たとえ破滅するとしても婚約者殿とだけは離れたくない。だから、遅れてきた悪役令嬢、あんたは黙っててくれないか?

桜枕

文字の大きさ
18 / 84
第1章

第18話 帰省してみた

しおりを挟む
 時は流れ、三年生の卒業式を終え、進級の前にある長期休暇を利用して俺とリューテシアは実家に帰省することにした。

 ファンドミーユ家へ向かう馬車に乗り、流れていく景色をぼんやり眺める。
 まずはリューテシアを送り届け、そこから実家に戻る手筈だ。

 ファンドミーユ子爵には娘をいつもありがとう、と労いの言葉をかけてもらい、リューテシアとは新学期直前に会う約束をして別れた。

 続いて俺の家に向かってもらう。
 御者の男が着きました、と言いながら馬車の扉を開けてくれると、頭を下げた執事長の息子が立っていた。

「お帰りなさいませ、坊ちゃん」

「ただいま。もっと華やかな出迎えを期待してたんだけどな」

「何を仰いますか。トーマ様もリファ様も心待ちにされていますよ」

 それを聞いて安心した。
 一目散に弟と妹の待つ部屋に向かうと二人は俺の左腕の心配ばかりしていた。

 確かに手紙で状況は伝えていたが、それにしても過剰なまでの心配っぷりだ。

「サーナ先生をお呼びしていますのでこちらへ」

 リファに連れられて屋敷の西側の部屋に向かえば、妹の家庭教師である女性が待ち構えていた。

「これは見事に折られましたね。骨の成長を促す薬です。痛み止めは飲み過ぎると体に毒なので、我慢できるならほどほどにしてくださいね」

「ありがとうございます」

 さっそく受け取った飲み薬を一気飲みすると、驚くほどに甘かった。

「坊ちゃんの味覚に合わせてみました。これも薬術です」

「俺ってそんなに子供舌?」

 サーナ先生はにっこりと微笑むだけだ。
 
 俺に薬草や調合について教えてくれたのは、他でもないサーナ先生だ。
 薬師であることは聞いていたが、経歴の詳細については聞いたことがない。

「学園卒業後、薬師として世界中を周り、このお屋敷に仕えることにしたのですよ」

 なぜ我が家に、と心の中でつぶやく。

「奥様には良くしていただきましたので、少しでもお返しできればと」

 俺の母も王立学園で薬術を専攻していたというのは生前に直接聞いたことだ。

 俺も一年習ったが、これと言った学びはなかった。
 正直な感想を伝えると、不審そうに眉をひそめたサーナ先生が担当教師の名前を聞いてきた。

「えー、あの人って剣術クラス担当だったのに」

「なんか、左遷されたらしいですよ」

 共通の話題ができたことで急にフランクになったサーナ先生に、口を滑らせてしまった。

 途端に目がうつろになってしまい、慌てて取り繕ったが既に遅かった。

「もう王立学園の薬術クラスも終わりですね。以前は優秀な先輩ばかりでしたが」

 寂しそうな、憐れむような声で小さく言うサーナ先生の気持ちはよく分かる。
 俺もクラスメイトの先輩から聞いた時は絶望したもの。

 帰省後、サーナ先生の薬を飲んだとはいえ、左腕はまだ万全ではない。
 ただ、日常生活に支障はない。

 一人で食事を食べられるし、風呂にも入れるが、やたらと周囲に世話を焼かれてしまって困っている。
 俺が転生していると気づいた直後から考えるとありえない光景だ。

 彼らの気持ちだけをありがたく受け取って、これまで通りの生活を心がけた。

「トーマ、遠慮せずに打ってこい」

 そして、ここにも気を遣いすぎている弟がいる。剣を持って対峙するトーマには迷いがあった。

「しかし!」

「これこれ。そんな体で無茶をするでない」

「先生! 居たんですね」

 ほほほっと目を細めて笑うと、ただのおじいちゃんにしか見えないが、ディード曰く歴代最強の騎士団長らしい。

「残念な結果でしたな、ウィル坊ちゃん。まさか、わしにまで手紙が届くとは思ってなかったですぞ」

「家族総出で手紙の仕分けをしたんです。全員に直筆の手紙だなんて、さすが兄さんです」

 前回の長期休みには帰らなかったから、その罪滅ぼしのつもりで書いたんだけど、ありえないことだったらしい。
 他の使用人たちにも感謝された。

「もう剣術大会では優勝できなくなってしまうな」

「なぜですか!? 今回のは不幸な事故です。来年こそは兄さんが優勝ですよ!」

「いやいや。だってトーマが入学するだろ? 俺、勝てないよ」

 トーマは何を言っているのですか、とでも言いたげに俺を見つめる。
 しかし先生に目配せすれば、当然だ、と頷かれた。

「俺よりも一年早くに剣術を学んでいるんだ。それにこの一年、俺は剣術から離れてしまったから」

「そんなことはありません」

 悲しげに目を背けたトーマの頭に手を置く。
 俺としては、弟が自分よりも強くなることは嬉しい限りだが、トーマの心境は複雑なのかもしれない。

「でも、最初から諦めたりはしない。全力で戦うから、もしかすると勝っちゃうかもな」

「はい、兄さん!」

 なんだ、こいつ。久しぶりに会うと可愛いな。

 身長も伸びて、顔つきも以前の幼さは薄れているのに、人懐っこさは変わらない。
 俺を見るキラキラな瞳も昔のままだ。

 今から来年が楽しみだ。
「こいつ、俺の弟」と自慢できる日もそう遠くないぞ。

 帰省して一週間後、仕事で家を空けていた父が帰宅した。

「ウィルフリッド、学園生活はどうだ?」

「とても充実しています。お父様、少しお話できますか?」

 父の書斎に移動した俺は勧められた椅子に腰掛け、本題を切り出した。

「お父様は在学中は剣術クラスだったと聞きましたが、魔術にも精通されていたのですか?」

「なぜ、そう思う」

 幼少期、俺が魔術書を読み漁っていたことを父は知らない。
 多忙で家に居ないことをいいことに、書斎から拝借した書物の数は数え切れない。

「この書斎を埋め尽くす本を見れば、誰でもそう思うでしょう」

 目を閉じて、ため息をついた父は重そうに口を開いた。

「私が魔術の道に明るいなら、お前の左腕を治してやっている。それが出来るのは王族だけだ」

「それは回復魔術とは別の?」

「対処療法ではなく、根治することができるのは血統を持つ王族のみだ。だからと言って、王族に頼り切るわけにはいかない。そこで編み出されたのが薬術という概念だ」

 つまり、魔術には限界があって、それを超える可能性を薬術に見出していると。

 そんな大層な学問なのに、王立学園で左遷先とあってはサーナ先生が怒るのも無理はない。

 実際に俺は魔術師による回復魔術を施されたが特に何も感じなかった。でも、サーナ先生の薬を飲み続けることで、なんとなく力が入るようになっていることを実感している。

 一見すると薬草をゴリゴリしてるだけだが、馬鹿にできるものではないのだ。

 本当は青い薔薇についても聞いてみたかったのだが、父が途中で退席してしまい、親子の会話はそこで終わった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

【完結済】悪役令嬢の妹様

ファンタジー
 星守 真珠深(ほしもり ますみ)は社畜お局様街道をひた走る日本人女性。  そんな彼女が現在嵌っているのが『マジカルナイト・ミラクルドリーム』というベタな乙女ゲームに悪役令嬢として登場するアイシア・フォン・ラステリノーア公爵令嬢。  ぶっちゃけて言うと、ヒロイン、攻略対象共にどちらかと言えば嫌悪感しかない。しかし、何とかアイシアの断罪回避ルートはないものかと、探しに探してとうとう全ルート開き終えたのだが、全ては無駄な努力に終わってしまった。  やり場のない気持ちを抱え、気分転換にコンビニに行こうとしたら、気づけば悪楽令嬢アイシアの妹として転生していた。  ―――アイシアお姉様は私が守る!  最推し悪役令嬢、アイシアお姉様の断罪回避転生ライフを今ここに開始する! ※長編版をご希望下さり、本当にありがとうございます<(_ _)>  既に書き終えた物な為、激しく拙いですが特に手直し他はしていません。 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ※小説家になろう様にも掲載させていただいています。 ※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。 ※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。 ※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。 ※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。 ※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。 ※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。 ※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。

処理中です...