てんくろ。ー転生勇者の黒歴史ー

仁渓

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王国戦士団長付従者マルコ(36)

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               36
 転生勇者親衛隊は、民間の親睦団体だが、実際はセディーク一世の都市政策の一環であり、戦士団が後援に付いている。
 王都クスリナは、有数の観光地であるため、物価が高い。
 遷都以来、観光客の増加に伴って、年々、物価が高くなる傾向があったが、観光客に対しては、それで良くても、王都で暮らしている一般住民にとっては悩みの種だった。
 あまり物価が高くなりすぎて生活がしにくくなると、王都で薬関連の職に就くよりも、物価の安い他の都市に移住した方が良いという者が出てきてしまう。
 薬生産工場としての王都クスリナの機能に支障が生じる事態は、セディーク一世にとって、何としても避けたい事態であった。アスラハン王国の屋台骨だ。
 したがって、必要以上に物価が上がらないように抑えたい。
 そこでセディークが考えたのが二重価格制だ。
 王都の一般住民に対する単価と、観光客用の単価の二種類を設定するように、王都で商売をする者に対して義務づけた。
 けれども、それだけでは、ダメである。
 商売をする者からすれば、王都の住人に物を売るより、単価の高い観光客に売った方が儲かるので、なるべくなら、市民には物を売らずに、観光客にのみ売りたくなる。
 それでは、王都の住民の生活は良くならない。
 だから、あわせて、売上げに対する税制を調整する。
 観光客用単価による売上げに対する税率を上げて、住民用単価で販売した場合と観光客単価で販売した場合の、商人の儲けの額を同じにするのだ。
 嫌ならば、王都を出て行ってもらい、承知する者と入れ替えるだけである。
 一方で、誰が王都の住人で、誰が観光客かが分からないので、王都の住民には、住人と分かる目印を持たせる。
 ただし、このままでは、商売人に対する、ただの増税だ。
 せっかくの有数な観光地であるのに、観光客相手の儲けの大半を税金として取られてしまうのでは、王都で商売をするメリットが何もない。
 商売人からは、不満の声があがるばかりだ。
 セディーク一世は、もともと商売人あがりである。
 商売人が妥協のできる、抜け道を用意した。
 王都の物価上昇を防ぐ取り組みに協力する者に対してのみ、増税の一部を返還する仕組みをつくったのだ。
 その仕組みこそ、転生勇者親衛隊である。
 イメージ的にはこうだ。
 商売人が、一般客に物を売った場合、10の儲けがあるとする。
 観光客相手には、同じ物を10倍の単価で売ったとして、儲けは100だ。
 実際は、単価を10倍にしても、仕入れの費用は同じままなので、儲けは100より若干多いが、100として話を進める。
 住民単価と観光客単価の儲けを同じにするには、100から90を税金として徴収すれば、商売人の手元には、同じ10が儲けとして残る。
 だが、それでは頑張って高く売る意味が無いので、商売人からは不満が出るだろう。
 そこで、王都と商売人が、王都が観光地である恩恵を折半で享受するとして、90ではなく、半分の45を税金としてとることにする。
 王都が観光地として人を呼べ、栄えているのは、それだけの整備をしているためだ。商売人が、観光地値段で商売をして増えた儲けの内、半分程度は、整備に必要な経費として、税金を徴収しても文句はあるまい。
 というのが理屈である。
 この場合、住民単価で売った場合の儲けは10で、観光客単価の場合の儲けは55だ。
 五倍強である。
 他の都市で商売をするより、遙かに割がいいので、商売人としても妥協できる。
 けれども、住民単価と観光客単価では、儲けの差が45である。
 もし、品薄の人気商品があるとしたら、商売人は、できれば観光客に売りたくなるだろう。なんだかんだと理由をつけて、住民に対しては、売り渋る可能性がある。
 王都の住民が不利益を被る可能性は、セディーク一世としては見過ごせない。
 売り渋りをなくすためには、儲けの差をなくすか、王都の住人へ売った場合の儲けを、多くすればいい。
 セディークは、ここに転生勇者親衛隊をかませることにした。
 転生勇者親衛隊に入隊した商売人に限って、希望すれば、王都に支払うべき45の税金を免除する。その代わり、転生勇者親衛隊に対して、物価安定の協力金を45支払う。
 転生勇者親衛隊は、協力金として得た45を原資として、商売人が住民単価で商品を売った場合には、観光客単価で売った場合に得られるはずの儲けとの差額45を補填する。
 そうすれば、商売人は、住民単価でも観光客単価でも儲けは同じで、かつ、儲けが五倍強になるという観光地メリットも受けられる。
 どちらに売っても、売るために頑張った分だけむくわれるという、当たり前の仕組みに戻れるわけだ。
 差額の補填を受ける資格を得るために、親衛隊へ入隊し、税金ではなく、物価安定の協力金を支払う行為は任意である。
 親衛隊への入隊が嫌ならば、王都に正規の45の税金を納めれば良いだけだ。商売人の支出は同じだった。ただし、その場合、補填の45は、もらえない。
 一方、王都住民は、観光地だからといって、物価が高くならず、安心である。
 誰が王都の住民であるかわからないので、区別するためのわかりやすい目印として、隊員に対しては、隊員証として転生勇者様ストラップを配布する。賞品購入時に、転生勇者様ストラップを提示すれば、住民単価で、賞品が購入できるわけだ。
 商売人からすると、転生勇者様のおかげで、儲けを補填してもらえてありがとうとなるし、一般住民からすると、転生勇者様が、物価の上昇を肩代わりしてくれている形になる。
 いずれにしても、転生勇者様々だ。
 細かい数字は、王都の徴税担当者が、仕組みがうまくいくように調整しているため、イメージの例と違う部分もあるが、概ね、そのような形だ。
 住民価格での総売上額に対する補填しなければならない金額と、補填の原資となる観光客単価での総売上額からの協力金収入のバランスが肝となるが、現状、観光客単価での総売上額が、圧倒的に住民価格での総売上額を上回っているので、仕組みは機能している。
 ということは、補填に使われずに、転生勇者親衛隊に残る協力金が、莫大にあるわけだ。
 その金額は、基金として、親衛隊にプールされている。
 理由は、先程の住民価格と観光客価格のバランスが崩れた際に、補填の原資とするためのプールとされていたが、毎年、観光客数は増加するばかりなので、収入も増え、現状は積み上がる一方だった。
 その他にも、親衛隊には、転生勇者関連グッズの販売や、イベント収入、隊員からの入隊金や年隊費収入といった、自身の営業活動もあったので、利益は莫大だ。
 ちなみに、親衛隊への入隊条件は、王都在住、または王都で働いている者である。
 王都に住む全家庭で、誰かは必ず入隊しており、割安な家族隊員制度もあるため、マントの色が緑まで必要となったのもうなずける。隊員番号10001以降を対象とした、次のマント色の検討も進められていた。
 もちろん、親衛隊は、表向き、民間団体であるので、収入の中から、王都に対して税金を払っているが、莫大な利益と基金が親衛隊の元には残っている。
 仕組みに、転生勇者親衛隊を噛ませなければ、本来、すべてが税金として、王都へ入っていたはずのお金だが、住民価格と観光客価格の二重価格制は、王都の税収を上げるためではなく、王都の住民の物価を低位安定させることが目的であるので、何ら問題は無い。
 むしろ、アスラハン王国や王都クスリナとして税金を使うのはいかがかと思われる案件に対しても、一民間機関である転生勇者親衛隊から、税金外の財布として自由にまとまった支出ができるという、裏メリットが魅力であった。
 セディーク一世の、一石二鳥のうまい手法だ。
 政治には、時として、表には出せなかったり、出しづらい支出がある。
 例えば、転生勇者を召還するために、召喚士に支払う費用等がそうだ。
 当たるも八卦当たらぬも八卦で、失敗するかも知れない転生召還を依頼する予算があるなら、もっと他に整備すべき公共施設なり、役立つ使い道があるだろう。
 というのが、一般国民の本心だ。
 ましてや、アスラハン王国の場合は、直接的に魔王軍の侵攻を受けているわけではないので、他国と違い、切実に転生勇者を必要としているわけではない。
 そのため、シレンを転生召還した儀式の際は、王立クスリナ薬草学院同様、セディーク一世が、私財から召喚士に莫大な費用を支払っていた。
 だから、転生勇者親衛隊という民間の親睦団体を組織して、転生勇者シレンブランドで行う商売を、セディーク一世が独占していたとしても、どこからも文句を言われる筋合いはない。セディークの個人的なビジネスだ。
 また、住民単価と観光客単価の差額の補填を、王国が直接行うのではなく、転生勇者親衛隊の業務として行うようにしたことにも、意味がある。
 もし、何かのきっかけで、王都クスリナへの観光客の来訪が激減し、住民単価での売上げが観光客単価での売上げを越えて、補填額を、協力金で賄うことができなくなった場合への備えである。
 もちろん、当面の間は、積み上がった基金を取り崩して何とか対応するわけだが、どうしても不可能となった場合は、一民間団体である転生勇者親衛隊の場合は、それ以上の補填は行わなず、事業の継続不可能ということで、解散してしまえば良い。
 けれども、王国が直接、補填事業を行っていた場合は、基金が底をついたからといって、補填を行わないということはできず、税金を使ってでも、補填をし続けないわけにはいかなくなる。補填を続ければ続けるほど、王国の赤字が増えていくという泥沼だ。
 実際には、観光客が減れば減るほど、観光客相手に物を高く売ることはできなくなるから、値下げをせざるを得なくなり、住民単価と観光客単価の差は少なくなっていく。
 そうすれば、補填の必要性は消滅する。
 そうなるまでを、基金の残高で乗り切れれば良し。乗り切れなければ、親衛隊を解散するだけだ。王国の事業ではないので、誰も王国を責められないだろう。
 仮に、そのような事態に陥ったとしても、観光地を当て込んだ、商売人の利ざやが減るだけで、赤字には陥らない。商売人が、いきなり首を吊る事態にはならないだろう。
 商品の仕入れすぎから、在庫が積み上がって赤字になる可能性はあるが、それはそもそも商売人としての才覚の問題だ。王国が責任を問われる筋合いはない。
 補填がなくなると、王都の物価があがる気がするが、すでに観光地として壊滅している状況なので、観光地故の物価上昇とは、意味合いが違う。
 観光客が減る考えられる可能性があるとすれば、魔王軍との戦闘の状況が変わり、矛先が、直接アスラハン王国に向いた場合だ。そうなれば、観光どころではないだろう。
 いずれにしても、今のところ、仕組みはうまく機能していた。
 転生勇者親衛隊の隊費は、実質的に王都の全家庭から徴収しているので、ある意味、税金と同じなのだが、王都の住民は、転生勇者様のおかげで、王都の繁栄があるのだと感じていた。
 表向き、ただのファンクラブ活動である転生勇者親衛隊には、そのような裏の顔というか、真の顔が隠されている。
 とはいえ、当のシレンは、あずかり知らない話である。
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