たった今、婚約破棄された悪役令嬢ですが、破滅の運命にある王子様が可哀想なのでスローライフにお誘いすることにしました

桜枕

文字の大きさ
32 / 41
第2章 辻くんルート編

第31話 プロポーズされる悪役令嬢

しおりを挟む
 私にしかできないこと、それは魔物たちの餌場を作ることだ。

 当初は定期的に餌場を巡回して魔力を置いて帰ろうかと考えていたが、面倒事はスピロヘーテが解決してくれた。

「本当に大丈夫? 失敗しない?」

「問題ありません。思い切りどうぞ」

 言われた通りに藍色の魔力、マギアインディゴを地中に流し込む。
 他の土地に悪影響が出ないように細かい調整は全部スピロヘーテがやってくれた。

「これでいいの?」

「はい。至高なるお嬢様の魔力を土地に馴染ませました。いわゆる土壌汚染というものです」

 その説明だと良い印象は受けないんだけど。

 しばらく見つめていると、樹液のように木々や岩陰から魔力の餌が染み出し、魔物たちが寄ってきた。

「成功です。マギアインディゴの地脈は至高なるお嬢様のお部屋にあるお化粧台の引き出しと繋げておきました。これで移動せずに魔力の追加を行えます」

 なんてことしてをくれてるんだ。
 確かに楽だけど、私は化粧台の前に座る度に「あぁ、ここから餌やりしてるのか」とか思っちゃうわけだ。
 小学生のとき、生物係だったことを思い出した。

「やっぱり魔力操作が上手だね」

「魔人ですから」

「すぴろんはどうやって生まれたの?」

「聖霊界、人間界、魔界など全世界に蔓延し、全ての生命を脅かす生命体として暗黒魔術師バエルバットゥーザが作り上げたのです」

「バエルバットゥーザ? 変な名前の人ね。なんで、封印されてたの?」

「聖霊界でパンデミックを起こしたら聖霊王にやられました。全てはバエルバットゥーザが無能だったからです」

「へぇ。災難だったね。人間界では同じことしないでね」

「もちろんでございます。今の私の中にある魔力は至高なるお嬢様の持つ魔力ですから悪さは七分の一の確率でしかできません」

 仮にまた暴れ出したら辻くんと一緒に制圧しよう。
 何はともあれ、人間の方も魔族の方も上手くいって良かった。

 魔物の餌問題を解決して達成感を感じながら、王宮に戻った私の元に辻くんがやってきた。
 彼が王宮にいるのも珍しい。
 いたとしても忙しくて、ここ数週間は私との時間はほとんどない日々だった。

「久しぶりだね。魔物の方はもう大丈夫だよ。明日にでもマオさんと話してくるよ」

「お疲れ様です。ゆっくり休んでくださいね」

 なんだろ、この違和感。
 言葉にはできないけど、辻くんがそれだけを言うためだけに私の部屋を訪れたとは思えない。

 もっと重要な話があるはずだ。

 なかなか部屋の中に入ってこない辻くんに手招きする。
 彼はおずおずと足を踏み入れ、扉を閉めた。

「なにかあった?」

「少しだけ、いいですか」

「もちろん」

 寝るにはまだ早いし、そこまで疲れているわけではない。
 辻くんがいつまでも神妙な面持ちだから重めの話を覚悟した。
 そんなピリついた雰囲気を察したのか、ジーツーもすぴろんもいつの間にかいなくなっていた。

「美鈴さん!」

「ひゃい!」

 突然の大声に変な声で返事すると、辻くんが片膝をついた。

「好きです。愛しています。僕と結婚してください」

 震える声ではっきりと伝えてくれた。
 そして、震える手の中には開かれた小箱があった。
 その中には燃えるように赤い宝石が嵌められたリングが置かれている。

 これはつまり。そういう、アレだ。

「え、あ、えっと……はい。よろしくお願いします」

 私は、どもりながら返事して彼の震える手を包み込んだ。

 辻くんが小箱から取り出したリングに向かって左手を伸ばす。
 少し大きめだったリングは私の薬指に合わせて、サイズが変化した。
 今ではピッタリはまり、簡単には抜けないだろう。

「これって、ホークアイリング?」

「そうです」

 フェリミエールの絵画と同様に高額のアイテムだ。
 ただ、ホークアイリングは装備すればステータスを格段にアップさせる。

「これ装備したら私が最強になっちゃうよ」

「万が一、僕がやられても美鈴さんだけは傷つけさせません」

「辻くんは私を守ってくれるって言ったもんね」

 あれは村での生活を始めてすぐの頃。
 小さな町へ出かけようとしたときの口約束だ。

「初めて会ったとき、信用してないとか、一人で逃げ出しそうとか、失礼なこと言ってゴメンね」

 ポカンとした辻くんは吹き出した。
 その顔は今更なにを、とでも言いたげだった。

「今ではどうですか?」

「信用も信頼もしてる。絶対に一人で逃げないと断言できる」

「それならよかったです。もう気にしていませんよ」

 そっと彼が近づく。
 私も半歩近づくと、程よく筋肉質な腕が背中に回された。
 同様に辻くんの背に手を回し、胸に頬を寄せる。

「嬉しいよ。何回告白されても、やっぱり嬉しい」

「よかった」

「お父様は大丈夫だった?」

「はい。僕の粘り勝ちです。この婚約指輪も力を貸してくれました」

 それはそうだろう。
 ホークアイリングといえば、ゲームのエンディング後に現れる最難関クエストの報酬だ。
 私に隠れて、クエストに挑戦してたってわけか。

 彼がお父様の許可を得たなら、私はもう辻くんの婚約者になったも同然だった。

「目標達成だね」

「はい。ただ……」

「分かってる。社交にも出るし、礼儀作法もちゃんとする。そのために嫌々レッスンを受けたんだから」

 それから数分間、私たちは抱き合っていた。
 冷静になり、左薬指で輝くリングを何度も眺める私は名前を呼ばれて顔を上げた。

「実はコーネリアスが幽閉中のアロマロッテの元を何度も訪れています」

 先程と打って変わって真剣な顔の辻くん。
 甘い雰囲気はなく、仕事モードだ。

「辻くんの妹さんには悪いけど、コーネリアスってストーカー気質なんだよ。だから、私は好きじゃないんだ」

「コーネリアスはアロマロッテのことが好きってことですか?」

「そうだろうね。まったくすごい関係図だよ。コーネリアスルートはけっこう、ねちっこい恋愛をしてたから私はもうお腹いっぱいだよ」

 辻くんが顎に手を当てて考えている姿も様になっていて素敵だった。

「ガルザとアロマロッテが刑に処されるのは僕たちのゴタゴタが落ち着いた後の予定なので、何事もなければいいですが」

「コーネリアスってそんな派手に動くタイプじゃないから大丈夫じゃないかな」

 それでも辻くんの顔は浮かない。

「囚われの姫を前にして悲劇のヒーローを気取っているだけだよ」

「そうだといいんですけど」

 辛気臭い顔を続ける辻くんの頬を摘み、引っ張る。

「私、プロポーズされた後なんだよ。そんなお通夜の後みたいな顔しないで」

「すみません」

 心底申し訳なさそうに謝罪する辻くんの頬から手を離し、微笑む。

「大丈夫。もうエンディングは目の前だよ」

 私の王子様は俺様キャラとは真逆の心配性だけど、私はそんな彼を好きになったのだ。
 私の言葉で笑顔になってくれるなら、こんなにも幸せなことはない。

 それからはたわいもない話をして、帰室する辻くんを見送った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~

夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力! 絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。 最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り! 追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

悪役令嬢は廃墟農園で異世界婚活中!~離婚したら最強農業スキルで貴族たちが求婚してきますが、元夫が邪魔で困ってます~

黒崎隼人
ファンタジー
「君との婚約を破棄し、離婚を宣言する!」 皇太子である夫から突きつけられた突然の別れ。 悪役令嬢の濡れ衣を着せられ追放された先は、誰も寄りつかない最果ての荒れ地だった。 ――最高の農業パラダイスじゃない! 前世の知識を活かし、リネットの農業革命が今、始まる! 美味しい作物で村を潤し、国を救い、気づけば各国の貴族から求婚の嵐!? なのに、なぜか私を捨てたはずの元夫が、いつも邪魔ばかりしてくるんですけど! 「離婚から始まる、最高に輝く人生!」 農業スキル全開で国を救い、不器用な元夫を振り回す、痛快!逆転ラブコメディ!

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...