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第一章 はつこい
第十五話 アレク様は誰にもあげませんっ!!
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『ほんっと無茶するねぇ。君。まぁ、若さゆえの特権なんだろうけど。いでっ!?ちょっ、待てっ!『 』落ち着けっ!!ぎゃーーーっ!!」
……人の夢枕で何を騒いでいるのか、あの神様は。
って言うか煩いからどっか行って欲しい。
『ご挨拶だね。折角君の為に降りてきたのに』
なんか用なの?
わざわざ姿まで現して…随分ボロボロね。杖突かなきゃあるけないなんて…そんだけ殴られたなら私からの一発が紛れててもばれないんじゃない?
『いや、バレるからっ!目の前で肩を回さないでくれっ!あぁっ、もうっ。とにかくっ、今回の傷で死にかけてた君を死なないように現世に止めてあげたり、色々設定弄ってあげたんだから感謝してよっ。それじゃっ!』
あ、逃げたっ。
……ちっ。夢の中で位殴らせてくれても良いと思うんだけどっ!
そもそも私いつまで夢見てんのよっ!
それ以前になんで私夢の中なのよっ!起きるわよっ!目を開けるのよっ!
朝起きてアレク様の写真をみないと私の一日は始まらない体になったんだからっ!
「起きるのよっ!」
くわっと目を開けると、神様と話していた真っ暗な空間などではなく、見慣れた天井がある。
自室の天井。
……うん。ちゃんと目が覚めたみたい。
えっと、アレク様の写真は…。
首を横に向けて……あれ?私まだ夢の中にいる?
アレク様の顔が私の真横にあるんだけど。…あら?私まだベッドの中よね?
そして横には私の大好きなアレク様がいる、と。
しかも腰に腕が回されて、片腕は腕枕…。
………はて?もしかして私目が覚めてない?まだ夢の中にいる?
「……夢の中か~。それならそれでいいや。あのアホな神がここにいないだけ、って言うかアレク様がいるだけで夢の中でもなんでも全然構わん。んー…体が動かないけど、どうにかしてアレク様に抱き付きたいっ!」
肩と腕が痛い。更に言えばちょっと血が足りてないのかくらくらするけど、アレク様に抱き付けば治ると思うのよ。
「アレク様が万能薬なのはもう周知の事実だからね。うんうん。…うぐぐ…夢の中なのに、痛い…けどっ、アレク様に抱き付く為には体を横にしないとぉっ…」
「……フローラ。俺に抱き付いても傷は治らないから。今は大人しくしておけ」
「はいっ!アレク様っ、……へ?」
条件反射で返事してしまったけど、どゆこと?
頑張って動かそうとしていた体は、軽く腰を引き寄せられて、元の態勢に戻されてしまった。
「…出血多量でさっきまで死線を彷徨ってたんだ。あの時手当てを優先させておけばと俺がどれだけ後悔したと思っている」
「アレク様…そんな、憂い顔…好き」
「……俺の話聞いてないな?フローラ」
「えっ!?き、聞いてますっ!聞いてますよっ!ちゃんと大人しくしてますっ!」
「本当にフローラは…。目が覚めて、良かった…」
アレク様が私の額に頬を擦りつけた。……なにこれ、幸せ過ぎんか?今日の朝。
「……今、水を持ってきてやる。ちゃんと大人しくしておけよ?」
アレク様は私から手を離し、起き上がりベッドを降りると部屋を出て行った。あーん、私の癒しぃー…。アレク様が行っちゃった~…すんすん。
で、なんだっけ?出血多量って言ってたっけ?アレク様。…あー、そっか。肩と腕、【紫の月】の光線受けたんだっけ。
…そうだ。そうだよっ!あの時、アレク様が一人で挑んでいってっ!
さーっと血の気が引いた。
ガバッと起き上がり、
「痛っ!?…いた、い、けど、なんのそのーっ…」
痛みに呻く。
めっちゃんこ痛いけど、外の、様子を、見ないとぉー…。確認しないとぉー…。
ヨボヨボしながら、ベッドを降り床を這いながら…もう、完全にアンデットモンスターになっとるがな。
何とか窓まで辿り着いて、外を見ると。
使用人の皆が忙しそうに走り回っていた。
庭にはちゃんと池も残っており、そこには小さいけれど人面魚…サルがいる事が解る。
「あぁ…皆、皆無事だった。…良かった…良かったぁ…」
ずるずると崩れ落ちた私。
もう、力は入らん。誰か私に牛を下さい…。
「一番無事じゃなかった奴に言われたくないだろうな。ほら、フローラ。大人しくしてろと言っただろ」
いつの間にか戻って来たアレク様が私を軽々と抱き上げてベッドへ戻してくれた。
「フローラ。水と薬だ。ちゃんと飲め」
「はいっ!」
アレク様が飲めと言うのなら飲むっ!断るなど選択肢ははなからないっ!
だがしかしっ!力が入らんっ!肩が痛いっ!腕も痛いっ!……吸い込むか?
やってやれないことはないと思うのよ。
その為にこのスク○ームの細長口があるんだと思うのよ。うん。
「あぁ、そうか。ちょっと待ってろ」
アレク様が私の様子に気付いて、薬と水を持って来てくれた。
「まずは水だな。…ん、良し。次に薬、口に入れるぞ。少し苦味があるが、すぐ水やるから我慢な」
ちょっ…何このご褒美っ。アレク様が私の頭を腕で抱えて支えてくれて、逆手でコップと薬を交互に口元に運んでくれる。
薬の苦味なぞ気にならんっ!幸せ過ぎるっ!
「おっと、すまない。零れてしまった」
アレク様の指が私の唇の端をなぞって……やっぱりここ天国なんじゃないか?こんな幸せ空間あってたまるか。
「…大丈夫か?寝かすぞ」
そっと寝かせてくれて、アレク様がコップをサイドチェストの上に戻した。
「……外を見る為に窓に行ったのは、どうなったか気になったからか?」
私は静かに頷く。椅子を引きよせベッドの脇に座ったアレク様は私を見て言った。
「フローラはどこまで覚えている?」
「アレク様が【紫の月】を結晶化して、倒した所までは…」
そう答えるとアレク様は目を丸くして私の方を見た。
「驚いた。そこまで覚えてるのか」
え?だって意識を失う寸前の話だよね?覚えてるよ?そんな驚くような事?
「…ははっ。本当にフローラは規格外だ。…フローラ。フローラは俺の属性を知ってるか?」
「?、動属性だったのでは?」
そう言ってたよね?空を飛んでた時に。
答えると、アレク様はゆっくりと頷いた。
「そう。動属性だ。だが、それは副属性。俺の主属性は【失属性】だ」
「えっ!?ええええっ!?」
失属性ってあれだよねっ!?滅多にいないと言われてるっ、現属性の逆属性。
現属性は物を作りだす事が出来るのと逆に失属性は物の存在を失くすことが出来る。
怖い能力だと父様は言っていたけれど。
マジかー。
アレク様をマジマジと見つめると、アレク様は少し悲しそうな目をして私を見た。
「……怖いか?」
へ?怖い?怖いかと聞かれたら、こう答える。
「いや、全然」
アレク様が止まった。
いやだって怖がる要素欠片もないじゃない?
その力を使って助けてくれた訳でしょう?
「だが、この力は本当に恐ろしいものだ。命あるものを消す事は出来ないとそう言われてはいるものの、…そうとは限らない。使い方次第では…」
「へいへい、アレク様っ。ストップストーップ」
「フローラ…」
「どんな力だって、どんな道具だって、命を消す事が出来ますよ。そうならないように自分を律するのでしょう?アレク様の属性がなんであれ、それはアレク様の努力次第でどうとでもなる。そうでしょう?」
「……努力…」
「アレク様、ちょっとここに座って下さい」
ぽふぽふとベッドを叩く。アレク様はすぐに気付いて私の腕の横に腰かけた。
ちょっと痛いけど我慢して動かし、私はアレク様のベッドに置かれた手に自分の手を重ねて笑った。
「私がアレク様を怖がるなんてありえません。アレク様に惚れ直すことはあっても嫌いになることは絶対にありません。惚れ直す事はあってもっ、…アレク様、カッコいいぃぃぃ」
惚れ直すと言った途端に嬉しそうに笑うアレク様を直視してしまい、語彙が死んだ。
「…ありがとう、フローラ」
「好きぃぃぃぃ」
「俺も好きだよ」
墳死しそうです。でも後悔はない。いや、ある。アレク様の子を産むまでは死んでも死にきれない。アレク様の老いた姿見て看取るまでは死ねない。生きるっ!
「話を戻すか…。さっき俺は驚いただろう?そこまで覚えているのか、って」
「あ、はい。そう仰ってましたね」
「その意味は、フローラが傷を負って意識が朦朧としていたからって意味だけではないんだ。【失属性】の魔法を使った時の特徴を知っているか?」
「存在を失くすことが出来る、でしたよね?」
「そうだ。俺は【紫の月】と言う【神の道具】を【失魔法】で【存在を消した】んだ。だから、普通ならば俺以外の生物、正しくは【失属性】持ち以外は【紫の月】と言うモノが記憶から消失している。この世に存在しないモノになっているからな」
「あ、そうか。でも私は【紫の月】の事を覚えているから」
「だから、驚いたんだ。実際、フローラと俺以外は【紫の月】の存在を記憶から失い、領地では【名も知らない凶悪な何か】が攻撃を仕掛けて来て、そいつをフローラと俺で撃退した、と言う事になっている」
「わーお。…あ、じゃあっ!アレク様、もしかしてっ!」
私は一つの結果に辿り着いて喜ぶ。思わず握っちゃった手をアレク様は握り返して頷いてくれた。
「フローラが眠っている間に悪いが確認させて貰った。試練の内容に【紫の月】に関する事は全てなくなっていた」
「やったーっ!じゃあじゃあまだアレク様をゲット出来るチャンスがあるってことですねっ!」
アレク様があの時言った【大丈夫】の意味。こう言う事だったのかーっ!好きっ!!
「…フローラの努力が無になったのは、良いのか?」
「?、別に良いですよ?私に重要なのは、アレク様を手に入れるって事なので。アレク様を手に入れるって事だけなのでっ!」
「…俺はもうフローラのモノなのにな。…嬉しいな。こんな俺をそこまで全力で欲しがってくれる奴がいる女がいるなんて」
「…ふぅ。アレク様ったら、ご自分の素晴らしさを理解せずに何を言っているんだか。好きっ」
「ハハッ。フローラは本当に可愛いな」
あぁぁっ!アレク様が笑ってるぅっ!可愛いっ!死ぬっ!生きるっ!
「あぁ、そうだ。フローラ。【紫の月】が消失した事により、一つ変化した事がある」
「変化?」
「陛下に報告を済ませているから、フローラの体調が戻り次第父上に呼び出されるとは思うんだが」
「そのアレク様が言っている変化についてで呼び出されるのですか?」
「そうだ。…【紫の月】は負の感情を吸収していた、のはフローラは解ってるな?」
うん。そうだね。だから実態がなく戦い辛かった。
「逆に言えば、怒りや悲しみ、憎しみや苦しみ、そんな負の感情をあれは吸収して、感情の暴走を抑え込んでいたんだ。だが俺はその装置の存在を【なかったこと】にしてしまった。激しい負の感情に慣れてない俺達この世界に生きる生き物はこれから確実に負の感情に振り回されることになるだろう。これから先どうなるか解らない」
「……?」
納得が出来なくて首を傾げる。
「フローラ?」
一緒に首を傾げるアレク様が可愛い。
って、今はそうじゃなくて。
「感情に振り回されるって、人として当然のことですよね?」
「え?」
「まず大前提として負の感情だけ爆発する前に回収されてたのがおかしいことなんです。喜びを爆発させる事が出来るのに悲しみを爆発させる事は駄目って、そんなのおかしいですよ。見て下さい、私を。どんな時も爆発させてますし、苛立ちは持続させて恨みは骨髄までですよっ!」
ふんっ、と勝ち誇るとアレク様は目を点にした。
「感情ってのは人にあって当然のものなんです。むしろ失くしてはいけないものなのです。だからちゃんと向き合わなきゃいけません。この世界の人全てが。自分の感情と。当然アレク様もですよ」
「俺も…?」
「そうです。受け入れるのは怖いかも知れませんが、私がちゃんと側にいますから受け入れて行きましょう?大丈夫。しんどい時は私も一緒に受け止めますから」
アレク様が嫌がっても側にいますからっ!どやっ!
…しっかし、負の感情の爆発、かぁ。
昔、神殿で属性が何か調べた時に世界の成り立ちについての話があったよねぇ。あの時、争いを好まず、争いを止めたみたいなことを神官さんは語っていた。
でもこうして【紫の月】の存在を知ると、恐らくだけどさ、戦争が酷いものになり世界が滅びそうになったから、急遽あのアホ神が【紫の月】で感情吸収して争いを収めた、とも考えられそう。って言うか多分そう。きっとそう。
となると、試練の書にあったのは…なに?私に自分の不始末を尻ぬぐいさせたってこと?そろそろ落ち着いたから面倒なモノを手っ取り早い私に回収させとけ、みたいな?
「あー…神、ボコりたーい」
「ふ、フローラ?唐突に恐ろしい事を言わないでくれないか?」
「あら?声に出てました?」
「バッチリと」
「うふふ。私神様と相性が滅茶苦茶悪いんです」
にこにこ。笑顔で本当の事を宣言するけれど、アレク様は微妙な顔をしている。大丈夫。どんな顔も好き。
アレク様が不安になるのならもう口には出さないでおこーっと。
「感情と向き合う、か。…ハハッ。フローラがいてくれるなら俺は絶対大丈夫だな。…でも」
「でも?」
「俺以外の人間にはフローラがいない。…それに問題はこの国だけでは収まらない。感情の暴走は世界中で起きる。下手をすると再び戦争が起きるかもしれない」
「………戦争…。成程。だから陛下の呼び出しがある、と。そういうことですか」
「そうだ。フローラは皆の命を助ける為に奮闘しただけなのに、すまない」
「アレク様が謝る必要は欠片もありませんよっ!アレク様は私達を助けようとしてくれただけ。それが解らない陛下ではないでしょうし。私が責任とれることならとりますし。それでアレク様が私から取られるなら、そこはそれ。新たな手段をとれば良いだけですし」
「強いな、フローラは。父上との謁見には俺も同席する。助けにならないかもしれないが…」
「いてくれるだけで幸せですからっ!アレク様…優しい、好きっ!」
でも安心して下さいっ!アレク様っ!陛下如きに負ける私じゃありませんっ!
アレク様を手に入れる為に敵対している陛下に負ける訳がないっ!どやっ!
自信満々に握られた手を握り返すと、アレク様は微笑みもう一方の手で頭を撫でてくれた。
何度も何度も優しく撫でてくれる。…え?好き。
これは…幸せ過ぎる…ん、だけど…こんなに、優しく撫でられると、薬も効いてきて段々と眠気が…。
「父上の呼び出しが来るのは今日明日の事じゃない。今はゆっくり眠って体調を戻してくれ…。お休み、フローラ」
アレク様が寝ろと言うのであれば寝ましょう…。お休みなさい…。
次に目が覚めた時、きっとアレク様はお城に戻ってるんだろうなと気付いていたから、出来る限り側にいて欲しいのでアレク様の手をぎゅーっと握り続けたのはご愛嬌と言う事で宜しく。
体を休めて数日後。
マリンの静魔法の後押しもあり、私は順調に回復していった。
アレク様は城へ戻り、私は陛下との謁見…に、行く前に皆からお説教を受けていた…。
最初は父様が。次いで母様が。シトリンに、シトリンに届いた弟妹達のお説教な手紙をとうとうと読みあげられ、アゲット、ラバスさんのお説教。更にはマリンとリアンのお説教。
そして更には。
「お嬢様はどぉしてこう、無茶な事をなさるのかっ」
「淑女と言うモノはですねっ」
使用人の皆からもお叱りのお言葉。
もっと、言えば。
「お嬢様。ご無事でなによりです。ですが、こんな爺の心臓を止める様なことはおやめくだされ」
「おじょうさまのばかーっ!!」
領の皆…老若男女がこぞって屋敷に会いに来てくれて、お説教してくれました。
整理券が配られる程の長蛇の列。
心配させて悪かったとは思ってるの。思ってるけど、こんなにお説教に時間使わなくてもいいじゃなーい。
泣きだす人達もいて、本当に悪かったと思ってるし、もうこんな試練ないから無茶するつもりもないから、必要なら土下座もするから許してー。
泣きたくなった。
そんなお説教ラッシュを乗り越えた私は、庭の池の側でカサコソしていた。
「おー、今日は今までで最高にムンクしてんな、カコ」
「お説教の整理券ナンバー最後の人まで回りました。私ちゃんと最後まで謝ったよー。頑張ったよー…」
今ならば私どんな微風でも飛ばされる自信あるわ。
「それだけ心配をかけたって事だろ。けど、俺としては一人で戦ったカコの気持ちも解るしな。ま、労ってやんよ」
「あー……サルに言われるとムカつくー…」
「なんでだよ」
げっそり…。
「全員が無事だったから説教…心配して貰えたんだ。良かったじゃないか」
「そね…。皆が無事だったのは良いことだわ。街を守り切れなかったのはやっぱり悔しいけど。…街の復旧に尽力しないとね…カサコソ…」
「それはそれとして、カコ」
「何よ、サル」
「王城にはいつ行くんだ?」
「明後日あたりにでも行ってくるわ。呼び出し来る前に殴りこみに行こうかと」
「……お前は何処まで行っても自由だな…」
暫くサルと会話していると走って来たマリンに強制的に部屋に戻された。
最近マリンが強い…。
ベッドに放り込まれて、口に薬をぶっこまれるまでがデフォ。
逃げようにもリアンが見張っているのでそれもかなわず。
そんなこんなマリンとリアンの徹底的な看護を受けて、時が過ぎ二日後。
普通に動き回れるようになったし、と王城へ向かう許可を得ようと執務室へ向かおうとして。
「絶対についていくっ!」
「ついていきますっ!」
リアンとマリンに立ち塞がれた。
うぅ~ん。陛下に喧嘩売りに行くようなもんだしなぁ。私一人で行こうと思ったんだけど…。
それに城には父様も母様も今回の件を話し合う為に既に滞在してるし、まぁ大丈夫だろと思ってシトリンに許可を得ようと執務室へ向かおうとしたのだ。
だけどここ最近色々私に関しての勘が鋭くなった二人が私の行動を察知して部屋を出た途端に両サイドを固められたのである。
「えっと、もう、無茶をするような試練もないし、だいじょう」
「付いてくっ!」
「離れませんっ!」
「…………へーい」
圧が強過ぎて諦めた。
一先ず当初の目的であるシトリンに許可を得る為、執務室のドアをノックするとそこには父様の代わりに仕事をバリバリこなしている弟の姿があった。
「姉様?どうなさいました?」
私に気付いたシトリンはにっこりと笑顔で尋ねてくれる。
「ちょっと王都まで行こうと思って。シトリン、留守を頼める?」
「姉様。まだ傷も治りきってないのに何を仰っているのです?」
「あー…もう、大丈夫だって。それにリアンとマリンが付いて来てくれるって言ってるし。何より、アレク様に会いに行きたいしっ」
「姉様…。少しぐらい我慢を」
「出来ないっ!どうせ陛下からの呼び出しがくるはずってアレク様も言ってたし、だったら先に行ってやろうって思って。何よりアレク様に会いたいしっ!」
「…姉様…」
弟が呆れている。が、アレク様に会いたいのは事実だし、仕方ない。
そして流石弟。私が一度言い出すと聞かない事を知っているから、諦めて馬車を用意してくれた。しかもちょっとお高めの揺れない馬車を用意してくれて。
リアンとマリンも私が必要ないと思っている荷物を馬車に詰め込んでくれて。
……こんなにしてくれると、スクーターで一人向かおうとしてたなんて言えない…ハハッ。
私はリアンとマリンをお供に用意して貰った馬車に乗りこみ王都へと向かった。
道の途中にある慣れた宿屋で一泊し、翌日城へと到着。
城に到着した途端に素晴らしく幸せなことが…。
「そろそろ来ると思ってたよ。フローラ」
「アレク様っ!」
馬車を降りるとなんとアレク様が城の入口前で待ってくださっていたのだ。
嬉しくて駆け寄って抱き着くとアレク様も抱き締めてくれる。うん。好きっ!
私今日行くってこと伝えてないし、陛下からの呼び出しもまだないのに私の考えてる事理解して待っててくれるなんて…好きぃっ!
「さ、行こうか。父上は今母上達、フローラの両親と一緒に庭でお茶を飲んでいるよ。カーネリアン、トルマリンも一緒に来るといい」
「あ、ありがとうございますっ」
「ありがとうございます。殿下」
アレク様にエスコートされながら城内へ入る。今回はリアンとマリンも一緒に来れるようにアレク様が取り計らってくれた。優しい。好き。
廊下を歩き、中庭の方へと向かい進むと。中庭の東屋の方から声が聞こえ漏れてくる。
「…そもそも、クリスタがフローラちゃんの言う通りアレクちゃんをくれたらこんな事にならなかったのよぉ~?」
「い、いや、だってな?…」
「フローラの怪我、どうなの?」
「体に痕残ったりは…?」
「それは大丈夫です。領の…」
そう、領の静属性持ちの皆がお説教しながら魔法をかけてくれたので。マリンも数時間おきにかけてくれたし。おかげで傷の悪化は止められて、代わりに私の自己治癒力が頑張ってそれを動魔法の使い手の皆様が私の自己治癒を後押しして。
異様な速さで回復したのです。まだ傷自体は無くなってないけどね。痛みはもう殆どないんだー。
「さ、行こうか」
「はい」
アレク様のエスコートのまま東屋へ行くと王妃様達と母様は優雅にお茶を飲み、父様は母様の後ろに立ち警護してるのかな?でも一番気になるのは椅子に座らず床に正座している陛下かな。
「父上」
「あ、アレクかっ!?良かった、助けてくれっ!」
嬉し気に振り返った陛下が私の姿を見て停止した。
「フローラちゃんっ!?どうしてここにいるのっ!?傷も治り切ってないのにっ!」
ぶぎゅるっ。
母様、驚いて駆け寄って来て下さるのは良いのですが、一応国の一番偉い人踏んでますよ?
「フローラ。もう暫く大人しくしていろと言っただろう」
父様が母様を抱き上げて私の側まで一緒に来てくれる。父様。国の一番偉い人、踏んでますよ?
二人の心配ももっともなので笑顔で私は言った。
「アレク様に会いたかったのでっ!」
「フローラ。俺も会いたかったよ」
「アレク様っ!私、陛下に呼び出し喰らう前に先手打ってやろうかと思ってたのですが、今はどうでも良くなってますっ!アレク様、デートしましょうっ!」
「ハハッ。それも楽しそうだな。けど、まずは目的果たしてからゆっくりと街を歩く方が良くないか?」
「成程っ!流石アレク様っ!陛下っ、とっとと聞きたい事言ってくださいっ!」
アレク様との時間はいくらあっても足りないんですからっ!
「お前ら…俺はこれでも一国の王なんだぞ?やろうと思えば牢に入れる事だって」
「……ほーう?そうなったら私も本気でこの国を潰させて貰いますが、よろしいですか?」
舐めんなよ、こら。こちとら国の一つや二つって言ったの強がりでもなんでもねぇんだからな。
こんな国なぞ秒で沈めてくれるわ。くっくっくっ…。
「…ほんっと、こえー令嬢だわ。おい、椅子を用意しろ」
上に乗っかっていた父様達を寄せて、立ち上がった陛下は侍従に椅子の用意をしろと指示を出したが、私が準備した方が早い。
現魔法でソファと足りない椅子を作りだし、陛下の侍従に運んでもらった。
「前も思ったが現魔法を使いこなし過ぎだろう。俺が出来るのはせいぜい水を出したり、火を出したり、風を吹かせたり、地面揺らすくらいだぞ」
「自慢ですか?」
「お前の力見てると自慢にもならん」
陛下が椅子に座り、私達もソファに座る。背後にリアンとマリンが立った。
「さて。本題に戻るか。アレクの報告にあった【ムラサキノツキ】と言うものについて。俺達はその名を始めて聞いた…事になったしまった訳だが。…アレクが失属性を使わねばならなかった程の相手だ。しかもその脅威はこの世界全てに関わる事だった。その脅威たる存在を消した事に俺はとやかく言うつもりはないし、恐らく他国の王達も同じだろう」
「そうですね。過去、地図から姿を消した領が自国他国含め多々あった。それの原因であろう【ムラサキノツキ】が消えたのは吉報だと捉えて頂けるでしょう」
言いながら父様も母様を抱き上げたまま椅子に座った。
「問題があるとすれば、…負の感情の爆発、だな。こればっかりは本人で解決するしかない事だが、いかんせん生まれた時から感情を吸収されていた俺達人は解決の方法を知らない」
「きちんと制御出来る人が主だとは思いますが…オニキスの様に祝福が感情に関する者など自分を律する事が出来ない人も出てくる事でしょうし」
「オニキスは今感情を制御出来ずアレクの部屋のカーテンの中で膝を抱えて泣いていますしねぇ…」
「えーっと…何で、アレク様の部屋?」
「……幼い時から俺が一番知りたい事だ」
幼い時から入り浸ってるのか。アレク様、…災難ですね…。
「自国の人間は理由を知っている人間が多いし、うちの領の人間を派遣したら、どうにか立て直させる事が出来るだろうが…他国となると難しいな」
「下手をすると、戦争になりかねないわね~…」
父様と母様の言葉に全員が沈黙する。
戦争、か…。【紫の月】があったおかげで戦争はなくなった。逆に言えばそうでもしないと人間の感情ってのは流れにのってしまうと堰き止める事が出来なくなる。
感情は水のようなもの、って言うもんね。
「そもそも感情は、本来生物全てに備わっているモノ。それを吸い上げられていたっていう前提がおかしいんですよ。けれど、陛下や父様達が言う事も確かですし。もし感情に左右されるのが一国の主だったりしたらそれこそ大変なことになります。……陛下、これを機会に他国との交流をもっと密にしてみては?」
私の提案に陛下はふむと顎に手をあてて考え込む。
「戦争ってきっかけは小さい事だったりするんです。その小さい事ってのは主に人の感情を発端にして起こり、人の感情を糧に肥大します。ですが国の主要人物達がきちんと感情を制御し、国民の感情の流れを操作出来るのなら争いにはなりませんし、例え争いになったとしても抑制出来るでしょう」
「……さらっと難しい事を言いやがる。でも、こうなってしまえばやるしかないんだろうな。あーっ、面倒くせぇなっ!」
「それが国の長の役割です」
面倒くさくて、しんどい。それが国の長たるものの宿命でもある。
だからそんな面倒でしんどい事を大事な大事なアレク様にさせる訳にはいかないのですっ!
「仕方ない。やるか。…まずは書簡を書く所からか。…お前ら、協力しろよ」
父様と王妃様達、そしてアレク様は頷くが私と母様はにこにこ笑うだけ。
何故なら協力する気があまりないからっ!どやっ!
とそんなことを考えていたら、あっさりと私達母子の考えを読み取った陛下がじとーっとこっちを睨み、そして嫌~な感じに口の端を上げて笑った。
「…そうそう。フローラ嬢。アレクから聞いたが、試練の書に書いてあった【ムラサキノツキ、単独撃破】の試練、失敗したそうじゃないか」
「……失敗はしていません。試練が書き直されたので」
「本来の内容と入れ替わったとはいえ、失敗は失敗。完遂とは言えないよなぁ?書き変わったとしたら途中でその試練を棄権した、みたいなもんだもんなぁ?」
「うぐっ…」
「父上、それはっ」
アレク様が私を抱き寄せて庇おうとしてくれたけれど、陛下が無視して追い打ちをかけてくる。
「アレクの手を借りてのクリア。いや、構わないぜ?ただ、試練は失敗。しかも、勝負相手の俺の方にも被害がきているときたもんだ」
何かだんだん腹立って来たわ。
何が言いたいのか解らないから尚更腹立つし、ちんたらちんたら嫌味を言うし。…むぅー…何を言われてもアレク様はあげないだからーっ!
「……嫌味ったらしくチクチクと…。一体何が言いたいんです?あんまり私を怒らせるなら私建国しますからねっ!アレク様持ち逃げするんだからっ!」
「フローラちゃん。お母様はそれでも良いと思うわぁ~」
「そうなったら私達も一緒に行こうかしら。ね?タンザナ」
「えぇ。楽しそうね。アイオラ」
母親三人がおほほほと笑っているけれど目が本気な所為か、嫌味を言ってきていた陛下がたじたじしている。いい気味だわさっ!……だわさ?
「と、とにかく、だっ!俺の恩情で勝負を仕切り直しにしてやる。その代わりに、フローラ嬢はオーマの代表として各国を巡って調査と交流をしてこいっ!」
「え?」
いや、元々試練の都合上他国には行ってみようとは思っていたけれど、国の代表として行く?
そら願ってもない事だわ。他国へ渡る為の免状とか出るし、有難いことこの上ない。
「ハァ?父上、それ、本気で仰ってますか?」
「おう。当然だろ」
「…あり得ないっ。令嬢一人を他国にやるなんてっ!父上には公爵の鬼の形相が目に入らないんですかっ!?」
ん?父様の鬼の形相?
横を見て父様を見ると確かにめっちゃ怒ってる。
けど、良く見るとそんな父様以上に母様がにっこり笑顔でどす黒いオーラを纏っている。
コワイ怖いコワイっ。
「クリスタぁ~…?私、今何か変な言葉、聞いた気がするのぉ~。気のせいかしらぁ~?」
あ、圧がっ…威圧感がっ…。
あまりの恐ろしさに私は無意識にアレク様に抱き着き、同じくアレク様も私を抱きしめていた。
が、何故か、今回は陛下も折れない。
「どんなに凄まれてもこれは決定事項だっ!事情を知っている奴が説明に行くのが一番手っ取り早いだろうがっ!勿論っ、一人でなんて行かせないぞっ!アレクも連れてって良いっ!」
「えっ!?それは本当ですかっ!?陛下っ!!」
ぎゅんっ!と首が折れんばりの勢いで陛下の方を見ると、一瞬ビビりながらも大きく頷いてくれた。
って事は、実質上アレク様と世界一周旅行じゃんっ!やったーっ!!
「陛下。そんな簡単に決めて宜しいのですか?」
「陛下の仕事が鬼の様に滞りますよ?」
「…カイヤをどうにか…説得してくれ。アレク」
「…私が、ですか?」
「…この状況で頼めるのはお前しかいない」
確かにタンザナ様とアイオラ様が陛下を睨んでいる。
アレク様の顔にが、何故自分がと書いている。まぁ全くもってその通りだと思うんだけど。カイヤって第一王女の事よね?カイヤナイト・オーマ様。
あんまり表に出て来られない方だから印象らしきものはないんだけど…。
「……仕方ないですね。フローラの為にも引き受けます」
「アレク様。好き」
もうその言葉しか出ない。うん。
あ、でも、私の事でそうなってるんなら。
「私もカイヤ様に会いに行ってもよろしいですか?」
「あぁ、それは助かるな。カイヤはフローラの事崇拝してるから」
「何故に…?」
私カイヤ様にお会いした事ありましたっけ?
崇拝されるだけの事したっけ?…はて?
「それじゃあ早速行こうか、フローラ。その後にデートしよう」
「はいっ!父様、母様っ、アレク様とデートして来ますねっ」
「そ、れはまだ早いと父様思っ」
「行ってらっしゃい。楽しんでくるのよ~」
母様が父様の口を扇子でべちっと叩いて止めてくれたので、私は喜々としてアレク様の手を握り歩きだす。
「まずはカイヤの部屋だな。それから城下町の有名な菓子店に行かないか?公爵領のお菓子よりは少し劣るかもしれないが」
「アレク様と一緒ならどこでもなんでも嬉しいですっ」
「~~~ッ!」
「?、アレク様?」
隣でアレク様が繋いでいない方の手で顔を覆った。
どこか具合でも悪い?
「あ~…俺のフローラは本当に可愛いな」
「えっ!?本当ですかっ!?アレク様、こんな私でも可愛いっ!?」
「あぁ、可愛い。絶対他の男には渡さないからな」
「私だって、絶対誰にも男だろうが女だろうがアレク様を渡しませんよっ!」
アレク様は絶対に手に入れるっ!
誰にも陛下にだって渡さないんだからっ!
見てて下さいね、試練なんて直ぐに全てクリアして陛下からアレク様を奪って見せるんだからっ!
アレク様と二人見つめ合って微笑み合うと、仲良く城の中へと向かった。
―――数分後。城の中で偶然会ったカイヤ様と話していたら鬼の形相した父様が私と母様を担いで城から飛び出したのは、予定調和って奴なのかもしれない。
……人の夢枕で何を騒いでいるのか、あの神様は。
って言うか煩いからどっか行って欲しい。
『ご挨拶だね。折角君の為に降りてきたのに』
なんか用なの?
わざわざ姿まで現して…随分ボロボロね。杖突かなきゃあるけないなんて…そんだけ殴られたなら私からの一発が紛れててもばれないんじゃない?
『いや、バレるからっ!目の前で肩を回さないでくれっ!あぁっ、もうっ。とにかくっ、今回の傷で死にかけてた君を死なないように現世に止めてあげたり、色々設定弄ってあげたんだから感謝してよっ。それじゃっ!』
あ、逃げたっ。
……ちっ。夢の中で位殴らせてくれても良いと思うんだけどっ!
そもそも私いつまで夢見てんのよっ!
それ以前になんで私夢の中なのよっ!起きるわよっ!目を開けるのよっ!
朝起きてアレク様の写真をみないと私の一日は始まらない体になったんだからっ!
「起きるのよっ!」
くわっと目を開けると、神様と話していた真っ暗な空間などではなく、見慣れた天井がある。
自室の天井。
……うん。ちゃんと目が覚めたみたい。
えっと、アレク様の写真は…。
首を横に向けて……あれ?私まだ夢の中にいる?
アレク様の顔が私の真横にあるんだけど。…あら?私まだベッドの中よね?
そして横には私の大好きなアレク様がいる、と。
しかも腰に腕が回されて、片腕は腕枕…。
………はて?もしかして私目が覚めてない?まだ夢の中にいる?
「……夢の中か~。それならそれでいいや。あのアホな神がここにいないだけ、って言うかアレク様がいるだけで夢の中でもなんでも全然構わん。んー…体が動かないけど、どうにかしてアレク様に抱き付きたいっ!」
肩と腕が痛い。更に言えばちょっと血が足りてないのかくらくらするけど、アレク様に抱き付けば治ると思うのよ。
「アレク様が万能薬なのはもう周知の事実だからね。うんうん。…うぐぐ…夢の中なのに、痛い…けどっ、アレク様に抱き付く為には体を横にしないとぉっ…」
「……フローラ。俺に抱き付いても傷は治らないから。今は大人しくしておけ」
「はいっ!アレク様っ、……へ?」
条件反射で返事してしまったけど、どゆこと?
頑張って動かそうとしていた体は、軽く腰を引き寄せられて、元の態勢に戻されてしまった。
「…出血多量でさっきまで死線を彷徨ってたんだ。あの時手当てを優先させておけばと俺がどれだけ後悔したと思っている」
「アレク様…そんな、憂い顔…好き」
「……俺の話聞いてないな?フローラ」
「えっ!?き、聞いてますっ!聞いてますよっ!ちゃんと大人しくしてますっ!」
「本当にフローラは…。目が覚めて、良かった…」
アレク様が私の額に頬を擦りつけた。……なにこれ、幸せ過ぎんか?今日の朝。
「……今、水を持ってきてやる。ちゃんと大人しくしておけよ?」
アレク様は私から手を離し、起き上がりベッドを降りると部屋を出て行った。あーん、私の癒しぃー…。アレク様が行っちゃった~…すんすん。
で、なんだっけ?出血多量って言ってたっけ?アレク様。…あー、そっか。肩と腕、【紫の月】の光線受けたんだっけ。
…そうだ。そうだよっ!あの時、アレク様が一人で挑んでいってっ!
さーっと血の気が引いた。
ガバッと起き上がり、
「痛っ!?…いた、い、けど、なんのそのーっ…」
痛みに呻く。
めっちゃんこ痛いけど、外の、様子を、見ないとぉー…。確認しないとぉー…。
ヨボヨボしながら、ベッドを降り床を這いながら…もう、完全にアンデットモンスターになっとるがな。
何とか窓まで辿り着いて、外を見ると。
使用人の皆が忙しそうに走り回っていた。
庭にはちゃんと池も残っており、そこには小さいけれど人面魚…サルがいる事が解る。
「あぁ…皆、皆無事だった。…良かった…良かったぁ…」
ずるずると崩れ落ちた私。
もう、力は入らん。誰か私に牛を下さい…。
「一番無事じゃなかった奴に言われたくないだろうな。ほら、フローラ。大人しくしてろと言っただろ」
いつの間にか戻って来たアレク様が私を軽々と抱き上げてベッドへ戻してくれた。
「フローラ。水と薬だ。ちゃんと飲め」
「はいっ!」
アレク様が飲めと言うのなら飲むっ!断るなど選択肢ははなからないっ!
だがしかしっ!力が入らんっ!肩が痛いっ!腕も痛いっ!……吸い込むか?
やってやれないことはないと思うのよ。
その為にこのスク○ームの細長口があるんだと思うのよ。うん。
「あぁ、そうか。ちょっと待ってろ」
アレク様が私の様子に気付いて、薬と水を持って来てくれた。
「まずは水だな。…ん、良し。次に薬、口に入れるぞ。少し苦味があるが、すぐ水やるから我慢な」
ちょっ…何このご褒美っ。アレク様が私の頭を腕で抱えて支えてくれて、逆手でコップと薬を交互に口元に運んでくれる。
薬の苦味なぞ気にならんっ!幸せ過ぎるっ!
「おっと、すまない。零れてしまった」
アレク様の指が私の唇の端をなぞって……やっぱりここ天国なんじゃないか?こんな幸せ空間あってたまるか。
「…大丈夫か?寝かすぞ」
そっと寝かせてくれて、アレク様がコップをサイドチェストの上に戻した。
「……外を見る為に窓に行ったのは、どうなったか気になったからか?」
私は静かに頷く。椅子を引きよせベッドの脇に座ったアレク様は私を見て言った。
「フローラはどこまで覚えている?」
「アレク様が【紫の月】を結晶化して、倒した所までは…」
そう答えるとアレク様は目を丸くして私の方を見た。
「驚いた。そこまで覚えてるのか」
え?だって意識を失う寸前の話だよね?覚えてるよ?そんな驚くような事?
「…ははっ。本当にフローラは規格外だ。…フローラ。フローラは俺の属性を知ってるか?」
「?、動属性だったのでは?」
そう言ってたよね?空を飛んでた時に。
答えると、アレク様はゆっくりと頷いた。
「そう。動属性だ。だが、それは副属性。俺の主属性は【失属性】だ」
「えっ!?ええええっ!?」
失属性ってあれだよねっ!?滅多にいないと言われてるっ、現属性の逆属性。
現属性は物を作りだす事が出来るのと逆に失属性は物の存在を失くすことが出来る。
怖い能力だと父様は言っていたけれど。
マジかー。
アレク様をマジマジと見つめると、アレク様は少し悲しそうな目をして私を見た。
「……怖いか?」
へ?怖い?怖いかと聞かれたら、こう答える。
「いや、全然」
アレク様が止まった。
いやだって怖がる要素欠片もないじゃない?
その力を使って助けてくれた訳でしょう?
「だが、この力は本当に恐ろしいものだ。命あるものを消す事は出来ないとそう言われてはいるものの、…そうとは限らない。使い方次第では…」
「へいへい、アレク様っ。ストップストーップ」
「フローラ…」
「どんな力だって、どんな道具だって、命を消す事が出来ますよ。そうならないように自分を律するのでしょう?アレク様の属性がなんであれ、それはアレク様の努力次第でどうとでもなる。そうでしょう?」
「……努力…」
「アレク様、ちょっとここに座って下さい」
ぽふぽふとベッドを叩く。アレク様はすぐに気付いて私の腕の横に腰かけた。
ちょっと痛いけど我慢して動かし、私はアレク様のベッドに置かれた手に自分の手を重ねて笑った。
「私がアレク様を怖がるなんてありえません。アレク様に惚れ直すことはあっても嫌いになることは絶対にありません。惚れ直す事はあってもっ、…アレク様、カッコいいぃぃぃ」
惚れ直すと言った途端に嬉しそうに笑うアレク様を直視してしまい、語彙が死んだ。
「…ありがとう、フローラ」
「好きぃぃぃぃ」
「俺も好きだよ」
墳死しそうです。でも後悔はない。いや、ある。アレク様の子を産むまでは死んでも死にきれない。アレク様の老いた姿見て看取るまでは死ねない。生きるっ!
「話を戻すか…。さっき俺は驚いただろう?そこまで覚えているのか、って」
「あ、はい。そう仰ってましたね」
「その意味は、フローラが傷を負って意識が朦朧としていたからって意味だけではないんだ。【失属性】の魔法を使った時の特徴を知っているか?」
「存在を失くすことが出来る、でしたよね?」
「そうだ。俺は【紫の月】と言う【神の道具】を【失魔法】で【存在を消した】んだ。だから、普通ならば俺以外の生物、正しくは【失属性】持ち以外は【紫の月】と言うモノが記憶から消失している。この世に存在しないモノになっているからな」
「あ、そうか。でも私は【紫の月】の事を覚えているから」
「だから、驚いたんだ。実際、フローラと俺以外は【紫の月】の存在を記憶から失い、領地では【名も知らない凶悪な何か】が攻撃を仕掛けて来て、そいつをフローラと俺で撃退した、と言う事になっている」
「わーお。…あ、じゃあっ!アレク様、もしかしてっ!」
私は一つの結果に辿り着いて喜ぶ。思わず握っちゃった手をアレク様は握り返して頷いてくれた。
「フローラが眠っている間に悪いが確認させて貰った。試練の内容に【紫の月】に関する事は全てなくなっていた」
「やったーっ!じゃあじゃあまだアレク様をゲット出来るチャンスがあるってことですねっ!」
アレク様があの時言った【大丈夫】の意味。こう言う事だったのかーっ!好きっ!!
「…フローラの努力が無になったのは、良いのか?」
「?、別に良いですよ?私に重要なのは、アレク様を手に入れるって事なので。アレク様を手に入れるって事だけなのでっ!」
「…俺はもうフローラのモノなのにな。…嬉しいな。こんな俺をそこまで全力で欲しがってくれる奴がいる女がいるなんて」
「…ふぅ。アレク様ったら、ご自分の素晴らしさを理解せずに何を言っているんだか。好きっ」
「ハハッ。フローラは本当に可愛いな」
あぁぁっ!アレク様が笑ってるぅっ!可愛いっ!死ぬっ!生きるっ!
「あぁ、そうだ。フローラ。【紫の月】が消失した事により、一つ変化した事がある」
「変化?」
「陛下に報告を済ませているから、フローラの体調が戻り次第父上に呼び出されるとは思うんだが」
「そのアレク様が言っている変化についてで呼び出されるのですか?」
「そうだ。…【紫の月】は負の感情を吸収していた、のはフローラは解ってるな?」
うん。そうだね。だから実態がなく戦い辛かった。
「逆に言えば、怒りや悲しみ、憎しみや苦しみ、そんな負の感情をあれは吸収して、感情の暴走を抑え込んでいたんだ。だが俺はその装置の存在を【なかったこと】にしてしまった。激しい負の感情に慣れてない俺達この世界に生きる生き物はこれから確実に負の感情に振り回されることになるだろう。これから先どうなるか解らない」
「……?」
納得が出来なくて首を傾げる。
「フローラ?」
一緒に首を傾げるアレク様が可愛い。
って、今はそうじゃなくて。
「感情に振り回されるって、人として当然のことですよね?」
「え?」
「まず大前提として負の感情だけ爆発する前に回収されてたのがおかしいことなんです。喜びを爆発させる事が出来るのに悲しみを爆発させる事は駄目って、そんなのおかしいですよ。見て下さい、私を。どんな時も爆発させてますし、苛立ちは持続させて恨みは骨髄までですよっ!」
ふんっ、と勝ち誇るとアレク様は目を点にした。
「感情ってのは人にあって当然のものなんです。むしろ失くしてはいけないものなのです。だからちゃんと向き合わなきゃいけません。この世界の人全てが。自分の感情と。当然アレク様もですよ」
「俺も…?」
「そうです。受け入れるのは怖いかも知れませんが、私がちゃんと側にいますから受け入れて行きましょう?大丈夫。しんどい時は私も一緒に受け止めますから」
アレク様が嫌がっても側にいますからっ!どやっ!
…しっかし、負の感情の爆発、かぁ。
昔、神殿で属性が何か調べた時に世界の成り立ちについての話があったよねぇ。あの時、争いを好まず、争いを止めたみたいなことを神官さんは語っていた。
でもこうして【紫の月】の存在を知ると、恐らくだけどさ、戦争が酷いものになり世界が滅びそうになったから、急遽あのアホ神が【紫の月】で感情吸収して争いを収めた、とも考えられそう。って言うか多分そう。きっとそう。
となると、試練の書にあったのは…なに?私に自分の不始末を尻ぬぐいさせたってこと?そろそろ落ち着いたから面倒なモノを手っ取り早い私に回収させとけ、みたいな?
「あー…神、ボコりたーい」
「ふ、フローラ?唐突に恐ろしい事を言わないでくれないか?」
「あら?声に出てました?」
「バッチリと」
「うふふ。私神様と相性が滅茶苦茶悪いんです」
にこにこ。笑顔で本当の事を宣言するけれど、アレク様は微妙な顔をしている。大丈夫。どんな顔も好き。
アレク様が不安になるのならもう口には出さないでおこーっと。
「感情と向き合う、か。…ハハッ。フローラがいてくれるなら俺は絶対大丈夫だな。…でも」
「でも?」
「俺以外の人間にはフローラがいない。…それに問題はこの国だけでは収まらない。感情の暴走は世界中で起きる。下手をすると再び戦争が起きるかもしれない」
「………戦争…。成程。だから陛下の呼び出しがある、と。そういうことですか」
「そうだ。フローラは皆の命を助ける為に奮闘しただけなのに、すまない」
「アレク様が謝る必要は欠片もありませんよっ!アレク様は私達を助けようとしてくれただけ。それが解らない陛下ではないでしょうし。私が責任とれることならとりますし。それでアレク様が私から取られるなら、そこはそれ。新たな手段をとれば良いだけですし」
「強いな、フローラは。父上との謁見には俺も同席する。助けにならないかもしれないが…」
「いてくれるだけで幸せですからっ!アレク様…優しい、好きっ!」
でも安心して下さいっ!アレク様っ!陛下如きに負ける私じゃありませんっ!
アレク様を手に入れる為に敵対している陛下に負ける訳がないっ!どやっ!
自信満々に握られた手を握り返すと、アレク様は微笑みもう一方の手で頭を撫でてくれた。
何度も何度も優しく撫でてくれる。…え?好き。
これは…幸せ過ぎる…ん、だけど…こんなに、優しく撫でられると、薬も効いてきて段々と眠気が…。
「父上の呼び出しが来るのは今日明日の事じゃない。今はゆっくり眠って体調を戻してくれ…。お休み、フローラ」
アレク様が寝ろと言うのであれば寝ましょう…。お休みなさい…。
次に目が覚めた時、きっとアレク様はお城に戻ってるんだろうなと気付いていたから、出来る限り側にいて欲しいのでアレク様の手をぎゅーっと握り続けたのはご愛嬌と言う事で宜しく。
体を休めて数日後。
マリンの静魔法の後押しもあり、私は順調に回復していった。
アレク様は城へ戻り、私は陛下との謁見…に、行く前に皆からお説教を受けていた…。
最初は父様が。次いで母様が。シトリンに、シトリンに届いた弟妹達のお説教な手紙をとうとうと読みあげられ、アゲット、ラバスさんのお説教。更にはマリンとリアンのお説教。
そして更には。
「お嬢様はどぉしてこう、無茶な事をなさるのかっ」
「淑女と言うモノはですねっ」
使用人の皆からもお叱りのお言葉。
もっと、言えば。
「お嬢様。ご無事でなによりです。ですが、こんな爺の心臓を止める様なことはおやめくだされ」
「おじょうさまのばかーっ!!」
領の皆…老若男女がこぞって屋敷に会いに来てくれて、お説教してくれました。
整理券が配られる程の長蛇の列。
心配させて悪かったとは思ってるの。思ってるけど、こんなにお説教に時間使わなくてもいいじゃなーい。
泣きだす人達もいて、本当に悪かったと思ってるし、もうこんな試練ないから無茶するつもりもないから、必要なら土下座もするから許してー。
泣きたくなった。
そんなお説教ラッシュを乗り越えた私は、庭の池の側でカサコソしていた。
「おー、今日は今までで最高にムンクしてんな、カコ」
「お説教の整理券ナンバー最後の人まで回りました。私ちゃんと最後まで謝ったよー。頑張ったよー…」
今ならば私どんな微風でも飛ばされる自信あるわ。
「それだけ心配をかけたって事だろ。けど、俺としては一人で戦ったカコの気持ちも解るしな。ま、労ってやんよ」
「あー……サルに言われるとムカつくー…」
「なんでだよ」
げっそり…。
「全員が無事だったから説教…心配して貰えたんだ。良かったじゃないか」
「そね…。皆が無事だったのは良いことだわ。街を守り切れなかったのはやっぱり悔しいけど。…街の復旧に尽力しないとね…カサコソ…」
「それはそれとして、カコ」
「何よ、サル」
「王城にはいつ行くんだ?」
「明後日あたりにでも行ってくるわ。呼び出し来る前に殴りこみに行こうかと」
「……お前は何処まで行っても自由だな…」
暫くサルと会話していると走って来たマリンに強制的に部屋に戻された。
最近マリンが強い…。
ベッドに放り込まれて、口に薬をぶっこまれるまでがデフォ。
逃げようにもリアンが見張っているのでそれもかなわず。
そんなこんなマリンとリアンの徹底的な看護を受けて、時が過ぎ二日後。
普通に動き回れるようになったし、と王城へ向かう許可を得ようと執務室へ向かおうとして。
「絶対についていくっ!」
「ついていきますっ!」
リアンとマリンに立ち塞がれた。
うぅ~ん。陛下に喧嘩売りに行くようなもんだしなぁ。私一人で行こうと思ったんだけど…。
それに城には父様も母様も今回の件を話し合う為に既に滞在してるし、まぁ大丈夫だろと思ってシトリンに許可を得ようと執務室へ向かおうとしたのだ。
だけどここ最近色々私に関しての勘が鋭くなった二人が私の行動を察知して部屋を出た途端に両サイドを固められたのである。
「えっと、もう、無茶をするような試練もないし、だいじょう」
「付いてくっ!」
「離れませんっ!」
「…………へーい」
圧が強過ぎて諦めた。
一先ず当初の目的であるシトリンに許可を得る為、執務室のドアをノックするとそこには父様の代わりに仕事をバリバリこなしている弟の姿があった。
「姉様?どうなさいました?」
私に気付いたシトリンはにっこりと笑顔で尋ねてくれる。
「ちょっと王都まで行こうと思って。シトリン、留守を頼める?」
「姉様。まだ傷も治りきってないのに何を仰っているのです?」
「あー…もう、大丈夫だって。それにリアンとマリンが付いて来てくれるって言ってるし。何より、アレク様に会いに行きたいしっ」
「姉様…。少しぐらい我慢を」
「出来ないっ!どうせ陛下からの呼び出しがくるはずってアレク様も言ってたし、だったら先に行ってやろうって思って。何よりアレク様に会いたいしっ!」
「…姉様…」
弟が呆れている。が、アレク様に会いたいのは事実だし、仕方ない。
そして流石弟。私が一度言い出すと聞かない事を知っているから、諦めて馬車を用意してくれた。しかもちょっとお高めの揺れない馬車を用意してくれて。
リアンとマリンも私が必要ないと思っている荷物を馬車に詰め込んでくれて。
……こんなにしてくれると、スクーターで一人向かおうとしてたなんて言えない…ハハッ。
私はリアンとマリンをお供に用意して貰った馬車に乗りこみ王都へと向かった。
道の途中にある慣れた宿屋で一泊し、翌日城へと到着。
城に到着した途端に素晴らしく幸せなことが…。
「そろそろ来ると思ってたよ。フローラ」
「アレク様っ!」
馬車を降りるとなんとアレク様が城の入口前で待ってくださっていたのだ。
嬉しくて駆け寄って抱き着くとアレク様も抱き締めてくれる。うん。好きっ!
私今日行くってこと伝えてないし、陛下からの呼び出しもまだないのに私の考えてる事理解して待っててくれるなんて…好きぃっ!
「さ、行こうか。父上は今母上達、フローラの両親と一緒に庭でお茶を飲んでいるよ。カーネリアン、トルマリンも一緒に来るといい」
「あ、ありがとうございますっ」
「ありがとうございます。殿下」
アレク様にエスコートされながら城内へ入る。今回はリアンとマリンも一緒に来れるようにアレク様が取り計らってくれた。優しい。好き。
廊下を歩き、中庭の方へと向かい進むと。中庭の東屋の方から声が聞こえ漏れてくる。
「…そもそも、クリスタがフローラちゃんの言う通りアレクちゃんをくれたらこんな事にならなかったのよぉ~?」
「い、いや、だってな?…」
「フローラの怪我、どうなの?」
「体に痕残ったりは…?」
「それは大丈夫です。領の…」
そう、領の静属性持ちの皆がお説教しながら魔法をかけてくれたので。マリンも数時間おきにかけてくれたし。おかげで傷の悪化は止められて、代わりに私の自己治癒力が頑張ってそれを動魔法の使い手の皆様が私の自己治癒を後押しして。
異様な速さで回復したのです。まだ傷自体は無くなってないけどね。痛みはもう殆どないんだー。
「さ、行こうか」
「はい」
アレク様のエスコートのまま東屋へ行くと王妃様達と母様は優雅にお茶を飲み、父様は母様の後ろに立ち警護してるのかな?でも一番気になるのは椅子に座らず床に正座している陛下かな。
「父上」
「あ、アレクかっ!?良かった、助けてくれっ!」
嬉し気に振り返った陛下が私の姿を見て停止した。
「フローラちゃんっ!?どうしてここにいるのっ!?傷も治り切ってないのにっ!」
ぶぎゅるっ。
母様、驚いて駆け寄って来て下さるのは良いのですが、一応国の一番偉い人踏んでますよ?
「フローラ。もう暫く大人しくしていろと言っただろう」
父様が母様を抱き上げて私の側まで一緒に来てくれる。父様。国の一番偉い人、踏んでますよ?
二人の心配ももっともなので笑顔で私は言った。
「アレク様に会いたかったのでっ!」
「フローラ。俺も会いたかったよ」
「アレク様っ!私、陛下に呼び出し喰らう前に先手打ってやろうかと思ってたのですが、今はどうでも良くなってますっ!アレク様、デートしましょうっ!」
「ハハッ。それも楽しそうだな。けど、まずは目的果たしてからゆっくりと街を歩く方が良くないか?」
「成程っ!流石アレク様っ!陛下っ、とっとと聞きたい事言ってくださいっ!」
アレク様との時間はいくらあっても足りないんですからっ!
「お前ら…俺はこれでも一国の王なんだぞ?やろうと思えば牢に入れる事だって」
「……ほーう?そうなったら私も本気でこの国を潰させて貰いますが、よろしいですか?」
舐めんなよ、こら。こちとら国の一つや二つって言ったの強がりでもなんでもねぇんだからな。
こんな国なぞ秒で沈めてくれるわ。くっくっくっ…。
「…ほんっと、こえー令嬢だわ。おい、椅子を用意しろ」
上に乗っかっていた父様達を寄せて、立ち上がった陛下は侍従に椅子の用意をしろと指示を出したが、私が準備した方が早い。
現魔法でソファと足りない椅子を作りだし、陛下の侍従に運んでもらった。
「前も思ったが現魔法を使いこなし過ぎだろう。俺が出来るのはせいぜい水を出したり、火を出したり、風を吹かせたり、地面揺らすくらいだぞ」
「自慢ですか?」
「お前の力見てると自慢にもならん」
陛下が椅子に座り、私達もソファに座る。背後にリアンとマリンが立った。
「さて。本題に戻るか。アレクの報告にあった【ムラサキノツキ】と言うものについて。俺達はその名を始めて聞いた…事になったしまった訳だが。…アレクが失属性を使わねばならなかった程の相手だ。しかもその脅威はこの世界全てに関わる事だった。その脅威たる存在を消した事に俺はとやかく言うつもりはないし、恐らく他国の王達も同じだろう」
「そうですね。過去、地図から姿を消した領が自国他国含め多々あった。それの原因であろう【ムラサキノツキ】が消えたのは吉報だと捉えて頂けるでしょう」
言いながら父様も母様を抱き上げたまま椅子に座った。
「問題があるとすれば、…負の感情の爆発、だな。こればっかりは本人で解決するしかない事だが、いかんせん生まれた時から感情を吸収されていた俺達人は解決の方法を知らない」
「きちんと制御出来る人が主だとは思いますが…オニキスの様に祝福が感情に関する者など自分を律する事が出来ない人も出てくる事でしょうし」
「オニキスは今感情を制御出来ずアレクの部屋のカーテンの中で膝を抱えて泣いていますしねぇ…」
「えーっと…何で、アレク様の部屋?」
「……幼い時から俺が一番知りたい事だ」
幼い時から入り浸ってるのか。アレク様、…災難ですね…。
「自国の人間は理由を知っている人間が多いし、うちの領の人間を派遣したら、どうにか立て直させる事が出来るだろうが…他国となると難しいな」
「下手をすると、戦争になりかねないわね~…」
父様と母様の言葉に全員が沈黙する。
戦争、か…。【紫の月】があったおかげで戦争はなくなった。逆に言えばそうでもしないと人間の感情ってのは流れにのってしまうと堰き止める事が出来なくなる。
感情は水のようなもの、って言うもんね。
「そもそも感情は、本来生物全てに備わっているモノ。それを吸い上げられていたっていう前提がおかしいんですよ。けれど、陛下や父様達が言う事も確かですし。もし感情に左右されるのが一国の主だったりしたらそれこそ大変なことになります。……陛下、これを機会に他国との交流をもっと密にしてみては?」
私の提案に陛下はふむと顎に手をあてて考え込む。
「戦争ってきっかけは小さい事だったりするんです。その小さい事ってのは主に人の感情を発端にして起こり、人の感情を糧に肥大します。ですが国の主要人物達がきちんと感情を制御し、国民の感情の流れを操作出来るのなら争いにはなりませんし、例え争いになったとしても抑制出来るでしょう」
「……さらっと難しい事を言いやがる。でも、こうなってしまえばやるしかないんだろうな。あーっ、面倒くせぇなっ!」
「それが国の長の役割です」
面倒くさくて、しんどい。それが国の長たるものの宿命でもある。
だからそんな面倒でしんどい事を大事な大事なアレク様にさせる訳にはいかないのですっ!
「仕方ない。やるか。…まずは書簡を書く所からか。…お前ら、協力しろよ」
父様と王妃様達、そしてアレク様は頷くが私と母様はにこにこ笑うだけ。
何故なら協力する気があまりないからっ!どやっ!
とそんなことを考えていたら、あっさりと私達母子の考えを読み取った陛下がじとーっとこっちを睨み、そして嫌~な感じに口の端を上げて笑った。
「…そうそう。フローラ嬢。アレクから聞いたが、試練の書に書いてあった【ムラサキノツキ、単独撃破】の試練、失敗したそうじゃないか」
「……失敗はしていません。試練が書き直されたので」
「本来の内容と入れ替わったとはいえ、失敗は失敗。完遂とは言えないよなぁ?書き変わったとしたら途中でその試練を棄権した、みたいなもんだもんなぁ?」
「うぐっ…」
「父上、それはっ」
アレク様が私を抱き寄せて庇おうとしてくれたけれど、陛下が無視して追い打ちをかけてくる。
「アレクの手を借りてのクリア。いや、構わないぜ?ただ、試練は失敗。しかも、勝負相手の俺の方にも被害がきているときたもんだ」
何かだんだん腹立って来たわ。
何が言いたいのか解らないから尚更腹立つし、ちんたらちんたら嫌味を言うし。…むぅー…何を言われてもアレク様はあげないだからーっ!
「……嫌味ったらしくチクチクと…。一体何が言いたいんです?あんまり私を怒らせるなら私建国しますからねっ!アレク様持ち逃げするんだからっ!」
「フローラちゃん。お母様はそれでも良いと思うわぁ~」
「そうなったら私達も一緒に行こうかしら。ね?タンザナ」
「えぇ。楽しそうね。アイオラ」
母親三人がおほほほと笑っているけれど目が本気な所為か、嫌味を言ってきていた陛下がたじたじしている。いい気味だわさっ!……だわさ?
「と、とにかく、だっ!俺の恩情で勝負を仕切り直しにしてやる。その代わりに、フローラ嬢はオーマの代表として各国を巡って調査と交流をしてこいっ!」
「え?」
いや、元々試練の都合上他国には行ってみようとは思っていたけれど、国の代表として行く?
そら願ってもない事だわ。他国へ渡る為の免状とか出るし、有難いことこの上ない。
「ハァ?父上、それ、本気で仰ってますか?」
「おう。当然だろ」
「…あり得ないっ。令嬢一人を他国にやるなんてっ!父上には公爵の鬼の形相が目に入らないんですかっ!?」
ん?父様の鬼の形相?
横を見て父様を見ると確かにめっちゃ怒ってる。
けど、良く見るとそんな父様以上に母様がにっこり笑顔でどす黒いオーラを纏っている。
コワイ怖いコワイっ。
「クリスタぁ~…?私、今何か変な言葉、聞いた気がするのぉ~。気のせいかしらぁ~?」
あ、圧がっ…威圧感がっ…。
あまりの恐ろしさに私は無意識にアレク様に抱き着き、同じくアレク様も私を抱きしめていた。
が、何故か、今回は陛下も折れない。
「どんなに凄まれてもこれは決定事項だっ!事情を知っている奴が説明に行くのが一番手っ取り早いだろうがっ!勿論っ、一人でなんて行かせないぞっ!アレクも連れてって良いっ!」
「えっ!?それは本当ですかっ!?陛下っ!!」
ぎゅんっ!と首が折れんばりの勢いで陛下の方を見ると、一瞬ビビりながらも大きく頷いてくれた。
って事は、実質上アレク様と世界一周旅行じゃんっ!やったーっ!!
「陛下。そんな簡単に決めて宜しいのですか?」
「陛下の仕事が鬼の様に滞りますよ?」
「…カイヤをどうにか…説得してくれ。アレク」
「…私が、ですか?」
「…この状況で頼めるのはお前しかいない」
確かにタンザナ様とアイオラ様が陛下を睨んでいる。
アレク様の顔にが、何故自分がと書いている。まぁ全くもってその通りだと思うんだけど。カイヤって第一王女の事よね?カイヤナイト・オーマ様。
あんまり表に出て来られない方だから印象らしきものはないんだけど…。
「……仕方ないですね。フローラの為にも引き受けます」
「アレク様。好き」
もうその言葉しか出ない。うん。
あ、でも、私の事でそうなってるんなら。
「私もカイヤ様に会いに行ってもよろしいですか?」
「あぁ、それは助かるな。カイヤはフローラの事崇拝してるから」
「何故に…?」
私カイヤ様にお会いした事ありましたっけ?
崇拝されるだけの事したっけ?…はて?
「それじゃあ早速行こうか、フローラ。その後にデートしよう」
「はいっ!父様、母様っ、アレク様とデートして来ますねっ」
「そ、れはまだ早いと父様思っ」
「行ってらっしゃい。楽しんでくるのよ~」
母様が父様の口を扇子でべちっと叩いて止めてくれたので、私は喜々としてアレク様の手を握り歩きだす。
「まずはカイヤの部屋だな。それから城下町の有名な菓子店に行かないか?公爵領のお菓子よりは少し劣るかもしれないが」
「アレク様と一緒ならどこでもなんでも嬉しいですっ」
「~~~ッ!」
「?、アレク様?」
隣でアレク様が繋いでいない方の手で顔を覆った。
どこか具合でも悪い?
「あ~…俺のフローラは本当に可愛いな」
「えっ!?本当ですかっ!?アレク様、こんな私でも可愛いっ!?」
「あぁ、可愛い。絶対他の男には渡さないからな」
「私だって、絶対誰にも男だろうが女だろうがアレク様を渡しませんよっ!」
アレク様は絶対に手に入れるっ!
誰にも陛下にだって渡さないんだからっ!
見てて下さいね、試練なんて直ぐに全てクリアして陛下からアレク様を奪って見せるんだからっ!
アレク様と二人見つめ合って微笑み合うと、仲良く城の中へと向かった。
―――数分後。城の中で偶然会ったカイヤ様と話していたら鬼の形相した父様が私と母様を担いで城から飛び出したのは、予定調和って奴なのかもしれない。
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