てんくろ。ー転生勇者の黒歴史ー

仁渓

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転生勇者の黒歴史(21~23)

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 話のあまりに急な展開にエリスは、驚いた。
 いつの間に、マルコは、召喚士なんかになったのだろう?
 話が一段落ついたところで、エリスは、マルコの耳を引っ張って、マルコの部屋に連れ込んだ。
「ちょっと。あんた、転生勇者様と、どんな話したの?」
「夢の話をばらされたくなかったら、僕も王都に連れて行け、って」
 うわぁ、と、エリスは頭を抱えた。
「じゃ、召喚士って?」
「知らない。シレンのつくり話?」
「おばさん、すっかり信じちゃってるじゃない」
「でも『あるかも』だろ。多分、ないよ」
いや、絶対だろ、という突っ込みはさておき、エリスは、
「で、どんな夢だったっけ?」
「教えない。自分の旦那が人の秘密をぺらぺらしゃべるような男だったら、エリス嫌だろ?」
「そうね。旦那じゃないけど」
「また、すぐそう言う」
 マルコは、純粋でスレてないから、正義感がある。
 転生勇者様と、ばらさないという約束をしたのだったら、絶対ばらさないだろう。
 マルコのそういう、頑固な正義感を、エリスは好ましく思っている。
「そんなことより荷造りだよ」
 マルコは、声を上げた。
「エリスは準備できてるからいいかもしれないけど、僕は全然だ。エリスも手伝って」
 結局、今夜止まる予定の村長の家から、歓迎の宴の準備ができました、とお迎えが来るまで、マリーベルとオフィーリアは、ずっと話していた。
 その間、シレンは、ずっと聞かされ役だ。
 拷問である。
 エリスは思った。
『うわぁ、ストレス溜まりそう!』

               22
 その晩、マルコは、マリーベルと同じ部屋で寝た。
 三年前に、ペペロが王都へ行く前の晩は、三人で一緒に寝た。
 今回は、二人だ。
 明日から、マリーベルは、家に一人になる。
 翌朝、珍しく、マルコが起こされずに目を覚ましたとき、マリーベルは、既に朝食の準備で起きており、食卓にはマルコの好物ばかり食べきれないほど並んでいた。
 昨晩、来客があったせいで、マルコのためにつくっていた大量の料理が、すべては仕上げられず、途中止まりになっていたためもある。早起きをして、完成させたのだ。
「おはよう。朝からこんなに食べられないよ」
「後で、お弁当にするわ。みんなで食べて」
 マルコは席に着いた。
 神妙に、マリーベルに告げる。
「どんなに遅くても、三年でエリスと戻ってくるよ」
 一方のマリーベルは、軽妙である。
「最初からそのつもりでしょ。それか、エリスちゃんに振られたらね。明日かも知れないわよ」
「兄ちゃんが、早く嫁さん見つけて、マオック村に異動希望を出せるように手伝うよ」
「何、バカ言ってんだか。さっさと食べなさい。転生勇者様たちを待たせないで」
「うん。いただきます」
 と、マルコは、手を合わせた。

               23
 マルコとマリーベルが村の門に着いた時、既にエリスとエリスの両親は到着していた。
門番のトマスもいる。
 マルコたちの姿を見つけるや、素早く、エリスの母親が、マリーベルに駆け寄ってきた。
「ちょっと、エリスから聞いたわよ。マルコちゃん凄いじゃない。転生勇者様に召喚士の才能を見出されたんだって」
「まだ『あるかも』よ『あるかも』。念のため連れて行ってみよう、ってぐらいの話。もう、わたしには何が何だか。夕べからバタバタしっぱなしで」
「でも、エリスを一人で知らない土地に送り出すつもりでいたから、マルコちゃんが一緒に行ってくれて、うちは安心よ」
 エリスの父親も、話に加わる。
「マルコ、エリスに変な虫がつかないよう、ちゃんと見張ってろよ。もっとも、おまえが一番の変な虫だがな」
 エリスの父親は、がはは、と笑った。
「次、会うときは、孫抱かせてやるよ」
 マルコは、憎まれ口を利いた。
「抱かせません」
 と、強い口調でエリスが否定する。
 村長の家まで、シレンとオフィーリアを迎えに行っていた馬車が、門へ戻ってきた。
 シレンとオフィーリアが、馬車から降りてくる。
 村長も同乗していた。
 御者が、マルコとエリスの荷物を馬車に積むのを手伝ってくれる。
 馬車の客室の椅子が蓋になっていて、外すと荷物をしまえるのだ。
 マルコの一件には、村長も、相当驚いたようで、
「昨日は、典型的な村人A呼ばわりしてすまなかった」などと、マルコに平謝りだ。
「僕がいない間、かあちゃんのこと、頼んだよ」
「任せとけ」
 村長は、ドンと請け負った。少しは、役立ってくれると期待したい。
 荷物の積み込みが終了し、出発するばかりとなった。
 馬車の周りには、薬草採りに山に入る前の村人や、エリスの見送りに来た村人、転生勇者様を一目見ようという村人たちが、三々五々、集まっていた。
 誰も、まさか、マルコまで出発するとは思っていないはずだ。
 オフィーリアが、マリーベルとエリスの両親に、
「お子様方をお預かりいたします」と頭を下げた。
「よろしくお願いいたします」と、親たちも頭を下げ返した。
「え、マルコも行くのか?」などという、誰かの囁き声が聞こえる。
 順調にいけば、王都までは、片道二日半の道のりだ。
 途中で二泊、どこか別の町や村に宿泊する必要がある。
だが、この旅は、転生勇者様のお忍びの国内視察も兼ねているため、それぞれ一日程度は余計に滞在することになる。つつがなく、手配はついているはずだ。
 トータルでは、王都まで五日程度だろう。
 どこの町や村でも、転生勇者様の歓迎の手配がされているに違いない。
 ご相伴にあずかる、付属品のマルコとエリスは、役得だ。
 マリーベルが、マルコをぎゅっと抱きしめた。
「体にだけは気を付けるのよ」と、涙ぐんでいる。
 エリスのところでも同様だ。
 出発する全員が馬車に乗り込んだ。
 馬車は四人乗りで、二人ずつ向き合って座る形だ。
 シレンとオフィーリアが進行方向を向き、マルコとエリスが進行方向に対して、逆向きに座る位置取りだった。
 マルコは、自分の席に座り、窓から外を見た。
 目の前に、マリーベルが立っていた。
 マルコは、手を伸ばして、マリーベルの手を握った。
 痛いほど強く、マリーベルが握り返してきた。
 僭越せんえつながら、と、村長が村人の前に出た。
「王立クスリナ薬草学院特待生エリスくんと、召喚士候補マルコくんのますますのご発展と健康を祈念して、バンザーイ」などと始めてしまったものだから、「え! マルコが!」と、村人たちは大騒ぎである。
 驚きからか、村人たちは突発的に異様な興奮に包まれて、一斉に「バンザーイ」「バンザーイ」と、大声で連呼が始まった。
「お願いします」
 と、オフィーリアが、御者に声をかけた。
 ぎっ、と馬車が動き出した。
 マルコは、マリーベルの手を放す。
 ずっと涙目だったマリーベルが、ついにぼろぼろと泣きだした。
 エリスの母親が、寄り添うように、マリーベルを抱きしめた。
 マルコは、窓から身を乗り出して、マリーベルに強く手を振った。
 マリーベルも、手が振り切れんばかりに手を振っている。
 馬車の速度が上がってきた。
「行ってくるよぉ! みんな元気で。かあちゃんをよろしくねぇ」
 一声大きくみんなに声をかけて、マルコは、車内に身を戻した。
 バンザイの連呼が、馬車を追ってくる。
「エリス頑張れ~」とか「マルコ頑張れ~」といった、声も聞こえてきた。
 マルコは、何を頑張るのだろう?
 エリスが、マルコの耳元で囁いた。
「あんた、もう村に帰れないわよ」
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