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勇者、訓練をする

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異世界に来てからおよそ二週間ほどが経過しただろうか。

ギルド長のユクシムさんのおかけで無事にユタムの街の領主、ライオッド卿と会うことができた俺はそのライオッド卿の行為のおかげで無事に人間らしい生活を送ることができていた。

借りていたギルドと提携している宿屋ではなく、守護騎士団に入団する訓練生たちが使う寄宿舎で寝泊まりするようになったのはライオッド卿とアリアさん曰く、「その方が都合がいい」かららしい。

どうやら、俺は魔王を倒せるくらい強くなるためにその守護騎士団の訓練生たちと共に訓練を受けることになるようだ。

今日は訓練初日の朝である。
ユタムでは毎年春に訓練生を募り、新規入団した訓練生たちを三ヶ月鍛え上げてから守護騎士団に合流させるのが恒例らしい。

恐らく俺がいるという理由で例年よりも訓練の開始時期は少し早まったようだが、集められた訓練生たちは特に気にしている様子はなかった。

それよりも、これからどんなにキツイ訓練をされるのか不安で仕方がないといった様子である。

自称神に「お前は勇者の生まれ変わりだ」と言われて、魔王を倒す運命を背負っているわけでもないのに自ら志願していた彼らを俺は素直に勇気のある人達だと思ったが、彼らの話に聞き耳を立てていると、実は進んで入団したのは一部だけでそうではない者もいるのだということがわかる。

実家が農家をしているが、長男ではないので農地は受け継げず働き手も足りているために仕方なくといった理由や、兄二人が既に入団しているため家族からの期待や世間の目が怖くて入団したという理由まで、様々なようだ。


俺はといえば、怯える訓練生たちと同じように怯え切っていた。
なんなら、一番ビビっているといっても過言ではないと思う。


俺がビビる理由の一つに昨日、この訓練の教官であるアリアさんに個人的に呼び出されたことがあげられる。


教官用の私室をノックして中に入った俺を迎えてくれたのは椅子に座って足を組むアリアさんであった。


窓から差し込む光が逆光となり、アリアさんの迫力のある眼光を隠してくれていたのはいいが、逆にそれが神々しいオーラのようにも見えて緊張してしまった。

さらには、


「おいハル、訓練が始まる前にお前に忠告しておいてやる」

という前置きが俺を身構えさせる。
その口調にはライオッド卿と交わしていたような毅然とした騎士のような態度はかけらもなく、体育会系の部活顧問のような威圧感があった。


アリアさんはユクシムさんとは違い、礼節と本性をうまく切り替えられるタイプの武人のようだ。


「いいか、集まった訓練生達はお前が勇者だということは知らねぇ。アタシも訓練中は知らないフリをする。この意味がわかるな?」


俺はコクコクと頷く。
「はいっ」という大きな返事をしなければ怒られるかもしれないが、緊張で言葉が出てこず頷くのが精一杯だった。

幸いアリアさんは返事に関しては何も言わなかった。

アリアさんの言っていることを要約すれば「特別扱いはせず、他の訓練生と同じように扱う」という意味だろう。

それはつまり「キツイ訓練を覚悟しろ」という意味でもあるが、それは俺にとっても必要なことなのだろう。


俺は魔王を倒すために強くならなければいけないのだ。

優遇されて、優しく扱われても今まで武術の経験がない俺が強くなれるとは思えない。

それに、共に訓練を受ける訓練生達は同期のようなものだろう。

俺だけが優遇されていたら、それをよく思う者はいないだろうし必ず嫉妬の対象となってしまう。

それも怖い。

どうせどちらも怖いのならば、確実に強くなれる方を選ぼうと俺は思ったのである。
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