睡蓮

樫野 珠代

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本編

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決起会を終え、課内は次期へと頭を切り替える。
そう言う意味でも毎年恒例の席替えが週明け早々に行われる。
営業課は前年度の成績を元に均等に大きく二つのグループに分かれ、それらグループのトップに課長と係長が就く。
個人の成績は個人への査定対象となるが、グループのトップに就く二人は個人の成績と同時にグループの功績も査定の対象となる。
今年も同じ風景が広がるだろうと思いながら課の皆は朝礼を聞いていた。
しかし、朝礼が終わると同時に営業課の中は少し騒然としていた。
なぜなら、グループの功績も個人の査定対象になったからだ。
つまり、営業成績が悪ければ本人だけでなく、グループにも迷惑がかかるということ。
そのことが一番身に染みているのは、当然新人の部類に属する住田さんだった。
真っ青な顔をしている住田さんを先輩営業人は苦笑しながら肩を叩いて励ましてる。
それを少し離れた所から見ていたが、ふと我に返った。

いけない・・・私も移動しなきゃ。

事務の方にも大きな変化があった。
本来、事務は移動せず、入り口に近い場所が定位置のはずだったが、今回から新たに事務も二手に分かれ、それぞれのグループの中へと席を移動することになった。
さらに事務の負担の軽減と有給消化の取得率の上昇を目的に、他部署から1人異動してくるという事も知らされた。
それらにより、異動してくる人は益子さんが教えるという事で二人とも課長のグループへ、私と来年にも産休明けで戻ってくる早見さんは係長へのグループへと配属された。
「おーい、土本班集合!」
係長である土本さんが声を上げると、メンバーが係長の周りへと集まってくる。
皆に囲まれた係長は、確か30半ばの既婚者というだけあってどこか落ち着いた感じの、外見は年齢以上の頼もしさをもつ人物に見える。
その中には落ち込む住田さんの姿もあった。
係長は手にした紙を全員に配り、
「これが座席表と内線番号だ。内線番号の変更は既に各部署に通達しているから大丈夫だと思うが、間違えてかかってくることもあるから宜しく頼むな。何か質問は?」
「はいはーい!」
すかさず手を挙げたのは住田さん。
「どうして樋野ちゃんが係長の真ん前なんですか!?」
「何か問題か?」
「大問題です!事務はやっぱり出入口に近い、俺の席の横の方が効率いいと思うんです!」
「なるほど。しかしな、これは決定事項だ。」
「えぇぇ・・・・。」
「係長である俺の特権だ。文句あるなら俺より偉くなれ。それが無理ならせめて成績トップを狙え。そしたら樋野ちゃんの隣りになれるぞ。」
ニヤリと笑い、係長が目を細めた。
そう言われてはさすがの住田さんも口を噤む。
「それじゃあ、席の移動がある者は速やかに移動しろ。変更のない者は仕事へ戻れ。あと、力のある奴は事務の机の移動を手伝ってやれ。以上。」
パンと手を叩き、行動開始の合図と共に各自が行動を起こす。
それにつられるように自分の席へと戻り、机にある物を空き段ボールへと簡易的に入れ始めていると、
「樋野ちゃん、手伝いに来たよ!」
にこにこと笑顔を向けながら住田さんがやってきた。
そしてその後ろには和田さんの姿があって、どうやら住田さんを追いかけてきたようだ。
「おい、住田!おまえはまず自分の移動を優先しろ!おまえが座ってた場所を空けなきゃ、次の奴が動けないだろ。」
「うーー。」
「唸っても何も変わらないぞ。ほら、行くぞ!」
そう言って和田さんが住田さんの襟を引っ張っていく。
「ひ、樋野ちゃん、すぐ来るから待ってて!」
後ろ向きに引き摺られながら住田さんが手を振っていく。
それが面白くて、ついクスクスと笑ってしまった。
するとたまたま近くに来た係長が驚きながら見下ろしていた。
「あ、すみません。」
さぼっていたと思われたと思い謝ったが微妙な表情を浮かべた係長の反応を見て、その考えが違っていたことに気付いた。
「あの・・・?」
「え?ああ、いや・・・。そうそう、段ボールに入れるのは机上の物だけでいいから。このまま中身は机ごと持ってくから。」
「あ、はい。すみませんが宜しくお願いします。」
お礼を言って、手元の作業を再開した私には、その時係長が『こりゃ、目を光らせないとまずいな。』と呟いていたが気付かなかった。


土本班と呼ばれたグループは総勢15人の個性派が勢ぞろいのメンバーとなった。
まず上座と呼ばれる所謂誕生日席のグループ全体を見渡せるように配置された机に係長が座り、その目の前に14人が向かい合わせに7人ずつ座る形になり、事務の私といずれは戻ってくる早見の席が係長のすぐ前に、残りのメンバーは成績順に上座から埋まっている。
だから一番の下座に住田さんが座ることになったようだ。
座った直後に一度周りを見回したけれど、この中に自分がいるという事にどうしても違和感が拭えない。
それでも時間は刻々と過ぎていく。
朝の移動が終わるとすぐに周りは自分の仕事へと戻っていく。
ちょうど私の真後ろに益子さんが背中合わせのように座ることになったようだ。
どうやら課長や事務の配置はこちらと変わらないらしい。
視界に課長と益子さんが入らないというだけで、どこかほっとしている自分がいた。

「樋野ちゃん。」
急に声がかかり、
「は、はい。」
一瞬驚いたが静かに立ち上がり、係長の元へと足を進めた。
「今回の編成でうちのグループの事務は暫く樋野ちゃん1人になる。色々と負担が大きく大変だろうと思うが宜しくな。」
係長が申し訳なさそうに眉を下げている。
全ての処理はグループ内で行う、それが今回新たに決められたルールでそれは事務処理も然り。
つまり、土本班は今現在、私1人。一方、益子さんはもう1人の事務と2人体制になる。
それを係長は気にしていたのだろう。
それには慌てて首を振る。
「いいえ、大変なのは新しい人を教えなければならない益子さんの方だと思うので。それにまだ慣れない事もあるので、どちらかと言うと私が皆さんのご迷惑になりそうで申し訳ないです。」
「いや、それは別段気にならないよ。樋野ちゃん、仕事は丁寧だし、いつも助かってるからね。でもそうか・・・・まだここに来て半年くらいだもんな。1年以上ここにいるように感じてたから、言われて気付いたよ。」
そう言って係長がハハハと笑った。
それにつられるように思わず微笑んでいると、
「まぁ、何か気になる事があったらいつでも言ってくれ。」
「はい。」
頷いたあと、自分の席へと戻った。
そう、このグループの事務を一人でこなさなければならない。
そう思ったら、自然と目の前の仕事に集中することができた。


いつの間にか時間を忘れていると、
「おーい、注目。」
課長の声が聞こえ、はっと集中が切れた。
声の方向を見ると、課長の隣りに1人の女性が立っていた。
長身でスラッとしたスタイル、鋭い眼差し、何よりも自信に満ち溢れる雰囲気に思わず息を止めた。
そんな私を他所に課長の言葉は続く。
「何人かは外回りに行ってしまったが、残ってるメンバーだけでも先に紹介しておこう。総務部から異動してきた北川だ。」
そう言って隣りに立つ女性に視線を向けた。
すると心得ているようですぐに口を開く。
「北川です。ご存知の方もいるかと思いますが入社歴は4年とそこそこ経ってはいるのですが、営業部は初めてですのでどうぞ色々ご教授下さい。」
「北川には総務部の経験を元に事務として力を発揮してもらう事になる。益子、色々教えてやってくれ。」
「はい。」
「以上。手を留めさせて悪かったな。皆、仕事に戻ってくれ。北川、少し話をしたいから会議室に来てくれ。」
「わかりました。」
そこでその場は解散となり、それぞれが仕事に戻る。
何気なく視線が課長と隣りの女性を追いかけていた。
二人は無言でドアを外へと出ていく。
そしてドアが完全に二人の姿をシャットアウトした。
すると、少し離れた所にいた和田さんの声が耳に入ってくる。
「まさか北川が来るとはなぁ。」
それに反応したのは住田さんだった。
「え?和田さん、知ってるんですか?」
「まあな、同期だし。」
「あ、そっか。うわー、先輩になるのかー。なんか、接し方をどうしたらいいか・・・。」
「早見と同じ感じでいいんじゃないか?アイツも同期だし。それにすぐ本領発揮すると思うぞ、北川という人間は。おまえも気を付けろよ。」
そう言って和田さんは自分の席へと向かい、
「え?え?」
住田さんは訳がわからず立ちすくんでいた。


 



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