれでもかと褒めちぎっている様子を見て、三佳も頬を少し赤らめながら返事をした。
「へへへ、何だかそこまで言われると照れるね。うん、急な予定だったのに色々準備してくれて本当にありがとうね。・・あれ?」
三佳は急に予定が決まったにもかかわらずチケットの準備やデートの計画を立ててくれた剛に改めてお礼を言っていると、まさかいるはずもない人物の後ろ姿を目にして一瞬言葉を止めた。
「そんなことたいしたことじゃないから気にしないで良いよ。うん?三佳ちゃんどうかした。なんか幽霊でも見たみたいな顔して」
「え、いや。ううん、大丈夫。多分私の勘違いだから。ちょっと知り合いっぽい人の姿が見えたけど多分違うと思うから。気にしないでごめんね」
「それなら良いけど。それじゃ、飲み物でも買って入ろうか」
「うん、そうだね。映画館なんて久しぶりだから楽しみだよ!」
三佳は一瞬二郎の姿を見たような気がしたが、まさか二郎がいる訳がないと思い直した。また今日は剛とのデートなのに二郎の事を話題に出すのは剛にあまりにも失礼だと思いそれ以上は考えないようにしたのだった。
(もう私は何を考えているのよ。こんなところに二郎君がいるはずないわ。きっと今日も部活か、そうじゃなければ家でゴロゴロしているのが二郎君だろうし、変なことを考えるのはやめよう。よし、今日は思いっきり楽しむぞ)
三佳は自分に言い聞かせるように二郎の事を頭の中から消し去り、気を取り直して剛の後に付いていくのであった。
それから何事もなく映画が始まり、三佳は食い入るように映画に集中していたが、剛はそうとはいかなかった。
剛はこの日を並々ならぬ想いで迎えていた。夏休み入る前に勇気を出してデートに誘うも、なぜかいつの間にかグループイベントにされてしまい告白の機会を邪魔され、夏休み終盤の祭りで告白するもあっけなくフラれ、それ以降は全く交流する機会もないまま悶々とする日々を過ごしていた。そんなとき怪我をしたことがきっかけで、突如として舞い降りてきた千載一遇のチャンス。この機会に今まで以上に三佳との間を縮めて今度こそは恋人関係になれるようにしたいと心の底から祈りこの日を迎えていた。
そんな心理状況の中で今のところ非常にスムーズにデートは進行していたが、剛はこの日朝起きてからずっと緊張の渦の中にいた。そしていま映画が1時間ほど過ぎようとしていたとき、一つの限界を迎えていた。
(もう・・・無理だ。膀胱の・・・限界だ)
剛は朝から緊張のせいか異様に喉が渇き何度も水分を摂取していた。それは三佳と合流してからさらに加速して、異常に喉が渇き水分を多量に摂取してしまっていた。しかし当然水分を摂れば、その分それを出さなくてはいけないのが人間である。
剛は朝に用を足してからそれ以降一度もトイレには行っておらず、上映開始前にも緊張のせいかトイレに行くことを忘れていた。その一方で待ち合わせ前に買ったペットボトルのお茶の残りを一気飲みして、さらに映画が始まって以降もこまめに飲み物に手をつけていたため、遂に緊張による尿意の減退すらも意味をなさないほど物理的な膀胱容量の限界突破に直面していた。
実のところ映画開始30分を過ぎた頃にはすでに我慢をしていたが、映画を見ている途中で中座するのはマナー違反だという思いと初デートの相手を前にダサい姿を見せるわけにはいかないという意地から、どうにか上映中の時間は我慢してこの状況を乗り切ろうと結論を下していた。
しかし、それは無理な話であった。1時間を過ぎようとするころ、すでに剛は映画の内容など一切頭に入ってこないまでに追い込まれていた。
想いを寄せる女子の前で周囲に迷惑を掛けて恥を忍んで中座してトイレに駆け込むか、男の意地と誇りそして自身の膀胱の限界を信じて憤死するか。二つに一つ。誰がどう考えても前者の回答一択となるところだが、剛にとってそれほどまでに三佳に格好の悪いところは見せられないという想いが自身の首を絞めることになっていた。
もはや手足は痺れ感覚は無くなり頭は呆然となりながらも全集中で自身の膀胱の先端の決壊を防ごうとこれ以上無い力を込めて忍耐を重ねていた。そんな状況の中、劇中で何度も放たれる大砲の衝撃音が剛の体はビクッと震えさせ、あと数ミリあるかも分からない薄い壁を破ろうとするのであった。
(俺はここで何をしているんだ。三佳ちゃんと楽しい映画デートのはずだっただろう。なんで一人こんな苦しい戦いを強いられているんだ。このあと、食事に行って流れで昭和記念公園に行ってコスモス畑をゆっくり散歩でもして、隙あらばもう一度告白をする計画じゃないか。そうだ、今日俺は男になる。そのためにも多少の恥をかいてもデートをぶち壊すような憤死だけはする訳にはいかない。ここは大人しくトイレに行って態勢を整えるしかない)
剛は呆然とする頭をフル回転させて何とかこの状況を突破するための最適解に辿り着くのであった。
「みみみ、三佳ちゃん、すまないけど、少し席を開けるね、すぐ戻るから、ごめん」
ガチガチに硬直した体をゆっくりと動かしながら剛が映画に集中している三佳に声を掛けると、三佳は特に気にも留めずに「うん」とだけ返事をしてよろよろと力なく席を立つ剛を見送った。
(どうしたのかな、お手洗いかな。まぁ長い映画だし私も後で行こうかな)
そんなことをふと思いながら三佳は面白くなってきた映画に集中し始めるのであった。
剛が我慢に我慢を重ねて苦渋の決断で選択した中座も三佳に取っては特に何の問題も無い事だった。むしろ剛が席を立ってくれたおかげで三佳も中座しやすくなった程度に受け止めていた。
面白いもので人間関係において本人にとって重大な事と思える事柄も相手にとっては本当に取るに足らない些細な事であることはよくある。特に男女の関係においてはそれが顕著に現れるもので、それが恋愛の難しさ、面白さ、そして奥深さだと大人になって気付くのだが、青春真っ只中の剛達はまだまだしばらくの間はそれに悩み迷い続けて行くのであった。
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