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高校1年-8月
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祐介は壁に凭れる様にベッドの上に座り、鼻歌を歌いながら窓の外を見ていた。一方、春菜は手持ち無沙汰になり仕方なく机の前に座って学校で出された宿題を始めていた。どのくらいの時が流れただろう。春菜は勉強に集中していて、時間をすっかり忘れていた。はっと我に返ったのはピピっという音が聞こえてきた時だった。充電が終わったことを示す音が静かな空間に響いた。先程まで鼻歌を歌っていた祐介は気が付けばベッドに倒れるように眠っている。
春菜は気持ちよさそうに眠っている祐介を起こそうか迷っていると、その気配に気付いた祐介はゆっくりと目を開けた。
「あれ?眠っちまったか。」
両手を天井に伸ばしながら起き上がる祐介を春菜は自然と眼で追った。それに気付いた祐介が首を傾げながら尋ねた。
「何?」
「あ、ううん。」
春菜は慌てて視線を逸らした。祐介は春菜の横を通り過ぎ、携帯へと手を伸ばした。
「充電、終わったんだな。」
それを確認すると、春菜に携帯を差し出した。
「電源入れてみろよ。」
「あ、うん・・・。」
半年振りに携帯の画面を開く。春菜は妙に胸がざわめいた。最後に画面を見たのはいつだっただろう。
確か・・・そう、将樹からのメールが最後だった。それを見た後すぐに将樹が家にやってきたことに慌てて携帯は鞄に投げ入れてしまった。あの後、将樹に告白して、そして振られて。そして・・・両親の死を知った。それから慌しくて携帯の存在を忘れていた。気が付いた頃には既に電池切れでただのモノと化していた。特に必要性も感じなかった。だからそのまま机の奥にしまった。自分の気持ちを封印するかのように。そして今、再び携帯は息を吹き返した・・・半年という時間を経て。電源を入れる指が僅かに震えた。これを入れてしまったら・・・また何かが起きそうで。
「大丈夫だよ。」
ふいに隣りから声が聞こえてきた。それは春菜の心を見透かし落ち着かせるような優しい声。春菜はぱっとその方向へと顔を上げた。それと同時に祐介がぽんぽんっと春菜の頭を撫でた。
「春菜が恐がるような事は何も起こらないよ。それよりもむしろ春菜が喜ぶような事が起きるんだ。そう思えば、少しは楽になるだろ?」
「祐介君・・・。」
春菜は祐介の言葉に頷き、ゆっくりと深呼吸をして電源ボタンを押した。暫くするとその画面が明るく光り、懐かしい画面が現れた。
「じゃ、早速電話・・・。」
「待って・・・・・・うそ・・・。」
春菜の体が震えていることに祐介が気付き、
「どうかした?」
声をかけるが春菜は時間が止まったように動かない。ただ体を震わせ、瞳を揺らせているだけ。春菜はメール画面をじっと見つめていた。祐介は春菜の視線が一点に釘付けになっていることに気付くとその視線の先に目を向けた。受信boxに表示されている名前で祐介はようやく春菜が固まっている訳を知った。そこには判り易い表示名-母-と。
「なんで・・・?いつ・・・。」
春菜はそこから先に進むのが恐くなった。もうこの世にはいない人からのメール。それだけで胸に重い鉛を打ちつけられるような痛みが走っていた。何が書かれているのか。それを自分は受け入れる事が出来る内容なのか。目に見えない不安や恐怖、悲しみ、辛さが一気に膨らんでくる。春菜は目を閉じ、携帯をギュッと胸に押し当てた。春菜の様子を見守っていた祐介だが、春菜のその行動に思わず両肩を掴んだ。
「大丈夫か?春菜。」
「どうしよう、祐介君。私・・・・・・見る自信、ない・・・。」
「春菜・・・。」
堪らず祐介は春菜をそっと自分の胸に押し込めた。そして落ち着かせるように春菜の背中を撫でながら口を開いた。
「一歩を踏み出せよ。きっとこのメールが春菜の本当の一歩になるんだ。大丈夫だよ、春菜のお袋さんがくれたメールなんだし。春菜が苦しむような事をお袋さんが書くと思うか?」
「そう・・・だよね。」
「ああ。」
春菜はゆっくりと祐介の腕から離れた。手の中の携帯は既に画面が暗くなっていた。再び、メール画面を呼び起こすと春菜は母親からのメールを開いた。
『春ちゃん、合格おめでとう。娘達が本当に優秀でお母さんは誇りに思います。ただ一つだけ心配なのは、あなたのこと。将樹君の事で苦しんでいる春菜を見てると本当に心配。春菜は昔から自分を追い詰める癖があるから。春菜にとって将樹君が唯一頼れる存在だったのよね。でもね春菜、周りをよく御覧なさい。あなたは一人じゃないの。お父さんやお母さん、それに秋緒。そして大切に思う友達がいっぱいいるのよ。もっと人に頼りなさい。そうすればきっとあなたの苦しみも癒されるわ。早く春菜の本当の笑顔を見せて。お母さんはその日を待ってます。なんだかメールが長くなっちゃったわね。今、家に向かってます。帰り着くのはちょっと遅くなりそうだわ。帰ったらお祝いしなきゃね。』
「お、かあさん・・・。」
ゆっくりの画面から視線を外し、春菜は再び携帯を抱きしめた。
「春菜、おまえ・・・。」
祐介が驚いた表情で手を伸ばしてきた。そして春菜の頬にそっと触れ、それを撫でた。
「気付いてるか?涙・・・出てる。」
祐介のその言葉に春菜は驚き、自分の手でその液体を確かめた。確かに流れていた、自分の頬を。
「私・・・。」
泣いてるんだ・・・。
その事が嬉しくて、春菜はさらに涙を流した。両手で顔を覆い、声を漏らせながら泣いた。祐介はその肩を抱いた。
「よかったな。」
祐介の言葉に対し、嗚咽で春菜は言葉を発する事が出来ず、ひたすら頷いていた。春菜が泣き止むまで祐介はずっと春菜の頭を撫で続けた。ようやく春菜が落ち着きを取り戻し、祐介はゆっくりと春菜から離れた。
「あの・・・ごめんなさい。また迷惑かけちゃって・・・。」
俯いたまま、春菜が弱々しく口を開いた。祐介は春菜の顔を覗き込むように屈んだ。その瞬間、
「すげー・・・。」
その言葉と共に祐介は大笑いをしていた。
「春菜・・・くっくっく・・・ダメだ。すげー笑える!おまえ、顔がすげー真っ赤だって!あっはっは!」
祐介に指摘されて、春菜はようやくそれを肌で感じた。顔中が火照って熱い。慌てて机の上にある鏡を手に取り、自分の顔をそれに映し出した。
「ホントだ・・・。」
数ヶ月ぶりの反応。以前はこれが普通だった。男の子が少しでも触れると体中の血液が沸騰してるように騒ぎ出して、顔まで赤くなっていくのだ。春菜が鏡で自分を見つめ、溜息をついている間も後ろでは笑い声が絶えない。
「ゆ、祐介君、笑いすぎ・・・だと思うの。」
春菜の精一杯の反撃がこの言葉だった。自信なさげなその言葉に一瞬笑いを収めた祐介だがまたすぐに笑いのツボに嵌りお腹を抱えて笑い出し、春菜はそんな彼を諦め気味に見つめることしか出来なかった。
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