TIME

樫野 珠代

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高校1年-4月

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真新しい制服に身を包み、新しい門の中へと1歩踏み出した。
これまでは秋緒と一緒だった学生生活も今日から全く違うものへと変化する。朝起きたときは、何気に緊張していた。これから始まる別々の道をどう進んでいくのか。階段を降りるとすでに秋緒は自分とは違う制服を着込み、慌しく準備に負われていた。
「あ、おはよう春菜!やばい!遅刻しそう!」
秋緒の通う学校は春菜の学校よりも遠くに位置している。だから自然と起床も早くなる。
「おはよう・・・」
バタバタと廊下を走り階段を駆け上がる秋緒に、聞こえるか聞こえないか微妙な音量で挨拶を投げかけた。
相変わらず表情に変化は見れない。それでも秋緒はいつもと変わりない態度で接してくる。秋緒の気遣いというものがあるのだろう。春菜は洗面所に向かい顔を洗ってぱっと見上げると、鏡に映った自分がいた。親が亡くなってから変わらない表情。表情の変化が見られたのは、そう祐介に会ったあの日だけだった。
あれから・・・祐介に会った日から、1週間が過ぎた。祐介といた時間は自分でも驚くほど、表情に変化が起きた。
ほんの少しでも良い方向に向かっている自分の病状に、とても喜び、期待した。これから徐々に回復していくだろう・・・と。しかしその望みはこの1週間で脆くも打ち砕かれた。表情が回復するどころか、呆気なく変化のない表情へと戻ってしまっていた。あれは夢だったのではないかと思うほどに。ただ救われたのは、以前よりも話すようになったということだ。それには秋緒も驚いていたが、何より飛び上がって喜び、目には涙さえ浮かべていたくらいだ。表情は変わらないが、会話ができるということだけでも進歩した!と秋緒は自分のことのように胸を張って言っていた。その様子を見ながら、秋緒がどれだけ心配していたのか改めて気付かされた。
「春菜、行って来るね!」
玄関の方から声が聞こえてきた。ぼーっとしていた春菜は、はっと我に返った。
「いってらっしゃい。」
秋緒に向けて発した言葉だが、聞こえたかどうか・・・。
ほぅっと息を吐き、自分に喝を入れる。
「今日から頑張らないと!」



門を潜ると新入生らしき人ごみで溢れていた。それでも係りの人間が根気強く新入生を誘導している。声を張り上げながら、掲示板に進む様、指示をしていた。春菜もそれを景色のように捉え、人の流れに沿って進んでいく。ふと肩を叩かれ、振り返ると正臣が優しい笑みを浮かべ横に並んで歩き出していた。
「おはよう、春菜。」
何気ない挨拶ではあったが、『春菜』と呼ばれる事にまだ少し抵抗があった。
「あ、おはよう。」
やや俯き加減でゆっくりと足を進ませる。正臣も歩調を春菜に合わせながら話し出した。
「こいつらと一緒に掲示板でクラスの確認だろ?絶対、モミクチャにされるよなぁ~」
「そうだね。掲示板まで辿り着けないかも・・・」
正臣は少し驚いていた。この前会った時と話す感じが違っていたからだ。しばらく春菜を観察するかのように横目で捕らえていた。
「俺が見てくるよ。背も高いから障害も少ないし。」
「こういう時、背の高い人は得だね。正臣君は身長いくつ?」
「俺?去年計ったときは183あったけど。」
「すごい。景色も私が見てるものと違うんだろうね。」
「春菜は?身長いくつ?」
「・・・私は158cm。低いでしょ・・・」
「そんなことないよ。女の子って感じがして丁度いいって。男としてはどちらかっていうと高い子より低い子がやっぱいいからさ。」
「そうなんだ。」
「まぁ、あくまで外見だけで言えば、の話だけど。やっぱ女より男の方が長身ってのが理想じゃない?」
「なるほど。」
会話をしながら歩くといつの間にか掲示板らしき場所に到達した。それでも掲示板があるであろう場所までは数十メートルと距離がある。
「春菜はそこの木陰で待ってて。俺、見てくるから。」
正臣は後ろの木を指差し、掲示板へと向かって行った。それとは入れ違いに見知った顔が近づいてくる。
「やっほ、春菜。見た?掲示板。」
「ううん、まだ。今、正臣君が見に行ってくれてるの。」
「ま、正臣君だぁ?一体、いつそんなことになったの!?あんたたちって付き合い始めたの!?」
優香がすごい剣幕で顔を近づけてくる。圧倒されながらもなんとか首を横に振った。私がひたすら首を振る仕草に優香もようやく胸を撫で下ろす。
「はぁ~、焦った。春菜があの男に汚されるなんて考えただけでも鳥肌が立つわ。」
優香は自分の体を抱きしめ、身震いしていた。
そんなに悪い人ではないと思うんだけど・・・。
心の中でそう思いながらも、優香に声を出して言う勇気はなかった。
「そうそう!入学早々、私達同じクラスだったわよ!」
「本当?よかった・・・」
「うんうん。春菜は私が守るからね!あ、ついでにアイツも一緒だから。」
「アイツ・・・」
今、頑張って掲示板を見に行っている正臣のことだろう。
「おいおい、ついでに、ってのは余計じゃないか?」
いつのまにか戻ってきていた正臣が眉を寄せて、優香の後ろに立っていた。
「げ!いたの・・・」
優香も私と同じく正臣の存在に気付いてないようだった。
「いたさ、さっきからね。そりゃそうと、また1年おまえと一緒かよ~。勘弁してくれ・・・」
「それはこっちのセリフ!あっそうだ!あんた、春菜に何吹き込んでるのよ!」
正臣に掴みかかってキッと睨んでいる。そんな優香に怯む事もなく、正臣は平然と立ったままはぁっと溜息を漏らしていた。
「優香、落ち着けって。俺が春菜に何を吹き込んだって?」
「ちょっと待って・・・あんた今、『春菜』って呼び捨てした?許せん!あんたが呼ぶには1億年早い!」
「はいはいっと。ちょっとごめんよ~」
正臣は優香の手を払い除けると、その横を通り抜けこちらに向かってきた。
「さ、春菜行こうか。俺たちのクラスは1-Aね。」
そう言って私の手を取り、優香を置いてスタスタと進みだした。
「え・・・あ、優香。」
私の声で自分を取り戻した優香は慌てて、追いかけてきた。
「待ちなさい!正臣!待て!」


教室ではやはり、というべきか出席番号順。ただ男女混合の出席番号。ちなみに私は3番。優香は16番。正臣君は28番。皆バラバラの席だった。周りを見渡しても知っている顔はない。このクラスで同中出身は私達3人だけのようだった。
なんだか緊張してきた・・・。
クラスメートが次々と教室に入り込み、席が埋まっていく。さすが進学校というべきか、席につくと参考書や問題集等を広げ始める人もいる。ただでさえ人見知りで緊張してるのに、さらに勉強のプレッシャーをかけられてるような気がする。ふと目の前に座っている人に目が行く。2個前の席、つまり出席番号1番の人物に釘付けになった。
あれって・・・祐介、君?
確証はなかった。後姿しか見えない上に、髪の色も違う。さらにメガネをかけている。以前に会った時、祐介はメガネをかけていなかった。
人違いかな、まさかそんな偶然、ないよね・・・。
でもちょっとだけ期待した自分がそこにいた。ちょうどタイミングを計ったように担任が教室へとやってきた。
「え~、本日よりこのクラスを受け持つことになった藤澤です。担当は数学。1年間一緒に頑張っていこう。さっそくだが―――」
淡々と話を進める担任の話は、時間に追われているせいか程なくして終わりを告げる。
「では、これから入学式があるから体育館へ集合。その後はここでホームルームだ。」
教卓を軽くパンと叩く音が終わりの合図らしい。その音と共に生徒がそろそろと動き出した。
春菜は祐介らしき人に声をかけようかどうか迷っていたがそうしているうちに本人はさっと教室を出て行った。
あー・・・行っちゃった。
「春菜?どうかした?」
「っ!」
突然後ろから声をかけられ、必要以上に驚いてしまう。振り返ると優香が怪訝そうに私を見ながら、席の隣りまでやってきた。
「何驚いてるのよ・・・」
心外な、とでも言いたげな顔で優香は顔を近づける。
「急に呼ばれたから・・・」
少し後ろに下がり気味に優香に答えた。
「ふ~ん・・・」
疑いの目で見つめられ、何もないのに萎縮してしまう。しばらくその状態が続き、ふいに優香がふわりと微笑んだ。
「春菜、なんかあった?最近。」
「へ?」
「ちょっと変わったから・・・。というか、以前みたいに反応が可愛くなってきたから。」
「可愛い反応・・・」
「そ。私が抱きつきたくなるような・・・」
「は、はぁ・・・」
どう反応してよいかわからず、曖昧な返事になってしまう。
「ま、それは置いといて。で?何かあったんでしょ?」
「そ、それは・・・」
つい目線を泳がした。優香に隠すのは気が引ける。この優香のことだ。私が見ず知らずの人とキスした、なんてことを言ったら・・・想像するだけで怖い。しかもその人が同じクラスかもしれないなんて、口が避けても言えない。
ど、ど~しよ~・・・
「何か隠してるでしょ。春菜、白状しなさい。」
優香がうっすらと笑みを浮かべたまま、威圧感のある重低音で促してきた。
う・・・
「優香、止めろよ。春菜、怖がってるだろ?」
助け舟を出してくれたのは、正臣だった。
「何よ、またあんた?いいかげん付きまとうの、やめなさいよね。」
「別におまえにつきまとってるわけじゃない。俺は春菜と一緒に居たいだけ。お前こそいい加減、春菜離れしろよ。」
「な、なんですって!?あんたなんかが近くにいたら春菜に悪影響を及ぼすのよ!」
「俺はおまえが近くにいる方が、ヤバいと思うんだけど?」
二人が声を荒げながら、言い合いを始めた。春菜は慌てて止めに入るが、声が小さいのか二人は全く耳をかさない。
次第に3人の周りに人が集まってきた。
「あ、あの二人とも、人が・・・」
半径2メートル程、距離を置いて遠巻きにクラスメートがクスクスと笑いながら見物している。
も、もう恥ずかしい・・・
なんとかこの状況から離れたくて、優香と正臣のそれぞれの腕を取り、半ば強引に廊下へと飛び出す。
「は、春菜?」
「お、おい春菜。」
二人は私の行動に戸惑い、腕を引っ張られたまま私の次の行動を見ていた。教室から離れ廊下をひたすら歩き、人が少ない所までやってきた。そこでようやく腕を解放する。
「春菜、急にどうしたの?」
優香はわけがわからないといった感じで私を見つめる。その横で正臣は、はぁ~っと息を吐き、苦笑していた。
「ごめんな、春菜。迷惑、かけたな」
正臣は何かを理解したようだ。咄嗟の自分の行動を未だに信じられない春菜はただ首を横に振り、俯く。
「何?迷惑って・・・」
「俺とおまえがギャーギャー騒ぐから一緒にいる春菜も注目浴びてたんだよ。そういうの、春菜は嫌いだろ?おまえもそれは知ってるはずじゃないか。」
そう言いきった正臣に優香ははっとして、バツが悪そうに私を見返した。
「・・・ごめん、春菜。気をつけるよ。」
「ううん。・・・ただね・・・私のことで二人がケンカするのは絶えられないよ・・・。ごめんね、私のこと気にかけてくれてるのに、こんなこと言うのは間違ってるかもしれないけど・・・」
「春菜は謝らないで!私達が悪かったんだから、ね?」
「優香の言うとおり。春菜が謝る事はない。それに、春菜が俺達に気を使う必要もないよ。俺、前に言ったじゃん。俺にはもっとずぅずぅしくていいって。」
正臣はそう言って私の頭を撫でた。
「ちょっと、いつの間にそんな話したのよ。ってか、その手、何??」
正臣の態度に敏感な優香は、その行動全てが気に食わないらしい。正臣はジロッと優香を睨みつけた。
「優香もうよそうぜ、突っかかるの。」
「突っかかりたくて突っかかってるわけじゃない!あんたが春菜に手を出すからでしょ」
優香は腕を組み、ぷいっと横を向く。
「二人とも・・・と、とりあえず体育館に行こうか」
バチバチと火花の散りそうな雰囲気を宥めようと春菜は二人に妥協案を出す。正臣は小さく、そうだな、と言って一人で体育館へと歩き出した。それを横目で捉え、ようやく優香の苛立ちが収まっていく。はぁっと息を吐き、苦笑交じりで春菜の傍へ寄って来た。
「ごめんね、春菜。こんなつもりじゃなかったんだけど・・・。どうもアイツの言う事がいちいち気に障るんだよね~。いかんいかん!」
優香は舌をぺろっと出して、手を後ろで組んだ。
「優香は反応しすぎだよ。正臣君、いい人だよ?いろいろ気を遣ってくれてるし。」
「春菜、やけに彼の肩持つのね~。ひょっとして・・・惚れた?」
くすっと笑いながら、優香が私を覗き込む。
「そ、そんなんじゃないよ。・・・ただ二人には仲良くしてもらいたいなぁと思って。私ね、ずっと二人には感謝してるの、二人とも同じくらい私の事考えてくれてて。とても二人が大事。だけどその二人がお互いがケンカし合ってたら私、どう接していいかわからなくなっちゃう。」
実際にそうだった。どちらも大切な存在。だからケンカして欲しくない。お互いに本気でケンカしたいんじゃないのはわかっている。だからこそ仲良くして欲しい。悲しそうに話す春菜を見て、優香が春菜の腕に手を回してきて歩き出した。
「もう!春菜にそう言われちゃったら私、何も言えなくなるじゃん!わかったわよ・・・正臣とはケンカしないように努力するし、もっとアイツの事、受け入れられるように努力する!コレでいいでしょ?」
やや投げやりになりながら言い放つ。そんな優香を見て、春菜もほっと胸を撫で下ろした。
「うん。ありがと。だから優香って好き。」
「うふっ。私も好きよ♪」
優香は私の肩に頭を凭れ、腕を強く抱きしめた。これって端から見たら、怪しいかも・・・。


 





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