てんくろ。ー転生勇者の黒歴史ー

仁渓

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優勝の行方(96~98)

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               96
 決勝戦の開始時刻が迫っても、マルコは戻ってこなかった。
 さすがに、決勝戦まで不戦勝にするわけにはいかないので、ダンは、気が気ではない。
 花道の手前には、ダンとシレンだけが立っている。
 エリスとベティ、ペペロは、マルコを探しに行ってしまった。
「マルコが来ました!」
 ベティが駆けてきた。
 ベティの後から、エリスとペペロに急かされて、マルコも駆けてくる。
 半袖短パンだ。
 帽子も兜もかぶってはいなかった。
 しかも、裸足だ。
 手には、どこかで調達したらしい、戦士団の刺股さすまたを握っている。
「ごめん。ぎりぎりになっちゃった。行こう」
 マルコは、シレンの隣に立った。
「その格好で行くのか?」
 ダンは、驚きの声を上げた。
「着替える時間くらい待てるぞ」
「大丈夫。これでいい」
 マルコは、自信満々だ。
「ね」と、シレンに訊く。
 何が、『ね』なのか、よくわからない。
 言われたシレンは、ひきつった顔立ちだ。
 予想外のマルコの服装に驚いたようだった。
 青ざめている。
「あ、うん」とか、何か中身のない言葉を答えている。
 マルコに対して、『運動会か!』と、突っ込む余裕もない。
 何だか、動揺しているようである。。
「行こう」
 もう一度、マルコが言った。
 言って、ダンの背中を押した。
「あ、おお」
 ダンは、マルコに促されるようにして、歩き出した。
 マルコとシレンが後に続いた。
 ダンは、マルコとシレンを引き連れて、花道を闘技場へ向かって歩いた。

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 意気揚々と歩いていくマルコの後ろ姿を見送りながら、
「マルコさん、どうしちゃったのかしら?」
 ベティは、心配になって、エリスに問いかけた。
「マルコが勝つわ」
 自分の胸の前で、両掌をあわせて組みながら、夢見る乙女の表情で、エリスが断言した。
 旦那に続いて、嫁までおかしくなったかと、ベティは、エリスの顔をまじまじと見つめた。
「なに?」
「んにゃ」
 ベティは、首を振った。
 マルコとどういう以心伝心か、エリスは、確信に満ちた顔だ。
 ベティの妄想でも、根拠はわからない。

               98
 マルコとシレンは、開始線を挟んで向かい合った。
 マルコは、二本の内、自分側の開始線に爪先が触れる距離。
 シレンは、逆にマルコから最大限離れて、闘技場の外周の線にかかとが触れる距離だ。
 シレンは、いつもの木刀を居合抜きする構え。
 一方のマルコは、刺股をシレンに向けて構えるのではなく、柄の下端である石突いしづき側を地面にあてて、両手で握り、自分の前方に立たせて持っていた。
 相手を殴ろうという、構えではない。
 ただ、立てて持っているだけである。
 闘技場の端から、ダンが手刀を下げたまま伸ばして、二人を制止する。
 手刀を上げれば、試合開始だ。
 マルコとシレン、それぞれの顔を、準備は良いかと、ダンが見比べた。
 準備良し。
 マルコもシレンも、アイコンタクトで、そう答えた。
「はじめぃっ!」
 ダンが、手刀を振り上げた。
 シレンが、居合抜く。
 マルコは、目を瞑った。
 両手で刺股を真上に持ち上げ、下端を突き下ろして、思いきり、石突で地面を突く。
 刺股の下端は、深く地面に突き刺さった。
 マルコは、刺股の柄を削って、石突側の先端を尖らせていた。
 その作業のために、試合開始時間に遅れそうになったのだ。
 シレンの衝撃波が、マルコに届いた。
 マルコは、刺股に体重をかけて踏ん張った。
 衝撃波で飛ばされた、石のつぶてが、マルコを襲う。
痛いたい、たい、たい、たい、たいっ!」
 むき出しの顔や手足に、切り傷や擦り傷がつく。
 切れた傷口から、血が垂れた。
 頬や瞼も切れている。
 だが、マルコは、吹き飛ばされずに堪えきった。
 思ったとおりだ。
 相手が、分厚く鎧を着てくれれば着てくれるほど、シレンは、安心して衝撃波をぶつけられた。
 怪我をさせる心配がない。
 けれども、逆に、何も着ていないとなると、力の加減がわからなかった。
 生身の体に、場外へ吹き飛ばすだけの衝撃波をぶつけたらどうなるのか?
 少しの加減の間違いで、ざっくり斬ってしまうかもしれなかった。
 マルコは、バネッサと、ずっとシレンの特訓に付き合ってきた。
 遠方からも直近からも、シレンに木刀で打ちかかっては、シレンが躱しざま、相手を場外まで衝撃波で吹き飛ばす。
 一対一ばかりではなく、シレンの余裕を少しでもなくすため、バネッサと同時に打ちかかったりもした。
 襲われるシレンが慌ててしまい、咄嗟の動きで相手に不用意に力をぶつけすぎてしまわないよう、調整してきた。
 今では、シレンは、力の加減が自由自在だ。
 どこからでも、狙ったとおりの距離を吹き飛ばして、相手を場外負けにできた。
 特訓中、万一の怪我がないように、マルコもバネッサもずっと鎧を着続けていた。
 だから、シレンは、鎧を着ていない相手に対して、衝撃波をぶつけた経験がない。
 頭の中で、補正はするだろうが、微妙な力加減がわからないはずである。
 やりすぎないよう、優しいシレンは、若干、弱めにしてしまうに違いない。
 ぶつける側のシレンにはわからなくても、ぶつけられる側のマルコには、闘技場の外までどの程度の距離の時には、どのぐらいの衝撃波が自分に当たるのか、よくわかっていた。
 シレンが相手をどの程度飛ばそうとするときには、どのぐらいの衝撃波を放つのか。
 もし、その力を、生身で受けたならば、どの程度の痛みになるだろうかも想像がついた。
 マルコは、シレンに対して、当たり屋のスペシャリストだ。
 吹き飛ばされるプロである。
 生身のマルコにシレンが放つ衝撃波の力は、支えがなければ吹き飛ばされてしまうが、もし、地に刺した杭につかまって踏ん張ることができれば、多分、吹き飛ばされずに堪えられる。
 というのが、マルコの判断である。
 その判断は当たった。
 後で気づいたが、マルコがシレンとしていた特訓は、シレンに対しては、武器で襲われる恐怖と戦い、余裕をもって相手に衝撃波をぶつけるという訓練になっていたが、同時に、シレンの衝撃波に突っ込んでいく側のマルコに対しては、衝撃波への恐怖心を拭い去る訓練になっていた。
 だから、マルコは、怖がらずに、シレンに突っ込める。
 マルコは、目を開けて、刺股のU字側を前に向けてダッシュした。
 マルコは切り傷で、体中の色々な場所から血が垂れている。
 大怪我ではないが、シレンには、傷だらけのマルコの姿が目に入った。
 やったのは自分だ。
 シレンがそう思って、ショックを受けている間にも、マルコは近づいた。
 慌てたシレンは、返す木刀で、二発目の衝撃波をマルコに放った。
 けれども、シレンが自分で思っていた力より、弱くなりすぎた。
 マルコには、思いどおりだ。
 優しいシレンは、強く放てない!
 足を止め、顔を伏せ、目を閉じて、マルコは二発目の衝撃波を受けとめた。
 刺股を垂直に地面に刺すのではなく、自分が後方に吹き飛ばされそうになる力に対して、つっかえ棒になるように、刺股の柄を脇に抱え、腰を落として、斜め後ろの地面に突き刺した。三点支持だ。
 衝撃波を耐えきる。
 シレンは、目を開けたマルコの目の前だ。
 マルコは、刺股のU字で、シレンを挟んだ。
 刺股をシレンの脇の下に入れ、先端を上に向け、マルコは、シレンを持ち上げた。
 マオック村の村人Aの力は、馬鹿にできない。
 王都に比べて、マオック村の仕事の多くは重労働だ。
 薬草一つなら軽い荷物だが、集まれば、重量出荷物だ。
 マオック村の住人であれば誰でも、集出荷のため、重い荷物の運搬に慣れていた。
 マルコは、きわめて平均的な村人Aだ。
 マオック村の住人にとっての普通の重さは、当然持てた。
 その重さよりも、シレンは軽い。
 マルコは、シレンを刺股で挟み上げたまま、数歩歩いた。
 闘技場の境界のぎりぎりまで足を進める。
 自分の足が、境界線を踏み越えてしまわないよう、手前で止まった。
 シレンの体は、境界の外の空中だ。
 マルコは、刺股の先を下に降ろした。
 シレンの足が、闘技場外の地面についた。
「ごめんね。シレンの優しさに付け込ませてもらっちゃった」
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