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本編
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誰かが私を包んでいた。
ふわふわと宙に浮いた感覚が次第に覚醒され、現実の世界へと目を向けさせた。
目の前には、筋肉質の胸が広がっていた。
ゆっくりと顔を上げると規則正しい寝息をたて、彼が私を抱きしめたまま眠っていた。
彼の温もりが私を包んでいる。
あったかい・・・
彼の胸に手をやり、そっと近づく。
このまま彼と一緒にいたい・・・
心地よいまどろみの中、忘れていた今の自分の立場を思い出す。
やだ!なにを暢気な事言ってるのよ、私・・・。
そうだ!お昼くらいに彼女が帰ってくるって言ってたじゃない!
慌てて体を起こし、時計に目をやる。
えーっと4時か・・・4時!?
「ん?・・・香澄、起きたのか?」
まだ半分寝ぼけた彼が私の腕を引っ張り抱き寄せる。
彼はすっぽり埋まった私をさらにぎゅっと抱きしめる。
彼をぱっと私の上に圧し掛かり、寝起きでキスをしてきた。
「ん・・・ぅ・・・」
しだいに彼も目覚めてきたのか、キスが深くなっていく。
その時、カチャッと玄関から音が聞こえてきた。
え・・・まさか!彼女!?
彼の体を押し上げて私は彼から離れた。
「ど、どうしよう・・・見つかっちゃう。」
焦りで、思考がついていかない。
今、まさに修羅場を迎えようとしていた。
心臓がバクバクして、吐きそう。
と、とりあえず着るもの・・・ってか、ここには着るものもない!
今は素っ裸で・・・しかも彼も素っ裸。
明らかにこれはまずい状況!
最大のピンチだ・・・
おろおろしてると彼はチッと舌打ちをしていた。
「帰ってきたか・・・」
大して焦ってもいない彼を信じられない思いでみつめた。
彼は床に落ちてる服を掴み、面倒くさげに着始めた。
「ちょっと待ってて。」
彼はそれだけ言うと、部屋を出て行った。
残された私は、生きた心地がしない。
いきなり彼女が入ってきたら、どうすればいいのよ!
未だに全裸なのに!
辺りを見回して何か着れるものはないか、目で探す。
しかし、と言うのか、やはり、と言うのか見事に整理し尽くされた部屋に溜息した出てこなかった。
彼は程なくして戻ってきた、彼一人で。
彼の姿を確認した瞬間、私は立ち上がり彼の元まで走り寄った。
「大丈夫だったんですか?私にできること、ありませんか?」
私は彼に詰め寄った。
彼はその様子を見て呆気に取られていたが、次の瞬間、ぷっと噴き出した。
「な、なんで笑っていられるんですか!こんな時に!」
「ごめん、ごめん。君があんまり真剣なんで・・・」
「真剣にならなくてどうするんです!このままじゃ、お二人が・・・」
「ちょーっと待った。とりあえずさ、君の服、持ってきたからコレに着替えて。話はそれからにしよう。」
よく見ると、彼の手には私が昨日着ていた服が収められていた。
しかも私、裸じゃない!!
あまりにも彼達のことが気になってすっかり忘れてたわ・・・。
服を私に渡すと、彼は部屋を出て行った。
彼の言う事ももっともだ、と考え、急いで私は服を着替えた。
化粧は、この際気にしない。
軽く描く程度で終わらせる。
彼の部屋を見回し、忘れ物がないか・・・と言ってもリビングに全てあるんだけど・・・一応、確認をして、ドキドキしながら部屋のドアを開けた。
リビングは静かなものだった。
そこには、章吾とそしてもう一人・・・男性?
背中を向けてソファに座っているので顔がわからない。
私が部屋から出てきたことに気がついた章吾は、私の方へとやってくる。
「今、コーヒー入れるから、ソファに座って待ってて。」
そう言ってキッチンへと向かう。
ちょうど彼の声を聞いた見慣れない人物が振り返り、私を見てぎょっとしていた。
なに?私、なにか変?
焦って自分の服装を見直し、髪が乱れてないか手で直す。
そんな私を見て、その人物は慌てて視線を背けながら立ち上がった。
「どうぞ、座って下さい。」
先程までの焦りはどこへ行ったのか、落ち着きを取り戻した人物はにこりと微笑み私を促す。
どこか親しみやすい雰囲気をもった爽やかな青年だった。
「はじめまして・・・と言いたい所だけど、何度かすれ違ってるんだ。」
人懐っこい笑顔で彼は聞いてきた。
「え?どこで?」
頭の中の記憶をたどり、彼の顔をまじまじと見つめた。
「ここのエントランスとか・・・。やっぱり記憶になかったか、残念。」
彼はソファに深く腰を落とし、手を頭の後ろで組みながら溜息をもらした。
すると、後ろから章吾がやってきて私の前にコーヒーを差し出した。
「当たり前だろ。ここのマンションの住人は俺たちだけじゃないんだから。」
え・・・この人もここのマンションに住んでる人?
う~ん、会ったかなぁ・・・覚えてないわ・・・
章吾も自分の分のコーヒーを片手に持ち、私の右横に座った。
「遅くなったけど、紹介するよ。コレは俺の弟で・・・」
「ヨシ君って呼んで!」
章吾の言葉を遮って、目の前の彼が乗り出す。
弟だったんだ・・・そういえば、目の辺りがちょっと似てるかも。
ただ性格はかなり違うけど・・・。
「ヨシ君?」
「そ、俺の名前はヨシユキ。美しいの『美』に幸せの『幸』で美幸。」
その瞬間、私の脳に雷が落ちたような衝撃が与えられた。
美幸・・・が彼の名前・・?
えー・・・と、はぁ!?
ちょ、ちょっと待ったぁ!え、何?つまり・・・
一つの考えが脳裏に浮かび、章吾の方に視線を向けると彼はくくっと笑いながら私にそうだよ、と言うような視線を向けてきた。
かぁ~と顔が一気に熱くなってきて、思わず両手で頬を冷やすように挟みこんだ。
その様子を見ながら、章吾が続けた。
「で、俺の横に座ってるのが・・・」
「知ってるよ、お隣りさんの戸田香澄さんだろ。わざとらしいよ、兄貴。俺が知ってるってわかってるくせに」
不満そうに美幸は章吾に呟く。
私のこと、名前まで知ってたの?
でもすれ違ったりしたのはエントランスだから、名前までは知らないはず・・・
私が疑問を抱いている間、二人の会話は続いていた。
「一応、紹介しないとな。ついでに俺の彼女だから。」
章吾がいきなりバクダン発言をして、私はびっくり。
「え、わ、私が、か、彼女!?」
驚きのあまり、日本語になっていない。
「そうだろ?」
「違うの?」
同時に二人から質問を返され、うっと息を呑んだ。
章吾はほーっと息を吐き、頭を抱えていた。
美幸は美幸でなぜだか瞳を輝かせて、私の返答に興味津々な顔。
私が彼女・・・
「今、あの・・・混乱してて、えーっと、ちょっと待ってくださいね」
と、とりあえず落ち着こう。
一つ一つ整理しなきゃ・・・。
まず、ここに住んでいるのは、この二人であって・・・つまり、ここには女性は住んでいない。
ということは・・・・ということは?
どういうこと!?
あまりに悩んでいる私を見てられなくなり、章吾は私の肩を抱きながら絡まった疑問の糸を解すように助けてくれた。
「香澄はかなり誤解をしてたからな。その誤解を一つずつ解決していこう。」
「兄貴、そんなに怪しい行動取ってたわけ?」
「おまえは黙ってろ。」
「へいへい。つーか、俺って邪魔?」
拗ねたような顔をしながら、美幸はおどけて見せた。
それを章吾が一喝すると、美幸は無言になった。
彼が黙った事を見計らい、章吾は話を続ける。
「まず一つ、言っておきたい。俺には君以外に目を向ける女性はいない。」
「それって、つまり彼女はいないってこと?」
「彼女は君だ。少なくとも俺はそう思ってるが?」
「でも・・・」
たまに聞いていた男女の濡れ場はどうなるのだろう。
これが私を一番苦しめたものだ。
「君が聞いたという声のことか?だったら目の前にいる弟に聞いてくれ。俺は全く知らないからな。」
「お、おれ?」
ぼーっとしていた美幸は、いきなり話題を振られて目を見開いて驚いている。
ヨシ君、が?
「そうだよ、おまえだよ。一体、誰とここで抱き合ってた。あぁ、そんなことはどうでもいい。とにかくおまえはここで何度も女を抱いただろ?声が隣りに漏れてたんだよ。」
「へ?何を急に・・・って漏れてた?あちゃー、ははは。悪い悪い!」
バツが悪そうに頭を掻きながら美幸は笑っていた。
「悪い悪い、じゃない。おかげで俺は誤解されたんだぞ!」
「まぁまぁ。これで誤解は解けたんだしさ。・・・でもまさか聞こえてるとは・・・。今度からテレビのボリューム落とさないとな・・・。」
「はっ!?テレビ?おまっ、ひょっとして!」
「あはは、いやぁ~、セフレと何度もやってるとワンパになるからさぁ、試しにAVを見ながら二人でやったら結構、嵌っちゃってさぁ~」
恥ずかしげもなく、意気揚々と美幸が話す。
す、すごいんだ、ヨシ君って・・・
思わず、私が赤くなってしまった。
「もういい!おまえと話してると埒があかない。」
美幸の存在を追い払うかのように章吾は右手を左右に振る。
そして私の方に視線を戻し、改めて続きを促す。
「脱線してごめん。とにかく俺は残業の毎日だし、君の聞いたような事をする時間もなかったわけだ。」
章吾に言われて改めて気がついた。
そうだった、彼はいつも午前様。
声を聞いた時間は、決まって早い時間だった。
もし章吾が相手ならもっと遅い時間であってもよかったはず。
やだ・・・すごい早とちりじゃない。
「ええっと・・・ごめんなさい。私、すごい誤解をしてしまって。でも、柚木田さんは・・・」
「章吾だ。」
口調を強くして彼は正す。
「し、章吾さん、は・・・私が誤解してることを最初から・・・?」
「最初からわかってたかって?」
「ええ。」
「いや、俺も誤解してた部分もあったから。気付いたのは今朝、君が怒った時に言った言葉で。その内容を聞いてから、君と俺自身にそれぞれ誤解があるんだと気付いたよ。」
「章吾さんも誤解を?」
「あぁ・・・ちょっとな。」
そう言って、彼はなぜだか目の前の美幸をちらっと見た。
「だったらその時、言ってくれればよかったのに・・・。」
「まぁそうなんだけど。あの時は話をすること以上に君が欲しくて堪らなくなった。頭より体が先に動いてしまったんだ。」
「ひどいです・・・おかげで私、すごく悩んで苦しくて辛かったのに・・・」
「ごめんごめん。だからその分、いっぱい君を愛したつもりなんだけど・・・。」
事も無げに彼は微笑んでいた。
私は、と言うと彼のストレートな表現に体温の上昇を避けられなかった。
なんだかずるい。
私だけ何も知らずに彼に抱かれてたなんて・・・。
ふいに今朝の彼との行為を思い出し、耳まで真っ赤になった。
すると前にいた美幸は、ごほんっ、とわざとらしい咳払いをして現実に引き戻させる。
「一応、俺もいると言う事を忘れないでくれよな、お二人さん。あー、もういいや。後は二人で話し合ってくれ!これ以上は付き合い切れん!」
美幸は立ち上がり、自分の部屋へと姿を消した。
リビングに残された私達は、急に静かになった部屋で心なしか、緊張をしていた。
「あ、そう言えば章吾さんの誤解って?」
「ん?あぁ・・・それは・・・」
言い辛そうな感じでふっと視線を私から逸らせた。
「何?気になるわ・・・」
「そんな大した事じゃないんだ。・・・はぁ、なんか言い辛いんだけどさ。俺、てっきり君が美幸のこと好きなんだと誤解してたんだ。」
「はぁ?」
「君はここに来た時、必ずアイツのこと気にしてたから。」
そう言って、ちらっと私を見る。
う・・・つまり、私が彼女だと思って気にしてたと同時に、彼は私がヨシ君に好意を持ってると思ってたと・・・。
それって・・・
彼に視線を向けると、彼ははぁっと息を吐き、呟く。
「明らかに嫉妬だよなぁ・・・」
そして私を抱き寄せると、私の肩に自分の顔を乗せた。
章吾さんが、嫉妬・・・
とても嬉しい。
今までで一番嬉しいかも。
「君に無視されたときは本当に辛かったよ。嫌われたと思って。でも昨日、君に確認したら嫌ってないとわかった。それじゃあなぜ?と思って考えたら・・・一つだけ頭に浮かんだ。君は他に好きな人がいるんじゃないかって。」
彼は物思いに耽るように言葉を一度切った。
私は彼の気持ちにそっと耳を傾けていた。
「あの時、君に『私達はただの隣人だ』って言われた時、ショックだったよ。あぁ、俺だけがこんなに想ってるんだと・・・そう考えたら悲しくて言葉がでなかった。でも・・・目の前で泣いてる君を見て想った、君の笑顔が見れればそれでいいと。その時はそう思った。だけど・・・そのすぐ後に、君がやけに同居人のことを気にして、しかも誤解されたくない、なんて言うじゃないか。誤解されたくない相手と言ったら普通、好きな奴だろ?だから・・・美幸のことが好きなんだと・・・ね」
彼は言い終わって、ふぅーっと軽く息を吐いた。
なんだか私と同じくらい悩んで苦しんでいた章吾がやけに可愛く見えた。
「章吾さんも、結構勘違いが激しいのね」
ふふっと笑って、彼の顔を見上げる。
「あぁ、確かに。君のことになるとどうしてもいろいろと考えてしまうらしい。今考えれば、本当に馬鹿みたい思えるよ。」
そう言って私にキスをした。
触れるだけのキスをして、唇が離れると彼は額をくっつけ私を見つめた。
「香澄・・・君はなぜあの時・・・俺に彼女がいると思ってたはずなのに、俺を受け入れた?」
「それは・・・。それを言うんだったら章吾さんも、でしょ?私がヨシ君に好意を持ってるって思ってたのに・・・。私を抱く事で私から笑顔が消えるとは思わなかった?」
「俺が先に聞いてるんだが・・・。まぁ、俺の場合は理性より本能が勝ったというのかな。君が引越するって聞いた瞬間、抑えてた気持ちが一気に噴き出した。君が離れていくのが耐えられなくて。どうしても繋ぎとめておきたくて・・・。俺の気持ちを知って欲しかった。君に受け入れて欲しかった。」
彼の私を抱きしめる腕に力がこもる。
それはとても心地よく私を刺激した。
「私も同じ。あなたに好きだと言われた瞬間、私の中にはあなただけしか見えなくなったの。あなたに抱かれたいって思った。一つになりたいって・・・。」
言いながら赤くなってしまい、それを隠そうと彼の胸に顔をうずめた。
「辛くなってしまうのに?」
「ええ。それでも、一度だけでもいいって思ったの。あなたを感じて、それで忘れようと・・・。」
「馬鹿な・・・」
「そうね。でも朝、目覚めた時は本当にそう思ったの。これで忘れようって。引越してすっぱりと忘れようってね。私、人を傷付けてまで幸せになりたいなんて思わない。彼女にばれてない今ならまだ間に合うって思って。」
「だからあの時、俺を拒絶したんだな。俺そんなこと知らないから、まだ美幸のこと忘れられないんだと思って、君にひどい言葉で傷つけた。ごめん。」
彼の手が優しく私の頭を撫でながら抱きしめてくれる。
「ううん。そのおかげで私も自分の気持ちをあなたに言えて、こうして今がある。結果的にはよかったのかも。」
「そうだね。君の怒った顔も見れたしね。」
「んもう!」
彼を胸を軽く叩きながら見上げると、彼と視線がぶつかり、自然の流れのまま、キスをする。
穏やかな時間が二人の間をすり抜けていった。
無事に自分の家へと戻ってくる事が出来た。
管理人もそれは慣れたものだった。
免許証を念の為にと提示させ、一緒に私の家の前までついて来て、鍵を開けたら再び、エレベーターを下りていった。
部屋に入ると一気に、疲れが押し寄せ、ぺたんとリビングにへたり込んだ。
その様子を見て彼はくすくす笑いながら、私の隣りにしゃがみ込んだ。
そうだ、彼も一緒だったんだ・・・。
慌てて彼に向き合い、頭を下げた。
「あの、本当にありがとうございました。章吾さんのおかげで助かりました。」
「ま、とりあえずよかったな。それよりこれからどうする?腹、減らない?どこか食いにでも行こうか?」
「え・・・と・・・」
視線を床に落としながら、考えた。
しかし彼は私の返事を待たずに次の言葉を発した。
「ま、それよりも今はシャワー浴びたいか。朝、たくさん汗かいたし。」
そう言われて、一気に熱くなった。
顔が赤くなったのがわかる。
彼は、朝抱いた時きちんと避妊をしてくれた。
だから脚の間から流れてくるものはなかった。
逆に、起きた時やけにすっきりしたものだった。
そのことに今更ながら気付き、彼を見上げると彼は私の考えてる事がわかったのか、
「君が気を失った後、軽くは拭いておいたからちょっとはマシだっただろう?」
え・・・拭いたって・・・
えぇ!!??
頭の中で、彼が私を丹念に拭いている姿を想像してしまい、恥ずかしさの余り、茹蛸状態になった。
そんな私の心を余所に、彼は私の服を慣れた手つきで脱がしていた。
「え?な、なに?」
はっと気が付いた時、私が立たされ下着姿になっていた。
「何って、脱がせてるんだけど。お風呂に入るでしょ?」
「は、入ります!けど!自分で、出来ますから!」
慌てて床に落ちた服で体を隠しながら、後ずさった。
なんだか彼のペースにうまく乗せられてる気がする。
「そう?」
彼は気にしない素振りで軽く返事をした。
その場から急ぎ足でバスルームへと向かう。
はぁ・・・なんだか昨日の夜から目まぐるしい時間が流れた気がする・・・
シャワーのお湯を出して、自分の体へと雫を落とす。
その時、バタンっと扉の開く音が。
ま、まさか・・・
浮かんだ光景がそのまま目の前に広がった。
「きゃっ!し、章吾さん!な、なにを!!」
彼は扉を閉めると、私の後ろにまわり込み、シャワーを取り上げ私にかけながら言った。
「何って、見ればわかるでしょ。一緒に入ろうと思ってさ。」
「入らなくていいです!狭いし、それに・・・」
「それに?」
「それだけじゃ終わらない気が・・・」
そこまで言ったとたん、彼は不敵な微笑みを浮かべ私を抱き寄せた。
「そう。そんなこと期待してたのか。では、そのご期待に添わないといけないなぁ。」
そう言って彼はシャワーを壁に戻した。
「大丈夫、優しくするから」
ニッと笑顔をむけ、私の腕を壁に押し付けた。
気がつけば章吾のされるがままで・・・。
バスルームから出てきたのは、それから1時間後だった。
「もう一つあったんだ」
ベッドの上で二人でまどろみながら彼は呟いた。
すでに体力を使いすぎて動かなくなった体を彼の腕の中に収めたまま、彼の声だけに集中する。
「何が?」
「俺が君に嫉妬した理由」
彼は私を見ず、私に腕枕をした状態で続ける。
「美幸さ・・・アイツ、君に気があったんだ。」
「え・・・えぇ!!」
「引越してきた後、数日してアイツが俺に言ってきたんだ。隣りの人とお近づきになりたいって。親しくなって付き合いたいって。俺、それを聞いてから君を意識するようになった。たぶん、それが君を好きになり始めたきっかけだったと思う。そのことがあったから、君の美幸に対する気持ちを勘違いしたってのもあるんだ。」
「そうなんだ・・・。」
だから私の名前を知ってたわけだ。
そう言われれば、ヨシ君と顔を合わせた時の驚いた表情も理解でした。
そりゃ、驚くわよね・・・気になってた女性が兄の部屋から出てきたんだもの。
しかも明らかに1泊しましたっていうのがモロバレの顔だったし。
「アイツだけには渡せないって気持ちもあったよ。美幸の女性関係を知ってるだけにね。君もさっき聞いたでしょ。アイツはセフレもいるし、暇さえあればナンパしてる。そんな奴に君を渡すなんて出来ない。」
私も彼は遠慮します・・・
あんなに堂々と女性の前でセフレとのこと言えるなんて・・・
住む世界が違うとしか言いようがない。
「でも、うれしかった。嫉妬してくれて。章吾さんが私のことをそれだけ想ってくれてるってことでしょ?」
「あぁ。君だけだよ、俺をこんなに振り回すのは。だから覚悟しておいて。今回のことでそれに気がついたんだ。」
「覚悟?それ?」
「俺は、嫉妬深いらしいってこと。なぜか君に関する事に限ってどうもナーバスになってしまうらしい。冷静でいられなくなるんだ。だから、『覚悟』ね。」
「ははは・・・」
力なく笑うしかなかった。
嫉妬する度に、激しい夜を迎えることになりそうで・・・。
なんだか怖い気が・・・。
そして小さい声で呟く。
「程々に、ね・・・」と。
ふわふわと宙に浮いた感覚が次第に覚醒され、現実の世界へと目を向けさせた。
目の前には、筋肉質の胸が広がっていた。
ゆっくりと顔を上げると規則正しい寝息をたて、彼が私を抱きしめたまま眠っていた。
彼の温もりが私を包んでいる。
あったかい・・・
彼の胸に手をやり、そっと近づく。
このまま彼と一緒にいたい・・・
心地よいまどろみの中、忘れていた今の自分の立場を思い出す。
やだ!なにを暢気な事言ってるのよ、私・・・。
そうだ!お昼くらいに彼女が帰ってくるって言ってたじゃない!
慌てて体を起こし、時計に目をやる。
えーっと4時か・・・4時!?
「ん?・・・香澄、起きたのか?」
まだ半分寝ぼけた彼が私の腕を引っ張り抱き寄せる。
彼はすっぽり埋まった私をさらにぎゅっと抱きしめる。
彼をぱっと私の上に圧し掛かり、寝起きでキスをしてきた。
「ん・・・ぅ・・・」
しだいに彼も目覚めてきたのか、キスが深くなっていく。
その時、カチャッと玄関から音が聞こえてきた。
え・・・まさか!彼女!?
彼の体を押し上げて私は彼から離れた。
「ど、どうしよう・・・見つかっちゃう。」
焦りで、思考がついていかない。
今、まさに修羅場を迎えようとしていた。
心臓がバクバクして、吐きそう。
と、とりあえず着るもの・・・ってか、ここには着るものもない!
今は素っ裸で・・・しかも彼も素っ裸。
明らかにこれはまずい状況!
最大のピンチだ・・・
おろおろしてると彼はチッと舌打ちをしていた。
「帰ってきたか・・・」
大して焦ってもいない彼を信じられない思いでみつめた。
彼は床に落ちてる服を掴み、面倒くさげに着始めた。
「ちょっと待ってて。」
彼はそれだけ言うと、部屋を出て行った。
残された私は、生きた心地がしない。
いきなり彼女が入ってきたら、どうすればいいのよ!
未だに全裸なのに!
辺りを見回して何か着れるものはないか、目で探す。
しかし、と言うのか、やはり、と言うのか見事に整理し尽くされた部屋に溜息した出てこなかった。
彼は程なくして戻ってきた、彼一人で。
彼の姿を確認した瞬間、私は立ち上がり彼の元まで走り寄った。
「大丈夫だったんですか?私にできること、ありませんか?」
私は彼に詰め寄った。
彼はその様子を見て呆気に取られていたが、次の瞬間、ぷっと噴き出した。
「な、なんで笑っていられるんですか!こんな時に!」
「ごめん、ごめん。君があんまり真剣なんで・・・」
「真剣にならなくてどうするんです!このままじゃ、お二人が・・・」
「ちょーっと待った。とりあえずさ、君の服、持ってきたからコレに着替えて。話はそれからにしよう。」
よく見ると、彼の手には私が昨日着ていた服が収められていた。
しかも私、裸じゃない!!
あまりにも彼達のことが気になってすっかり忘れてたわ・・・。
服を私に渡すと、彼は部屋を出て行った。
彼の言う事ももっともだ、と考え、急いで私は服を着替えた。
化粧は、この際気にしない。
軽く描く程度で終わらせる。
彼の部屋を見回し、忘れ物がないか・・・と言ってもリビングに全てあるんだけど・・・一応、確認をして、ドキドキしながら部屋のドアを開けた。
リビングは静かなものだった。
そこには、章吾とそしてもう一人・・・男性?
背中を向けてソファに座っているので顔がわからない。
私が部屋から出てきたことに気がついた章吾は、私の方へとやってくる。
「今、コーヒー入れるから、ソファに座って待ってて。」
そう言ってキッチンへと向かう。
ちょうど彼の声を聞いた見慣れない人物が振り返り、私を見てぎょっとしていた。
なに?私、なにか変?
焦って自分の服装を見直し、髪が乱れてないか手で直す。
そんな私を見て、その人物は慌てて視線を背けながら立ち上がった。
「どうぞ、座って下さい。」
先程までの焦りはどこへ行ったのか、落ち着きを取り戻した人物はにこりと微笑み私を促す。
どこか親しみやすい雰囲気をもった爽やかな青年だった。
「はじめまして・・・と言いたい所だけど、何度かすれ違ってるんだ。」
人懐っこい笑顔で彼は聞いてきた。
「え?どこで?」
頭の中の記憶をたどり、彼の顔をまじまじと見つめた。
「ここのエントランスとか・・・。やっぱり記憶になかったか、残念。」
彼はソファに深く腰を落とし、手を頭の後ろで組みながら溜息をもらした。
すると、後ろから章吾がやってきて私の前にコーヒーを差し出した。
「当たり前だろ。ここのマンションの住人は俺たちだけじゃないんだから。」
え・・・この人もここのマンションに住んでる人?
う~ん、会ったかなぁ・・・覚えてないわ・・・
章吾も自分の分のコーヒーを片手に持ち、私の右横に座った。
「遅くなったけど、紹介するよ。コレは俺の弟で・・・」
「ヨシ君って呼んで!」
章吾の言葉を遮って、目の前の彼が乗り出す。
弟だったんだ・・・そういえば、目の辺りがちょっと似てるかも。
ただ性格はかなり違うけど・・・。
「ヨシ君?」
「そ、俺の名前はヨシユキ。美しいの『美』に幸せの『幸』で美幸。」
その瞬間、私の脳に雷が落ちたような衝撃が与えられた。
美幸・・・が彼の名前・・?
えー・・・と、はぁ!?
ちょ、ちょっと待ったぁ!え、何?つまり・・・
一つの考えが脳裏に浮かび、章吾の方に視線を向けると彼はくくっと笑いながら私にそうだよ、と言うような視線を向けてきた。
かぁ~と顔が一気に熱くなってきて、思わず両手で頬を冷やすように挟みこんだ。
その様子を見ながら、章吾が続けた。
「で、俺の横に座ってるのが・・・」
「知ってるよ、お隣りさんの戸田香澄さんだろ。わざとらしいよ、兄貴。俺が知ってるってわかってるくせに」
不満そうに美幸は章吾に呟く。
私のこと、名前まで知ってたの?
でもすれ違ったりしたのはエントランスだから、名前までは知らないはず・・・
私が疑問を抱いている間、二人の会話は続いていた。
「一応、紹介しないとな。ついでに俺の彼女だから。」
章吾がいきなりバクダン発言をして、私はびっくり。
「え、わ、私が、か、彼女!?」
驚きのあまり、日本語になっていない。
「そうだろ?」
「違うの?」
同時に二人から質問を返され、うっと息を呑んだ。
章吾はほーっと息を吐き、頭を抱えていた。
美幸は美幸でなぜだか瞳を輝かせて、私の返答に興味津々な顔。
私が彼女・・・
「今、あの・・・混乱してて、えーっと、ちょっと待ってくださいね」
と、とりあえず落ち着こう。
一つ一つ整理しなきゃ・・・。
まず、ここに住んでいるのは、この二人であって・・・つまり、ここには女性は住んでいない。
ということは・・・・ということは?
どういうこと!?
あまりに悩んでいる私を見てられなくなり、章吾は私の肩を抱きながら絡まった疑問の糸を解すように助けてくれた。
「香澄はかなり誤解をしてたからな。その誤解を一つずつ解決していこう。」
「兄貴、そんなに怪しい行動取ってたわけ?」
「おまえは黙ってろ。」
「へいへい。つーか、俺って邪魔?」
拗ねたような顔をしながら、美幸はおどけて見せた。
それを章吾が一喝すると、美幸は無言になった。
彼が黙った事を見計らい、章吾は話を続ける。
「まず一つ、言っておきたい。俺には君以外に目を向ける女性はいない。」
「それって、つまり彼女はいないってこと?」
「彼女は君だ。少なくとも俺はそう思ってるが?」
「でも・・・」
たまに聞いていた男女の濡れ場はどうなるのだろう。
これが私を一番苦しめたものだ。
「君が聞いたという声のことか?だったら目の前にいる弟に聞いてくれ。俺は全く知らないからな。」
「お、おれ?」
ぼーっとしていた美幸は、いきなり話題を振られて目を見開いて驚いている。
ヨシ君、が?
「そうだよ、おまえだよ。一体、誰とここで抱き合ってた。あぁ、そんなことはどうでもいい。とにかくおまえはここで何度も女を抱いただろ?声が隣りに漏れてたんだよ。」
「へ?何を急に・・・って漏れてた?あちゃー、ははは。悪い悪い!」
バツが悪そうに頭を掻きながら美幸は笑っていた。
「悪い悪い、じゃない。おかげで俺は誤解されたんだぞ!」
「まぁまぁ。これで誤解は解けたんだしさ。・・・でもまさか聞こえてるとは・・・。今度からテレビのボリューム落とさないとな・・・。」
「はっ!?テレビ?おまっ、ひょっとして!」
「あはは、いやぁ~、セフレと何度もやってるとワンパになるからさぁ、試しにAVを見ながら二人でやったら結構、嵌っちゃってさぁ~」
恥ずかしげもなく、意気揚々と美幸が話す。
す、すごいんだ、ヨシ君って・・・
思わず、私が赤くなってしまった。
「もういい!おまえと話してると埒があかない。」
美幸の存在を追い払うかのように章吾は右手を左右に振る。
そして私の方に視線を戻し、改めて続きを促す。
「脱線してごめん。とにかく俺は残業の毎日だし、君の聞いたような事をする時間もなかったわけだ。」
章吾に言われて改めて気がついた。
そうだった、彼はいつも午前様。
声を聞いた時間は、決まって早い時間だった。
もし章吾が相手ならもっと遅い時間であってもよかったはず。
やだ・・・すごい早とちりじゃない。
「ええっと・・・ごめんなさい。私、すごい誤解をしてしまって。でも、柚木田さんは・・・」
「章吾だ。」
口調を強くして彼は正す。
「し、章吾さん、は・・・私が誤解してることを最初から・・・?」
「最初からわかってたかって?」
「ええ。」
「いや、俺も誤解してた部分もあったから。気付いたのは今朝、君が怒った時に言った言葉で。その内容を聞いてから、君と俺自身にそれぞれ誤解があるんだと気付いたよ。」
「章吾さんも誤解を?」
「あぁ・・・ちょっとな。」
そう言って、彼はなぜだか目の前の美幸をちらっと見た。
「だったらその時、言ってくれればよかったのに・・・。」
「まぁそうなんだけど。あの時は話をすること以上に君が欲しくて堪らなくなった。頭より体が先に動いてしまったんだ。」
「ひどいです・・・おかげで私、すごく悩んで苦しくて辛かったのに・・・」
「ごめんごめん。だからその分、いっぱい君を愛したつもりなんだけど・・・。」
事も無げに彼は微笑んでいた。
私は、と言うと彼のストレートな表現に体温の上昇を避けられなかった。
なんだかずるい。
私だけ何も知らずに彼に抱かれてたなんて・・・。
ふいに今朝の彼との行為を思い出し、耳まで真っ赤になった。
すると前にいた美幸は、ごほんっ、とわざとらしい咳払いをして現実に引き戻させる。
「一応、俺もいると言う事を忘れないでくれよな、お二人さん。あー、もういいや。後は二人で話し合ってくれ!これ以上は付き合い切れん!」
美幸は立ち上がり、自分の部屋へと姿を消した。
リビングに残された私達は、急に静かになった部屋で心なしか、緊張をしていた。
「あ、そう言えば章吾さんの誤解って?」
「ん?あぁ・・・それは・・・」
言い辛そうな感じでふっと視線を私から逸らせた。
「何?気になるわ・・・」
「そんな大した事じゃないんだ。・・・はぁ、なんか言い辛いんだけどさ。俺、てっきり君が美幸のこと好きなんだと誤解してたんだ。」
「はぁ?」
「君はここに来た時、必ずアイツのこと気にしてたから。」
そう言って、ちらっと私を見る。
う・・・つまり、私が彼女だと思って気にしてたと同時に、彼は私がヨシ君に好意を持ってると思ってたと・・・。
それって・・・
彼に視線を向けると、彼ははぁっと息を吐き、呟く。
「明らかに嫉妬だよなぁ・・・」
そして私を抱き寄せると、私の肩に自分の顔を乗せた。
章吾さんが、嫉妬・・・
とても嬉しい。
今までで一番嬉しいかも。
「君に無視されたときは本当に辛かったよ。嫌われたと思って。でも昨日、君に確認したら嫌ってないとわかった。それじゃあなぜ?と思って考えたら・・・一つだけ頭に浮かんだ。君は他に好きな人がいるんじゃないかって。」
彼は物思いに耽るように言葉を一度切った。
私は彼の気持ちにそっと耳を傾けていた。
「あの時、君に『私達はただの隣人だ』って言われた時、ショックだったよ。あぁ、俺だけがこんなに想ってるんだと・・・そう考えたら悲しくて言葉がでなかった。でも・・・目の前で泣いてる君を見て想った、君の笑顔が見れればそれでいいと。その時はそう思った。だけど・・・そのすぐ後に、君がやけに同居人のことを気にして、しかも誤解されたくない、なんて言うじゃないか。誤解されたくない相手と言ったら普通、好きな奴だろ?だから・・・美幸のことが好きなんだと・・・ね」
彼は言い終わって、ふぅーっと軽く息を吐いた。
なんだか私と同じくらい悩んで苦しんでいた章吾がやけに可愛く見えた。
「章吾さんも、結構勘違いが激しいのね」
ふふっと笑って、彼の顔を見上げる。
「あぁ、確かに。君のことになるとどうしてもいろいろと考えてしまうらしい。今考えれば、本当に馬鹿みたい思えるよ。」
そう言って私にキスをした。
触れるだけのキスをして、唇が離れると彼は額をくっつけ私を見つめた。
「香澄・・・君はなぜあの時・・・俺に彼女がいると思ってたはずなのに、俺を受け入れた?」
「それは・・・。それを言うんだったら章吾さんも、でしょ?私がヨシ君に好意を持ってるって思ってたのに・・・。私を抱く事で私から笑顔が消えるとは思わなかった?」
「俺が先に聞いてるんだが・・・。まぁ、俺の場合は理性より本能が勝ったというのかな。君が引越するって聞いた瞬間、抑えてた気持ちが一気に噴き出した。君が離れていくのが耐えられなくて。どうしても繋ぎとめておきたくて・・・。俺の気持ちを知って欲しかった。君に受け入れて欲しかった。」
彼の私を抱きしめる腕に力がこもる。
それはとても心地よく私を刺激した。
「私も同じ。あなたに好きだと言われた瞬間、私の中にはあなただけしか見えなくなったの。あなたに抱かれたいって思った。一つになりたいって・・・。」
言いながら赤くなってしまい、それを隠そうと彼の胸に顔をうずめた。
「辛くなってしまうのに?」
「ええ。それでも、一度だけでもいいって思ったの。あなたを感じて、それで忘れようと・・・。」
「馬鹿な・・・」
「そうね。でも朝、目覚めた時は本当にそう思ったの。これで忘れようって。引越してすっぱりと忘れようってね。私、人を傷付けてまで幸せになりたいなんて思わない。彼女にばれてない今ならまだ間に合うって思って。」
「だからあの時、俺を拒絶したんだな。俺そんなこと知らないから、まだ美幸のこと忘れられないんだと思って、君にひどい言葉で傷つけた。ごめん。」
彼の手が優しく私の頭を撫でながら抱きしめてくれる。
「ううん。そのおかげで私も自分の気持ちをあなたに言えて、こうして今がある。結果的にはよかったのかも。」
「そうだね。君の怒った顔も見れたしね。」
「んもう!」
彼を胸を軽く叩きながら見上げると、彼と視線がぶつかり、自然の流れのまま、キスをする。
穏やかな時間が二人の間をすり抜けていった。
無事に自分の家へと戻ってくる事が出来た。
管理人もそれは慣れたものだった。
免許証を念の為にと提示させ、一緒に私の家の前までついて来て、鍵を開けたら再び、エレベーターを下りていった。
部屋に入ると一気に、疲れが押し寄せ、ぺたんとリビングにへたり込んだ。
その様子を見て彼はくすくす笑いながら、私の隣りにしゃがみ込んだ。
そうだ、彼も一緒だったんだ・・・。
慌てて彼に向き合い、頭を下げた。
「あの、本当にありがとうございました。章吾さんのおかげで助かりました。」
「ま、とりあえずよかったな。それよりこれからどうする?腹、減らない?どこか食いにでも行こうか?」
「え・・・と・・・」
視線を床に落としながら、考えた。
しかし彼は私の返事を待たずに次の言葉を発した。
「ま、それよりも今はシャワー浴びたいか。朝、たくさん汗かいたし。」
そう言われて、一気に熱くなった。
顔が赤くなったのがわかる。
彼は、朝抱いた時きちんと避妊をしてくれた。
だから脚の間から流れてくるものはなかった。
逆に、起きた時やけにすっきりしたものだった。
そのことに今更ながら気付き、彼を見上げると彼は私の考えてる事がわかったのか、
「君が気を失った後、軽くは拭いておいたからちょっとはマシだっただろう?」
え・・・拭いたって・・・
えぇ!!??
頭の中で、彼が私を丹念に拭いている姿を想像してしまい、恥ずかしさの余り、茹蛸状態になった。
そんな私の心を余所に、彼は私の服を慣れた手つきで脱がしていた。
「え?な、なに?」
はっと気が付いた時、私が立たされ下着姿になっていた。
「何って、脱がせてるんだけど。お風呂に入るでしょ?」
「は、入ります!けど!自分で、出来ますから!」
慌てて床に落ちた服で体を隠しながら、後ずさった。
なんだか彼のペースにうまく乗せられてる気がする。
「そう?」
彼は気にしない素振りで軽く返事をした。
その場から急ぎ足でバスルームへと向かう。
はぁ・・・なんだか昨日の夜から目まぐるしい時間が流れた気がする・・・
シャワーのお湯を出して、自分の体へと雫を落とす。
その時、バタンっと扉の開く音が。
ま、まさか・・・
浮かんだ光景がそのまま目の前に広がった。
「きゃっ!し、章吾さん!な、なにを!!」
彼は扉を閉めると、私の後ろにまわり込み、シャワーを取り上げ私にかけながら言った。
「何って、見ればわかるでしょ。一緒に入ろうと思ってさ。」
「入らなくていいです!狭いし、それに・・・」
「それに?」
「それだけじゃ終わらない気が・・・」
そこまで言ったとたん、彼は不敵な微笑みを浮かべ私を抱き寄せた。
「そう。そんなこと期待してたのか。では、そのご期待に添わないといけないなぁ。」
そう言って彼はシャワーを壁に戻した。
「大丈夫、優しくするから」
ニッと笑顔をむけ、私の腕を壁に押し付けた。
気がつけば章吾のされるがままで・・・。
バスルームから出てきたのは、それから1時間後だった。
「もう一つあったんだ」
ベッドの上で二人でまどろみながら彼は呟いた。
すでに体力を使いすぎて動かなくなった体を彼の腕の中に収めたまま、彼の声だけに集中する。
「何が?」
「俺が君に嫉妬した理由」
彼は私を見ず、私に腕枕をした状態で続ける。
「美幸さ・・・アイツ、君に気があったんだ。」
「え・・・えぇ!!」
「引越してきた後、数日してアイツが俺に言ってきたんだ。隣りの人とお近づきになりたいって。親しくなって付き合いたいって。俺、それを聞いてから君を意識するようになった。たぶん、それが君を好きになり始めたきっかけだったと思う。そのことがあったから、君の美幸に対する気持ちを勘違いしたってのもあるんだ。」
「そうなんだ・・・。」
だから私の名前を知ってたわけだ。
そう言われれば、ヨシ君と顔を合わせた時の驚いた表情も理解でした。
そりゃ、驚くわよね・・・気になってた女性が兄の部屋から出てきたんだもの。
しかも明らかに1泊しましたっていうのがモロバレの顔だったし。
「アイツだけには渡せないって気持ちもあったよ。美幸の女性関係を知ってるだけにね。君もさっき聞いたでしょ。アイツはセフレもいるし、暇さえあればナンパしてる。そんな奴に君を渡すなんて出来ない。」
私も彼は遠慮します・・・
あんなに堂々と女性の前でセフレとのこと言えるなんて・・・
住む世界が違うとしか言いようがない。
「でも、うれしかった。嫉妬してくれて。章吾さんが私のことをそれだけ想ってくれてるってことでしょ?」
「あぁ。君だけだよ、俺をこんなに振り回すのは。だから覚悟しておいて。今回のことでそれに気がついたんだ。」
「覚悟?それ?」
「俺は、嫉妬深いらしいってこと。なぜか君に関する事に限ってどうもナーバスになってしまうらしい。冷静でいられなくなるんだ。だから、『覚悟』ね。」
「ははは・・・」
力なく笑うしかなかった。
嫉妬する度に、激しい夜を迎えることになりそうで・・・。
なんだか怖い気が・・・。
そして小さい声で呟く。
「程々に、ね・・・」と。
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