てんくろ。ー転生勇者の黒歴史ー

仁渓

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優勝の行方(85)

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               85
 大歓声を聞き、エリスはいてもたってもいられなくなった。
 つい、ベティの顔を見た。
 ベティがこくりと頷いた。
 次いで、ビリーの顔を見る。
 ビリーは椅子に座っていた。
 脛あてと小手が外され、シャツの袖がまくられて、両腕と両足がむき出しだ。
 ビリーは、両腕と両足に湿布を貼る。
 チャーリーは、折れた腕に湿布を貼り、添え木と一緒に包帯で巻いて、首から吊る。
 というのが、医師の治療方針だ。
 エリスとベティは、湿布の係だ。
「行きな」と、ビリーが言った。「俺は、チャーリーの後でいい」
 ビリーは戦士団員で、まして若手四天王だから、エリスとマルコとペペロの関係を承知している。
「ありがとう」
 エリスは、医療用テントを飛び出した。
 一際ひときわ、背が高く、派手な鎧を着ているシレンが、すぐ目に入る。花道の手前だ。
 エリスは、シレンに駆け寄った。
「どうなったの?」
 聞いてから、闘技場に目をやった。
 マルコとペペロが、花道を歩いて戻ってくるところだ。
 二人とも、怪我はないようだ。
「マルコが勝った」
 と、シレンが声を漏らした。
 唖然呆然といった響きが含まれている。
「嘘!」とエリス。
 勝ってよかったのだが、瞬間的に、『マルコの奴、何かやったな』と勘繰ってしまう。
 やってはいない。
 ただ、天然で、やっちまった、だけである。
 見ていた観客は、マルコが物凄い剣の達人であるかのように錯覚した。
 それで、大歓声だ。
 マルコのオッズが跳ね上がるところだが、あいにく、第一試合の開始前に、出場者八人中、誰が優勝するかという、大きな賭けは締め切られている。
 したがって、不動の八番人気のままだった。
 個別の試合ごとの賭けは残っていたけれども、次のマルコの対戦相手は、おそらく王子だ。
 その次があるとしても、シレンである。
 一番人気と二番人気だ。
 マルコの人気が、どう跳ね上がっても、そこまでではない。
 したがって、誰も賭けない。
 マルコとペペロが帰ってきた。
「ただいま」
 と、エリスの顔を見て、マルコは笑った。
「おかえりなさい」と、エリス。
「二人とも、怪我はない?」
「ないない。見てなかった?」
「うん」
 エリスは、頷いた。
 ペペロが、むすっとした顔をしている。
「マルコ、ひっでぇよ」
 と、ペペロは、恨み節だ。
「あんた、何したの?」
 エリスは、マルコに詰め寄った。
 マルコは、エリスには応えず、
「にいちゃん、ごめんて。つい、だよ、つい。つい、怖いから思わずよけちゃったんだ」
 つい、であろうが、何であろうが、ペペロの負けだ。
 というより、相当な一本負けである。
 対戦相手に手の内を読まれて、見事、躱されて、逆に打たれる。
 非の打ち所がない大敗北だ。
 もしも、相手がマルコでなかったならば、ペペロは、相当な実力者と当たってしまったな、と、くじ運の悪さを呪って、自分を慰めるところだ。
 けれども、相手がマルコであったので、慰めようもない。
 マルコが、実力者であるわけがないのは、わかりきっている。
 エリスは、試合を見ていなかったから、経緯がわからない。
「シレーン、にいちゃん、なぐさめてやってよぉ」
 マルコが、シレンに泣きついた。
 突然に話を振られて、シレンは、
「え! え?」と、声を上げた。
「どんまい?」
 それが、どういう意味か、エリスはわからない。
 言われたペペロもわからなそうだが、慰めの言葉だとは分かったらしい。
 ペペロは、泣きそうだ。
 情けなさで。
「おまえの精進が足らんだけだ」
 話が聞こえていたらしい。
 戻ってきたダンが言った。
「おまえは、マルコを見ていなかった。マルコは、おまえをよく見ていた。敗因はそこだ」
 ペペロは、しゅんとした。
 エリスは、マルコに囁いた。
「何やったのか知らないけれど、次は勝てないわ。大怪我しないでよ」
「いいんだよ、棄権するから。村人Aが王子と闘うわけにはいかないだろ」
「そうね。それがいいわ」
 エリスは、安心した。
 テントの中で、大歓声を聞いた時には、てっきりマルコが大怪我をしたのに違いないと不安だった。
 まさか、マルコが勝ったための歓声だとは思わなかったが、次の試合はそうはいかない。
 相手が誰であれ、マルコに対して、ペペロほどの配慮は望めなかった。
 その気はなくても、試合となれば、腕の一本や二本ぐらいは、すぐ折れる。
 現に、エリスは、身近に目にした。
 マルコが棄権する気であるならば、一安心だ。
「第四試合の出場者」
 と、ダンが呼んだ。
 残る一回戦は最後の試合、アスラハン王国王子セーブル対一般参加者ナックルスだった。
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