113 / 123
番外編
6-6
しおりを挟む***
「何で言わなかった? 交通費も、ホテル代も、用意してくれんなら、地域活性化のために歌ぐらい歌ってやったのに」
仁王立ちした大介は、まだ奥様達に囲まれながら純を見つめている。ステージを降りてもずっと、女性陣は残っていた。祭りは終わり、撤去作業が始まってもなお、人は減らない。
見守っていた。
大介と、密かに広まっている恋人純を。
スチャッと構えられた携帯電話が無数に並んでいる。
必然的に、一緒に居る僕達も囲まれている。
ちなみに、大介はダントツの優勝だ。大型テレビが賞として用意されていたけれど、家に入らないからと断った大介。
そのため同額相当の商品券になった。それは素直に受け取った大介。すぐにお母さんに渡していた。
「お前が頼まれてたんだろ? あの妙な電話は、これだったんだろう?」
大介がそう言っても、純はただ、見つめるばかりで声が出せないようだ。瑠璃が心配そうに見守っている。
地域活性化、は名目だった。大介はあまり良く分かっていないけれど、僕や素喜君、大介や純のカップルは、何故か奥様達や最近では女子高生にも人気になっている。
最初、僕達にカラオケに出て欲しい、とオファーがきた。でも僕は人様に聞かせられるほど歌が上手くはないし、素喜君は恥ずかしくてとてもじゃないけれど歌えないと断った。
純もまた、派手な行事に参加するのは好きではない。
そこで白羽の矢が立ったのは、大介だった。連日、奥様達から頼み込まれた。ぜひとも大介を呼んで欲しい、と。
かなりイケメンの大介だから、参加してくれるだけで注目が集まると考えたようだ。交通費もホテル代も出すからと、熱心に頼まれた。
頼み込まれた純は、一応電話したようだけれど。大介に詳しいことは話さなかった。奥様達には断られたと告げた純。
でも、僕が奥様達と一緒に秘密裏に事を進めた。純に知られたら断るかもしれないから。大介と連絡を取り合い、今日の日を迎えた。
まさか大介がここまで美声で歌も上手いとは予想外だったのだろう、企てた奥様達まで興奮状態だ。歌っている様子は全てビデオカメラに収められていた。こっそりダビングを頼んでいる。
「仕事も休みだし、明日の早朝に戻れば問題ねぇよ。今度から遠慮すんな。良いな?」
大介が話し掛けても、純は無反応だった。ぼうっとしている。まるで人形のように、突っ立ったままだ。
「おい、純。純! 何ぼうっとしてやがる!」
苛立ったように怒鳴った大介に、純が震えた。フルフル、フルフル、震え始める。
ほろりと、涙が零れ落ちていった。頬を伝った涙が、留まることもできずに地面に落ちていく。
「…………は……はぁ!? ちょ、おま……何で泣くんだよ!?」
いつも以上のイケメン大介が慌てて純の肩に手を乗せた。近づいた距離に奥様達が我先にとシャッターを押している。眩しい光が各所で起こる。邪魔しないよう、歓声だけは堪えているようだ。シャッター音だけが不気味に繰り返されている。
ほろりほろりと流れる涙を止めることができない純が、大介の首元に額を当てた。
「……だい……すけ……!」
震える声で、ようやくそれだけを搾り出している。大介がどうしたものかと顔を覗き込もうとしては失敗している。下を向き続ける純の顔は、なかなか上がらない。
「大介、大介!」
僕は小声で大介を呼んだ。純の顔をどうにか見ようとしている彼を再度呼ぶ。
「んだよ! 今取り込み中だ!」
視線がこちらに向いたので、素早く素喜君をギュッと抱き締めた。
「…………!!」
緊張したように背筋が伸びる彼を抱き締めながら、純を抱き締めてやれ、と教えてあげる。奥様の携帯カメラが僕達も捕らえたけれど、にこりと笑ってかわした。
片眉をピクリと上げた大介は、そうっと純の体に長い両腕を回した。腰を抱き寄せている。
「……泣くなよ。泣かせるために帰って来た訳じゃねぇぞ」
身長の高い純を軽く抱き込んだ大介。
僕も腕に素喜君を抱き締めながら、皆を振り返る。今の内に帰る算段を整えておこう。
「瑠璃ちゃんは僕が送っていくよ」
「はい。お願いします」
「あら、私は?」
鈴子が自分を指差している。
「あ、忘れてた」
「ちょっと修治、酷い!」
「あはは! 嘘だよ。ちゃんと送っていく」
山本家は素喜君が連れて帰ることになった。ずいぶん遅い時間になっているから、男の子が好一だけでは危ない。次男の素喜君が、お兄ちゃんの顔になっている。そんな彼も可愛い!
「大介! 純! とりあえず移動しよう!」
声を掛ければ大介が頷いた。純の腕を掴み、歩いてくる。引っ張られた純の目からは、まだ涙が溢れていた。一生懸命、袖で拭っている。
10
あなたにおすすめの小説
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる