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高校1年-9月
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夏休みも終わり、通常通りの学校生活が始まった。とは言うものの、春菜の学校は夏休みの間も関係なく授業が行われていた為、夏休みという名目だけの行事になっていた。しかし春菜の表情が元に戻った後、初めて学校に行った日、変わりないはずの学校生活が1-Aだけは違っていた。春菜の変化にクラス中の人間が気付き、騒然となった。クラスの男子生徒が近づく度に、面白いくらいに反応していたからだ。男子はその反応一つ一つに騒ぎ立て、女子はそれに対して野次や抗議をした。クラスが落ち着きを取り戻すまで優香はそんな春菜を必死で守った。
優香がその事を知ったのは春菜の誕生日の翌日。春菜から電話が突然かかってきて、その事実を聞いた。電話越しで優香は、涙ながらに喜んでいた。それだけ優香に心配をかけていたということを改めて感じ、春菜は心を痛めた。だから余計に、優香に元に戻ったということだけしか話せなかった。その経緯も、それに祐介がかかわっていたことも口に出す事はなかった。もしその事を話せば、優香にまた余計な心配をかけてしまう気がしたからだ。優香もまた聞いた時は喜びでいっぱいだった為、深く追求する余裕もなかった。電話を切った後、春菜は少しだけ後ろめたさを感じた。優香の言葉が胸に刺さる。
『春菜には私のこと知ってて欲しい。もちろん私も春菜のことなんでも知りたいって思ってる。いっぱい話して隠し事はナシにしたいんだ。』
以前、優香はそう言ってくれた。話した方が良かったのだろうか。たぶん、優香はその言葉どおり私に隠し事はないだろう。でも私は・・・また隠し事を作ってしまった。春菜は電話の前で重い息を吐いた。
春菜が本来の自分を取り戻して1ヶ月が過ぎた。校内は10月末に行われる緑ヶ丘高校の学園祭である『緑華祭』の準備で賑わっていた。尤も楽しそうにしているのは1、2年生だけで3年は蚊帳の外。緑ヶ丘高校は県内屈指の進学校なだけに受験を控える身で緑華祭を暢気に楽しむ人間はいない。さらにこの緑華祭は、1年は演劇、2年は催し物というのが伝統で決まっている。その理由は簡単で、準備期間を多く要するものは1年にさせようという学校の方針からであった。受験に向けて2年は出来るだけ勉強に時間を費やすようにという暗黙の了解が含まれている。春菜のクラスもその伝統に従い、HRの時間を利用して演目を話し合っていた。
「えー、それでは最終選考に入ります。今回、演目の候補として挙がった『ロミオとジュリエット』と『十二夜』ですが、どちらもシェイクスピアの名作です。選考は多数決を取りたいと思います。自分がやりたいと思う方へ挙手して下さい。」
委員長のその声で教室はざわめき出す。
「やっぱり王道を行くべきじゃない?」
「でもさー、なんだか在り来たりって感じしない?ロミジュリなんてさー。」
そんな女子の声があちらこちらで聞こえてくる。一方、男子は興味なしという感じで他人事のような視線を向けていた。すると一人の男子が手を上げて委員長の視線を受けた。
「一つ提案があるんだけど。」
そう言って立ち上がった。
それは康平だった。
「今のこの様子だと男子はあまりテンションが上がんないと思うんだよね。どっちの話でもメインは男1女1だろ?まずさ、それを決めるってのも手だと思う。」
その意見に委員長も興味を示す。康平の言いたい事を委員長が察したのだ。
「なるほど。そういうパターンは初めてですが、そういうのもアリですね。ちなみに石舘君は何か具体的な案はありますか?」
その質問に康平はにっこりと微笑んだ。さすが委員長、わかってらっしゃる。康平は心の中でほくそ笑んでいた。
「皆も知ってると思うけど、緑華祭はただの学園祭じゃないだろ?他のクラスと競わせる為の行事で学園祭最終日には学年毎に評価が下される。つまり1年の他のクラスが全てライバルになるってわけ。」
その言葉にクラスの人間はさらにざわめき出す。康平の言うとおり、他の学校と違って緑ヶ丘高校は緑華祭を始めとする学校行事のほとんどが生徒同士を競わせるような仕組みになっている。互いに勝ち抜く力を備え付けていこうという学校側の企みだった。もちろんそれには生徒やその保護者、関係者達も承認済みである。つまり進学校独特の性質なのだ。緑華祭では、一人に1枚の紙が配られ、それに自分が一番満足したクラスを書くようになっている。その紙は生徒だけでなく、訪れた外部者、教師にも同様に配られてる。ただし書いても良いのは自分のクラス以外。教師も自分の受け持つクラス以外と決められている。つまり当日、校内にいる人間全てが投票権を持っているのだ。そして翌日のお昼にはそれが発表される。
「緑華祭での勝敗は多少なりとも俺達に影響を与えてくれる。例え小さな競争でも勝つ喜びはその後の自分の糧になる。負けた悔しさは今後のバネになる。」
康平はそう言って皆を見回した。
「ま、そんな硬い事はおいといて。やっぱやるからには勝ちたいだろ?」
視線を正臣に向けて康平は問い掛けた。正臣は怪訝に思い、目を細めた。そんな2人を余所に皆が口々に言い始める。
「絶対、最下位は避けたいよなー。」
「最下位はないだろー。このクラス、団結力はあるしさぁ。」
「でも1位じゃなきゃ意味なくね?」
「だよねー。」
その反応に康平は満足そうに頷く。そして再び委員長の方へと視線を戻すと、
「1位になるには話題性が一番。そして中身の充実さ。それらを含めて俺はメインキャストに正臣と五十嵐さんを指名したいと思います。」
その発言と同時にクラス中にどよめいた。賛否両論で騒がしくなっていく。
「おい!康平!何言ってんだよ!」
正臣は思わず立ち上がり、康平を批難した。
「おいおい、正臣。これはあくまで俺個人の意見だって。」
にこやかに言い放つ康平に正臣はさらに眉間に皺をよせた。その2人の雰囲気を察し、委員長が口を挟む。
「えー、皆さんとりあえず落ち着いてください。石舘君、意見をどうもありがとうございます。それではまずキャストから決めるということで皆さん、よろしいでしょうか?」
その問いかけに誰も反論する人間はいない。それを確かめ、委員長は次に話を進めた。
「ではメインキャストですが・・・こうしましょう。今から小さい紙を配ります。それにメインキャストにしたい人の名前を書いてください。ただし、女子は男子を、男子は女子を。書いたら小さく折って周りに見えないようにして下さい。」
その指示に副委員長が動き出す。それらを遠巻きに見ていた優香は苦笑していた。このクラスって本当に侮れない人達ばかりだわ。委員長と石舘の絶妙な掛け合いも見事だし、副委員長も密かに紙を小さく切って待機していたし。こうなることを見通していたように彼らは平然と話を進めている。最初、何を言い出すのかと優香は客観的に見ていた。だが次第に康平や委員長の考えが読めて優香は思わず吹き出しそうになった。石舘はきっと勝利よりもこのクラスのギクシャクした雰囲気をまとめようとしたんじゃないかしら。だからその原因である春菜を担ぎ上げた。勝利する為のお膳立てとしても春菜の存在は十分に効果を発揮するだろうし。このクラスの女子は春菜のことを誤解しすぎてるのよ。それを解らせるには自然体の春菜を知ってもらうのが一番。石舘はその場を用意しようとしてるのよね。だけど春菜一人ではおそらく演劇が成功しないどころか練習もまともに進まないとも踏んだ。何せ男の子の免疫が出来てない春菜だけに、まず相手に近寄る事も出来ないんじゃないかしら。そう考えた石舘は正臣を相手役に選んだってとこかしら。正臣なら他の男子よりは春菜に接する事が可能だろうし。けれどそんな事を知らない女子は春菜が主役という事が気に食わない上に相手が人気の正臣ということでさらに険悪になる。一方、男子もあの春菜が主役ということには賛成だろうけど、相手役が正臣ということに嫉妬心を覚える。そこで委員長の力が発揮される。まず前もって石舘の考えを先読みした上での進行。そして康平の意見に対しての助言。あげくに康平の描いた結果を作り出すように仕向けちゃってるんだもん。そうでなかったら紙に女子は男子を男子は女子を、なんてことさせないでしょ。
そうすることでそれぞれの意識を異性に向けさせて、その場を静まらせる事が出来る。
もちろん、結果は出て見なければわからないだろうけど、ほぼ100%決まりだわ。
だって皆の頭の中にすでに康平の意見がこびり付いているんだもの。春菜と正臣という組み合わせが。男子は主役に春菜を推せばひょっとしたら自分が相手役に・・・なんてことまで考えている奴だっているはずだわ。その上、春菜以上に目立つ女子なんてこのクラスにいないしね。女子だって同じ。このクラスで人気を博しているのは石舘と正臣くらい・・・あぁ、あともう一人、赤城も見た目だけは○。この3人の中で誰が一番理想の王子様に近いか・・・と考えたらやっぱり正臣だと思う。外交的で優しいし、顔もスタイルも○。その上、スポーツ万能だし。石舘は顔はいいし、スポーツも万能だけど少し冷たい感じがするのよね。あと赤城は問題外ね。そうなればやっぱり正臣が選ばれるはず。結果を見てクラスが騒ぐ可能性はあるけれど、皆で出した結果だから誰も文句なんて言えないわ。私もいつもなら反対するけど、今回は別。相手が正臣なら安心だわ。2人の距離を縮めるにもいいチャンスだと思うし。それに台本をチョコっと書き換えれば、春菜と他の男子を遠ざけるように仕向けられるし。私は正臣の援護役と行きますか。優香は満足げな表情で紙に正臣の名前を書いた。
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