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王国戦士団長付従者マルコ(25)
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途中で、やはり、二つの町村に視察に立ち寄ったので、馬車は、五日後の昼、二時過ぎに王都クスリナの門をくぐった。
そのまま、王立クスリナ薬草学院へ、馬車は向かう。
『王国立』でも『国立』でもなく、『王立』クスリナ薬草学院であるのは、言葉どおり、学院を建てたのが、アスラハン王セディーク一世その人であるからだ。
もちろん、王が建築工事をしたという意味ではなく、いわゆる公共事業とは別に、国民の未来への投資として、私財を投げ打って、薬草学院を建てたためである。
セディーク一世は、立志伝中の人物だ。
マオック村よりもさらに山奥に位置する、トゥヤマ村の湿布薬売りの息子に、セディークは生まれた。
セディークの家では、もともと山野に自生している薬草を摘み、秘伝の自家製湿布薬に加工して販売するという家業を営んでいたが、セディーク少年は、零細な家業に効率化を導入した。
薬草の採取も、湿布薬への加工も、販売も、すべて自分自身で行っていたのでは、一日あたりに生産できる量は限られていたし、規模の拡大も、収入の増加も永久に望めない。
そこでセディークは、自分の持つ時間のすべてを湿布薬の販売と販路開拓に集中するべく、当時は、あまり労働力とは考えられていなかった老人たちを活用したのだ。
一言で言えば、山で老人が薬草を採取して持ってくれば、持ってきただけ、セディークが買い上げるというシステムにしたのである。
また、集められた薬草の湿布薬への加工も、老人に委託した。
セディークが指示する製造方法に従って、集められた薬草を湿布薬に加工すれば、決められた加工の手間賃を支払うという仕組みである。
長く生きた老人たちは、山野のどこに薬草が自生しているかを熟知しており、セディーク自身が山中を歩き回るよりも、短時間で遙かに多い量の薬草を集められた。
また、老人は重労働ができないために、世間的には労働力とは見なされておらず、何ら収入手段がなかったので、代価は安くても確実に収入が見込める、セディークの仕事はありがたがられた。
薬草の採取も湿布薬の加工も、どちらも重労働ではなかったから、老人でも十分に務められる。
一方、セディークも、自分の時間を湿布薬の販売のみに集中できるようになったため、トゥヤマ村のみならず近隣の町村へも湿布薬の販路を拡大でき、収入の増加に繋がった。
いわゆる、ウィン・ウィンの関係だ。
湿布薬からスタートした薬の加工も、虫刺され薬や腹痛薬と次第に品目を増やしていき、あわせて、買い上げる薬草の種類も増加させた。
そのため、老人の中には、自分の家の庭先に手頃な薬草を植えて栽培する者も出てくるようになり、現在のアスラハン国内であれば、どこにでも薬草が植えられているという、薬っ葉・ビジネスの萌芽となった。
セディークの試みは、それだけではない。
アスラハン国内の多くの町や村は、現在でも、無医村であるし、無薬師村だ。
当時の多くの人々は、今以上に、どのような症状の場合、どの薬を飲んだり使ったりすればいいか、まったく知らなかったし、そもそも薬を使わずに、ただ我慢する場合も多かった。
そこで、セディークは、熱、鼻水、腹痛、下痢、打ち身・捻挫、火傷、虫刺され、二日酔いといった具合に、素人でもわかる症状別に自分が販売する薬を分別し、かつ、その薬を小分けして収納した薬箱そのものを各家庭に預けてしまい、必要が生じて使った分だけ、後日、確認に訪れた際に代金を支払ってもらうという、画期的な信用販売の方法を発明した。
もし、自分の家で預かっている薬箱の何らかの薬が足りなくなっても、同様の箱は近所の家にも預けられているので、万一、不足した場合には、そちらから借りれば良い。
薬の値段は、薬箱を預ける際に取り決めてあるので、明朗会計だ。
いわゆる、トゥヤマの置き薬と言われる販売方法だ。
この手法による薬の販売を、トゥヤマ村のみならず、近隣町村に広めていき、かつ、薬草の買い上げを、近隣町村においても行った。
置き薬の使用代金を、薬草の買い上げ代金と相殺できるようにした点も肝である。
販路が広がるにつれて、セディーク一人では対応しきれなくなったため、薬草を集荷するための馬車組織を立ち上げ、馬車の御者に集荷する薬草や置き薬の決済も任せた。
さらには、集荷した薬草を薬に加工する集中的な薬工場を整備し、また、薬草の集荷ルートと荷馬車をただそれだけに使用するのではなく、郵便や手荷物運送、移動販売、人間の輸送といった具合に手を広げ、アスラハン国内の物流網を、ほぼ一人の力で確立させた。
セディークの存在は、やがて、アスラハン王家の知るところとなる。
王には、娘が一人しかおらず、常であれば、大陸帝国あたりから帝位継承には縁遠い王子を婿養子として迎え入れてしまうところだが、開明的な当時の王の判断により、平民であるセディークを、一人娘であるカチェリーナ姫の婿養子に迎え入れた。
王家の一員となったセディークは、いつ終わるとも知れない魔王軍との戦いの後方支援物資として、あらゆる種類の薬剤を大量に生産し近隣各国へ輸出、現在までのわずか三十年で、アスラハンを大陸随一の経済国家へと発展させた。
王都クスリナは、国家繁栄の基礎となった薬草や薬関連の栽培・研究・生産施設を、さらに集約し、さらに効率的に行えるよう、セディークが人工的に築き上げた都市である。
十年ほど前、前王が崩御し、セディークの国王就任とあわせて、正式にクスリナへの遷都が行われた。
野放図な人口増加で、効率性に支障が生じないよう、クスリナへの移住には厳しい制限がつけられ、現在に至っている。
そのクスリナに、セディークが私財を投じて開いたのが、王立クスリナ薬草学院だ。
セディークは、王立クスリナ薬草学院に国内各地から優秀な人材を集めては、薬草や薬に関する基礎的・応用的な各種知識を全寮制で無償に教育し、代わりに、学生たちには、卒業後は一定期間、国の機関で働くか、故郷へ戻って医療に従事する等を条件とした。
また、学院に隣接する敷地に、大規模な薬草園や薬草の集出荷施設、薬の生産工場も併設し、学院との一体的な運営を行っている。
エリスが通うことになる、王立クスリナ薬草学院とは、そのような学校だ。
途中で、やはり、二つの町村に視察に立ち寄ったので、馬車は、五日後の昼、二時過ぎに王都クスリナの門をくぐった。
そのまま、王立クスリナ薬草学院へ、馬車は向かう。
『王国立』でも『国立』でもなく、『王立』クスリナ薬草学院であるのは、言葉どおり、学院を建てたのが、アスラハン王セディーク一世その人であるからだ。
もちろん、王が建築工事をしたという意味ではなく、いわゆる公共事業とは別に、国民の未来への投資として、私財を投げ打って、薬草学院を建てたためである。
セディーク一世は、立志伝中の人物だ。
マオック村よりもさらに山奥に位置する、トゥヤマ村の湿布薬売りの息子に、セディークは生まれた。
セディークの家では、もともと山野に自生している薬草を摘み、秘伝の自家製湿布薬に加工して販売するという家業を営んでいたが、セディーク少年は、零細な家業に効率化を導入した。
薬草の採取も、湿布薬への加工も、販売も、すべて自分自身で行っていたのでは、一日あたりに生産できる量は限られていたし、規模の拡大も、収入の増加も永久に望めない。
そこでセディークは、自分の持つ時間のすべてを湿布薬の販売と販路開拓に集中するべく、当時は、あまり労働力とは考えられていなかった老人たちを活用したのだ。
一言で言えば、山で老人が薬草を採取して持ってくれば、持ってきただけ、セディークが買い上げるというシステムにしたのである。
また、集められた薬草の湿布薬への加工も、老人に委託した。
セディークが指示する製造方法に従って、集められた薬草を湿布薬に加工すれば、決められた加工の手間賃を支払うという仕組みである。
長く生きた老人たちは、山野のどこに薬草が自生しているかを熟知しており、セディーク自身が山中を歩き回るよりも、短時間で遙かに多い量の薬草を集められた。
また、老人は重労働ができないために、世間的には労働力とは見なされておらず、何ら収入手段がなかったので、代価は安くても確実に収入が見込める、セディークの仕事はありがたがられた。
薬草の採取も湿布薬の加工も、どちらも重労働ではなかったから、老人でも十分に務められる。
一方、セディークも、自分の時間を湿布薬の販売のみに集中できるようになったため、トゥヤマ村のみならず近隣の町村へも湿布薬の販路を拡大でき、収入の増加に繋がった。
いわゆる、ウィン・ウィンの関係だ。
湿布薬からスタートした薬の加工も、虫刺され薬や腹痛薬と次第に品目を増やしていき、あわせて、買い上げる薬草の種類も増加させた。
そのため、老人の中には、自分の家の庭先に手頃な薬草を植えて栽培する者も出てくるようになり、現在のアスラハン国内であれば、どこにでも薬草が植えられているという、薬っ葉・ビジネスの萌芽となった。
セディークの試みは、それだけではない。
アスラハン国内の多くの町や村は、現在でも、無医村であるし、無薬師村だ。
当時の多くの人々は、今以上に、どのような症状の場合、どの薬を飲んだり使ったりすればいいか、まったく知らなかったし、そもそも薬を使わずに、ただ我慢する場合も多かった。
そこで、セディークは、熱、鼻水、腹痛、下痢、打ち身・捻挫、火傷、虫刺され、二日酔いといった具合に、素人でもわかる症状別に自分が販売する薬を分別し、かつ、その薬を小分けして収納した薬箱そのものを各家庭に預けてしまい、必要が生じて使った分だけ、後日、確認に訪れた際に代金を支払ってもらうという、画期的な信用販売の方法を発明した。
もし、自分の家で預かっている薬箱の何らかの薬が足りなくなっても、同様の箱は近所の家にも預けられているので、万一、不足した場合には、そちらから借りれば良い。
薬の値段は、薬箱を預ける際に取り決めてあるので、明朗会計だ。
いわゆる、トゥヤマの置き薬と言われる販売方法だ。
この手法による薬の販売を、トゥヤマ村のみならず、近隣町村に広めていき、かつ、薬草の買い上げを、近隣町村においても行った。
置き薬の使用代金を、薬草の買い上げ代金と相殺できるようにした点も肝である。
販路が広がるにつれて、セディーク一人では対応しきれなくなったため、薬草を集荷するための馬車組織を立ち上げ、馬車の御者に集荷する薬草や置き薬の決済も任せた。
さらには、集荷した薬草を薬に加工する集中的な薬工場を整備し、また、薬草の集荷ルートと荷馬車をただそれだけに使用するのではなく、郵便や手荷物運送、移動販売、人間の輸送といった具合に手を広げ、アスラハン国内の物流網を、ほぼ一人の力で確立させた。
セディークの存在は、やがて、アスラハン王家の知るところとなる。
王には、娘が一人しかおらず、常であれば、大陸帝国あたりから帝位継承には縁遠い王子を婿養子として迎え入れてしまうところだが、開明的な当時の王の判断により、平民であるセディークを、一人娘であるカチェリーナ姫の婿養子に迎え入れた。
王家の一員となったセディークは、いつ終わるとも知れない魔王軍との戦いの後方支援物資として、あらゆる種類の薬剤を大量に生産し近隣各国へ輸出、現在までのわずか三十年で、アスラハンを大陸随一の経済国家へと発展させた。
王都クスリナは、国家繁栄の基礎となった薬草や薬関連の栽培・研究・生産施設を、さらに集約し、さらに効率的に行えるよう、セディークが人工的に築き上げた都市である。
十年ほど前、前王が崩御し、セディークの国王就任とあわせて、正式にクスリナへの遷都が行われた。
野放図な人口増加で、効率性に支障が生じないよう、クスリナへの移住には厳しい制限がつけられ、現在に至っている。
そのクスリナに、セディークが私財を投じて開いたのが、王立クスリナ薬草学院だ。
セディークは、王立クスリナ薬草学院に国内各地から優秀な人材を集めては、薬草や薬に関する基礎的・応用的な各種知識を全寮制で無償に教育し、代わりに、学生たちには、卒業後は一定期間、国の機関で働くか、故郷へ戻って医療に従事する等を条件とした。
また、学院に隣接する敷地に、大規模な薬草園や薬草の集出荷施設、薬の生産工場も併設し、学院との一体的な運営を行っている。
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