妖艶幽玄奇譚

樹々

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第一幕

奇ノ四十八『刀魂』

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「…………暑いじゃん」

 俺の最初の感想は、それだった。

「数年前までは涼しかったのだがな。だんだん異常気象が当たり前になってきているようだ。さ、行くぞ」

「うぃーす」

 スポーツバックに入れた自分の荷物を持ち上げる。七海も持ち上げると、タクシーを停めている清次郎に続いた。

 新潟県まで新幹線で移動した俺達は、二泊三日の旅行に出た。何でも清次郎の刀に特殊な細工をしてもらうため、腕の立つ刀職人を訪れるためらしい。

 理由は何であれ、旅行に出られるのは嬉しい。タクシーに乗り込み、前に清次郎、後ろに俺と紫藤と七海が乗り込むと、新潟県の街並みを縫うようにして動き出す。

 目的の人をまず訪れ、用事が済んだら紫藤と清次郎は、悪霊退治にも行くらしい。その間俺と七海は別行動になる。若干、方向音痴の七海をあてにはできないから、俺が観光地を調べておいた。

 紫藤と別行動になるのは、少し不安もある。ここ最近は悪鬼のことを忘れるほど自然になっているから。また突然、暴走したら怖いものがる。

 それでも。

 俺と紫藤に挟まれて座っている七海をチラリと見る。紫藤と一緒になって、外を見てははしゃいでいる。



 七海が居るから、大丈夫だ。



 彼の言霊なら、悪鬼を抑え込める。その間に紫藤に連絡すれば、俺の中にある封印の珠を使って押し戻せるだろう。

 いつまでも紫藤と一緒に行動はできないから。

 いずれ俺も七海も、旅立つ時がくるから。

 まずは紫藤の大きな助けが要らなくなるまでになろう。

「もうすぐ着くそうです」

「うむ」

「なあ、昼飯は?」

「話が終わってからだ。もう少し我慢してくれ」

 タクシーが向かったのは、古風な住宅街の方だった。古そうな家が並んで建っている。観光客も多いのか、土産物屋が並んでいる一角もある。

 停まったタクシーから降り、荷物を一旦手にした俺達は、特別機関から紹介された刀職人の家の前に立った。カンカン、カンカン、と鉄を打つ音がしている。

「…………くそあちぃ……!!」

 むわっとしている重たく熱い空気の層が立ち込めている。タクシーの中が涼しかったせいで、余計に熱く感じてしまう。

「刀を造るには火を使うからな。少し辛抱してくれ」

 清次郎がそう言い、玄関からではなく、工場のように広い裏の作業場の方へ行こうとした時だった。

 カンカン鳴っていた音が止まり、若い男の怒鳴り声がしたかと思うと、青年がバラの花束と一緒に転がり出てきた。暑い中、黒いスーツを来た青年は倒れていた体を起こし、潰れてしまった花束をさっと持ち上げている。

「俺は本気だ! 君と一緒になりたいんだ!」

 砂だらけでプロポーズをしている青年。紫藤が分からない、と首を捻っている。歩こうとしていた清次郎も、対処に困って止まっている。

「……うっせー。寝言はてめーの家で寝てから言え!」

 若い男の声が近づいてくる。作業場から出てきたのは、俺とそう、年が変わらなさそうに見える、小柄な少年だった。

 明るめのオレンジに染めた髪は長く、額にはタオルを巻いている。黒のタンクトップに作業着のズボンを着た少年の顔は、まるで少女のようだった。

「寝言なんかじゃない! 俺は本気で君をお嫁さんに……」

「だから! 俺は男だっつってんだろうが!! 頭足りてねぇのかよ!」

「男の子でも構わない! 一目見た時から俺は君を愛している!!」

 潰れた花束を差し出した青年の顔に、細そうな少年の足がめり込んだ。吹き飛んだ青年が転がってくる。鼻血を噴き出し、気絶してしまった青年には目もくれず、少年が苛立ったように髪をかきむしっている。

「うぜ――!! マジうぜ―――!! か―――やってらんねぇ!!」

 叫びながら作業場へと戻って行く。細い後ろ姿を見送った俺を、どうしてか紫藤と清次郎、七海が見てくる。

「……んだよ」

「お主に似ておるの」

「出会った頃の達也のようだ」

「達也君そっくり」

 三人に言われ、頭を掻いた。あそこまではない、と思いたいけれど、否定もできなかった。

 俺も思春期だ。苛立つ時くらいある。そういうことにしておこう。

 倒れた青年を清次郎が軽く打っている姿を見ながら、俺に似ているという少年が気になった。確かに、姿こそ男だけれど、顔だけ見れば女に見えないこともない。

 かといって、お嫁さんにしたいほどかと言われたら、俺はノーだ。いくら女みたいな顔をしていても、本当に可愛い女だとしても、蹴りをかますお嫁さんは要らない。

「さ、しっかりして下さい。あまり機嫌が良くないようですし、出直された方が宜しいかと」

 気が付いた青年に優しく諭している清次郎。うなだれた青年は、小さく頷くと、潰れてしまったバラの花束を抱えて帰って行った。

 黙って立っていても汗が噴き出す中、きっちり正装してきた青年が少しだけ可哀想な気がした俺は、七海に手を引かれ顔を戻した。

 もう、紫藤と清次郎は作業場の方へ歩き始めている。俺と七海も急いでその後を追った。

 作業場に近づくほど、温度が急上昇していく。一気に噴き出した汗が気持ち悪くて、着ていたつなぎのチャックを下ろし、上着の部分を脱いで腰に巻き付けてしまう。中に着ていた黒のタンクトップはすぐに汗で濡れた。

「すげー熱気!」

「懐かしいですな、紫藤様」

「うむ。心地良い音だ」

 カンッ、カンッ、と鉄を打つ音が響く。二人も汗をかいているのに、微笑みながら音の方へと歩いていく。ハンカチで額の汗を拭っている七海は、暑そうにティシャツを引っ張っていた。

 危うく意識しかけ、俺も汗を拭く振りをして引っ張ったタンクトップで顔を隠した。こんな所で意識する訳にはいかない。足早に追いかける。

 音の主は、先ほどの少年だった。無心に鉄を打っている。火の子が飛び散っても気にしていないのか、慣れているのか、見ているこちらが熱いほど、腕に火の子が散っている。

 打っていた鉄を一度持ち上げ、形を確かめるとまた、打ち始める。それを黙って見守っている紫藤と清次郎は、話しかけようとはしなかった。

 どうしてなのだろう、汗を拭いながら七海と一緒に待っていると、ようやく少年が顔を上げて俺達の方を向いた。

「あんたらか? 刀造って欲しいっつったのは」

「正確には刀に細工を施して欲しいのです。北条様から伺っているかと思いますが……」

「聞いてる。刀の目利きができる奴が来るってな」

 少年は打っていた刀を水に浸すと、先に歩きながら手を振っている。付いて来い、ということらしい。

 作業場から奥が、自宅になっているようだ。作業場に居た二人の男性に、少し離れることを告げた少年は、足早に歩いていく。

 俺達も早歩きで追い掛けた。作業場から一歩、自宅の方に入れば、むわっと立ち込めていた熱気から解放された。

 長い廊下を歩いていく。廊下には大きな窓ガラスが並んでいて、古風な庭が広がっていた。大きな盆栽が幾つも並べられ、綺麗に刈り取られた木も並んでいる。

 地面には小さな石が敷き詰められ、まるで水面の波紋のように線が描かれていた。枯山水、だったか。清次郎に教えてもらった、歴史の教科書で見た気がした。

 少年のオレンジ色の髪には不釣合いだな、と思いながら歩いていた俺は、スッと和室に入っていった少年に続き、部屋の中に入った。障子、というのも新鮮だ。

「適当にすわんな」

 そう言った少年もまた、座布団もないままにどっかりと座っている。畳が敷き詰められた和室には、多くの刀が置かれていた。

 壁に沿って、並べられている。刀を飾る台に、装飾を施された刀ばかりが置かれていて。そうっと手を伸ばし、刀を一本、手に取ってみた。

「うわっ! おもてぇ!」

「これ、達也。むやみに触るでない」

 紫藤にたしなめられるとは。元通りに戻し、畳の上に直に正座した紫藤と清次郎を真似して、俺と七海も座った。正直、足が痛い。二人の背中に隠れて、胡坐に直した。

「関口來夢様ですね。お初にお目に掛かります。こちらが紫藤蘭丸様、特別機関の……」

「聞いてる。堅苦しいのは面倒だ。挨拶は良いから、あんた、この中から一番、名刀だと思う物を選べ」

 紫藤を紹介していた清次郎を指差した後、周りに並べられている刀を指し示している。

「目利きができんだろう? 俺が手塩に掛けて作った一本が、この中にある。それを当てられたら、力貸してやるよ」

 胡坐をかいたまま、挑戦的に清次郎を見ている。紫藤がむすっと口を尖らせ、不快感を露にしたけれど、清次郎は一つ頷き、スッと背筋良く立ち上がった。

 そうして一本、また一本と、鞘から刀を抜いている。俺にはどれも同じ形にしか見えず、違いがあるとすれば、鞘の細工部分しか分からない。

 清次郎は丁寧に見て回った。気になる物は、完全に鞘から抜いて、ブンッと振ってみている。真剣な眼差しで刀を選んでいた清次郎は、ある一本の刀を手にした時、ピタリと動きを止めた。

 その刀は鞘にあまり細工が施されていない刀だった。スッと引き抜き、右腕を伸ばして明かりに光る刀を見つめている。内向きにし、鍔の部分から切っ先まで見つめた清次郎は鞘を置き、両手で握った。

 腰を低く落とし、力強く一振りしている。上段に構えると、ヒュッと音を立てながら空を切った。

「何と見事な刀でしょう。江戸の頃でも、これほどの名刀に出会えることは稀にございます」

「ほう。お主がそれほど褒めるとは。それで間違いないのだな?」

「ええ。他の刀も素晴らしいできでございましたが、この一振りが群を抜いております」

 壁にはまだ、清次郎が見ていない刀が残っていたけれど。清次郎は俺からすれば地味な刀を選んだ。慣れた手つきで鞘に戻し、関口來夢を振り返っている。

 その腰に、弾丸のように來夢が飛びついた。まるで久しぶりに帰郷した兄に飛びつく弟のように。

「あんたすげ――!! マジすげ――!!」

「なっ!? 何をする!! これ、清次郎から離れよ!!」

 清次郎に抱き付いた來夢をなんとか引き離そうと、紫藤が顔を真っ赤にしながら飛び付いている。背中を引っ張っても、來夢は剥がれなかった。

「その刀当てられたの、あんたで二人目だ!!」

「離れよ!! 離れよと申しておろうが!!」

「あんた最高だ!! マジ惚れた!!」

「……何だと!?」

 裏返った紫藤の声に、まずいと思ったのだろう、清次郎が動いた。刀を左手に持ち、右手で腰に回っていた來夢の手を離している。清次郎と來夢の間に隙間ができた瞬間、紫藤が滑りこんで抱き付きなおした。

「清次郎は私の清次郎ぞ!! わっぱになどやらぬ!!」

「んなこと言うなよ! 俺の芸術分かってくれんの、この人だけなんだ! 貸してくれ!!」

「貸さぬ!! 絶対に貸さぬ!!」

「ちょっとだけで良いからさ!!」

 清次郎を巡って、紫藤と來夢が争い始めた。二人が腰に抱き付き、奪い合っている。

 一人は長身の美男子、もう一人は見掛けだけは可愛い少年。

 まさに修羅場だと、腕を組んで見守った。

「と、止めないと、達也君!」

「無理無理。蘭兄のツボに入っちまったからな。しばらくうるせーぞ」

「そんな事言ってる場合じゃないよ!」

 果敢にも、七海が止めに入った。

 が。

 争う二人に弾き出され、俺の方へ転がってきた。受け止めてやりながら、まあ、落ち着け、と七海の肩を叩いてやる。

「そのうち収まるって」

「でも……」

「ほら、清兄が動いたし」

 俺が指差す先で、清次郎が大事に刀を下に置いた。両手を自由にし、まずは紫藤を引き寄せ、胸に抱いている。暴れないよう右腕一本で抱き止め、また飛びつこうとした來夢を左手で牽制した。

「お待ちを!」

 鋭い清次郎の声に、來夢が止まる。紫藤を抱きかかえたまま距離を取っていく。

「惚れたと申されましたが……それは俺の目利きの腕のことでしょうか?」

「もちろん!! あんたの刀見る目は最高だ!!」

 興奮気味に叫んだ來夢は、清次郎の左手を力強く握って振り回している。

「刀の価値を分かる奴がいて嬉しいぜ! あんたの頼みなら何でも聞いてやる!」

「だ、そうです、紫藤様。決して俺に惚れている訳ではありませんので、どうか機嫌を直されて下され」

 清次郎の肩に顔を押し付け、しがみ付いている紫藤を宥めている。丁寧に、丁寧に、背中を撫でてやれば、紫藤の顔が出てきた。

 まるで子供のように、半泣きしている。紫藤に甘い清次郎は、微笑みながら胸一杯に抱き締めてやった。

「機嫌を直されて下され」

「わっぱが戯けた事を申すからだ!」

「協力して頂くのです。誤解されませぬように」

 まだ、拗ねている風に見えるけれど。清次郎に抱き締められ甘えている紫藤は、もう機嫌は直っているはずだ。一秒でも長くしがみ付いていたいのだろう、清次郎の優しさにつけこんでいる。

 まだ尻餅をついたままの七海の頭をポンポン叩いた。

「清兄って蘭兄にすっげー甘くね?」

「だって大好きなんだもん。僕は甘くても良いと思うよ」

 笑い返され、俺も笑った。

 修羅場は収まった。七海を引き起こしながら立ち上がり、しがみ付いている清次郎と紫藤に戸惑っている來夢へ近づいた。清次郎と話したいのだろう、どうやって割り込もうかと手が伸びてはひっこんでいる。

「しばらく二人の世界だから。悪いけど、ちょっと待っててくれ」

「あの二人、そう言う仲なのか?」

「まあな。すっげーラブラブだぜ?」

「あの白い方……男、だよな?」

「女みてーな男で、清兄絡むとすんげー面倒くせぇ焼き餅やくから気を付けてくれよな」

 來夢に刀を依頼するのなら、これから先、人付き合いも始まるということだから。しっかり把握しておいてもらわないと。毎回、焼き餅やいては清次郎が宥める、というとても面倒くさいことにならないようにしてほしい。

「……ちっ。せっかく良い目利きしてんのに、男好きか。あいつと一緒じゃねぇか」

「あいつって……あのバラの花束の人ですか?」

「あいつの話はすんな!!」

 聞いた七海に、怒鳴って返した來夢は、オレンジ色の髪を掻き回している。感情の起伏が激しい人だった。俺も人のことは言えないけれど、最近は落ち着いた方だと思っている。

 苛立つ來夢が怖いのか、俺の背中に隠れた七海。タンクトップをギュッと握られ、少しドキドキしてしまう。

 守ってやりたい、思いながら、來夢と向き合った。

「偏見持ってんの?」

「うっせー! 男と男なんてあり得るか!」

「俺も最初そう思ったけど、今は結構、有りだと思ってる」

 背中の七海を意識しながら、睨んでくる來夢の視線を受け止めた。

「すっげー好きになった人が、たまたま男だったってことじゃね?」

「ガキが!」

「あんただってガキじゃん。怒鳴ってばっかで話し聞こうとしねぇし」

 俺も紫藤と清次郎に出会った頃までは、そうだった。何でもかんでも怒鳴って、当り散らして、人の話を聞こうとしなかった。信じることができなかった。

 でも、今は違う。紫藤と清次郎に出会ってから、七海と出会ってから、人を信じるようになった。頼るようになった。



 人を、好きになった。



「あの人、すっげー真剣じゃん? このクソ暑い中、スーツ着てさ。断るにしても、ちゃんと向き合いなよ」

「……偉そうに!」

「俺はそう、教わったからさ」

 睨み上げてくる視線を受け止め、頭を掻いた。俺が人に説教なんて。

 成長したのか?

 どうかは分からないけれど。痛い所は突けたようだ。來夢がチッと舌打ちしながら視線を逸らした。

「……ガキが」

 呟いた來夢は、頭に巻いていたタオルを外している。汗に濡れたオレンジ色の髪を掻き回し、どっかり座っている。大きな溜め息をつくと、気を取り直したように見上げてきた。

「で、細工ってどうして欲しいんだ?」

 ヤンキーか、心の中で突っ込んだ俺とは違い、紫藤をそっと離し、座らせた清次郎が背筋良く正座している。キリッとした青い瞳で見つめている。

「この珠を埋め込んで欲しいのです」

 差し出したのは、赤い珠だった。小さな物で、俺の中にある封印の珠と同じ位の大きさをしている。

「刀身にか? そりゃ無理だな。バランスが崩れる」

「刀身ではない。それでは破壊の珠が割れるでな。埋め込むのは柄の部分だ。清次郎に与えた力が伝わるようにして欲しいのだ」

 焼き餅から復活した紫藤が話を引き継いだ。腕を組んでいる來夢に説明している。

「清次郎に与えた力が、刀に伝わることは分かっておる。後はその力を高めるため、破壊の珠を使いたいのだ。お主の腕は確かと聞いておる。頼めるか?」

「霊媒師って奴が使う珠か。話しには聞いてるが……。柄に異物を埋め込むのは初めてだからな。あいつがいねぇと柄と合わせられるかどうか……」

「あいつって?」

 疑問に思い、口を挟めばキッと睨んでくる。

「関係ねぇ!!」

「あんたが言ったんじゃん。キレんなよ」

「ガキが口挟むんじゃねぇよ!」

「ガキガキ言ってっけど! あんただって同じくらいだろ! えばんなよ!」

 同じ十代だろうに。偉そうな態度にカチンとなった俺を振り返った清次郎は、違う、と首を横へ振っている。

 どういう意味だろう。眉間に皺を寄せた俺に教えてくれた。

「関口様は二十三歳だぞ。お前より年上だ」

「…………うっそ!? マジで!? まるっきりガキじゃん!!」

「お前に言われたくねぇよ!!」

 怒鳴り返された俺は、どうしても二十三歳には見えない來夢をまじまじと観察した。俺と同じ歳、もしくは下だろうと思っていた來夢は成人している男だった。

「……うっそだ~」

 思わず呟いてしまう。睨まれてもちっとも怖くない來夢は、小柄な体でふてくされた。

「……お前、ムカつくな。ろくな大人にならねぇぞ」

「あんたみたいになるかもな」

「ちっ。本当にムカつくな、お前!」

 睨んだ來夢は、珠を手の平に乗せている。大きさを確かめるように、目線まで掲げてみた彼は、考えてみる、と言った。

「時間が掛かるだろうし、後で連絡する」

「はい。その間に我らは依頼をこなしますので、この子らをお願い致します」

「…………は?」

 清次郎の言葉に思わず顔が呆けた。こいつに任せる?

「そう言えば言っていなかったな。新潟に居る間、こちらでお世話になるからな。ちゃんと言う事を聞くように」

「ええ――!! マジで!!」

「んだよ! 不満があんのかよ!」

 ちょっとリッチなホテルに泊まれると思っていたのに。古民家みたいな家に泊まることになるなんて。

「……ホテルの料理、楽しみにしてたんだけどな」

「関口様は霊感をお持ちだ。札や結界の事もご存知故、お前達を任せるには最適な方なんだよ。くれぐれも、粗相の無いようにな」

「……うぃーっす」

「はい」

 返事をした俺達を、鼻を鳴らして笑った未来は、改めて清次郎の手を握った。

「あんたの為だ、できるだけ条件に合うよう造ってみるよ」

「ありがとうございます」

 爽やかに笑った清次郎は、握られている手をそわそわと気にしている紫藤を振り返ると、女達がとろけそうな男前の顔で微笑んで見せた。

 紫藤の顔は赤く染まり、伸ばそうとしていた手は戻された。

 大人しく見守った紫藤を褒めるかのように、もう一度笑った清次郎。

 そんな二人に眉間に深い縦皺を刻んだ未来は、チッと小さく舌打ちした。

 確かに、少し前の俺に似ていると思う、俺だった。

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