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空飛ぶクリスマス・コーヒー

2.優しい人

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 いつも皆、俺が不愛想で、可愛げがないって言う。

 何で睨むんだ、とも。

 別に睨んでなんかいない。目元が少しだけ、人より吊り上がっているだけだ。緊張して言葉が出なくなると、口元を引き結んでしまうのも単なる癖だ。

 どうしても、すぐに言葉が出てこない。こんな俺だから、友達も少なかった。中学の頃の友達は居たけれど、頻繁に連絡を取り合うような友達は居ない。今時、携帯を持っていない俺は、誘いにくいらしい。

 家族は俺の性格を良く分かってくれるから、言わなくたって通じるけれど。世間の大人は、冷たかった。接客業のアルバイトは長続きしなかった。

 新聞配達は良い。早朝からのため、人にほとんど会わない。話す必要もない。でも、新聞配達の掛け持ちはできない以上、やはり他のバイトをするしかなくて。

 やっと受かった喫茶店で働き初めて三日。まさかコーヒーを飛ばしてしまうとは思わなかった。俺に当たった客は、当たったことすら気付かずに笑いながら店を出てしまった。

 宙を飛んだコーヒーカップは、青年の背中に落ちてしまって。

 入れ立てのコーヒーが背中に掛かる瞬間を一部始終見ていた俺は、何と言えば良いのか分からなくなった。謝らなければと思うのに、どう謝ったら良いのか分からなくて。

 突っ立ってしまった。

 何もできずに。

 振り返った青年に、怒鳴られると思って身を竦めて待っていた俺は、驚いたように目を丸める青年と目が合った。

 黒縁眼鏡の青年は、特に怒鳴るような事はしなかった。一緒に来ていた女性の方が酷く怒っていて。何故か彼女を青年が宥めてくれるし。

 店長に言われ、タオルを取って戻ってきた俺に、優しい言葉を掛けてくれた青年。

 穏やかに笑った瞳が、眼鏡の奥から俺を見ていた。



 一目惚れだった。



 そんな馬鹿なと思ったけれど。

 青年が足早に彼女を連れて店を出る姿をずっと見ていた俺は、また店長に怒られた。その後すぐにクビになり、バイト代はチャラになってしまった。

 バイト代が貰えなかった事よりも、青年の名前を聞けなかった事の方がショックだった。お詫びに後で何か奢るから、と言って聞き出せば良かったと、店を出てずっと考えていた。



 もう一度どこかで会いたい。



 思えども、そんな奇跡、無いだろうと諦めていた。

 気分転換に大きな玩具屋へ入った俺は、弟達にプレゼントしたかった品々を見て回りながら、ある物を見て足を止めた。

 パンダだ。

 動くパンダのぬいぐるみが置いてある。

 惹かれるように近付いた俺は、ご自由にお触り下さい、の文字に感謝しながら、そっとパンダを胸に抱いた。

 うにうにと、動くパンダが可愛くて。夢中で撫でていた。

 この子が癒やしてくれるだろう。

 バイトをクビになった事も、青年の名前を聞けなかった事も。

 全部。

 俺には縁の無い話だったのだから、諦めなければ。今はまだ、弟達のためにお金を稼ぐ事だけを考えなければ。

 クリスマスまで間がない。どこか臨時で働かせてもらえる所を探しに行こう。

 動くパンダに癒やされた俺は、気持ちを切り替えて行こうと顔を上げた。



 そこに、あの人が居て。



 黒縁眼鏡のサンタクロースになった青年が、俺を見ていて。



 こんな所で会えた事も、パンダを抱いていた事も、急に恥ずかしくなって。



 硬直した俺は、慌ててパンダを直そうとした。それが他の商品に当たってしまい、バラバラと落ちてしまった。

 怒られる、身を竦めた俺に、やっぱり青年は優しく対応してくれた。慣れた手つきで商品を戻し、返そうとした俺にパンダを抱かせてくれた。

 男のくせに、という言葉は一切出てこなかった。

 それどころか、ここでバイトをさせてくれるよう、頼んでくれた。

 バイトが出来る事も嬉しかったけれど、青年、榎本修治さんと一緒に居られる事が何よりも嬉しかった。

 俺を紹介してくれた修治さんが恥をかかないよう、真面目にバイトを続けた。苦手な接客も何とか乗り越えた。

 一日でも長く、修治さんと居たいから。

 トラブルだけは起こさないよう、必死に頑張った。

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