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第二章 かたおもい
第二十三話 皇帝陛下の謎(後編)
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山ほど積まれた書類を片付けながらその日を終え、死んだように執務机を枕に寝ていた。
翌日。
東光の悪行を理解した僕は、とにもかくにも藤の誤解を解こうと藤に当てて手紙を書いた。
あわよくば一緒に食事が出来たらと。
今日は引き続き書類を片付けなければならないから明日の昼を指定した。
それを彩来に届けさせて、僕はそれを励みにただただ事後処理へと向かう。
書類の片付けはまだ終わらないながらも約束の時間になり、僕は急いで東屋へと向かった。
そして、そこにいたのは。
雑色の令嬢と一緒にいる東光。
「東光。何故、ここにいるんだい?」
ギギギっと壊れた玩具の様にゆっくりと振り返る東光に、僕はいい加減腹が立ち目を吊り上げた。
「…僕は命じた筈だ。謹慎しろ、と」
「に、兄様…」
「彩来と斜子はどこにいる?」
「そ、それは…」
「…もういい。東光、お前にはもうほとほと愛想が尽きた。僕が直々連れて行く」
「兄様っ」
「口を開くな」
バシッと頭の天辺を叩くと、ボフンッと東光の姿が白い熊の姿になった。
「えっ!?あれっ!?」
「無駄だよ。いくら戻ろうとしてもお前は僕の許可なしには戻れない」
「え?兄様、どう言う意味っ?」
東光が必死に副色姿になろうとしているが、無駄だ。
これが跡継ぎのみが使える静属性の力だ。【姿固定】の力。
罪人に使う事はあっても、まさか血の血繋がった弟に使う事になるとは…。
はぁっと息を吐いて、僕は白熊姿になった東光を小脇に抱えて歩き出す。
「あ、あの…」
「…君も部屋に戻るんだな。今の僕はかなり腹が立っていてね。女であろうと容赦なく怒鳴りそうなんだ」
雑色の令嬢の言葉を聞く事なく、僕は東光の部屋へと真っ直ぐ向かって中へ東光を投げ込んだ。
「に、兄様っ」
「黙れ」
「え…にい、さま…?」
扉を閉めて、扉を背に待っていると、彩来と斜子が焦ったように走って戻ってくる。
「……何をしている?彩来、斜子」
「も、申し訳ございませんっ」
「二度目は無い」
「ハッ」
膝を付き二人が命を受けたのを確認して、その場を去った。
藤の誤解を解く所か、どんどん不味い状況へ向かって行っている気がする。
予想外の出来事に、思うように出来ない対処。
「……はぁ、イライラする…。こんなにイライラするのは初めてだ」
自室に戻ろうと歩いていると、こちらに向かって秋映が走って来た。
「王林様っ。書類に署名をお願いしますっ」
「今、それを持ってくるか…」
頭が増々痛くなりそうだ。一体何で僕がこんな目に合わなきゃいけないんだ。
「…お前、ここまで空気読めない奴だったかな」
「え?王林様?」
「書類を寄越せ」
「あ、はいっ」
焦ったように渡された書類の中を確認すると、草色の民、しかも藤の父である金星の提出した【草色の民独立要請書】だった。
来るだろうとは思っていた。東光の起こした行動は全て草色を侮辱するものだったから。
けど、…僕がやった事じゃないのに、僕は責任を取らなくてはいけない。
自分が皇族であることを恨んだ事はないけれど、今初めて立場の高い人間でなければと心底思った。
「これは、僕が預かる。いい、秋映。余計な事はしないように」
僕は書類を四つ折りにして懐に仕舞う。
王林がそんな僕の行動を見て、何かを言いかけた、その時。
「きゃああああああっ!!」
突然叫び声が響いた。
今度は一体なんだ。
どうして次から次へと、こうっ…。
なんて言っていられない。
僕は声のした方へと走った。
声がしたのは厨房。
走った僕を追い越すように使用人の女が走って行く。
三つ編みをした女のリボンに家紋がある。
……花蘇芳と小熊猫。これは、まずいかもしれない。
行った先にいませんように、と祈らずにはいられない。
入口から顔を覗かせ、その場に藤の姿があったことに、最悪だとまた脳内で盛大な溜息をついた。
「何事だ」
藤は完全に雑色の女に嵌められたのだ。
そんな事、「陛下っ!」と僕のもとにしなを作り駆け寄ってきた女の顔を見たら直ぐに解る。
だが…藤は僕の顔を見て、すっと感情を消した。
僕には何も期待していない、そう言う様に。
藤がそうする事によって、僕は助け船を出せなくなる。草色と肉色の溝が深まってしまう。
「……藤」
「陛下…」
一瞬だけ、藤の目が揺らいだ。
何かを感じ取ってくれているのだろうか…。
だったら、少しだけでいい。自分はなにもやっていないと声を上げて欲しい。
そしたら僕は全力で君との溝を埋めて見せるから。
けれど、藤は口を開く事をせずグッ言葉を飲みこんで目を閉じた。
言葉を待ってはみたけれど、藤は何も話すつもりはないらしい。これでは令嬢達の言い分が通ってしまう。
「…この惨状はなんだ?何故、料理人が倒れている?そして、雑色の令嬢と白藤は何故ここにいる?説明せよ」
「え?説明?」
藤に向かって説明するように促すと、藤は目を丸くして僕に聞き返して来た。
聞くよ、当然でしょう?
僕が藤の言葉を聞かない訳がないでしょう?
小さく笑みを浮かべて藤を安心してと目で伝え、目の前の雑色の令嬢を睨みつけた。
「そこの料理人と女はどうやらお前の所の人間のようだ。まずは、美丘、だったな。先に説明しろ」
さて、どんな言い分で来るのか。
僕は雑色の女を見降ろして命じると、女は目に一杯の涙を浮かべて言った。
「は、はい…。実は彼は私の専属料理人で。私はいつも彼にしか作れないお菓子をこの時間に作る様にお願いしているんです。でも、いつまでも戻って来ないし、探しに来たら…草色の、彼女が彼に毒をっ」
…藤がそんな事をする訳がないだろう。
しらっと嘘をついてる目の前の女を殴りたくなる。
まぁ、嘘だらけのこんな言葉を信じる訳がない。
「成程。それがお前の主張か」
聞いてだけはおいてやる。
まぁ、信じてはやらないけど。
僕はまた藤の方を向いて、極力声を和らげて言った。
「それで、藤。君の説明を聞いても良いかな?」
「え?」
今度こそ、君の声で説明して欲しい。
その意図を込めて、藤に聞いたのに藤はただ驚き目を真ん丸くするだけ。
「そんなっ、私嘘なんて言ってないですわっ。陛下っ」
…僕は藤と話がしたいのに。
本当はこんな事じゃなくて、ちゃんと話がしたいのに。
なのに、僕の体には雑色の女が抱き付いてくる。
……気持ち悪い。
「…誰の許可を得て世に触れている。立場を弁えよ」
威圧感と共に冷めた目で見降ろすと、雑色の女は顔を青くして一歩二歩と後退した。
やっと離れてくれた女を無視して、僕は藤に近づこうとした。
藤に触れたいから。
「…藤、何故、君はここに?」
もう一度同じ質問をして、藤を落ち着かせつつ近づくつもりだった。
でもこの一言が余計だったみたいだ。
藤はキッと僕を睨みつけて言った。
「回りくどいですの」
ハッキリとしたその言葉。
何て言ったのかなんて解っている。けれど認めたくなくて僕は思わず聞き返した。
すると、藤はもっと冷えた目をして、僕に言った。
「陛下。私達草色を追い出したいのなら、そんな回りくどい事をせずに直接命令を出せば宜しいのですわ。一体何処までが陛下の作戦なのです?もしかしたら初めから?」
何を言っているんだろうと最初は思った。しかし直ぐに藤の言っている事が東光と僕の事を混同して言っているんだと理解した。だから。
「藤」
落ち着いて欲しくて、僕の言葉をちゃんと聞いて欲しくて彼女の名を呼んだ。
「だとしたらとんだ策士ですわね、陛下。…草色がそこまで憎いのであれば、私達は独立致しましょうか?」
彼女は僕の言葉に被せる様に言葉を重ねてくる。
まるで僕にこれ以上近寄るなって言っているみたいに。
「何を、言っている…」
ちゃんと僕の話を聞いて欲しいのに。
「私達にだって、戦う術はございます。草色を、私達を馬鹿にするのもいい加減になさいませっ!」
怒っている彼女に僕の言葉も声も届く事はなくて。
今まで座っていた彼女はゆらりと立ち上がり、僕と真っ向から向き合う。
「藤。落ち着いて。僕に教えて。何があったのか。僕もちゃんと藤に説明するから」
手を伸ばして彼女の手に触れようとした。けれど…。
「いりません」
彼女は僕を完全に拒絶した。
「もう、何も聞きたくないし、言いたくない。部屋に、戻ります。陛下が判決を下したのであれば私は檻の中にでも、国外追放でもお受けしましょう。ただし、それは私だけ。草色の民に手を出したなら、その時は…」
さっきは多少届いていたと思っていた僕の声はもう彼女には完全に届かなくなってしまった。
どうにか、どうにか挽回したくて。
彼女の中にまだ僕の存在を置いておいて欲しくて。
僕は言った。
「僕は、片方の意見だけ耳を傾けて決は下さない。そんな事は、絶対にしないっ」
そう断言した僕を彼女は真っ向から受け止めて、悲しそうに目を伏せて。
「どうだか。陛下の言葉に真実味はとうに無くなりました」
藤はそう言って静かに僕の横を通り過ぎて行った。
固まった僕の耳には一歩また一歩と彼女の遠ざかる足音が聞こえて。
足音が聞こえなくなった時点で、肺に溜まりに溜まった空気を盛大に吐き出した。
「…秋映。藤の部屋に果物をなるべく沢山届けて。草色の民に頼んで。そうだな。幸徳の依頼で来たと言えばいい」
「お、王林様。ですがっ」
「秋映…?、今、僕が欲してる答えは【はい】か【かしこまりました】のどちらかだよ。さっさと行って」
「は、はいっ」
秋映が僕の後ろで慌てて駆けだす音を聞きながら、僕は雑色の使用人が抱き上げている雑色の調理人の足を蹴り飛ばした。
「へ、陛下っ!?」
「いつまで寝ているつもり?あのね?僕、こんなに、腹が立つの、初めてなんだ」
ダンッ。
足を踏みつけるが、起きない。
「自作自演までして、僕の大事な人を追い詰めて」
ダンッ。
「あぁっ、もうっ、イライラするっ!」
ダンッ。
三度目の踏みつけで、雑色の調理人は痛みに体を起こした。
「ちょっとっ」
起き上がった調理人を慌てて止めようとする使用人だけど、今更無駄だって。
「やっと起きたね。さぁ、詳しく説明して貰おうか。そこの君も一緒にね」
苛立ちがMAXで知らず口元が笑っていた。
こんなに腹が立ってるのに僕は笑うのかと、何だかどんどん面白くなって来た。
そんな僕を見て恐れたのか、雑色の女はバッと令嬢らしからぬ動きで僕から逃げていく。
「…逃がす訳ないのに。まぁいい。お前達は来て貰うぞ」
「王林様、縄いるー?」
「いる。……うん?」
「はい。縄二つ。あ、それからあっちの駆けてった令嬢は泳がせておこうと思って、放置しましたよ」
「あ、あぁ。ありがとう、フローライト嬢」
と言うか、何故ここに?
縄二つを僕が受け取ろうとする前に、フローライト嬢は楽し気に二人を縛り上げていた。
自分でやるならなんでいるかどうか聞いたんだろう…?
「さ、アレク様の所に戻りましょう。これはどうします?焼く?煮る?割る?」
「…全部」
「了解ー」
「と言いたい所だけど、それはまだ出来ないかな」
「では、まず巨大な鉄板を用意して」
「え?」
フローライト嬢がいきいきと鉄板の用意を始めて僕は慌てて彼女を止めて、使用人調理人を連れて僕は牢へと向かった。
牢に辿り着いて檻の一つに二人を放り投げる。
鍵をかけ、牢の外に椅子を置いて足を組んでゆったりと座り、膝の上で手を組んで置くと二人を眺めた。
背後にフローライト嬢が立っていてくれたけれど、アレクが到着すると入れ替わる様に出て行った。
「さて。まずは君達の狙いを聞こうか?…大体の予想はつくけれどね」
「わ、私達は何も…。私達は被害者でっ」
「あぁ、もう、そう言うのは良いから。そっちの男もいい加減起きろ。倒れたフリが僕にまで通用すると思うなよ」
「ぐっ…」
「骨を砕かなかったんだ。感謝して」
調理人の男の方も目を開けてこっちを睨んだ。
「睨む権利あると思ってるの?目も潰そうか?」
苛立ちのままそう言い切ると二人の顔が青褪めた。
うん、それでいい。そっちの方が話しやすい。
「美丘様に命じられて」
「あぁ、やっぱりそうなんだ。でも、そこはどうでもいいね。それより、その美丘様の後ろにいるのは誰なのかってことを僕は知りたいんだけど」
「それは…」
「言い淀むって事は、【野良】か。解りやすい事この上ない」
ギクリと二人は肩を跳ねさせる。
「…何処まで情報が洩れてるのか。そこも調べる必要があるね。…草色と肉色の争いを起こす、か。シャレにもならない」
「そうなる前に止めるんだろ?」
「そう、なんだけどね。…はぁ」
「まぁ、そう落ち込むな。どうにかなる」
アレクがポンッと肩に手を置いて慰めてくれるけれど、素直にその言葉に頷けない。
今結構なピンチ状態だし。
「大丈夫だって。フローラがどうにかしてくれる」
「………え?」
まさかの文言が出て来て思わず聞き返した。
アレクはにやりと勝ち誇った笑いをしているけど、え?ちょっと、アレク?
「アレク?結構情けない事言ってるけど、大丈夫?」
「ん?そうか?でも残念ながら、本当に凄いんだ。俺のフローラは。ハハハッ。まぁ、ちょっと見てろって」
言いながらアレクはポカンとしている僕の腕を引き牢を出た。
自室に戻ると、フローライト嬢は何かをせっせと書いている。
僕とアレクは顔を見合わせて、それを覗きみると琳五家の令嬢達に宛てた手紙のようだった。
「?、フローラ、まずは中から片づけるのか?」
「そのつもりなんですけどねー…まずは白藤ちゃんを一番に呼び出したいんですよねー。彼女が一番傷ついているから。そして、今彼女が一番危険な位置にいますし」
「フローライト嬢?それは一体どう言う事?」
「んー…まだ憶測に過ぎないんで。とにかく白藤ちゃんに顔を出して貰いましょう」
…藤と話せるなら、僕も話したい。
フローライト嬢の言葉通りに、僕はフローライト嬢の手紙を届ける様に伝えた。
それから数日。
手紙は彼女に届くことはなかった。
正しくは届いてはいるけれど、きっと読んでくれていない。
「成程ー。これはどうやら私が直に行った方が良さそうですね。アレク様、ちょっと行って来ますね。大丈夫だとは思いますが、何かあったら直ぐに私を呼んでくださいね」
そう言ってアレクにフローライト嬢は抱き付く。
「それはフローラにも言えるからな。無理と無茶はするなよ」
「はいっ!それじゃあ、行って来ますっ!あ、そうそう。一応、これ置いていきますのでご自由にお使いください」
フローライト嬢はアレクにそう言って目の前に尻尾を掴んだ魚を差し出した。
「カコ…、おま、ころす、きか…み、ず…」
「うるさいわね。人面魚なんて死んでるようなもんでしょうが」
人面魚っ!?あの伝説のっ!?
それをまるで酒の魚釣って来たみたいにアレクの前に掲げて渡したのっ!?
アレクは苦笑いで受け取って、僕にアイコンタクトを送って来た。
うん、解った。直ぐに水槽用意するよ。
フローライト嬢の行動に驚いて停止していた秋映が僕の声に正気に戻り急いで水槽の手配に向かった。
いっそ樽でもいいから水をと思ったのか、小さな桶に水を入れて戻って来た。
その間にフローライト嬢は何処かに行ってしまい、残されたアレクは慌てて人面魚を桶に入れる。
「あいつ…ほんっと俺の扱い雑だなっ!」
「し、親しいって事ですよ。なぁ、王林」
「そ、そうそうっ」
「んなわきゃねーだろっ!こっちは死にかけてんだぞっ!…っと悪ぃな。お前達にあたってしまった」
申し訳なさそうな顔をする伝説の魚。
僕達は顔を見合わせて首を左右に振った。
「で?カコが俺をここにわざわざ連れて来たって事は、何かしら問題が起きてるって事だろ?順を追って話してみろよ。俺は結構優秀だぜ?」
ニヤリと笑う人面魚に釣られて、僕達も苦笑して今までの流れを説明した。
一通り話し終えると、人面魚改めマサルは眉間に皺を寄せて盛大な溜息をついた。
「ほんっとアイツの悪い癖だ。アレク、お前もカコをあんまり甘やかすなよ」
「ハハッ。甘やかした時のフローラの顔が可愛くてつい…」
「お前も大概だよなぁ。さて、じゃあ、カコに白藤嬢の事は任せて、令嬢達の沙汰を先にどうにかするか」
そう言って、マサルは僕の方を向いた。
「カコは白藤嬢と王林の間の誤解を先に解いてやりたかったんだろうが。白藤嬢も随分影響が出ているようだし」
「影響?」
「…ん?おい、アレク?」
「すみません。まだ説明出来てないんですよ。来ていきなりこうでしたから」
「あぁ、そうか。まぁ、そうだな。アレクがそう言うって事は王林も?」
「だと思います。王林は恐らく事情を説明したら直ぐに理解するとは思いますが」
「今は伏せて置いた方がいい、と?」
「はい」
「……アレク。老婆心から言わせて貰うと隠し事は新たな隠し事を産む。そしてその隠し事から大きな不満と不安が産まれ負の感情は大きくなる。気を付けろよ。王林、お前もだ。先導者と言う立場から隠し事は必ず付いて回る。だからこそ、隠すべき物、隠さずとも済む物、その線引きを見誤るな」
「「はい」」
「それから、生まれつき立場を決められ、責任を要求される、そんな事を自分から望んだ訳ではないだろうが、【任せる】と言う言葉で自分から探る事を怠るな。自らの目で確認する事がどれだけ大事か、ちゃんと頭に刻め」
僕とアレクはマサルの言葉に頷く以外の答えを持ち合わせる事は出来なかった。
特に僕は…マサルの一言一言が心にざくざくと刺さる。
…父の死も、弟の暴走も、そして白藤との関係も。僕が国に戻り、自分の目で確認していれば回避する事が出来たんだ。
今更それについて僕が怒るのは、筋違いだ…。
「王林。落ち込んでいる場合か?お前はこれから皇帝陛下として、上に立つ者として、責任を取って行かねばならないんだ。まずはもう一度落ち着いて、今の城内がどうなっているのか、アレクと一緒に調査して来い」
そう言って僕を真っ直ぐ見るマサルに僕は大きく頷いて、そして笑った。
「なんか、父よりも父らしいお叱り貰ったかも」
そう笑って言うと、マサルも嬉し気に笑い。
「見た目魚だけど、父と呼んでもいいぜっ!」
と茶目っ気たっぷりに言ってくれたので、
「魚はちょっと…」
と冗談で返すと、アレクが最初に笑い出し、僕達も釣られて笑うのだった。
「それじゃあ早速調査に」
行こうとアレクを誘おうとした瞬間、ドアが大きな音を立てて開かれた。
何事かとそちらを向くと、一度だけ目にした事のある使用人が立っていた。
「どうした、マリン」
マリンと呼ばれた使用人は、全速力で走って来たのだろう。
乱れた息を整える間もなく、アレクに向かって叫んだ。
「お嬢様が、誘拐されましたっ!!」
その言葉に僕達は驚き、声を失った。
最初に正気に戻ったのは、マサルで。
一言、彼は言った。
「誘拐犯は無事かっ!?」
アレクもしっかりとそれに同意するので、僕はポカーンとする他なかった。
フローライト嬢、君って一体、本当に何者なの…?
翌日。
東光の悪行を理解した僕は、とにもかくにも藤の誤解を解こうと藤に当てて手紙を書いた。
あわよくば一緒に食事が出来たらと。
今日は引き続き書類を片付けなければならないから明日の昼を指定した。
それを彩来に届けさせて、僕はそれを励みにただただ事後処理へと向かう。
書類の片付けはまだ終わらないながらも約束の時間になり、僕は急いで東屋へと向かった。
そして、そこにいたのは。
雑色の令嬢と一緒にいる東光。
「東光。何故、ここにいるんだい?」
ギギギっと壊れた玩具の様にゆっくりと振り返る東光に、僕はいい加減腹が立ち目を吊り上げた。
「…僕は命じた筈だ。謹慎しろ、と」
「に、兄様…」
「彩来と斜子はどこにいる?」
「そ、それは…」
「…もういい。東光、お前にはもうほとほと愛想が尽きた。僕が直々連れて行く」
「兄様っ」
「口を開くな」
バシッと頭の天辺を叩くと、ボフンッと東光の姿が白い熊の姿になった。
「えっ!?あれっ!?」
「無駄だよ。いくら戻ろうとしてもお前は僕の許可なしには戻れない」
「え?兄様、どう言う意味っ?」
東光が必死に副色姿になろうとしているが、無駄だ。
これが跡継ぎのみが使える静属性の力だ。【姿固定】の力。
罪人に使う事はあっても、まさか血の血繋がった弟に使う事になるとは…。
はぁっと息を吐いて、僕は白熊姿になった東光を小脇に抱えて歩き出す。
「あ、あの…」
「…君も部屋に戻るんだな。今の僕はかなり腹が立っていてね。女であろうと容赦なく怒鳴りそうなんだ」
雑色の令嬢の言葉を聞く事なく、僕は東光の部屋へと真っ直ぐ向かって中へ東光を投げ込んだ。
「に、兄様っ」
「黙れ」
「え…にい、さま…?」
扉を閉めて、扉を背に待っていると、彩来と斜子が焦ったように走って戻ってくる。
「……何をしている?彩来、斜子」
「も、申し訳ございませんっ」
「二度目は無い」
「ハッ」
膝を付き二人が命を受けたのを確認して、その場を去った。
藤の誤解を解く所か、どんどん不味い状況へ向かって行っている気がする。
予想外の出来事に、思うように出来ない対処。
「……はぁ、イライラする…。こんなにイライラするのは初めてだ」
自室に戻ろうと歩いていると、こちらに向かって秋映が走って来た。
「王林様っ。書類に署名をお願いしますっ」
「今、それを持ってくるか…」
頭が増々痛くなりそうだ。一体何で僕がこんな目に合わなきゃいけないんだ。
「…お前、ここまで空気読めない奴だったかな」
「え?王林様?」
「書類を寄越せ」
「あ、はいっ」
焦ったように渡された書類の中を確認すると、草色の民、しかも藤の父である金星の提出した【草色の民独立要請書】だった。
来るだろうとは思っていた。東光の起こした行動は全て草色を侮辱するものだったから。
けど、…僕がやった事じゃないのに、僕は責任を取らなくてはいけない。
自分が皇族であることを恨んだ事はないけれど、今初めて立場の高い人間でなければと心底思った。
「これは、僕が預かる。いい、秋映。余計な事はしないように」
僕は書類を四つ折りにして懐に仕舞う。
王林がそんな僕の行動を見て、何かを言いかけた、その時。
「きゃああああああっ!!」
突然叫び声が響いた。
今度は一体なんだ。
どうして次から次へと、こうっ…。
なんて言っていられない。
僕は声のした方へと走った。
声がしたのは厨房。
走った僕を追い越すように使用人の女が走って行く。
三つ編みをした女のリボンに家紋がある。
……花蘇芳と小熊猫。これは、まずいかもしれない。
行った先にいませんように、と祈らずにはいられない。
入口から顔を覗かせ、その場に藤の姿があったことに、最悪だとまた脳内で盛大な溜息をついた。
「何事だ」
藤は完全に雑色の女に嵌められたのだ。
そんな事、「陛下っ!」と僕のもとにしなを作り駆け寄ってきた女の顔を見たら直ぐに解る。
だが…藤は僕の顔を見て、すっと感情を消した。
僕には何も期待していない、そう言う様に。
藤がそうする事によって、僕は助け船を出せなくなる。草色と肉色の溝が深まってしまう。
「……藤」
「陛下…」
一瞬だけ、藤の目が揺らいだ。
何かを感じ取ってくれているのだろうか…。
だったら、少しだけでいい。自分はなにもやっていないと声を上げて欲しい。
そしたら僕は全力で君との溝を埋めて見せるから。
けれど、藤は口を開く事をせずグッ言葉を飲みこんで目を閉じた。
言葉を待ってはみたけれど、藤は何も話すつもりはないらしい。これでは令嬢達の言い分が通ってしまう。
「…この惨状はなんだ?何故、料理人が倒れている?そして、雑色の令嬢と白藤は何故ここにいる?説明せよ」
「え?説明?」
藤に向かって説明するように促すと、藤は目を丸くして僕に聞き返して来た。
聞くよ、当然でしょう?
僕が藤の言葉を聞かない訳がないでしょう?
小さく笑みを浮かべて藤を安心してと目で伝え、目の前の雑色の令嬢を睨みつけた。
「そこの料理人と女はどうやらお前の所の人間のようだ。まずは、美丘、だったな。先に説明しろ」
さて、どんな言い分で来るのか。
僕は雑色の女を見降ろして命じると、女は目に一杯の涙を浮かべて言った。
「は、はい…。実は彼は私の専属料理人で。私はいつも彼にしか作れないお菓子をこの時間に作る様にお願いしているんです。でも、いつまでも戻って来ないし、探しに来たら…草色の、彼女が彼に毒をっ」
…藤がそんな事をする訳がないだろう。
しらっと嘘をついてる目の前の女を殴りたくなる。
まぁ、嘘だらけのこんな言葉を信じる訳がない。
「成程。それがお前の主張か」
聞いてだけはおいてやる。
まぁ、信じてはやらないけど。
僕はまた藤の方を向いて、極力声を和らげて言った。
「それで、藤。君の説明を聞いても良いかな?」
「え?」
今度こそ、君の声で説明して欲しい。
その意図を込めて、藤に聞いたのに藤はただ驚き目を真ん丸くするだけ。
「そんなっ、私嘘なんて言ってないですわっ。陛下っ」
…僕は藤と話がしたいのに。
本当はこんな事じゃなくて、ちゃんと話がしたいのに。
なのに、僕の体には雑色の女が抱き付いてくる。
……気持ち悪い。
「…誰の許可を得て世に触れている。立場を弁えよ」
威圧感と共に冷めた目で見降ろすと、雑色の女は顔を青くして一歩二歩と後退した。
やっと離れてくれた女を無視して、僕は藤に近づこうとした。
藤に触れたいから。
「…藤、何故、君はここに?」
もう一度同じ質問をして、藤を落ち着かせつつ近づくつもりだった。
でもこの一言が余計だったみたいだ。
藤はキッと僕を睨みつけて言った。
「回りくどいですの」
ハッキリとしたその言葉。
何て言ったのかなんて解っている。けれど認めたくなくて僕は思わず聞き返した。
すると、藤はもっと冷えた目をして、僕に言った。
「陛下。私達草色を追い出したいのなら、そんな回りくどい事をせずに直接命令を出せば宜しいのですわ。一体何処までが陛下の作戦なのです?もしかしたら初めから?」
何を言っているんだろうと最初は思った。しかし直ぐに藤の言っている事が東光と僕の事を混同して言っているんだと理解した。だから。
「藤」
落ち着いて欲しくて、僕の言葉をちゃんと聞いて欲しくて彼女の名を呼んだ。
「だとしたらとんだ策士ですわね、陛下。…草色がそこまで憎いのであれば、私達は独立致しましょうか?」
彼女は僕の言葉に被せる様に言葉を重ねてくる。
まるで僕にこれ以上近寄るなって言っているみたいに。
「何を、言っている…」
ちゃんと僕の話を聞いて欲しいのに。
「私達にだって、戦う術はございます。草色を、私達を馬鹿にするのもいい加減になさいませっ!」
怒っている彼女に僕の言葉も声も届く事はなくて。
今まで座っていた彼女はゆらりと立ち上がり、僕と真っ向から向き合う。
「藤。落ち着いて。僕に教えて。何があったのか。僕もちゃんと藤に説明するから」
手を伸ばして彼女の手に触れようとした。けれど…。
「いりません」
彼女は僕を完全に拒絶した。
「もう、何も聞きたくないし、言いたくない。部屋に、戻ります。陛下が判決を下したのであれば私は檻の中にでも、国外追放でもお受けしましょう。ただし、それは私だけ。草色の民に手を出したなら、その時は…」
さっきは多少届いていたと思っていた僕の声はもう彼女には完全に届かなくなってしまった。
どうにか、どうにか挽回したくて。
彼女の中にまだ僕の存在を置いておいて欲しくて。
僕は言った。
「僕は、片方の意見だけ耳を傾けて決は下さない。そんな事は、絶対にしないっ」
そう断言した僕を彼女は真っ向から受け止めて、悲しそうに目を伏せて。
「どうだか。陛下の言葉に真実味はとうに無くなりました」
藤はそう言って静かに僕の横を通り過ぎて行った。
固まった僕の耳には一歩また一歩と彼女の遠ざかる足音が聞こえて。
足音が聞こえなくなった時点で、肺に溜まりに溜まった空気を盛大に吐き出した。
「…秋映。藤の部屋に果物をなるべく沢山届けて。草色の民に頼んで。そうだな。幸徳の依頼で来たと言えばいい」
「お、王林様。ですがっ」
「秋映…?、今、僕が欲してる答えは【はい】か【かしこまりました】のどちらかだよ。さっさと行って」
「は、はいっ」
秋映が僕の後ろで慌てて駆けだす音を聞きながら、僕は雑色の使用人が抱き上げている雑色の調理人の足を蹴り飛ばした。
「へ、陛下っ!?」
「いつまで寝ているつもり?あのね?僕、こんなに、腹が立つの、初めてなんだ」
ダンッ。
足を踏みつけるが、起きない。
「自作自演までして、僕の大事な人を追い詰めて」
ダンッ。
「あぁっ、もうっ、イライラするっ!」
ダンッ。
三度目の踏みつけで、雑色の調理人は痛みに体を起こした。
「ちょっとっ」
起き上がった調理人を慌てて止めようとする使用人だけど、今更無駄だって。
「やっと起きたね。さぁ、詳しく説明して貰おうか。そこの君も一緒にね」
苛立ちがMAXで知らず口元が笑っていた。
こんなに腹が立ってるのに僕は笑うのかと、何だかどんどん面白くなって来た。
そんな僕を見て恐れたのか、雑色の女はバッと令嬢らしからぬ動きで僕から逃げていく。
「…逃がす訳ないのに。まぁいい。お前達は来て貰うぞ」
「王林様、縄いるー?」
「いる。……うん?」
「はい。縄二つ。あ、それからあっちの駆けてった令嬢は泳がせておこうと思って、放置しましたよ」
「あ、あぁ。ありがとう、フローライト嬢」
と言うか、何故ここに?
縄二つを僕が受け取ろうとする前に、フローライト嬢は楽し気に二人を縛り上げていた。
自分でやるならなんでいるかどうか聞いたんだろう…?
「さ、アレク様の所に戻りましょう。これはどうします?焼く?煮る?割る?」
「…全部」
「了解ー」
「と言いたい所だけど、それはまだ出来ないかな」
「では、まず巨大な鉄板を用意して」
「え?」
フローライト嬢がいきいきと鉄板の用意を始めて僕は慌てて彼女を止めて、使用人調理人を連れて僕は牢へと向かった。
牢に辿り着いて檻の一つに二人を放り投げる。
鍵をかけ、牢の外に椅子を置いて足を組んでゆったりと座り、膝の上で手を組んで置くと二人を眺めた。
背後にフローライト嬢が立っていてくれたけれど、アレクが到着すると入れ替わる様に出て行った。
「さて。まずは君達の狙いを聞こうか?…大体の予想はつくけれどね」
「わ、私達は何も…。私達は被害者でっ」
「あぁ、もう、そう言うのは良いから。そっちの男もいい加減起きろ。倒れたフリが僕にまで通用すると思うなよ」
「ぐっ…」
「骨を砕かなかったんだ。感謝して」
調理人の男の方も目を開けてこっちを睨んだ。
「睨む権利あると思ってるの?目も潰そうか?」
苛立ちのままそう言い切ると二人の顔が青褪めた。
うん、それでいい。そっちの方が話しやすい。
「美丘様に命じられて」
「あぁ、やっぱりそうなんだ。でも、そこはどうでもいいね。それより、その美丘様の後ろにいるのは誰なのかってことを僕は知りたいんだけど」
「それは…」
「言い淀むって事は、【野良】か。解りやすい事この上ない」
ギクリと二人は肩を跳ねさせる。
「…何処まで情報が洩れてるのか。そこも調べる必要があるね。…草色と肉色の争いを起こす、か。シャレにもならない」
「そうなる前に止めるんだろ?」
「そう、なんだけどね。…はぁ」
「まぁ、そう落ち込むな。どうにかなる」
アレクがポンッと肩に手を置いて慰めてくれるけれど、素直にその言葉に頷けない。
今結構なピンチ状態だし。
「大丈夫だって。フローラがどうにかしてくれる」
「………え?」
まさかの文言が出て来て思わず聞き返した。
アレクはにやりと勝ち誇った笑いをしているけど、え?ちょっと、アレク?
「アレク?結構情けない事言ってるけど、大丈夫?」
「ん?そうか?でも残念ながら、本当に凄いんだ。俺のフローラは。ハハハッ。まぁ、ちょっと見てろって」
言いながらアレクはポカンとしている僕の腕を引き牢を出た。
自室に戻ると、フローライト嬢は何かをせっせと書いている。
僕とアレクは顔を見合わせて、それを覗きみると琳五家の令嬢達に宛てた手紙のようだった。
「?、フローラ、まずは中から片づけるのか?」
「そのつもりなんですけどねー…まずは白藤ちゃんを一番に呼び出したいんですよねー。彼女が一番傷ついているから。そして、今彼女が一番危険な位置にいますし」
「フローライト嬢?それは一体どう言う事?」
「んー…まだ憶測に過ぎないんで。とにかく白藤ちゃんに顔を出して貰いましょう」
…藤と話せるなら、僕も話したい。
フローライト嬢の言葉通りに、僕はフローライト嬢の手紙を届ける様に伝えた。
それから数日。
手紙は彼女に届くことはなかった。
正しくは届いてはいるけれど、きっと読んでくれていない。
「成程ー。これはどうやら私が直に行った方が良さそうですね。アレク様、ちょっと行って来ますね。大丈夫だとは思いますが、何かあったら直ぐに私を呼んでくださいね」
そう言ってアレクにフローライト嬢は抱き付く。
「それはフローラにも言えるからな。無理と無茶はするなよ」
「はいっ!それじゃあ、行って来ますっ!あ、そうそう。一応、これ置いていきますのでご自由にお使いください」
フローライト嬢はアレクにそう言って目の前に尻尾を掴んだ魚を差し出した。
「カコ…、おま、ころす、きか…み、ず…」
「うるさいわね。人面魚なんて死んでるようなもんでしょうが」
人面魚っ!?あの伝説のっ!?
それをまるで酒の魚釣って来たみたいにアレクの前に掲げて渡したのっ!?
アレクは苦笑いで受け取って、僕にアイコンタクトを送って来た。
うん、解った。直ぐに水槽用意するよ。
フローライト嬢の行動に驚いて停止していた秋映が僕の声に正気に戻り急いで水槽の手配に向かった。
いっそ樽でもいいから水をと思ったのか、小さな桶に水を入れて戻って来た。
その間にフローライト嬢は何処かに行ってしまい、残されたアレクは慌てて人面魚を桶に入れる。
「あいつ…ほんっと俺の扱い雑だなっ!」
「し、親しいって事ですよ。なぁ、王林」
「そ、そうそうっ」
「んなわきゃねーだろっ!こっちは死にかけてんだぞっ!…っと悪ぃな。お前達にあたってしまった」
申し訳なさそうな顔をする伝説の魚。
僕達は顔を見合わせて首を左右に振った。
「で?カコが俺をここにわざわざ連れて来たって事は、何かしら問題が起きてるって事だろ?順を追って話してみろよ。俺は結構優秀だぜ?」
ニヤリと笑う人面魚に釣られて、僕達も苦笑して今までの流れを説明した。
一通り話し終えると、人面魚改めマサルは眉間に皺を寄せて盛大な溜息をついた。
「ほんっとアイツの悪い癖だ。アレク、お前もカコをあんまり甘やかすなよ」
「ハハッ。甘やかした時のフローラの顔が可愛くてつい…」
「お前も大概だよなぁ。さて、じゃあ、カコに白藤嬢の事は任せて、令嬢達の沙汰を先にどうにかするか」
そう言って、マサルは僕の方を向いた。
「カコは白藤嬢と王林の間の誤解を先に解いてやりたかったんだろうが。白藤嬢も随分影響が出ているようだし」
「影響?」
「…ん?おい、アレク?」
「すみません。まだ説明出来てないんですよ。来ていきなりこうでしたから」
「あぁ、そうか。まぁ、そうだな。アレクがそう言うって事は王林も?」
「だと思います。王林は恐らく事情を説明したら直ぐに理解するとは思いますが」
「今は伏せて置いた方がいい、と?」
「はい」
「……アレク。老婆心から言わせて貰うと隠し事は新たな隠し事を産む。そしてその隠し事から大きな不満と不安が産まれ負の感情は大きくなる。気を付けろよ。王林、お前もだ。先導者と言う立場から隠し事は必ず付いて回る。だからこそ、隠すべき物、隠さずとも済む物、その線引きを見誤るな」
「「はい」」
「それから、生まれつき立場を決められ、責任を要求される、そんな事を自分から望んだ訳ではないだろうが、【任せる】と言う言葉で自分から探る事を怠るな。自らの目で確認する事がどれだけ大事か、ちゃんと頭に刻め」
僕とアレクはマサルの言葉に頷く以外の答えを持ち合わせる事は出来なかった。
特に僕は…マサルの一言一言が心にざくざくと刺さる。
…父の死も、弟の暴走も、そして白藤との関係も。僕が国に戻り、自分の目で確認していれば回避する事が出来たんだ。
今更それについて僕が怒るのは、筋違いだ…。
「王林。落ち込んでいる場合か?お前はこれから皇帝陛下として、上に立つ者として、責任を取って行かねばならないんだ。まずはもう一度落ち着いて、今の城内がどうなっているのか、アレクと一緒に調査して来い」
そう言って僕を真っ直ぐ見るマサルに僕は大きく頷いて、そして笑った。
「なんか、父よりも父らしいお叱り貰ったかも」
そう笑って言うと、マサルも嬉し気に笑い。
「見た目魚だけど、父と呼んでもいいぜっ!」
と茶目っ気たっぷりに言ってくれたので、
「魚はちょっと…」
と冗談で返すと、アレクが最初に笑い出し、僕達も釣られて笑うのだった。
「それじゃあ早速調査に」
行こうとアレクを誘おうとした瞬間、ドアが大きな音を立てて開かれた。
何事かとそちらを向くと、一度だけ目にした事のある使用人が立っていた。
「どうした、マリン」
マリンと呼ばれた使用人は、全速力で走って来たのだろう。
乱れた息を整える間もなく、アレクに向かって叫んだ。
「お嬢様が、誘拐されましたっ!!」
その言葉に僕達は驚き、声を失った。
最初に正気に戻ったのは、マサルで。
一言、彼は言った。
「誘拐犯は無事かっ!?」
アレクもしっかりとそれに同意するので、僕はポカーンとする他なかった。
フローライト嬢、君って一体、本当に何者なの…?
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