黒い青春

樫野 珠代

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本編

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知ることの恐ろしさを知った

見えない過去を恐れる自分を知った

それはたった一つの真実を求めた代償だった












気が付いたら、すでに外は明るくて眩しすぎるくらい太陽が存在を強調していた。
眠れないまま、朝が来たと言った方が良いかもしれない。

結局、ソファのある位置から動く事が出来なかった。
全てはあのファイルを見てから。


恐ろしい現実がいくつも俺の脳裏に張り付いて離れないんだ。

― 大学進学と同時に男性との交際が派手になり、常に複数の男性と関係を持つ ―

― それらの男性の共通点はただ一つ、裕福であること ―

― 巧みにそれぞれと付き合いながら、彼らに金を貢がせていた ―

― 現在もまだ続いている ―

うそだ!
それらを打ち消そうと頭を掻き毟り、そのまま前のめりに倒れ、ラグの波に頭を埋めた。

彼女も変わったというのか?
俺が変わったように。


「っ・・・はは・・・。」
思わず、笑っていた。

馬鹿みたいだ。
この10年、ずっと俺は苦しんでいたんだ。
いくら他人を誤魔化せても自分だけは誤魔化せない。
それはこの10年の間に嫌という程、思い知った。


心が張り裂けそうなくらい悲鳴を上げた事もある。

身体が男としての機能を果たさなくなった時だって。


だけど。

彼女を傷つけた報いだと。
俺と同じようにきっと彼女も苦しんでいるのだと。
そう自分に言い聞かせながら。
自分の苦しみを胸の奥に押しやって。


そうして今日まで来た。


なのに・・・・・・現実は違っていた。


可笑しすぎて、笑う事しか出来ない。
だってそうだろ?

俺と同じように苦しんでいると思い込んでいた女性は、大学デビューして男に貢がせてるんだ。
それも何人も。

苦しんでいたのは俺だけ。
そう俺一人だけだったんだ。

彼女も、そして兄貴も。
俺との過去なんて、なんとも思っていない。

「なんで・・・!」
俺だけなんだよっ!

どうして俺だけがずっと苦しまなきゃいうけないんだ!
俺が何をしたって言うんだ!

ただ、ただ彼女を好きになった。
それだけだ。

それさえもいけなかったというのか!



ふいにテーブルに置いたままの携帯が震えた。
ゆっくりと身体を起こし、それを手に取った。

「・・・はい。」
『葵?時間よ。なかなか下りて来ないから電話したんだけど。』
そう言われて、はっと時計を見る。
すでに待ち合わせの時間が過ぎていた。

何やってんだ、俺は。
『葵』としてやってきた今日まで、どんな事があっても仕事だけはきっちりとしてきた。
なのに、たかが書類1つでこのザマだ。

しっかりしろ!
『葵』はこんなに不甲斐ない奴じゃないはずだ。
そう自分を奮い立たせると、
「すぐに行くよ。」
サッと気持ちを切り替え、三沢さんにそう伝えた。




あのファイルを見てから数日が経過した。
彼女との連絡は俺のところで止まっている。
少なくとも1度は会わなければならない。
兄貴の例もある。
あのファイルに書かれている通りなら、なおさら彼女とはきっぱりと縁を切らなければいけないし、今の彼女に会えばひょっとしたら彼女との過去も完全に乗り越える事ができるかもしれない。
だけど、そんな事よりも今会ってしまうと、この10年間の苦しみや痛みを全部、彼女にぶつけて、本来の目的を忘れてしまいそうでそれが俺を躊躇させているんだ。

そんな弱い自分にしっかりしろ!って怒鳴りつけたくなる。
これじゃあ、前と変わらないじゃないか。
俺はもう昔の俺じゃない。

・・・そうだ俺はもう『青井 空』じゃない。
相手に利用される人間ではなく、利用する人間。
相手に振り回されるのではなく、振り回す側で。
何にも動じない、とても冷めた人間として。
彼女とは接すればいいんだ。


そう思ってからは行動が早かった。
俺のスケジュールの確認をして、半日オフの日を見つけた。
そしてその日が明日に迫って、メールを打つ。
― 明日、迎えに行く ―
と。

最初の、ちょっとした賭けだ。

急な事だし、来れないと言われればそれでいい。
少なくとも俺に対しての執着心が強くないとわかる。
もしOKなら・・・彼女の人物像がファイルに書かれていた内容に近づく。

どこかでまだファイルを信じられない自分がいる。
彼女は変わっていないと、そう信じたい気持ちがあって行動一つ一つに意味を探そうとする。
そんな俺の耳に携帯のバイブ音が聞こえてきた。

― 何時にどこで待てばいい? ―

その文字の羅列を見て、少なからずショックを受けた。
結局、その返事の素早さもファイルの信憑性を増幅させる要因にしかならなかった。


次の日。
「三沢さん、この後、事務所の車貸して欲しいんだけど。ちょっと出かけたい所があって。」
事務所に呼ばれて社長と話をした後、事務所を出て行こうとする三沢さんを引きとめた。
「車?葵、持ってるじゃない。故障しちゃったの?」
「そういうわけじゃないんだけど。ちょっとね。」
「ふ~ん・・・まぁ、いいけど。」
そう言って三沢さんはいつも保管している場所からキーを取りだすと、俺に差し出してきた。
「はい、これね。」
「サンキュー・・・・・・あのさ、とりあえず三沢さんには言っとくよ。これから彼女と会うんだ。」
「彼女って・・・・まさかこの前の?」
三沢さんは眉を寄せて俺を見た。
「そう。一応、釘をさしておこうと思って。」
「なにも直接会わなくても・・・。」
そう言うと思った。
だけど・・・
「直接会って話をしておきたいんだ。」
それに彼女に会って、自分の目で確かめたい。
そんな俺の意思を感じたのか、それ以上は反対しようとはしなかった。
ただ、
「大丈夫なの?」
今度は心配そうな眼差しを俺に向けた。
その言葉の意味は色々あると思う。
だけど、その全てに対して
「大丈夫。」
頷きながらそう答えた。
失敗なんてしないさ。
俺は『葵』だから。





彼女の勤めている会社から少しだけ離れた場所に車を止めた。
そろそろ時間だな。
携帯を取り出し、メールを打つ。
― 会社の外で待ってる ―
と。

周りは仕事上がりのせいか、人の行き来が激しくなってきた。
数人は俺の車をチラ見しながら行く。
けれど、帽子とサングラスを付けた俺にまでは気付かない。
それに『葵』が安い国産車に乗っているとは想像もしていないだろう。

自分の車を使わなかったのは、目立たないため。
細心の注意を払い、今日の段取りを考えてきた。

話をするにしても場所がない。
どこへ行っても『葵』だと気付かれる危険性はある。
そう考えると、一番プライバシーを保てるのはやはり俺の部屋。
本当は避けたかった。
俺の住処を彼女に教えることは。
知られる事で今後、また問題が起こる可能性もあったから。


ふと視界に一人の女性が入ってきた。
人目でそれが彼女だとわかった。
向こうは、俺に気付かず辺りをきょろきょろと見まわしている。
彼女もまた他の人間と一緒で、まさか俺がこんな車に乗ってるなんて想像もしないのだろう。
フッと自嘲した笑みを浮かべ、メールを送った。

そのメールに気付いた彼女が、ゆっくりと俺の方へと振り向いて確認する。
そしてゆっくりと周りを警戒しながら彼女が車の方へとやってきた。
ここで長居をするつもりはない。
そう思って、車との距離があと1mくらいに迫った時、助手席側のドアを開けた。
無言の俺の行動を彼女はすぐに理解したらしい。
軽く息を吸い込み、彼女が乗り込んできた。

さぁ、行こう。
決別の場所へと。


 




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