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空飛ぶクリスマス・コーヒー
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基本、素喜君は真面目だ。
ただ、少し話すのが苦手なだけで。緊張すると、言葉が出てこなくなるらしい。
だからレジには入れない。商品だけを運んでもらう。
そして。
「……上手いね~」
意外な才能だった。彼のディスプレイは完璧だ。
可愛い商品が、もっと可愛く引き立っている。彼が装飾したり、配置を決めた場所の商品は、面白いように人が手に取っていく。
普段、あまり売れないような玩具でも、彼が配置を工夫することで、売り上げを伸ばしている。
最初は無口で言葉が足りない素喜君に渋りがちだった店長は、すっかり彼を気に入っている。ただ、接客はしないように、と僕にそっと頼んできたけれど。
言わなくても、素喜君も接客は極力避けている。彼は商品整理に一生懸命だった。
歳は十七歳。高校には通っておらず、五人兄弟の二番目の男の子。上の兄は十九歳で、すでに働いている。下には十五歳の妹と、十歳の弟。そして七歳になる妹が居るそうだ。
アルバイトのお金で、母親と兄弟にプレゼントを買ってあげたいと、昨日、僕に打ち明けてくれた。無口な性格が災いして、なかなかアルバイトが続かないため、プレゼントは無理かと諦めていたそうだ。
新聞配達のアルバイトは家計に消える。彼が今、亡くなった父親の代わりに稼いでいるらしい。一番上の兄も仕送りはしてくれるけれど、出稼ぎのような状態なので、あまり多くはないそうだ。
だからこそ、こっそりバイトを増やして、プレゼントを買いたかったのだろう。
明日はいよいよ、クリスマスになる。イブの今日、もうすぐ店は閉店を迎えるため、最後の買い物に忙しいお客さんでごった返していた。
「お~い、山本君! ちょっとおいで!」
ディスプレイを直していた素喜君に、店長が手を振っている。彼は素直に脚立から降りると、店長のもとへ向かった。彼の性格さえ理解できれば、ただの照れ屋さんだという事はわかる。僕と気が合う店長さんは、ちゃんと理解してくれた。
脚立を邪魔にならない場所へ移動させていた僕は、ドシッと背中に抱き付かれた。子供にしては大きい。それとも成長の早かった子供だろうか。
振り返った僕は、腰に抱き付いている素喜君に心臓を止めそうになってしまった。
「…………ど、どうしたの」
どもる僕の声に、目元を赤くした素喜君が顔を上げている。
だから、まずいって……!
そんな、子犬みたいな目で僕を見ないで欲しい。
願いは虚しく、彼は鋭い目を赤くしながら、フルフル震えている手に封筒を持っていた。
「……それは?」
「さ、先にくれるって……!」
「ああ、お給料?」
何度も頷いている。
彼はギリギリまでお金を貯めたいからと、明日までのバイトのはずだった。だから、明日、お給料をもらうはずだったのだが。
気を利かせた店長は、前渡ししてくれたのだろう。真面目な素喜君だ。ちゃんと明日も来ると信じて。
「良かったね。もう、買うのは決めてるの?」
「…………決めてる」
「じゃ、閉店したら持っておいで。僕が打ってあげるから。レジの締めをちょっと待ってもらおうね」
「…………うん」
「無くさないよう、しっかり持ってるんだよ」
「……うん」
にこりと笑った素喜君。
彼の笑顔に心臓を打ち抜かれた僕は、誤魔化すように背を押した。
「さ、もう一踏ん張りだよ!」
彼は頷き、商品を並べに行く。可愛い背中を見送った僕は、サンタクロースの分厚い袖で顔を隠した。
どうやら僕は、本当に、彼を好きになってしまったらしい。
気付いた心に戸惑いながらも、頑張っている素喜君を最後まで見守ってやろうと、お兄さんの僕は思うのだった。
***
母親と兄弟のためにプレゼントを買った素喜君は、余ったお金でクリスマスケーキも買って帰ると言ったので、僕もお手伝いする事にした。両手にプレゼントを持ったままでは、ケーキの箱は持ちにくいだろうから。
「……パンダ、良かったの?」
「触ったから……俺はいい……」
最初は良いからと、断っていた素喜君に無理矢理ついていく。決してストーカーではない。心配なだけだ。
母親と、弟と妹のプレゼントを抱えた素喜君は嬉しそうで。ちゃんと遠くで働いているお兄さんの分まで買った彼は、良い子そのものだ。
彼の家は規則正しく連なるアパートの一室だった。エレベーターなどはなく、カンカン、と音を立てて階段を上っていく。
「……せ、狭いから……」
「僕のアパートも似たようなものだよ。気にしない、気にしない」
先に素喜君がインターフォンを鳴らし、その間に僕はバイト先から借りてきたサンタクロースの上着を羽織ってしまう。さすがにズボンを履く余裕はないので、上着だけ。真っ赤な上着を羽織った時、たぶん一つ下の妹さんだろう、ガチャッとドアを開けた。
「お帰りなさい、お兄ちゃん」
「ただいま」
「……その人は?」
「バイト先の先輩」
「どうも~」
敬礼のように右手をピシッと上げて見せた僕に、クスクス笑った妹さんは中へ通してくれた。プレゼントは素喜君が持ち、僕がケーキを運ぶ。
廊下に差し掛かった所で、下の二人の弟さんと妹さんも駆け出してきた。素喜君に抱き付き、甘えている。パンダを愛でていた時のような、柔らかい笑顔を見せている。
「まあまあ。連れてくるなら連絡してくれたら準備していたのに」
「ああ、お構いなく。僕が心配で付いて来ちゃっただけですから」
素喜君のお母さんは少しぽっちゃりさんだった。穏和な顔をしている。素喜君はお父さん似かもしれない。目元がお母さんとはあまり似ていなかった。
人当たりの良い、お母さんは、すぐに台所へと向かってお茶の準備をしてくれる。突然の訪問にも関わらず、皆僕を快く迎え入れてくれた。ケーキを運んだらすぐに帰ろうと思っていた僕は、ちゃっかり山本家に混ざることにした。
僕は一つしかないテーブルの上にケーキの箱を置いた。その間に素喜君が紙袋からプレゼントを出している。期待に満ちた弟と妹達は、素喜君の手から一つずつ受け取った。
「一日早いけど。明日もバイトで遅くなるから先にな」
「ありがとう、兄ちゃん!」
「……大丈夫なの?」
一番上の妹さんが心配そうに素喜君を見ている。僕はポンッと彼の頭に手を乗せた。
「素喜君、頑張ったから。ね?」
「……うん。これは臨時のバイトで買ったから。大丈夫」
「そっか! ありがとう、お兄ちゃん!」
弟と妹に行き渡った所で、お母さんがお茶を運んでくれた。彼女にもプレゼントを渡した素喜君は、自分の事のように嬉しそうで。僕も何だか嬉しくなる。
ツンツンと引かれた腕に顔を振り向かせれば、一番下の妹さんが僕をじっと見上げている。赤い服が気になるのか、袖に付いている白いふわふわを触っている。
上着を脱いだ僕は、妹さんにバフッと被せてあげた。ちょっとびっくりしながらも、だぶだぶのサンタクロースの上着が気に入ったみたいで走り始めている。
するとその上の弟も欲しくなったのだろう、追い掛け始めた。狭いアパート内はたちまち運動場になる。
「こら! 暴れたら埃が立つでしょう! ケーキ要らないの?」
お母さんが言えばピタリと止まる。大人しく戻ってきた一番下の妹さんを抱き上げた僕は、膝に乗せた。僕が来た事で、ちょっとスペースが足りないようだったから。お兄ちゃん達に慣れているのか、妹さんは僕にすぐ、懐いてくれた。
良い家族だな、ケーキ入刀の瞬間、じっと見つめている子供達を見て笑ってしまう。
頑張ってプレゼントを買いたくなる気持ちが分かる気がした。
僕の隣に座っていた素喜君は、時折目が合うと、はにかむように笑っていた。
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