恋のサマーセッション

樫野 珠代

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気がついたら外は真っ暗。
掃除に没頭してすっかり時間を忘れていた。
「はぁ・・・疲れた・・・。」
掃除が終わり、水のシャワーで汗を流した後、綺麗に片付いた青葉のベッドにどさっと倒れ込んだ。
真夏の暑い部屋で私は何をやってるんだろう。
冷房を入れたかったんだけど、埃がすごくて窓を開けてなきゃ気が狂いそうだったし。
結局、青葉が買ったらしい扇風機をまわすのみの部屋で掃除を開始した。
と言っても手をつけたのはベッドの周りと机の周りのみ。
収納スペースは怖くて手をつけられなかった。
どうせ私には必要ない場所だしね。
天井を見上げながらふと思う。
そう言えば・・・噂の相部屋の人っていつ戻ってくるんだろう。
って、待って。
そう言えば知らない。
相手の顔。
なんて初歩的なミス!
慌てて何かヒントになるようなものを探そうと見まわすが、カーテンで仕切られているために全く無意味。
仕方なく、
「失礼しまーす・・・。」
そう言ってカーテンを開け、もう一つの空間を覗く。
写真があればとても有難い。
それを願いながら机の上をまずチェック。
結果、写真はなし。
というか机の上にほとんど物が載っていない。
あるのは辞書や参考書等のみ。
青葉とは大違い。
同じ男でどうしてここまで差がでるのだろう。
そう思ってベッドの奥に目をやると、
「うわー・・・。」
壁の棚には何かの優勝トロフィーのオンパレード。その横にはおそらく中身は表彰状であろう筒が並べられている。
すご・・・。
一体、何で取ったんだろう。
興味が出てきて、その近くに行く。

うそ・・・。
目にした文字は私が慣れ親しんだスポーツだった。
この人も剣道やってるんだ。
しかも何度も優勝してる。
ん?
東條真志?
表彰状に書かれている名前を見て、ふと遠い記憶が甦った。
中学の時、同じ剣道部の女子がそんな名前の人物で騒いでなかったっけ?
私は目の前の敵しか見えてなかったからあまり覚えてないけど。
確かこんな感じの名前だった気がする。
強くて冷静でそして・・・
「そこで何してる。」
いきなり声が聞こえてきてびっくり。
ぎくっと体を震わせて、ゆっくりと声の主を確認するためにギギギっと音がしそうな動きで首を回転させた。
するとそこには黒髪で短髪の背の高い男の人が立っていた。
しかも私に対して敵意むき出しの視線と共に。
どうやら意識が過去に飛んでいたせいでドアの開く音が聞こえなかったらしい。
「あ・・・。」
見覚えのある瞳だった。
どこかで会っただろうか。
そんな事を考えている私に彼はゆっくりと近づいてきた。
「俺の場所で何してた。」
低いトーンで今にも掴みかかりそうなオーラで再度尋ねてきた。
その言葉で理解した。
この人が東條真志なんだ。
「あ、っとごめん。トロフィーがすごいなーと思ってつい・・・。」
私がそういうと彼が目を細めた。
私、なんか変なこと言った?
今自分の言った言葉をもう一度頭の中で復唱してみる。
別におかしくないよね?
そう思い至った時、ようやく今の自分の状況を思い出した。
そうだ!今、私は『青葉』だった!
奴ならまずこんな所に存在しない。
かつ、きっと彼に見つかった瞬間、自分の所に戻るか、杉田君の所に逃げてるはず。
たぶん彼に言葉を返すことはなかっただろう。
そうと気付いてももう遅い。
ちょうどその時、私の携帯が鳴り、ナイスタイミング!と思いながら、
「じ、じゃあ!」
一言だけ発してすぐに方向転換し、自分の所に走り逃げた。
カーテンをシャッと閉めると、一呼吸。
そして携帯に手を伸ばす。
見ると杉田君からのメールだった。
『もうすぐ東條さんが帰ってくるはずだからそこから出た方がいいですよ。青葉はいつもそうしてたんで。』
・・・出来ればもう少し早くこのメールを欲しかった。
せめて30分、いや10分前にでも。
とりあえずここから避難しなければ。
必要最小限のものを持ち、同じ空間にいる人物を刺激しないようそっとその部屋を出る。
ドアを閉め終わってようやく体の力が抜けた。
「とりあえず杉田君にお礼を言おう。」
えーっと、5つ先の右の部屋、だったよね?
コンコン。
記憶をたどって、目的のドアをノックする。
そう言えばメールって部屋からくれたのかな?
今頃になってそんなことを考える。
しかも相部屋の人がいるかも。
青葉と知り合いだったらどうしよう。
私、全くわかんないよ!
その瞬間、ドアが開き、目の前に杉田君が出てきた事にほっとした。
「よかった。部屋にいてくれて。」
「え?」
「ううん、なんでもない。あ、メールをありがとう。でも残念ながら間に合わなかったわ。ははっ。」
苦笑いしながらそう言うと、杉田君はバツが悪そうに謝った。
「すいません。もっと早くにメールなり、電話なり、知らせれば良かった。」
「あ、いいの!気にしないで。たぶん大丈夫だから。」
「そう?良かった。あ、とりあえずどうぞ。」
そう言って杉田君は体を壁に寄せ、中に入るように促した。
「え?いいの?」
「ええ。若葉さんが嫌でなければ。あ、たぶんそんなにはちらかってないとは思うんですけど。」
照れたような顔でそういう杉田君に思わず胸がキューっとなった。
なんて可愛い子なの!
青葉とは月とすっぽん!
あー、どうして私の弟が杉田君じゃないの!
そんな思いを胸に秘め、杉田君の部屋へ足を踏み入れた。
そこは本人も言っていたようにカーテンで仕切られていない普通の部屋。
小奇麗で、でも男の子らしい部屋だった。
「適当に座ってください。」
そう言って杉田君は机横にあった冷蔵庫からペットボトルの烏龍茶を取り出すと、紙コップに注ぎ、私の前に差し出した。
「どうぞ。」
「ありがとー。冷蔵庫まであるんだね。」
「ええ。相部屋の奴と共同で使ってるんですよ。」
「そっかー。仲がいいとそんな事まで出来るんだよね。それに比べて・・・。」
はぁ。
溜息しか出ない。
なぜ青葉と相部屋の東條?という人物はああまで仲が悪いのか。
「まぁ、俺達はたまたま1年で性格も趣味も合うもの同志だから。他の部屋はだいたい先輩と同室が多いかな。」
「そうなの?」
「ええ。4年が卒業で出ていくとそこに新入生が入っていく感じで、それがずっと続いてきてるんで。あとは途中退寮した奴の穴埋で入ったりとか。だから同学年が相部屋ってのは少ないんですよね。」
「そっか。自分達で決められないんだね。」
「そうなんですよ。だから俺はすごくラッキーな方なんです。」
なるほど。
でもその運さえもないうちの弟って・・・。
「せめて気さくな人が相部屋だったら弟もここに逃げ込まずに済むのに。」
そう呟いた私に杉田君が首をひねった。
「それについては俺、腑に落ちないんですよ。」
「え?」
「東條さんって、俺ら後輩にはとても人望があるんです。普段の東條さんは優しくて律儀で頼りがいがあって。何か困ってると絶対に助けてくれるんです。決して青葉の話すような人じゃないんですよね。」
「そうなの?」
「ええ。交友関係も幅広いし。このB棟全員の名前、覚えてるんじゃないかなぁ。よく皆に声をかけてるし。」
「でも青葉は・・・。」
「うーん・・・東條さんは曲がったことが嫌いだからひょっとしたら青葉が何かしたんじゃないかなって俺は思うんですよ。そうでなけりゃ、東條さんの青葉への態度が説明できないんですよね。」
うーん・・・やっぱり青葉自身に問題アリか・・・。
あり得る話に反論の余地はない。
一体何をしたんだ、弟よ。
「とりあえずお腹空きませんか?リクエストしてくれれば俺、近くのコンビニで何か買ってきますよ。」
「え!い、いいよ!私、自分で行くし。それに周りに何があるのかも把握しておかなくちゃ。」
「それじゃあ、一緒に行きましょう。」
爽やかな笑顔で杉田君はそう言ってくれた。
そうして寮を出てコンビニに向かいながら他愛ない話をしてたんだけど、ふいに杉田君が控えめに尋ねてきた。
「あの・・・青葉から本当に何も聞いてないんですよね?」
「え?」
話題が切り替わったこともあり、彼が何を言いたいのかつかめなかった。
するといきなり、彼がガバッと頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「え?え?何?」
この展開についていけない。
「俺のせいなんです、若葉さんがこんなことになったの。」
「どういうこと?」
「実は・・・青葉がくじを引いた後、俺の部屋に来て落ち込んでたんです。」
杉田君はそれからその時のことを話してくれた。





「俺、死んじゃいたい・・・。」
青葉はそう言って体育座りの膝に顔を埋めた。
「何を大袈裟な。」
「大袈裟じゃない!俺にとってはそれくらい辛いことなんだ。はぁ・・・もう駄目だ。死を宣告されたに等しいよ。」
「おまえ・・・ホントに弱気だなぁ。」
目の前で落ち込む青葉を見て杉田は呆れていた。
いつものことではあったが、今日はいつも以上に落ちている。
それを見て、
「おまえが若葉さんみたいに強かったら良かったのにな。」
一度会ったことのある青葉の姉を思い出し、そう呟いていた。
するとそれまで気落ちしていた青葉の瞳が怪しく黒光りした。
「そうか・・・そうだよな。よし!俺、決めた!」
「どうしたんだよ、いきなり。」
「若葉に代わってもらう。」
「は?何を?」
「ありがとう!杉田。俺、救われた!」
「お、おい。なんか変なこと考えてないか?」
「いーや。もうこれしかない。若葉に俺と入れ替わってもらう。そして見回りをしてもらおう。」
「はぁ?何をばかな。だいたい若葉さんが受け入れるわけないだろ。」
「大丈夫。若葉は昔から俺には弱いんだ。今まで俺の頼みを断れたことなんて一度もないんだよ。」
フフっと不敵な笑いを浮かべ、青葉は珍しく早めに自室に戻っていった。



「俺が何気なく言った一言がこんなことに繋がるなんて。本当にすみません!」
「ううん、杉田君のせいじゃないわ。元はと言えば青葉のくじ運のなさが招いた事だし。それにほら、こうやっていろいろ助けてくれてるし。」
「そりゃあこれくらいしなきゃ申し訳なくて。」
頭を掻きながら杉田君はそう言った。
「それにしても寮の見回りくらいで・・・本当に情けない。」
「いえ・・・あ、そっか。」
杉田君が否定の言葉とともに何かを思い出したような表情を浮かべた。
「何?まだ何かあるの?」
「あー・・・はい。」
その時、目的のコンビニに到着し、話を中断したまま買い物を終えて杉田君の部屋へと戻った。
そして食べながら、杉田君が続きを話してくれた。
「この寮って出るんですよ。」
「出る?」
な、何?
まさか・・・その、足のない人がいるとか?でもって透きとおって見えるとか?
「噂ですけど・・・この寮には七不思議があって。」
「ち、ちょっと待って。言わないで!私、ダメなのよ。そのテの話。」
「そ、そうなんですか?てっきり俺は大丈夫だと思ってたんです・・・けど、その様子じゃ、そうじゃないみたいですね。」
すでに耳を押さえ、首をぶんぶん振る私を見て杉田君は困った顔をしてる。
「まずいなぁ・・・もう一つ話をしなきゃいけないんだけど。」
「もう一つって、何・・・まだあるの?もーやだぁ・・・青葉の馬鹿、連れ戻してくる!」
そう言って立ち上がった私に杉田君は渋い顔をした。
「たぶん無理だと思います。」
「なんで!」
「きっと青葉のことだから・・・。」
そこまで言われて、さすがに私も思い当たった。
・・・逃げたな、奴は。
毎回、同じパターン。
私に問題を任せて、自分はさっさと雲隠れ。
杉田君の言うようにたぶん青葉はすでに音信不通状態だろう。
「もう・・・・・・最悪。」
力が抜けて再び座り込む。
青葉が何も話さなかったのはこれはあったからなんだわ。
ん?でももう一つって何・・・?
「今さらだから聞いておくけど、あと一つは?またそっち系?」
「いえ。存在する『人』のことです。」
その答えにほっとした。
「そう。よかった。それで?」
「ええ。実は・・・。」
次に出てきた言葉に私は耳を疑った。
いえ、そういうことがあるとは聞いたことがあるけど、まさか身近にそんな・・・ねぇ。
簡単に言うと、青葉に好意を持つ人間がこの寮にいて、密かに狙ってるらしい。
もちろんこの寮には男しか暮らしていない。
つまり、そういうこと。
しかも相手はかなり陰湿らしい。
「青葉って庇護欲を刺激するタイプじゃないですか。ほらか弱くて、頼りなげで。それでいて顔は整っているでしょ?最近は青葉も身の危険を感じてるんですよ。」
「み、身の危険って?」
ごくっと唾をのんだ。
聞いちゃいけない気もするけど、聞きたい。
アブノーマル度満点じゃない?
「寮だけじゃなく大学の構内でもずっと視線を感じるって言ってました。それだけじゃなくて、青葉宛に小包が届くらしくって、その中身が・・・。」
「何?何が入ってたの?」
きっと今の私の顔は嬉々として輝いてるんだろうな。
だってすごく面白いんだもの!
「下着とか。あとはたぶんコスプレ用の衣裳とかって言ってました。」
「え、でも部屋にはなかったはず。」
いや、待てよ。
そう言えば収納スペースは手をつけてない。
ひょっとしたらそこにある?
それに青葉のことだから捨てる勇気もないはず。
と言うか、本来そういうことはあまり重要じゃないのよね。
一番重要なのは・・・
「その・・・相手は誰なのかわかってるの?」
「いいえ。小包の送り主もこの寮には存在しない名前だったのでおそらく偽名を使ったんだと思います。それに視線を感じる時はだいたい俺のいない時で。青葉は、怖くて視線の感じる方を見ることが出来ないって言ってましたし。」
何が怖いのよ!
視線だけでしょ?
私だったらその視線の相手の所にいって胸倉つかんでるわよ!
本当に男なのかしら、青葉って。
そんな疑問さえ浮かべずにはいられない。
ま、今はそんなことどうでもいいけど。
「でもよかった。」
「何がです?」
「え、だって相手は人間だし。それに相手は青葉に好意を持ってるんでしょ?私には関係な・・・。」
「関係大アリですよ。今、あなたが青葉なんですから。」
「あ・・・。」
すっかり忘れていた。
そうだった。
「で、でも青葉だって危害は加えられてないんでしょ?」
「今のところは。でもそれは周りに人がいたからです。俺も極力あいつのそばにいるようにはしたし。あいつも俺から離れようとはしなくて。だけど今は夏休みでこの寮には限られた人間しかいない。夜なんて静かなものです。そして青葉は寮の見回り当番になってしまった。これがどういう意味かわかりますか?」
「だ、大丈夫よ。杉田君は心配しすぎだって。それに私、剣道やってるし。いざとなったら相手を打ち負かしてやるわ。」
「若葉さん、いくら剣道が強くても無防備な状態で襲って来られたら男性に敵う筈もないですよ。」
「そ、そりゃ・・・。」
男女の力の差はどう足掻いても埋められない。
こんな時ほど痛感する。
「俺も気を配りますけど、若葉さんも周りに注意してください。お願いします。」
「うん、わかった。ありがとう。」
杉田君の心配する気持ちが有難かった。
青葉は本当にいい親友を持ったわね。
それだけは褒めてあげるわ。


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