たとえ破滅するとしても婚約者殿とだけは離れたくない。だから、遅れてきた悪役令嬢、あんたは黙っててくれないか?

桜枕

文字の大きさ
28 / 84
第1章

第28話 委ねられた

しおりを挟む
 毎年、学年末はダンスパーティーで締めくくられる。
 パートナーは基本的に誰でもよく、親睦パーティーと同じくらいカップルが成立しやすいイベントだ。

 もちろん、強制参加ではなく任意参加だ。
 早々に帰郷する生徒の中には参加したくてもできない人もいる。

 俺は今年もリューテシアと参加してから実家に帰るつもりだった。
 しかし、その予定は大幅に狂うことになる。

「すみません、ウィル様。今年は参加できません」

「……え?」

「父が早く帰ってくるように、と」

「あ、あぁ。そういうことか。それなら仕方ないな。じゃあ、一緒に――」

「とんでもない。わたしに付き合わせるわけにはいきませんから、ウィル様は最後まで楽しんでください」

 それは酷というものだろう。
 婚約者殿抜きで何を楽しめというのか。

「あ、でも!」

 がっくり肩を落としていると、リューテシアは遠慮がちに上目遣いで告げた。

「他の御令嬢と仲睦まじくされるのは、あまり快く思いません」

 それはそうだろうよ!
 むしろ、そうであってくれよ!

 心の中では全力でつっこみを入れつつも、表面上は取り繕う。

「そんなことするはずがないだろ。俺はリューテシアだけを愛しているのだから」

「……ウィル様。わたしもお慕いしております。ですから、他の方を選ばないでいただけると嬉しいです」

「?? うん。選ばないよ。なんの話?」

「あ、いえ! 忘れてください! それでは失礼します」

 狼狽えながら女子寮の方へ早歩きで向かうリューテシアの背中を見送ってから、俺も男子寮に戻った。

 まだ、パートナーが決められねぇ! と嘆くディードにジト目を向け、ラウンジから部屋へ向かおうとした時、背後から声をかけられた。

「親愛なる友よ。学年末パーティーにはリューテシア嬢と参加するのか?」

「いや、ついさっき断られてしまってな。今年は不参加の予定だ」

「うむ。それなら良かった。余と参加してくれんか?」

 その発言にラウンジ内が騒めきだす。

 カーミヤからルミナリオも攻略対象だと聞いて、こんな可愛い顔でも男なんだな、と安堵していたのに……。俺狙いなのか!?

 一歩後ずさる俺を見たルミナリオは手を振りながら、疑惑を否定した。

「ウィルフリッドはオクスレイ公爵家の息子とダンスしたのだろう? なら、余と踊っても問題はないだろう」

「あー、うん、そうだけど。もう男同士で踊りたくないんだよ」

「つれないな。大切な話をしたいのだよ」

 なんで、このゲームの登場人物は踊りながら大切な話をするんだよ。
 製作者側の趣向か、それとも本当にそれが適切だと思っているのか?

 了承したつもりはないのにルミナリオはその気になって当日を迎えてしまった。

 リューテシアの居ないパーティーなんて、いちごの乗っていないショートケーキのようなものだ。
 楽しいひと時に変わりはないが、今ひとつ味気ない。

 そんなことを考えながらダンスホールの中心でルミナリオと踊っていた俺は彼の一声で我に返った。

「リューテシア嬢と仲違いでもしたのか?」

「まさか。実家からの呼び出しだってさ。そんなに急ぎの用事とはなんだろうな」

「余の勘だが、家に関わることだろうな」

 本当にそうなら一大事だ。
 無理に引き留めなくてよかった。

 安堵したのも束の間。ルミナリオは不敵に笑い、唇を俺の耳元に近づけた。

「贋作《がんさく》とはいえ、黒薔薇を婚約者に贈ったらしいな」

 何をいまさら。
 そんなことは全校生徒が知っていることだ。

「その反応。意味を教えてくれる人はいなかったということでよいか?」

「意味……?」

 そういえば、お母様は「よりにもよって」と言っていたっけ。

「黒薔薇は不滅と破滅の花。その意味は『永遠にあなただけを愛する』、『あなたを呪いましょう』だ」

 それはつまり、死んでも一緒にいようね、という子供じみた意味と、好きすぎて殺したい、という狂人じみた意味を持つということだ。

「贈り物選びを間違えた、と言いたのか?」

「そうではない。お互い危ない橋を渡っていると思っただけだ。それにクロードが青薔薇を探すという愚かな行為にまで走ったのは、少なからずウィルフリッドの影響だろう?」

 確かに黒薔薇の詳細について聞かれはしたが、俺が青い薔薇を探すように言ったわけでもないし、自生している場所を教えたわけでもない。

「ルミナリオこそ、青薔薇が咲いている場所を知らないのか? 王族だろ?」

「知らないと言えば嘘になるな。ただ、今は生えていないのだ。あればとっくに贈っている」

「へぇ、想い人がいるなんて知らなかった。誰だ?」

「ウィルフリッド」

「うげぇ。いらんいらん、捨てちまえ」

「ではリューテシア嬢、と言ったらどうする?」

「俺の家が破滅するとしてもお前をぶん殴る」

 優雅な曲にかき消された俺の言葉は、確かにルミナリオの耳には届いたはずだ。
 その証拠に彼は愉快そうに笑いながらステップを踏んでいる。

「冗談だ。親愛なる友の婚約者を取るような真似はしない。ただ、いずれはウィルフリッドやリューテシア嬢との縁を繋ぎたいと思っている」

 意味がよく分からなかった。
 こうして同じ学園に通って、ダンスしているだけでも縁を感じるけど。

「焦りはしない。今はこのひと時を存分に楽しもうではないか」

 ルミナリオの言葉の真意が分からないまま、俺たちは一曲踊り、そのまま学年末パーティーは終わりを迎えた。

◇◆◇◆◇◆

 一年ぶりの帰郷は婚約者殿と一緒にではなく、弟のトーマと一緒だった。

 女子生徒からモテモテの弟は外の景色ではなく、俺の顔を見ながらニコニコしている。

 トーマに将来を誓い合っている人が居ないと分かった途端に、アプローチを開始した女子生徒をスマートに断る姿は圧巻の一言だ。
 今は好意を寄せている人も居ないというし、このモテ男は一体なにがしたいのだろう。

「トーマはなぜ告白を断り続けるんだ? 学園外に気になる人がいるとか?」

「まさか。僕は兄さんのような男になるまで女性と交際するつもりはありません」

「それはつまり、お父様の決めた婚約者にしか気を許さないと?」

「うーん。兄さんはご自分が女生徒から人気があると認識されていますか?」

「ない。俺、告白されたことないし」

 素直に答えれば、トーマはがっくりと肩を落として苦笑いを浮かべた。

「兄さんもクロード様も婚約者がいるから女生徒が積極的にならないだけです。だから、僕に告白してくる人はそういった方々なのですよ」

 こいつ、本気でそんなことを思っているのか。
 これは良くない。
 本気でトーマを好いてくれている子だっているはずなのに。

 そういった説教じみた話をしているうちに馬車が停車した。

「お帰りなさいませ、ウィルフリッド坊ちゃん、トーマ坊ちゃん」

 久々に会う執事長は相変わらず生真面目にお辞儀して、俺たちの荷物を奪った。

「ウィルフリッド坊ちゃんはご当主様のお部屋へ。大切な話があるとのことです」

 言われた通りに父の部屋へ向かうや否や、父は俺の肩を掴み、見たことのない怯えた顔で声を荒げた。

「お前はとんでもないことをしたな。見ろ、こんなにも求婚の申し出が来ている。他の学園に通っているはずの貴族令嬢や他国のお嬢様からもだ」

「……なにかの間違いでは?」

 テーブルの上に乱雑に置かれた封筒を一つ取り、内容を確認する。それは父の言う通り、間違いなく正式な文書だった。

 同様の封筒がざっと数えて20通はある。

「全部、俺宛てですか? でも、リューテシアがいるのに」

「ファンドミーユ子爵家よりも位の高い家ばかりだ。あらかじめ決まっていた婚約を白紙にしてでも、お前を欲しいと言っている家もあるくらいだ。すでに婚約破棄をしてしまっている家もある」

「そんなことをしたらとんでもないことになるのでは……?」

「もうなっている。お前がこれまで通りにリューテシアを選べば、破滅する貴族が出るかもしれん。没落というものだ。ただ、この封筒の中には我がブルブラック家とファンドミーユ家との話をなかったことにすることが可能な力を持つ家があることも事実だ」

 おいおいおい、待ってくれよ。

 ここでリューテシア以外を選べば、俺は下半身事情によって破滅するってことだろ!? しかも、実家には圧力をかけられているだって!?

 逆にリューテシアを選べば、他の家が破滅するかもしれないって!?

 なんでそんな大事な決定権をモブの俺に委ねるんだよ!!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

【完結済】悪役令嬢の妹様

ファンタジー
 星守 真珠深(ほしもり ますみ)は社畜お局様街道をひた走る日本人女性。  そんな彼女が現在嵌っているのが『マジカルナイト・ミラクルドリーム』というベタな乙女ゲームに悪役令嬢として登場するアイシア・フォン・ラステリノーア公爵令嬢。  ぶっちゃけて言うと、ヒロイン、攻略対象共にどちらかと言えば嫌悪感しかない。しかし、何とかアイシアの断罪回避ルートはないものかと、探しに探してとうとう全ルート開き終えたのだが、全ては無駄な努力に終わってしまった。  やり場のない気持ちを抱え、気分転換にコンビニに行こうとしたら、気づけば悪楽令嬢アイシアの妹として転生していた。  ―――アイシアお姉様は私が守る!  最推し悪役令嬢、アイシアお姉様の断罪回避転生ライフを今ここに開始する! ※長編版をご希望下さり、本当にありがとうございます<(_ _)>  既に書き終えた物な為、激しく拙いですが特に手直し他はしていません。 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ※小説家になろう様にも掲載させていただいています。 ※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。 ※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。 ※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。 ※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。 ※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。 ※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。 ※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。

処理中です...