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本編
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※ 『横書き』で書いておりますので設定は『横書き』推奨です。
** **
「軽くて最低な女だな。」
その言葉は私の胸を突き破るくらいの威力だった。
当時、高校1年の私に芽生えた淡い恋心など微塵に散らせるくらいに・・・
あれから7年。
社会人になって半年経った私、樋野 なぎさは特に目立つ容姿でも性格でもない。
良く言えば控え目。
悪く言えば・・・・・・印象のない人間。
それが私のイメージだろう。
だからと言って、それが嫌というわけではない。
むしろほっとしている。
元々、他人との会話を得意としない性格だから。
話しかけられても何を話せばいいのか、どう返せばいいのかわからない。
どうして皆はそんなにも話が途切れることなく続けられるのか不思議なくらい。
それが自然と表情に出るのか、大抵の人はそれに気付き、徐々に距離を置く。
今までずっとそんな感じだったし、社会に出た今でさえ相変わらずの空気を身にまとっている。
これでいい。
誰も私に構わないで。
そうすれば誰も傷つけずに・・・私も傷つかずに済むから。
研修期間を経てようやく自分の部署の雰囲気に慣れた頃、それは起こった。
人事異動だ。
なぜ私が?
しかも入社したばかりなのに。
そんな疑問が何度も頭を往復する。
何か私がしたのだろうか。
そんな疑問がやはり表情に出たのか、たった今それを言い渡した総務課長の久世が慌てて言葉を付け足した。
「実はね、営業部の早見さんがおめでたでねー、3ヶ月後には産休に入ることになってるんだ。2か月前にその話を受けていた営業課長から1人誰かまわしてくれって話がきていてね、他の部署にも誰かいないかってずっと当たってたんだが、すでに皆も手一杯で。それで新人の中から1人まわそうって話になってたんだよ。」
「はぁ・・・。」
「そういうわけだから。樋野さん、今日から営業部へ異動ね。大丈夫、君なら十分やっていけるよ。」
そう言って肩をぽんと叩かれては何も言えない。
「わかりました。」
その一言で話はあっさりと終わった。
それからすぐに荷物を持ち・・・と言っても入社したばかりだからほとんどないに等しい私物を持ち、営業部へと案内する久世課長の後を追っていく。
後ろでは、
「いいなぁ・・・あの課長の下なんて。」
「仕事には厳しいみたいよ。」
「でも普段はすごく優しいし、いい人だよね。」
「そうなんだよねー。そのギャップがまたいいのよねー。」
そういう声が聞こえてきた。
別に必要のない情報だ。
そう思いながら、総務部のドアを閉めてシャットアウトした。
神様は意地悪だ。
そして残酷にもほどがある。
どうして、私と彼をこんな形で再会させるのだろう。
移動した先、営業部に着くとそこは人のいない広い空間だけが広がっていた。
「そうかー、もう皆出払ったのか。」
そう呟きながら奥へと向かう久世課長に続き、歩いていく。
すると後ろに足音とともに気配がして私と久世課長はそれに気付き、振り返った。
その瞬間、自分の顔が強張ったのがわかった。
なんで・・・
どうして彼が・・・
背中に嫌な汗が流れる。
そんな私をおいて、二人は会話を始めた。
「おぉ、ちょうど良かった。誰もいないんでどうしようかと思ってたんだよ。」
そう言って久世課長はほっとした顔をした。
「おはようございます、久世課長。どうかしましたか?」
「ほら、例の事務の件。今日からということで連れてきたんですよ。」
「あぁ、そう言えば。これで早見も安心しますよ。」
「で、こちらが新人の樋野なぎささん。樋野さん、こちら営業部の榎本課長。」
「よろしく。」
彼の視線が私に向いた瞬間、過去の出来事がフラッシュバックする。
私を拒絶した時のあの瞳と重なり、思わず身体を震わせ後ろに1歩下がっていた。
「樋野さん?」
怪訝に思った久世課長が声をかけてきた。
いけない、これじゃ。
固く強張った身体をなんとか動かし、
「よ、よろしくお願いします。」
そう言って頭を下げた。
「それじゃあ、あとは宜しくお願いします。」
久世課長はそう言い残すと早々と立ち去った。
残された私は、目の前の人物、榎本 晃貴と向き合う形となっていた。
「樋野さんって・・・ひょっとして人見知り激しい?」
「え・・・。」
「なんだかすごく緊張してるようだから。」
「そ、れは・・・。」
普通に話しかけられてるってことは、私に気付いていない?
でもそうかもしれない。
あの時は化粧もしていたし、服だって従姉の清香のものを借りて肌の露出が多かったし。
今の自分と比べて、誰が見ても同一人物だと思わないだろう。
そう思えてから身体から少しだけ力が抜けた。
榎本課長はちょうど営業部に入ってきた2人の女子社員に声をかけた。
「お、早見、益子、ちょっと来て。」
榎本課長に呼ばれた2人は、ちらっと私に目を向け、榎本課長のそばへとやってきた。
「紹介する。今日から俺達のメンバーになる樋野さんだ。早見、おまえの仕事は樋野さんに引き継ぐ形になる。」
早見と呼ばれた女性は榎本の言葉に頷き、真っ直ぐに私を見た。
「早見 令子です。急なことで申し訳ないんだけど、これから3か月、詰め込むだけ詰め込むことになると思うの。ちょっと大変だろうけど、よろしくお願いね。」
そう言って人懐っこい笑顔を向けた。
「はい、よろしくお願いします。」
いい人そう。
それが早見さんの第一印象だった。
そしてすぐにもう一人の女性の紹介が始まった。
「そしてこっちが樋野の2年先輩で、営業部にきてちょうど1年の益子だ。」
「はじめましてー。私もまだまだわからないことばかりなんで、お互いに頑張りましょーね。」
そう言ってにこっと万人受けする笑顔を見せた。
しかしなぎさにとってそれが一番苦手な表情だった。
よく知る人間と同じタイプ。
出来ればあまり関わりたくない部類だ。
そうは思っていても先輩にあたる。
「よろしくお願いします。」
さし障りのない言葉で相手に言葉を返す。
ようやく今日最初の仕事である自己紹介が終わった。
「じゃあ、あとは早見に任せる。よろしくな。」
「はい。それじゃあ樋野さん、まずはあなたの席の確保ね。引き継ぎでバタバタしてたからまだ片付いてなくて。こっちよ。」
そう言って入口に近いデスクに案内され、それから早見さんに付きっきりで仕事を教えられた。
長いと思っていた1日は、今日に限ってはあっという間にすぎた。
そして帰り着いたとたんに疲れが襲う。
部屋に入ると鞄を置き、ベッドにどさっと倒れこんだ。
はぁ・・・。
いろんな事があり過ぎて、もうぐちゃぐちゃだ。
まさか彼がいるなんて。
今の今まで知らなかった。
たぶんそれは私のせい。
もっといろんな人と話す事が出来たなら、こんな前触れもなく彼との再会をすることなんてなかった。
それだけが悔やまれる。
でも知っていたからと言って今回の人事は阻止できなかっただろう。
これから大丈夫だろうか。
もしあの時のことを彼が思い出したら?
私があの時会った人間だと知ったら彼はどうするだろう。
不安要素が次々と思い浮かぶ。
今さらだけど、あんな所に行かなければ良かった。
あの時、誘いにのらなければ・・・
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「軽くて最低な女だな。」
その言葉は私の胸を突き破るくらいの威力だった。
当時、高校1年の私に芽生えた淡い恋心など微塵に散らせるくらいに・・・
あれから7年。
社会人になって半年経った私、樋野 なぎさは特に目立つ容姿でも性格でもない。
良く言えば控え目。
悪く言えば・・・・・・印象のない人間。
それが私のイメージだろう。
だからと言って、それが嫌というわけではない。
むしろほっとしている。
元々、他人との会話を得意としない性格だから。
話しかけられても何を話せばいいのか、どう返せばいいのかわからない。
どうして皆はそんなにも話が途切れることなく続けられるのか不思議なくらい。
それが自然と表情に出るのか、大抵の人はそれに気付き、徐々に距離を置く。
今までずっとそんな感じだったし、社会に出た今でさえ相変わらずの空気を身にまとっている。
これでいい。
誰も私に構わないで。
そうすれば誰も傷つけずに・・・私も傷つかずに済むから。
研修期間を経てようやく自分の部署の雰囲気に慣れた頃、それは起こった。
人事異動だ。
なぜ私が?
しかも入社したばかりなのに。
そんな疑問が何度も頭を往復する。
何か私がしたのだろうか。
そんな疑問がやはり表情に出たのか、たった今それを言い渡した総務課長の久世が慌てて言葉を付け足した。
「実はね、営業部の早見さんがおめでたでねー、3ヶ月後には産休に入ることになってるんだ。2か月前にその話を受けていた営業課長から1人誰かまわしてくれって話がきていてね、他の部署にも誰かいないかってずっと当たってたんだが、すでに皆も手一杯で。それで新人の中から1人まわそうって話になってたんだよ。」
「はぁ・・・。」
「そういうわけだから。樋野さん、今日から営業部へ異動ね。大丈夫、君なら十分やっていけるよ。」
そう言って肩をぽんと叩かれては何も言えない。
「わかりました。」
その一言で話はあっさりと終わった。
それからすぐに荷物を持ち・・・と言っても入社したばかりだからほとんどないに等しい私物を持ち、営業部へと案内する久世課長の後を追っていく。
後ろでは、
「いいなぁ・・・あの課長の下なんて。」
「仕事には厳しいみたいよ。」
「でも普段はすごく優しいし、いい人だよね。」
「そうなんだよねー。そのギャップがまたいいのよねー。」
そういう声が聞こえてきた。
別に必要のない情報だ。
そう思いながら、総務部のドアを閉めてシャットアウトした。
神様は意地悪だ。
そして残酷にもほどがある。
どうして、私と彼をこんな形で再会させるのだろう。
移動した先、営業部に着くとそこは人のいない広い空間だけが広がっていた。
「そうかー、もう皆出払ったのか。」
そう呟きながら奥へと向かう久世課長に続き、歩いていく。
すると後ろに足音とともに気配がして私と久世課長はそれに気付き、振り返った。
その瞬間、自分の顔が強張ったのがわかった。
なんで・・・
どうして彼が・・・
背中に嫌な汗が流れる。
そんな私をおいて、二人は会話を始めた。
「おぉ、ちょうど良かった。誰もいないんでどうしようかと思ってたんだよ。」
そう言って久世課長はほっとした顔をした。
「おはようございます、久世課長。どうかしましたか?」
「ほら、例の事務の件。今日からということで連れてきたんですよ。」
「あぁ、そう言えば。これで早見も安心しますよ。」
「で、こちらが新人の樋野なぎささん。樋野さん、こちら営業部の榎本課長。」
「よろしく。」
彼の視線が私に向いた瞬間、過去の出来事がフラッシュバックする。
私を拒絶した時のあの瞳と重なり、思わず身体を震わせ後ろに1歩下がっていた。
「樋野さん?」
怪訝に思った久世課長が声をかけてきた。
いけない、これじゃ。
固く強張った身体をなんとか動かし、
「よ、よろしくお願いします。」
そう言って頭を下げた。
「それじゃあ、あとは宜しくお願いします。」
久世課長はそう言い残すと早々と立ち去った。
残された私は、目の前の人物、榎本 晃貴と向き合う形となっていた。
「樋野さんって・・・ひょっとして人見知り激しい?」
「え・・・。」
「なんだかすごく緊張してるようだから。」
「そ、れは・・・。」
普通に話しかけられてるってことは、私に気付いていない?
でもそうかもしれない。
あの時は化粧もしていたし、服だって従姉の清香のものを借りて肌の露出が多かったし。
今の自分と比べて、誰が見ても同一人物だと思わないだろう。
そう思えてから身体から少しだけ力が抜けた。
榎本課長はちょうど営業部に入ってきた2人の女子社員に声をかけた。
「お、早見、益子、ちょっと来て。」
榎本課長に呼ばれた2人は、ちらっと私に目を向け、榎本課長のそばへとやってきた。
「紹介する。今日から俺達のメンバーになる樋野さんだ。早見、おまえの仕事は樋野さんに引き継ぐ形になる。」
早見と呼ばれた女性は榎本の言葉に頷き、真っ直ぐに私を見た。
「早見 令子です。急なことで申し訳ないんだけど、これから3か月、詰め込むだけ詰め込むことになると思うの。ちょっと大変だろうけど、よろしくお願いね。」
そう言って人懐っこい笑顔を向けた。
「はい、よろしくお願いします。」
いい人そう。
それが早見さんの第一印象だった。
そしてすぐにもう一人の女性の紹介が始まった。
「そしてこっちが樋野の2年先輩で、営業部にきてちょうど1年の益子だ。」
「はじめましてー。私もまだまだわからないことばかりなんで、お互いに頑張りましょーね。」
そう言ってにこっと万人受けする笑顔を見せた。
しかしなぎさにとってそれが一番苦手な表情だった。
よく知る人間と同じタイプ。
出来ればあまり関わりたくない部類だ。
そうは思っていても先輩にあたる。
「よろしくお願いします。」
さし障りのない言葉で相手に言葉を返す。
ようやく今日最初の仕事である自己紹介が終わった。
「じゃあ、あとは早見に任せる。よろしくな。」
「はい。それじゃあ樋野さん、まずはあなたの席の確保ね。引き継ぎでバタバタしてたからまだ片付いてなくて。こっちよ。」
そう言って入口に近いデスクに案内され、それから早見さんに付きっきりで仕事を教えられた。
長いと思っていた1日は、今日に限ってはあっという間にすぎた。
そして帰り着いたとたんに疲れが襲う。
部屋に入ると鞄を置き、ベッドにどさっと倒れこんだ。
はぁ・・・。
いろんな事があり過ぎて、もうぐちゃぐちゃだ。
まさか彼がいるなんて。
今の今まで知らなかった。
たぶんそれは私のせい。
もっといろんな人と話す事が出来たなら、こんな前触れもなく彼との再会をすることなんてなかった。
それだけが悔やまれる。
でも知っていたからと言って今回の人事は阻止できなかっただろう。
これから大丈夫だろうか。
もしあの時のことを彼が思い出したら?
私があの時会った人間だと知ったら彼はどうするだろう。
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