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春
1 自分でも、呆れてしまうほど。
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ホーネージュは、1年の半分近くが冬の雪国である。だから、春も短いし、他国に比べれば肌寒い。
そうなのだが……。今年のデュライト公爵邸の春はとてもあたたかく、濃密だった。
誘拐され、4年も行方不明だった夫人が、旦那様との子まで連れて帰ってきたのだ。
公爵邸は、それはもう大盛り上がりで。
旦那様そっくりのご子息の世話を、誰が担当するかで揉めるほどだ。
そのご子息もご子息で、自分の世話を担当する者に花や葉っぱをプレゼントするものだから、あまりの愛らしさにメイドたちは悶絶している。
さらに奥様のカレンから、幼い頃の旦那様も似たようなことをしていた、身体の弱い自分の元に色々なものを運んでくれた、なんてエピソードまで飛び出せば。
みな、この家族を絶対に守る。もう二度と離ればなれになんてさせない、という意思を高めた。
今日もショーンは、メイドたちに可愛い可愛いと言われながら過ごしている。
そんな幼子を、少し離れたところから見守る男が一人。
ショーンの父親役をつとめていたチェストリーだ。
カレンとジョンズワートがラントシャフトで再会した際、休暇をよこせと言っていた彼であったが……。
ホーネージュに戻ってからも、デュライト公爵邸にいた。
4年も不在だったため、デュライト公爵家には、チェストリーが必要となる仕事はほとんどないのにだ。
「ショーン様の近くには、あまり行かないのね」
「……サラか」
カレンが戻ってくるまで結婚しないと言っていたサラも、今もデュライト公爵家で働いている。
カレンの侍女であるため、ショーンとも関わることが多い。
だからサラは、今までジョンズワートに代わって二人を守っていたチェストリーが、あまりショーンに近づかないことも知っていた。
「いいの? 父親代わりだったんでしょう?」
「いいんだよ、これで」
「……旦那様のため?」
ジョンズワートは今、ショーンの父親になろうと努力している。
休憩時間のほとんどを、ショーンと過ごすことに費やすぐらいだ。
そこにチェストリーが現れたら、ショーンは「父」の方へ行ってしまう。
チェストリーが今まで通りにショーンに接していたら、彼の父親はチェストリーのままだろう。
父親の役割を、自分からジョンズワートに移すため、ショーンに近づきすぎないようにしているのだ。
けれど急にいなくなれば、「父親」を失ったショーンは不安になるだろう。
だから近づきすぎず、離れすぎず。そんな距離を保つため、チェストリーは今もデュライト邸にいた。
幸い、元から仕事で家をあけていることも多かったから。
仕事だと言えば、チェストリーが近くにいなくても、ショーンは納得した。
サラもそういったことがわかっているから、ジョンズワートのためか、と聞いたのだが。
「……お嬢と、ご子息のためだよ」
チェストリーは、そう答えた。
ジョンズワートではなく、カレンとショーンのためだと。
「あなたは、どこまでいっても奥様の従者なのね」
「俺の主人は、旦那様でも、デュライト家でも、アーネスト家でもない。お嬢だからな。それから、お嬢のお子さん」
「……あなたが奥様に助けられたことは、私も少し知っているわ。でも、あなた自身はいいの?」
「俺?」
「あなた自身の、人生」
「……お嬢に仕えることが、俺の人生だよ。それに、あんたも人のこと言えないだろ?」
「……まあ、それもそうね」
男爵家に生まれたサラは、10代の頃からデュライト公爵家で働いている。
ジョンズワートと同い年だから、27歳だ。
奥様が見つかるまで結婚しないなんて言っていたら、4年も経過していた。
元々はジョンズワートの妹の侍女であったサラは、ジョンズワートがどれだけカレンを求めているかを知っていた。
二度目の求婚の前など、どうしたらカレンに受け入れてもらえるだろうかと相談を受けたぐらいだ。
それ以前から、ジョンズワートがカレンカレン、カレンに会いたい、と繰り返していたものだから。
正直なところを言えば、サラはそんなジョンズワートが若干うっとうしくなっていたし、あまりの執着にやや引いていた。
8年もろくに会話していない人を相手に、この執着である。この人は大丈夫なのかと心配もしたぐらいだ。
求婚の際、「ずっと前から好きだ」とはっきり言えばいい。そう助言したのもサラである。
だから、カレンがジョンズワートと婚約したときはもう大喜びで。
サラはようやく、ジョンズワートのカレンカレンカレンカレンから解放されたのである。
カレンの侍女となったとき、カレンを頼むと強く言われたのも本当で。
ジョンズワートの想いの強さを知っていたから、侍女になることを快く引き受けたし、二人のことを心から応援していた。
だからといって、奥様が戻るまで結婚しない、は言いすぎたかもしれない。
自分の人生はどうなんだ、なんて、サラが言えることでもなかった。
「……仕える立場も大変よね」
「本当にな」
そう言って、二人は笑い合う。
そこには、主人に対する呆れが含まれていた。そして、こんな面倒な主人に仕え続ける、自分に対する呆れも。
そうなのだが……。今年のデュライト公爵邸の春はとてもあたたかく、濃密だった。
誘拐され、4年も行方不明だった夫人が、旦那様との子まで連れて帰ってきたのだ。
公爵邸は、それはもう大盛り上がりで。
旦那様そっくりのご子息の世話を、誰が担当するかで揉めるほどだ。
そのご子息もご子息で、自分の世話を担当する者に花や葉っぱをプレゼントするものだから、あまりの愛らしさにメイドたちは悶絶している。
さらに奥様のカレンから、幼い頃の旦那様も似たようなことをしていた、身体の弱い自分の元に色々なものを運んでくれた、なんてエピソードまで飛び出せば。
みな、この家族を絶対に守る。もう二度と離ればなれになんてさせない、という意思を高めた。
今日もショーンは、メイドたちに可愛い可愛いと言われながら過ごしている。
そんな幼子を、少し離れたところから見守る男が一人。
ショーンの父親役をつとめていたチェストリーだ。
カレンとジョンズワートがラントシャフトで再会した際、休暇をよこせと言っていた彼であったが……。
ホーネージュに戻ってからも、デュライト公爵邸にいた。
4年も不在だったため、デュライト公爵家には、チェストリーが必要となる仕事はほとんどないのにだ。
「ショーン様の近くには、あまり行かないのね」
「……サラか」
カレンが戻ってくるまで結婚しないと言っていたサラも、今もデュライト公爵家で働いている。
カレンの侍女であるため、ショーンとも関わることが多い。
だからサラは、今までジョンズワートに代わって二人を守っていたチェストリーが、あまりショーンに近づかないことも知っていた。
「いいの? 父親代わりだったんでしょう?」
「いいんだよ、これで」
「……旦那様のため?」
ジョンズワートは今、ショーンの父親になろうと努力している。
休憩時間のほとんどを、ショーンと過ごすことに費やすぐらいだ。
そこにチェストリーが現れたら、ショーンは「父」の方へ行ってしまう。
チェストリーが今まで通りにショーンに接していたら、彼の父親はチェストリーのままだろう。
父親の役割を、自分からジョンズワートに移すため、ショーンに近づきすぎないようにしているのだ。
けれど急にいなくなれば、「父親」を失ったショーンは不安になるだろう。
だから近づきすぎず、離れすぎず。そんな距離を保つため、チェストリーは今もデュライト邸にいた。
幸い、元から仕事で家をあけていることも多かったから。
仕事だと言えば、チェストリーが近くにいなくても、ショーンは納得した。
サラもそういったことがわかっているから、ジョンズワートのためか、と聞いたのだが。
「……お嬢と、ご子息のためだよ」
チェストリーは、そう答えた。
ジョンズワートではなく、カレンとショーンのためだと。
「あなたは、どこまでいっても奥様の従者なのね」
「俺の主人は、旦那様でも、デュライト家でも、アーネスト家でもない。お嬢だからな。それから、お嬢のお子さん」
「……あなたが奥様に助けられたことは、私も少し知っているわ。でも、あなた自身はいいの?」
「俺?」
「あなた自身の、人生」
「……お嬢に仕えることが、俺の人生だよ。それに、あんたも人のこと言えないだろ?」
「……まあ、それもそうね」
男爵家に生まれたサラは、10代の頃からデュライト公爵家で働いている。
ジョンズワートと同い年だから、27歳だ。
奥様が見つかるまで結婚しないなんて言っていたら、4年も経過していた。
元々はジョンズワートの妹の侍女であったサラは、ジョンズワートがどれだけカレンを求めているかを知っていた。
二度目の求婚の前など、どうしたらカレンに受け入れてもらえるだろうかと相談を受けたぐらいだ。
それ以前から、ジョンズワートがカレンカレン、カレンに会いたい、と繰り返していたものだから。
正直なところを言えば、サラはそんなジョンズワートが若干うっとうしくなっていたし、あまりの執着にやや引いていた。
8年もろくに会話していない人を相手に、この執着である。この人は大丈夫なのかと心配もしたぐらいだ。
求婚の際、「ずっと前から好きだ」とはっきり言えばいい。そう助言したのもサラである。
だから、カレンがジョンズワートと婚約したときはもう大喜びで。
サラはようやく、ジョンズワートのカレンカレンカレンカレンから解放されたのである。
カレンの侍女となったとき、カレンを頼むと強く言われたのも本当で。
ジョンズワートの想いの強さを知っていたから、侍女になることを快く引き受けたし、二人のことを心から応援していた。
だからといって、奥様が戻るまで結婚しない、は言いすぎたかもしれない。
自分の人生はどうなんだ、なんて、サラが言えることでもなかった。
「……仕える立場も大変よね」
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そう言って、二人は笑い合う。
そこには、主人に対する呆れが含まれていた。そして、こんな面倒な主人に仕え続ける、自分に対する呆れも。
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