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高校1年-8月
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携帯から聞こえるのは単調な音。その音が切れると同時に目的の人物の声が流れてきた。
『はい。』
その一声で体中の血が泡立つように騒ぎ出す。携帯を握る手は汗ばんでいた。何か言葉を発さなければと想う気持ちとは裏腹に声が喉の途中で止まったまま出てこない。
『・・・・・・春菜、か?』
戸惑いの声が春菜に問い掛けてきた。
どうしよう・・・。
視線を揺らせ、春菜は行き場を失っていた。感情が出てきて喜んでいるのも束の間、祐介は急かすように春菜に電話をかけさせた。時間が経てばまた勇気がなくなるだろうから、という言葉を添えて。勢いに任せて、春菜は将樹の携帯に連絡を取った。しかしいざ行動をしてみると、案の定、言葉が出てこない。
やっぱり無理だ・・・。
春菜が電話を切ろうとした時、少し離れた所で春菜を見守っていた祐介が動いた。春菜の前までやってくると声を出さずに口だけを動かした。
-がんばれ-
祐介はそのまま春菜の横に腰を下ろした。祐介の言葉で、春菜は喉に詰まっていた言葉がようやく生み出された。
「将樹・・・急にごめんね。」
『どうした?何かあったのか?』
「あ、ううん。そうじゃないの・・・あの・・・今日のこと謝りたくて・・・。」
『今日?』
「うん・・・あと今までの事も・・・。」
『春菜は何も悪くないよ。俺が・・・無神経だったんだ。』
「そんなことない!将樹は悪くないの。全部私が・・・私が弱かっただけ。でもね・・・もう大丈夫だから。もう気を遣わないで。前みたいに朝は秋緒を迎えに来てあげて。」
『春菜・・・。』
「秋緒と・・・一緒にいるのを見るのはそりゃちょっとは妬けちゃうと思うんだ。でもね気付いたの、いつまでも現実からは逃げられないんだって。それを今日、教えてくれた人がいて・・・私に勇気をくれた。だから私はもう大丈夫。それに・・・私も絶対に見つけるよ、将樹に負けないくらい素敵な人。その時は将樹達以上に見せつけるから覚悟しててね。」
将樹と会話をしていて春菜は気がついた。あんなに辛いと思っていた将樹との会話が思っていたよりも普通に出来ている。体の震えもいつの間にか消え去っていた。
『春菜ならすぐに見つかるさ。』
将樹の言葉がすーっと胸に入ってくる。今までの私だったら、この言葉がどんなに苦痛に思っていたか。でも今は苦痛に思わない。むしろ清々しい気持ちで受け入れている。
「そうだといいけど。ねぇ、一つだけ約束して。秋緒のこと・・・大事するって。」
『ああ、もちろん約束する。ありがとう、春菜。』
「うん・・・じゃあ、またね。」
『電話、嬉しかったよ。じゃ、またな。』
相手の電話がプツっと切れる音を聞いた後、春菜も電話を切った。春菜ははぁっと息を大きく吐いた。そして祐介の方を振り向いた。春菜の隣りに座り手を後ろについて窓の外を見上げていた祐介は、春菜の電話が終わると上体を起こし、優しく微笑んだ。
「お疲れさん。よく頑張ったな。」
そう言って手を伸ばし、春菜の頭を撫でた。
「ゆ、祐介君・・・。」
触れられた瞬間、春菜は顔を赤くして体を萎縮させた。
「ぷっ。あははは!ホントに判り易い反応だなぁ。くっくっく。」
「も、もう・・・。」
春菜はぷいっと横を向いて、祐介の視線を避けた。
「今日はありがとう。」
玄関で祐介を見送りながら春菜は頭を下げた。今日一日でいろんなことがあった。でも一番はやっぱり、元の自分に完全ではないが戻れた事。これも全て祐介のおかげだ。春菜はあれから何度も祐介にお礼を言った。
「もういいって。俺、特に何もしてないし。ただ横にいただけだしさ。」
「でも祐介君が背中を押してくれなかったら私は今も殻に閉じ篭ったままだった。」
「そんなこと・・・。」
「ううん、絶対にそう。」
きっぱりと春菜は言った。
「何度お礼を言っても言い尽くせないよ。」
春菜は祐介に何かしてあげたいと思ったが、自分に出来る事が何もないということを既に学んでいる。
最初に会った時もそうだった。彼には毎回、お世話になりっぱなしで・・・
あの時は、結局彼に・・・・・・そうだ、あの時は・・・。
「あの・・・祐介君。」
「ん?」
「お礼・・・したい。」
そう言った春菜の顔は真っ赤で視線を交わそうとはしない。祐介は怪訝に思いながらも、
「お礼なんて別に・・・。」
そこでようやく春菜の顔色の意味を理解した。
「ひょっとして、キスしてくれるの?」
クスクスと笑いながら、祐介は屈みこんで春菜の顔を覗き込んだ。春菜は両手で顔を覆い、火照りを必死に取ろうとしている。
「だって・・・他に出来ること・・・ない、し・・・。」
ぼそぼそと小さな声を出しながら春菜は祐介をちらっと見た。目が合った瞬間、笑っていた祐介の表情が固まり春菜同様、薄っすらと顔を赤く染めた。慌てて祐介は視線を逸らし、体勢を起こした。
やべぇー・・・まいった。
心の中で祐介は呟いていた。
これが本来の春菜なのか?だとしたらギャップが有り過ぎ。涙目であの上目遣いをされた日にゃ普通の男は落ちるな、完璧に。しかも触れただけで怯えたみたいに身体を小さくさせて震えるし・・・。男心をくすぐる以外の何物でもない。それを本人は全くわかっていないから余計に始末に終えない。今までよく無事にやってこれたよな・・・。
「あの・・・祐介君?」
少しだけ顔の赤みが取れた春菜は、それでも両手を頬に添えたまま祐介を不思議そうに仰ぎ見ていた。
「あ?あぁ、なんでもない。じゃ、帰るわ。」
「え・・・え?あ、あの!」
「ん?あぁ・・・キス?別にいいよ。だいたいキスで喜ぶのはせいぜい中学までだろ。」
「で、でも・・・この前は・・・。」
「あれは春菜を楽にさせる為にどうしようかって考えて、思いついたのがキスだっただけ。女の子にキスされて悪い気はしないし、とりあえず貰っとくか、てな感じ?」
「そ、そうだったんだ・・・。」
「今回もぜひってことなら、受け取るけど?」
「い、いいです!」
「そう?」
クスクスと笑いながら春菜の反応を楽しんでいる。
「今日は料理もご馳走になったしさ、それがお礼ってことでいいよ。」
「そんな・・・だってあれは・・・。」
「俺がいいって言ってんの。春菜は素直にはいって言っとけばいいんだよ。」
「う・・・はい。」
上手く言い包められたような気はしたが、春菜はこれ以上反論できそうにないと感じ素直にそれを受け入れる事にした。それに満足そうに微笑んで祐介は頷く。
「よろしい。じゃ、帰るわ。」
「うん、気をつけてね。」
「了解。」
そう言って祐介は春菜の家を出て歩き出した。春菜はその背中を眺めながら、次第に寂しさがこみ上げてきた。また一人の時間が始まる。春菜はギュッと両手を握り締めた。そして思い立ったように彼の後を追った。
「ゆ、祐介君!待って!」
その声に祐介の足が止まり、振り返る。息を弾ませながら春菜は祐介のもとまでやってきた。
「あの・・・あの、もしよかったら・・・たまにうちに来て夕飯、一緒に食べない?」
「え?」
「祐介君の気が向いた時とかに!ほら、一人暮らしだって言ってたし、食費も馬鹿にならないでしょ?それにコンビニのお弁当も栄養が偏ると思うの。その点、私は自分と秋緒の分をいつも作ってるし、一人分増えたって大して変わりはないし。」
「別に・・・。」
「そ、それにお礼・・・そう、今日のお礼も兼ねて。ね?」
祐介の言葉に畳み掛けるように春菜は言葉を続けた。
「秋緒はいつも仕事が入ってるし、気兼ねすることもないよ。」
「いいのか?」
「うん。他に誰もいないし。」
「いや、そういう意味じゃなくて・・・。」
「え?」
祐介の言葉の意図が掴めず、春菜は祐介を見上げた。それには祐介も頭を抱えた。
「・・・なんでもない。」
春菜には警戒心というものがないのだろうか。誰もいないことの方が危ないということを知らないらしい。よほどぬくぬくとした環境で育ったんだろうな。
祐介は人知れず溜息をついた。
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