SweeT&BitteR ~甘く甘く 時に苦く 僕らは恋をする~

樹々

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番外編

6-11

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「……くそったれ……!」

「いきなりご挨拶だな! んなこと言う奴にゃ、仕事流してやんねぇぞ?」

 いつの間に入って来ていたのだろう。親方がどっかりと腰を下ろしている。のろのろと起き上がった俺の頭を強くひっぱたいた。

「情けねぇ面してんな!」

「親方……」

 痛む頭を押さえ、何とか胡坐をかいて座った。親方がヒラヒラと、一枚の紙を振っている。

「お前、家に戻れ」

「…………ぇ」

「実家だ、実家! 戻れ!」

 それは、つまり……。

 目が見開いてしまう。腑抜けていた体に力を入れた。

「そんな……! 俺、仕事でヘマしましたか!? 間違ってたんならやり直します! まだクビになる訳にはいかないっす!」

「こら、落ち着け!」

「美雪と好一と美春を大学まで行かせてやりたいんです! お願いします! ここ出されてのこのこ戻れねぇっす!!」

 布団の上で土下座しようとした俺の、額から火花が散った。鈍い音と共に、痛みが広がる。

「……いって―――!!」

「はっは~! 俺の頭はとんかち並みだ!!」

 親方のヘッドバッドに目がチカチカしている。蹲る俺に笑っている。

「勝手に勘違いすんじゃねぇ。おめぇをクビになんかしねぇよ。今時珍しい堅物だからな」

「親方……なら何で家に戻れなんて……」

「ほれ、これだ」

 持っていた紙を渡された。チカチカする目を擦って文字を追う。汚い字で書かれた文字を四苦八苦しながら読んだ。

 俺が通っていた中学校が、古くなったので校舎の工事をする事になったらしい。かなり詰め込んだ工事なのか、日程がギリギリだ。

 これと俺と、どう関係があるのだろう。

「これが何です?」

「俺の古い友人でな。粋が良いのを貸してくれって頼まれたんだよ。予定していた男が急に入院してな。補充が間に合わねぇんだとよ」

 親方はバンバン俺の肩を叩いた。

「でっかい会社が親だからよ。この不景気でも、腕がよけりゃ雇ってくれる。だが突貫作業だ、体力勝負になる。てめーの図太い根性で良いとこ見せて来い」

 俺の頭に手を乗せた親方は、痛いほど掻き回してきた。

「俺が仕込んでやったんだ。恥かかせんじゃねぇぞ? なにも東京に拘る必要はねぇ。そうだろう? お前はもう、どこに行っても通じる。家だって、そこまで苦しくねぇはずだ」

「おや……かた……」

「もっと兄弟頼れ。ほら、次男の……素喜っつったか? そいつも就職したんだろう? 兄弟助け合えば、どうとでもなるさ」

 目の前で笑っている親方に項垂れていく。目頭が熱くなってきた。

「俺……」

「戻りてぇんだろう? 仕事中にぼうっとしやがって。あぶねぇだろうが」

「すんません……」

「俺からダチに雇ってくれとは言わねぇからな。おめぇが認めさせてこい! そうしたら、もったいないが譲ってやるさ」

 パンッと頭を叩かれた拍子に、涙が堪えきれずに零れてしまう。慌てて袖で拭って隠した。

「……本当に、いいんすか?」

「ば~か、まだ決まってねぇよ。出戻ってくる率のがたけぇんだよ!」

「そうっすね。不景気っすからね」

「ふっ飛ばして来い」

「はい!」

 残っていた涙を拭き取った俺は、スパンッと開いた襖に驚いた。握り拳を固めた蓮司が目を真っ赤にしている。

「兄ちゃん……帰っちゃうの?」

「立ち聞きすんじゃねぇ、馬鹿息子が!」

「……兄ちゃん帰っちゃやだ!!」

 親方の怒声をすり抜け、俺に飛び込んでくる。押し倒され、ティシャツを引っ張られた。涙が染み込んでくる。

「せっかく兄ちゃんできたのに~~!」

「おい、我がまま言うんじゃねぇ。家族のもとへ戻れるかもしれねぇんだ」

「だって~~!!」

 まるで子供だった。ぐしゃぐしゃの顔を人のティシャツに押し付けてくる。遠慮がいっさいなく、鼻水まで拭かれた。

「やだ~~~~!!」

 泣き続ける蓮司に、吹き出した。頭を撫でてやる。

「ほんっと、お前は手の掛かる弟だよ」

「兄ちゃ~~ん……!」

「まだ決まってねぇから。出戻ってきた時は宜しくな」

 ポンポン頭を叩き、抱き込みながら起きた。引っ張られたティシャツは、まだ蓮司の手の中だ。

「おら、伸びるだろうが」

「……ぶふ――!!」

「鼻噛むんじゃねぇ!!」

 パンッと叩けば頭を押さえて蹲っている。ティシャツは涙よりも鼻水だらけだった。

「きったねぇな、おい……」

「だって~~」

 鼻水が付かないよう、なんとか脱ぎ捨てた。新しいシャツを羽織った俺に、親方の豪快な笑いが響く。

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