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プロローグ

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最初に感じたのは鈍い痛みと自分の体が宙に浮いた感覚だった。

次に、それまで聞いたことのないような雄叫びのような獣の声が聞こえた。

自分が何かに吹き飛ばされたのだとわかったのは、痛みが少し引いた後である。


「トルマ、大丈夫か?」


仲間の一人が駆け寄って来て俺に肩を貸してくれる。

顔を上げると、騎士団のメンバーが剣を抜き上を見上げていた。


「キャー!!」


と悲鳴を上げたのは馬車で護衛中だったお嬢様である。

馬車の小窓の中からソイツの顔を見てしまったのだろう。


ぎょろぎょろとした大きな目が騎士団から馬車へと向けられる。


ワイバーンと呼ばれる魔物だった。
ドラゴンよりも一回り小さいソイツは滅多に人前に姿を現すような魔物ではない。


獰猛で、牛を一頭丸呑みにすると聞いたことがある。

白い鱗と、翼と同化した手足が特徴的だった。

騎士団のメンバーがソイツの皮膚に剣を突き立てるが、硬い鱗に阻まれて歯が立たないようだった。

ワイバーンは騎士団のことなどもはや眼中にないのか、ずんずんと馬車はと近寄ってくる。


まずい。


フラフラになりながらも俺は仲間の手を振り払い、馬車へ向かう。


ワイバーンは大きな顎で馬車に噛み付く。
強すぎる顎の力に馬車は歪み、扉がひしゃげていた。

ワイバーンはその扉を咥えて、馬車から力任せに引き剥がすとそれをポイっと捨ててしまう。

扉が無くなり、馬車の中にいたお嬢様がワイバーンから丸見えになってしまう。

叫び声が聞こえなくなったのはお嬢様が気を失ってしまったからだった。

修練を積んだ俺たちでさえ怖いのだ。
貴族のご令嬢がこんな化け物を前にして気を失うのは当然のことだろう。


ワイバーンはその大きな牙を突き立てて、馬車の中のお嬢様めがけて首を伸ばす。


牛を一飲み……。

街のどこかで聞いたそんな噂が俺の頭の中で駆け巡ったが、考えるよりも先に体が動いていた。

ワイバーンとお嬢様の間に無理矢理体を捩じ込む。

ワイバーンはお嬢様を一飲みにする代わりに俺の右肩に噛み付いた。


「ぐうぅ……ああぁ!!」


今でも思い出したくないほどの痛みだった。
牙が体に食い込むのがわかり、このままだと食いちぎられると思った。

しかし、俺はドラゴンを倒しに行った英雄の息子だ。

ワイバーンごときに負けるわけには行かない。

俺は自由だった左手でそのまま左の腰に差していた短剣を抜く。

長剣にしなかったのは左手では抜ききれないと思ったからだ。

痛みに耐えながらその短剣を振り上げる。


「目だ! 目を狙え!」


騎士団の団長がそう叫ぶのが聞こえた。

その声に従い、振り上げた短剣をワイバーンの右目に目掛けて振り下ろした。


ワイバーンは大きな悲鳴を上げて俺の肩から口を離す。

ドサッという音と共に俺は地面に落とされた。

そのまま痛みに耐えきれなくなって、俺は目を閉じってそっと気を失ったのである。

後に聞いた話だが、右目を負傷したワイバーンをその場にいた騎士団総出で取る囲み、剣を突き立てて追いやったらしい。

ワイバーンは痛みに怯んだのか、空を飛んで逃げていったとのことだ。

結果として、お嬢様は無事であり俺は護衛という任務をやり遂げたのである。

しかし、その代償は大きかった。


「もう二度と剣は握れないと思った方がいい」


街のベッドで目を覚ました俺に医者が告げたその言葉はあまりにも残酷だった。

ワイバーンの牙は俺の肩に深く刺さり、大きな傷を負わせた。

傷が治っても肩を大きく上げることはできないだろうと言うのだ。

ましてや剣のような重いものを持って戦うことなど到底無理だと医者は俺に告げたのだった。
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