てんくろ。ー転生勇者の黒歴史ー

仁渓

文字の大きさ
1 / 70

転生勇者の黒歴史(1~4)

しおりを挟む
               1
 ある日の夕方。
 女子高の制服を着た、笠置かさぎ詩恋しれんは、自転車で帰宅途中だった。
 坂道を、ペダルをこがずに下っている。
 耳からは、うどんのような白いイヤホンが垂れていた。
 スマホから、ラジオの音声がイヤホンに飛んでいる。
 ラジオDJのボストン丹沢が、淡々とした口調で、お題と投稿作品を読み上げていく。
「今日のお題、無理な注文。
 ラジオネーム、恋に恋するポエマー。

『いつになったら迎えに来てくれるの?
 ずっと、待ってるんだけど。
 聞いてる?
 ねえ、スダマサピくん』

 そりゃ、来ねぇよ!」
 DJの的確な突っ込みに、自分の投稿を読まれた詩恋しれんは、ハンドルから片手を離して、小さくガッツポーズをした。

               2
 マルコは夢を見ていた。
 異世界からこの世界に転生してくる前の勇者の日常生活の夢。
 もちろん、マルコは勇者ではない。生粋の在来村人だ。
 シャン大陸で最大の版図を誇り、かつては大陸全土を統一していたシャン帝国。
 その属国、アスラハン王国領内の山林地帯にある、マオック村に住んでいる。
 性別は男。年齢は十五歳だ。
 母親曰く、
「あんたが、何か人よりまさっているのは、顔だけだね」
 と言われる程度の顔立ちをしているが、所詮は肉親のひいき目な評価だ。あてにはできない。そもそも村には、比較対象となる人の数が少ない。
 だとすると、マルコには人より優れている何かは、何もないということになる。
 一応、村での生活に必要な作業で、マルコにできない作業はない。
 けれども、誰より上手にできる作業というのも、またなかった。
 マルコは、何をやっても人並みだ。
 きわめて平均的な村人Aである。
 だが、マルコは、人からは信じてはもらえない、特殊能力を持っていた。
 自称、『転生勇者の転生前の夢を見る』だ。
 この能力の欠点は、夢が真実であることを人に証明する術がないという点。
 また、転生前の勇者を夢に見たからといって、何の役にも立たない点だ。
 役に立つ場面など、想像もつかない。
 したがって、能力の利点は、特にない。
 もちろん、マルコは、今まで転生勇者に会ったことはなかった。
 とまれ。
 マルコは夢を見ていた。
 異世界からこの世界に転生してくる前の勇者の日常生活の夢。
 転生前の転生勇者は、異世界で言うところの、日本の女子高校生だった。
 彼女は教室では、いつも一人で本を読んでいるか、机に伏していた。
 年齢は、マルコと同じ十五歳くらい。
 黒髪はショートで、分厚くて大きな丸いレンズの眼鏡をかけていた。
 顔立ちは地味である。
 異世界の学校の制服なのであろう、紺のスカートと、白いシャツを身に付けている。
 教室以外の場所では、耳からうどんのような紐イヤホンを垂らして、ガラスの貼られた金属の板スマートフォンを、いつも擦っていた。
 板を擦ると、うどんから音声が聞こえてくる。
 スダマサピくんの歌らしい。
 勇者の本名は、笠置かさぎ詩恋しれん
 ラジオネーム、『恋に恋するポエマー』だ。

              3
「マルコ。起きなさい。マルコ」
 マルコの母親であるマリーベルが、マルコの部屋に入ってきた。
 マルコは、ベッドで眠っていた。
 マリーベルは、問答無用で、マルコの部屋の窓の雨戸を開け放つ。
 ガラスはないので、雨戸を開けると、直接、外だ。
 ひんやりとした早朝の外気が、室内に流れ込んでくる。空は晴れていた。
「マルコ! さっさと、起きて。エリスちゃん、来てるわよ」
 マルコは、目を覚ます。
「おふぁよう、母ちゃん」
 マルコはベッドに身を起こすと、枕元の小さな机に置いてあったノートに手を伸ばした。
 今見た夢を、忘れてしまわないように、小さな文字で書き残す。
 マルコの日課だ。
 同じ夢を繰り返し見る場合が多かったけれども、何か目新しい情報があった場合には、マルコは、ノートに書き写すように心がけていた。通称、転生勇者の『黒歴史書』だ。
 今朝の夢の場合、スダマサピくん関連の投稿内容がメモ書きポイントだ。
 けれども、「またそんな変なことして」と、マリーベルは、マルコの特殊能力を信用していない。
「早くなさい。エリスちゃんを待たせないで」
 メモをとっているマルコを残して、マリーベルは、部屋から出て行った。

               4
 マルコが野良着のらぎ姿に着替えて部屋を出ると、エリスは食卓でマルコを待っていた。
 朝食は家で済ませてきたらしく、マリーベルにいれてもらったお茶を飲んでいる。
 テーブルの上には、マルコとマリーベルの朝食がある。パンと卵を焼いたものだ。
 エリスは、マルコの幼なじみだ。
 パッチリとした大きな瞳と、長い黒髪が特徴である。
 マルコと同じ十五歳だが、マルコと違って、エリスはマオック村始まって以来の才女だと言われていた。
 最近では、画期的なスライムよけの薬を開発し、現在、他国への輸出を視野に、国家的な商品化が進められている段階にある。
 村には、他に同世代の子どもはいなかったから、自然とマルコはエリスといつも一緒だった。
 マルコには、ペペロという三歳上の兄がいるが、三年前に王都クスリナの戦士団に就職するため村を出ていたから、ここ三年は、本当に二人だけである。
 エリスの身長は、一六〇センチメートル。
 マルコは、一七〇センチメートルだ。
 なお、度量衡ほかの単位は、わかりやすいように転生前の勇者の世界表記に変えている。
 誰にわかりやすいようにする必要があるのかは、よくわからない。
「遅い。何やってたのよ!」
 口をとんがらせて、エリスがマルコを責める。
「黒歴史書、書いてた」
 と、マルコは悪びれない。
「またあ」
 と、エリスは呆れた声をあげた。
 エリスとマリーベルだけが、マルコが変わった夢を見るという事実を知っていた。
 もっとも、マリーベルと同じく、エリスも夢の内容が真実であるとは信じていなかった。
 ただ、マルコは、よく変な夢を見るという程度の認識だ。
 マルコにしても、夢の内容が真実だと自分に証明する術もないので、半信半疑だ。
 より正確には、七八割は真実であると信じていて、残りは自信がない。
 なぜ、転生前の勇者の夢なのに、夢の主役が転生勇者であるとわかるのかというと、一つには、夢に出てくる世界が、マルコの見たことも聞いたこともない世界であるためだ。
 どうやら異世界の景色に違いない、というのが、マルコの判断だ。
 とはいえ、田舎の山奥の村に住むマルコにとって、見たことや聞いたことがある世界というのは、結局、マオック村だけである。
 マルコにとって、実質的には、マオック村以外の場所はすべて異世界だ。
 だが、もう一つの決定的な理由は、マルコが見る夢の大半は転生前の勇者の日常生活の夢だが、何度も繰り返し見る夢の中に一つだけ、転生勇者が、転生召喚の儀式により転生を果たす夢があるためだ。
 祭壇の上に、人の背丈ほどもある大きな卵が置かれており、卵が割れて、身長二メートル余りの白銀プラチナの長髪をした、物凄い美人が現れる。
 祭壇を囲む人々が、口々に「おお」とか「転生勇者様だ」と称えているという夢だった。
 マルコが見る転生勇者関連の夢の中で、時間軸上、一番最後にあたる夢だった。
 マルコが、突然、一連の夢を見るようになったのは三年前からだ。
 もっとも、三年前という時期は、ド田舎にあるマオック村ですら、『我が国にも初めての転生勇者様が召喚された』というニュースで持ちきりになっていたため、ニュースの影響で、マルコがそんな夢を見るようになったという可能性も否定はできない。
 だが、逆に時期が一致するからこそ、どういう理由かマルコと転生勇者様の間に何らかの不可思議なつながりが発生して、マルコが夢を見るようになったという可能性も、ゼロではない、と言えなくはない、という気がしたりするようなしないような、といった淡い確信を、マルコは持っていた。
 ちなみに、卵からでてくる際の転生勇者は、もちろん生まれたままの姿だ。
 この夢だったら、何回だって繰り返し見てもいいなと、マルコは思っている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転生者のTSスローライフ

未羊
ファンタジー
主人公は地球で死んで転生してきた転生者。 転生で得た恵まれた能力を使って、転生先の世界でよみがえった魔王を打ち倒すも、その際に呪いを受けてしまう。 強力な呪いに生死の境をさまようが、さすがは異世界転生のチート主人公。どうにか無事に目を覚ます。 ところが、目が覚めて見えた自分の体が何かおかしい。 改めて確認すると、全身が毛むくじゃらの獣人となってしまっていた。 しかも、性別までも変わってしまっていた。 かくして、魔王を打ち倒した俺は死んだこととされ、獣人となった事で僻地へと追放されてしまう。 追放先はなんと、魔王が治めていた土地。 どん底な気分だった俺だが、新たな土地で一念発起する事にしたのだった。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

『辺境伯一家の領地繁栄記』スキル育成記~最強双子、成長中~

鈴白理人
ファンタジー
ラザナキア王国の国民は【スキルツリー】という女神の加護を持つ。 そんな国の北に住むアクアオッジ辺境伯一家も例外ではなく、父は【掴みスキル】母は【育成スキル】の持ち主。 母のスキルのせいか、一家の子供たちは生まれたころから、派生スキルがポコポコ枝分かれし、スキルレベルもぐんぐん上がっていった。 双子で生まれた末っ子、兄のウィルフレッドの【精霊スキル】、妹のメリルの【魔法スキル】も例外なくレベルアップし、十五歳となった今、学園入学の秒読み段階を迎えていた── 前作→『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

処理中です...