てんくろ。ー転生勇者の黒歴史ー

仁渓

文字の大きさ
7 / 70

転生勇者の黒歴史(12~13)

しおりを挟む
               12
 村長が強制的にエリスたちを連れて帰った後、マルコは一人で規定量の残りの薬草を採取し、村の集荷施設へ運び込んだ。
 とぼとぼと家に帰り、部屋に引きこもると、布団に潜り込む。
 心配したマリーベルが、様子を見に来た。
「エリスが、王都に行っちゃうって。転生勇者様が迎えに来た」
「お迎えが!」
 と、マリーベルは、一瞬驚いたが、すぐに平静さを取り戻した。
「エリスちゃん、とうとう自分からは言えなかったんだね。だから、言っただろ。あのは、この村にとどまるようなじゃないって」
 マリーベルは、以前からエリスが、特待生として、いつか村を出る日が来ることを知っていたようだ。「マルコには自分で言うから」と、エリスから、固く口止めをされていたらしい。
「うん」と、マルコ。
 続く言葉は、思ったけれども、さすがに口には出さなかった。
『わかってるよ。補正は、村を出たら解けちゃうって。幼なじみ補正がかかっているから、エリスは僕の相手をしてくれてたんだ』
 口には出さなかったけれども、何度も頭の中で、繰り返し考えてしまう。
 マルコは、いつの間にか、眠りに落ちていた。

               13
 マルコは、夢を見た。
 転生勇者が、この世界に転生してきた後の夢だ。
 今朝、馬車から降りてきた際のシレンの夢である。
 マルコの特殊能力による夢ではない。
 その日にあった出来事を、頭の中で自動的に反芻整理する普通の夢だ。
 マルコは、シレンに『ポエマー』と呼びかけかけた。
 ラジオネーム、『恋に恋するポエマー』を略して『ポエマー』だ。
 寸前で口をつぐんだけれども、『ポエ』くらいまで呼びかけていた。
 シレンは、ぎょっとした。
 確かに、一瞬、マルコを睨んだ。
 その後は、何事もなかったかのような無表情になったけれど、何だったのか?
 もし、突然、声をかけられて驚いただけという理由でなければ、他に何がある?
 多分、シレンには、『ポエ』が聞きとれたのだ。
『ポエ』と来れば、『ポエマー』だろう。
 普通の人は使わない言葉だが、転生前の笠置かさぎ詩恋しれんにとっては、日常用語だ。『ポエマー』イコール『恋に恋するポエマー』である。
 自分のラジオネームを知る人間の存在に驚いたのだ。
 しかも、異世界で。
 だから、睨んだ。
 シレンは山でもマルコを睨んでいたと、エリスが言っていた。
 嫌われる覚えなどないんだけれどなぁ。
 何が、そんなにシレンのお気に召さないのか?
 もちろん、マルコが、シレンのラジオネームを知っていることだろう。
 シレンにとって、ラジオネームは他人には知られたくない、ばらされたくない秘密なのだ。
 もちろん、自分の世界にいた頃にも、自分が『恋に恋するポエマー』である事実は秘密にしていたのだろう。
 なぜならば、多分、単純に恥ずかしいから。
 ラジオネームを知られているということは、『恋に恋するポエマー』としての、シレンの投稿内容も、マルコは知っているはずだと思われているのに違いない。
 仮に、投稿内容までは知らなかったとしても、『恋に恋するポエマー』というネーミングから色々と想像されてしまう時点で、十分に恥ずかしい。
 まず、『恋』が、もう恥ずかしい。
『恋に恋する』となると、相当恥ずかしい。なにしろ、恋に恋してしまっているのだ。現在進行形で、恋には縁がないのに決まっていた。
 そのうえ、『ポエマー』だ。
 自分の恋であったり、恋以前であったり、そのようなものを、詩にしてしまうのだとしたら、やっぱり恥ずかしい。
 恋でなくとも、自分が書いた詩を人に知られるのは、恥ずかしい話だ。
 書いた詩以前に、詩を書いていると知られることすら、普通は恥ずかしい。
『恋に恋するポエマー』まで重なれば、恥ずかしさ極まれり、である。
 もちろん、マルコは、シレンが知られていると思っている、『恋に恋するポエマー』としての、シレンの投稿内容(大半が自虐的だ)の多くを承知している。
 スダマサピくん関連の恥ずかしい投稿のあれやこれやを色々、通称、黒歴史書に書き留めていた。
 今思えば、なぜ自分は、そのような夢の内容を書き留めようと思ったのかを、マルコは思い出せない。
 書き留めるところまでを含めてが、マルコの特殊能力であるのだとしか言い様がなかった。
 山で、エリスにシレンから睨まれているという指摘を受けた際、『秘密を知られたからには生かしてはおけない』という恐ろしい想像をして、マルコとエリスは震え上がった。
 だが、逆に、『おまえの恥ずかしい秘密をばらされたくなかったら、言うことを聞け』という方向性もある。
 そう考えると、シレンからすれば、自分が脅されるネタを、マルコに握られていることになる。そりゃあ、睨みたくもなるだろう。
 マルコは、ハッと目を覚ました。
 突然、マルコは、自分の特殊能力の使い方に思い至った。
 誰に対しても、使える能力というわけではない。
 効果を発現する相手が極めて限定的なのだ。
 シレンの黒歴史を行使するにあたって、一番効果的な相手がいるとすれば、その人物は、もちろんシレンである。
 使い道は、もちろん脅迫だ。
『転生勇者の黒歴史』をばらさない代わりに、僕の言うことを聞け、の一点張りだった。
 問題は、いつ使うのか?
 もちろん、今に決まっていた。
 マルコは、エリスの王都行きを阻止したい。
 でも、薬草の知識を得たいというのは、エリスの夢だ。
 エリスの夢を、阻止はできない。
 であるならば、自分も一緒について行く。
 当のエリスを迎えにくるという役割を持って、マルコの前に転生勇者本人が現れたのだ。
 どう考えても、マルコに、特殊能力を使えというフラグが立ちまくっている。
 マルコは、立ち上がった。
 今すぐ、シレンに会いに行かなければならなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転生者のTSスローライフ

未羊
ファンタジー
主人公は地球で死んで転生してきた転生者。 転生で得た恵まれた能力を使って、転生先の世界でよみがえった魔王を打ち倒すも、その際に呪いを受けてしまう。 強力な呪いに生死の境をさまようが、さすがは異世界転生のチート主人公。どうにか無事に目を覚ます。 ところが、目が覚めて見えた自分の体が何かおかしい。 改めて確認すると、全身が毛むくじゃらの獣人となってしまっていた。 しかも、性別までも変わってしまっていた。 かくして、魔王を打ち倒した俺は死んだこととされ、獣人となった事で僻地へと追放されてしまう。 追放先はなんと、魔王が治めていた土地。 どん底な気分だった俺だが、新たな土地で一念発起する事にしたのだった。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

『辺境伯一家の領地繁栄記』スキル育成記~最強双子、成長中~

鈴白理人
ファンタジー
ラザナキア王国の国民は【スキルツリー】という女神の加護を持つ。 そんな国の北に住むアクアオッジ辺境伯一家も例外ではなく、父は【掴みスキル】母は【育成スキル】の持ち主。 母のスキルのせいか、一家の子供たちは生まれたころから、派生スキルがポコポコ枝分かれし、スキルレベルもぐんぐん上がっていった。 双子で生まれた末っ子、兄のウィルフレッドの【精霊スキル】、妹のメリルの【魔法スキル】も例外なくレベルアップし、十五歳となった今、学園入学の秒読み段階を迎えていた── 前作→『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

処理中です...