たった今、婚約破棄された悪役令嬢ですが、破滅の運命にある王子様が可哀想なのでスローライフにお誘いすることにしました

桜枕

文字の大きさ
23 / 41
第2章 辻くんルート編

第22話 だから、知らないってば

しおりを挟む
 屋敷の中はてんやわんやだった。
 私が「警戒しろ」と言ってしまったことで父が厳戒態勢を指示してしまったらしい。
 そんな父を連れて客間に向かうと隣り合って座る魔王とムギちゃんは、興味津々といった様子で部屋中を見回していた。

「お父様、こちら魔王さんと魔王軍諜報員のムギリーヴです。魔王さん、こちら私の父でグッドナイト王国の宰相です」

 父は口を開けたままで硬直し、魔王は軽く挨拶した。
 無反応の父の肩を叩くとなんとか「どうも」とだけ発して自室で寝込んでしまった。
 父の看病を母に、屋敷の片付けを使用人たちに任せて、私は魔王たちの前に着席した。

「これは見事な絵画だな。気に入ったぞ」

 魔王が指さすのは、あの商人からいただいたフェリミエールの絵画だ。
 持って帰ってきたついでに客間に飾ることにしたのだが、気に入ってもらえたなら良かった。

 約束の紅茶も入ったところで、そろそろ本題を切り出す。

「私は国王軍にも魔王軍にも入るつもりはありません。精霊魔法使いもどちらか一方には加担しないと言うでしょう」

「金も地位も名誉もやろう、と言ってもダメか?」

「ダメですね。私はスローライフを送れることができればいいんです」

「スローライフ?」

 怪訝な顔をする魔王にムギちゃんが私たちの生活風景を説明してくれた。

「こいつらは頑固で、物欲がないからその誘い方では無理でしょう」

 人間の姿になっているムギちゃんは王都で学んできたのか、すらっとしている足を組みながら饒舌に人間の言葉を語るようになっていた。

「では、お前ならどうする」

「関わらせないのが一番かと。今は訳あって王都近辺にいますが、もう少しすれば片田舎へ移り住むでしょう。これまで通りに軍を動かせばよいと進言します」

 ムギちゃんの言っていることは正しい。
 私としては正式に辻くんの婚約者に認められなくても一向に構わない。
 一刻も早く田舎でのスローライフを再開したいのだ。

 しかし、今のままで辻くんをさらってもまた騎士団に追われるだろう。
 それなら時間をかけてでも追われないようにしたい。
 例えば、追放されるとか。

「それだ! さすがだよ、ムギちゃん!」

 突然、立ち上がった私に驚く二人。私は身を乗り出してムギちゃんの手を取った。

「魔王様、一時的でよければ仲間になりますよ。一緒に王都に攻め入りましょう」

「はぁ!?」

「……あんた、余計なことを考えてるわね」

 ムギちゃんのジト目を向けられても私は止まらない。

「私、人間の世界では悪役令嬢って呼ばれているんですよ。だから、魔王軍に入っても構わないと思うんです。フェルド王子を奪還して逃げてもいいけど、理想としては魔王軍を手引きした裏切り者として国外追放されたいです」

「待て待て、お嬢さん。われが国王の立場なら問答無用で処刑にするぞ」

「それでもいいです。私って簡単に死なないと思うので、きっと大丈夫です」

「では、我が軍を利用するというのか?」

「はい! 王都、欲しいですよね?」

 ゲームでは最終章で魔王軍が王都に攻めてくる。
 そこを耐えて、逆に魔王城で最終決戦というストーリーだった。

 王都での戦いに負けるとゲームオーバーだったから、きっとこの交渉は使えるはず。
 それに辻くんを魔王軍に引き入れておけば、アロマロッテを庇って魔王に殺されるバッドエンドはなくなるはずだ。

「要らんが」

「え? え? え? なんで?」

 混乱する私の前ではムギちゃんがため息をついていた。

「お嬢さんは何か勘違いしているようだが、我らは食い物があればそれでよいのだ。人間共は何百年も前から我らから餌場を奪っていく。だから戦っているのだ」

「じゃあ、マリリの森はあなた達の餌場? 魔物の住処ではなくて?」

「そうよ。私たちの餌場は4カ所まで減ったわ。マリリの森を管理していたのが、私の義兄あによ。残りの四天王は別の餌場を管理しているわ」

 ムギちゃんが教えてくれた新情報に言葉を失う。
 だって、そんなことはゲームでは語られてしなかったし、彼女も教えてくれなかったから。

「なんで、今まで黙っていたの?」

「関係ないじゃない。ツジもミスズもスローライフを送りたいのでしょう。戦いに巻き込む必要も理由もないわ」

 ふんっと鼻を鳴らしながら語ってくれたムギちゃんの姿を見て、またしても魔王が優しい顔を見せた。
 私はムギちゃんを握っている手に力を込めた。

「じゃあ、人間が悪いってこと……?」

「そうとは限らん。我が軍にも荒れくれ者がいるからな。管轄外に出た魔物が人間を襲って食ってしまうこともある。極力、そうならんように指示はしているが、空腹に勝てない者も少なくはない」

 私たちは熊の魔物を狩って食べた。
 それにマリリの森を管理していたロウオウガを消滅させたから、魔物被害が増えたってこと?

「私、なんてことを」

「そなたの話を聞いて合点がいった。それだけでも自ら出向いた甲斐があったというものよ」

「気に病む必要はないわ。あなたが勝者よ。敗者は強者に付き従うのみ。私の情報が正しければ、まだ人間側への大きな被害は出ていないわ」

 ムギちゃんのフォローに胸が痛む。
 この話を辻くんにも伝えないと。
 私たちが好き勝手に動くと知らない所で多くの出来事が起こってしまう。

「私、王宮へ行って辻くんに話す。私たちの理想はスローライフを送ることだけど、誰かに迷惑をかけるつもりはないの。それは魔王軍であっても同じ。ムギちゃんと分かり合えたんだから、きっと他の魔族とも分かり合えるよ!」

「……そなたの名は?」

 話の腰を折って名前を聞いてくる魔王にはっきりと答えた。

美鈴みすず ゆい。今はリリアンヌ・ソーサラ」

「ではミスズ。第15代目魔王である我は貴様に決闘を申し込む。先代の魔王たちよりも魔力コントロールに優れる我に勝ってみせよ」

 魔王の右手に浮かんだ黒い球体。闇魔法の発動に必須の魔力だ。
 純度が高く、ここで放たれればブラックホール並の破壊力を発揮するだろう。

 私も彼にならって右手に球状にした魔力を浮上させた。

「……七色の魔力」

 更にそれを七色に分解し、周囲に浮かび上がらせた。

「これが私のマギアレインボーだよ」

 魔王も黒い球体を七等分にして、鼻を鳴らした。

 しかし、私にとっては七等分した状態が通常形態なので特に何とも感じない。
 問題はここからだった。
 辻くんが求める量の魔力を渡そうとすると、更に細分化する必要がある。
 私は無意識的にそれをやっていたらしいけれど、意識すると非常に疲れるのだ。

「その若さでこれ程とはな」

 床から天井まで、客間を埋め尽くす七色の小さな球体。
 それぞれがぶつかっても暴発するようなことはなく、完全に独立した魔力として完成している。

 魔王もムギちゃんはこれでもかと、目を見開いて首を回していた。

「辻くんの要求に応えるならこれくらいできないとね」

 広げている右手が震え始める。
 いつもは体内でやっていることを、外でやると疲労感が段違いだった。
 爆発しないように注意しながら、再び七つの球体に戻して、更に一つの球体にしてから掌握した。

「負けを認めよう。この世で最も魔力コントロールに優れているのはミスズだ」

「じゃあ、あなたたちのやり方を教えて。強者として私に何ができるのか知りたい」

 魔王との話し合いを終えた私は父の寝室に突撃して、王宮に行く手筈を整えて欲しいと懇願した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~

夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力! 絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。 最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り! 追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

悪役令嬢は廃墟農園で異世界婚活中!~離婚したら最強農業スキルで貴族たちが求婚してきますが、元夫が邪魔で困ってます~

黒崎隼人
ファンタジー
「君との婚約を破棄し、離婚を宣言する!」 皇太子である夫から突きつけられた突然の別れ。 悪役令嬢の濡れ衣を着せられ追放された先は、誰も寄りつかない最果ての荒れ地だった。 ――最高の農業パラダイスじゃない! 前世の知識を活かし、リネットの農業革命が今、始まる! 美味しい作物で村を潤し、国を救い、気づけば各国の貴族から求婚の嵐!? なのに、なぜか私を捨てたはずの元夫が、いつも邪魔ばかりしてくるんですけど! 「離婚から始まる、最高に輝く人生!」 農業スキル全開で国を救い、不器用な元夫を振り回す、痛快!逆転ラブコメディ!

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...