SweeT&BitteR ~甘く甘く 時に苦く 僕らは恋をする~

樹々

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世界は二人のためにある

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***


 修治さんのアパートに着く頃、雪は本降りになっていた。スーパーのビニール袋に雪が積もっている。俺の肩や頭にも。

 吐く息を白くしながら彼の部屋の前に立つ。いざ、インターフォンを鳴らそうとして、手を止めた。



 寝ているかもしれない。



 鍵が開いていないかとノブを回してみるけれど。ドアは開かなかった。鍵を開けてもらうしかないけれど。

 そうすると起こしてしまう。もし、眠ったばかりだったら最悪だ。キュッと唇を噛み締めてしまう。

 ハラハラと風に流された雪が俺の体に降り積もる。頬は冷たく、指先もかじかんできた。走ったせいで服の中は温まっていたのに、汗を掻いた分、冷え方が早い。カタカタ震えながら、どうしてもインターフォンを押せない。



 でも、一刻も早く、修治さんの姿を見たい。


 彼が無事である姿を確認したい。


 でもでも、起こしたくない。


 ちゃんと眠っていて欲しい。



 インターフォンに指を当てては、何度も引っ込めた。プルプル震える手が臆病になっている。

 意を決したのは、アパートに着いてから十五分が経過してからだった。家の中に入れてもらわないと、看病もできない、という結論に達したからだ。

 グッとインターフォンを押すと、ピン、と音がしている。そうっと指を話したら、ポーン、と弱々しく鳴った。

 ドキドキしながら待っていた俺は、ゆっくりと歩いてくる足音を聞いた。咳の音が混じっている。

「……はい?」

 ドアが開き、修治さんが顔を出す。フリース素材の上下を着ていた。

「あれ、素喜……ゴホゴホッ!」

「…………!!」

 咳き込んだ修治さんの背中を撫でようと抱き付くように腕を伸ばした。さすった俺をまじまじと見下ろし、首を傾げている。

「どうしてここに? バイトは?」

「て、店長が、帰って良いって。見舞ってやってくれって。これ、店長から」

「そうか。ありがとう。寒かっただろう? 入って入って」

 修治さんに促され、部屋の中に入れてもらった。降り積もっていた雪を払う俺を見て、笑っている。

「嬉しいな。店長には明日、お礼言わないとね」

「……明日、行くの?」

「行くよ。今日中に治してね。素喜君が来てくれたから、元気いっぱいだよ」

「…………!!」

 顔に血が集結していく。熱のせいで、少しハイテンションになっているのかもしれない。恥ずかしい事を言っている。

 照れる俺にクスクス笑った修治さんは、すぐに咳き込んだ。背中をさすりながら顔を覗き込む。

「何か食べた?」

「ううん。まだ何も。ずっと寝てたから」

「お粥作るから。それまでリンゴ食べててよ」

「そうしようかな」

 おでこに貼っていた冷えピタを剥がした修治さんは、新しい冷えピタを貼っている。寒くないよう暖房のスイッチを入れた彼は、コタツの電源を入れて座っている。

 台所を借りた俺は、手早くリンゴを剥いた。皿に盛って修治さんの前に置くと、今度は鍋に水を張っていく。冷凍庫を覗かせてもらい、凍らせたご飯を出すと鍋に入れた。

 煮込む間に苺も洗ってしまう。へたを取っている俺に、修治さんがリンゴを食べながら笑った。

「手慣れてるね」

「家でやってるから」

「素喜君は良いお兄ちゃんだね」

「修治さんもだよ」

 家族以外で彼ほど、俺を理解してくれた人は居ない。沸騰を始めた鍋の中を掻き混ぜ、苺もコタツの上に置いた。

「素喜君も食べなよ。お腹空いたでしょう?」

「うん」

「ごめんね。せっかくのお正月なのに。終わったら家に帰って良いから。皆待ってるよ」

 苺を口に含んだ修治さんは、また咳き込んだ。どうやら喉から来る風邪らしい。だから熱が出てしまったのだろう。そっと頬に触れてみれば、ずいぶん熱い。

「薬は?」

「飲んだよ」

「そっか……。あの……あのさ」

 頬に触れていた手を握られる。熱い頬と手に挟まれて、俺まで熱くなった。熱で潤んだ目が俺を見つめている。

 俺と、修治さんは、恋人になった。

 まだ恋人、という枠組みをしてから、数日しか経っていないけれど。俺達は男同士だけど。

 俺は、この人の、恋人だから。

「と、泊まって……良い?」

「でも……」

「か、母さんもきっと、看病してやれって言うと思うんだ。うちなら大丈夫だから。だ、駄目かな?」

 恥ずかしさに負けないよう、顔を上げた俺に、彼はふわりと笑ってくれる。

「駄目な訳ないよ。嬉しい」

「で、電話貸してくれる?」

「うん。良いよ」

 修治さんはそう言ったのに。顔を寄せてくる。俺の頬に手を当てた彼は、軽く引いてきた。

 キスだ。

 これはきっとキスしようとしている。

 ギュッと目を瞑った俺は、吐息が掛かる唇に息を止めたけれど。

 しゅわっと煮こぼれする音にハッと目を開け、飛び出していた。慌てて台所へ駆け込んだ俺は、火を消し、お粥を確かめる。焦げ付く前で良かった。出来上がったお粥をお皿に盛って梅干しを探した。でも梅干しは好きではないのだろう、修治さんの家には無かった。

 そのため冷蔵庫で見つけた紫蘇ふりかけを取り出す。お粥に入れると程良い塩加減で美味しい。パラパラとふりかけ、味を確かめると修治さんのもとへ戻ったのだが。

 彼は両手で頬杖をつき、俺を見上げている。ちょっと拗ねた顔をして。
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