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ライバルは最強兄ちゃん
1-2
しおりを挟む「……こう?」
キュッと抱き締められる。
風呂上がりの温かい体が俺を包み込む。
石鹸の良い香りがして、またしてもほわんと思考が霞んだ。
「これで良い?」
「……うん…………じゃ、じゃなくて!!」
何を頷いているのか、俺は。
挟まれたパンダが抗議をするようにうにうに動いている。頷いた俺は、違うと何度も首を振る。
「どうしたの、素喜君。真っ赤っかだよ。抱いてって……まさかとは思うけど……」
「……その……ま、まさか……なんだけど……」
「駄目だよ」
きっぱりすっぱり、修治さんが言い放つ。思わず顔を上げた俺の額をコツンと打った。
「僕だって男だし、それなりにそういうことには興味があるけど。素喜君はまだ、十八歳なんだよ?」
「……まだじゃねぇ……! もう十八だ!」
「誰に何を言われたか知らないけど、早ければ良いってものじゃないんだよ。興味本位だけでする事じゃない」
ペシンと一つ、おでこを叩かれる。ほんのり赤らんだ俺のおでこに、優しいキスを落とした修治さん。
「君が大人になるまで待つから」
「……大人って……いつ?」
「二十歳から。お酒飲める年になったら、また誘って」
「…………俺じゃ……駄目か……?」
上目遣いに言えば、苦笑している。子供をあやすように、大きな手が頭を撫でてくれる。
「まさか。正直、いつもドキドキだよ。でもね。決めてるんだ。この一年、僕は君が好きで、それだけで周りのことなんて気にしてなかったけど」
ポフッと頭に手が乗った。
「考えてみれば、僕達は特殊な恋愛をしてる。君のご家族は受け入れてくれたけど、まだお兄さんにはご挨拶できてないから。ちゃんとお兄さんの承諾を得て、君が心身共に大人になって、それでも僕を受け入れてくれるなら……ちょびっとだけエッチになりたいな」
なんてね、とほんのり頬を赤らめている修治さん。俺まで吊られて赤くなる。
彼のパジャマを握り締めると、ゆったりと背中を抱かれた。
「焦らなくて大丈夫。ゆっくり大人になってね」
「……うん」
「真正面から考えてくれた気持ちはすご~く嬉しいから」
「……うん」
「心配しなくても、素喜君に夢中だよ」
「…………!!」
耳元に囁かれ、真っ赤になった俺に唇を寄せてくる。
キスだと思って、瞼を閉じて待った。屈んだ修治さんが顔を寄せてくる。
もう少しで触れ合う所で、彼の携帯が鳴った。固定の着信音は、俺の家からであることを告げている。
「……残念」
そう言って笑った修治さんは、俺のおでこに軽くキスをして携帯を渡してくれる。滅多な事では掛かってこないのに、どうしたのだろう。
通話を押すと、もしもし、という前に向こうからの慌てた声が響いた。
【お兄ちゃん!? まずいよ! どうしよう!?】
「何だ? どうしたんだ?」
俺の一つ下の妹美雪が、酷く慌てたように声を震わせている。
【急に……急に帰ってくるんだもん~~! 】
「……帰ってって……まさか!? 兄ちゃん……か!?」
思わず携帯電話を握り締めてしまう。修治さんが俺の反対側から耳を当てて聞いている。
【うん! 下の二人が素喜兄ちゃんに彼女ができたって言っちゃって……! お泊まりしてるって話しちゃったの!】
「…………嘘……だろ!」
【そうしたらお兄ちゃん、最初はニコニコして聞いてたんだけど……どう止めて良いか分からなくて、お母さんとどうしようって話してる間に、彼女だけど男の人だって、美春が言っちゃって……!】
一番下の妹だ。
あの子はまだ、俺達の事を良く分かっていない。優しい兄が一人増えた、くらいにしか思っていないだろう。
「……兄ちゃん……何だって?」
携帯電話を持つ手が震えた。修治さんが真剣な目をして俺を見つめている。
【凄い怒っちゃって! 美春は訳が分からなくて泣いてるし、好一も吊られて泣いちゃうし。今、お母さんが何とか宥めてるけど……】
【誰と話してる!?】
怒鳴る声が受話器から響いた。
【と、友達……!】
【こんな時間にか?】
【ごめんなさい! あの、またね! 夜遅くにごめんね!!】
【待て! 素喜じゃ……】
プツッ、と電話は切られ、ツーツーと、虚しい音を鳴らしている。
フルフル震えながら携帯を握っていた俺から、それを受け取った修治さんは、頭にポンッと手を乗せた。
「例のお兄さん?」
「……うん。いきなり帰って来るなんて……弟達に言い聞かせてたんだけど……」
「ちゃんと話し合おう」
修治さんはそう言ってくれたけれど。
あの兄が、まともに話を聞いてくれるとは、とてもじゃないけれど思えない。
兄が二歳の時、俺が母のお腹に居る時から、その破天荒ぶりに父も母も頭を悩ませたという。赤ん坊にしては成長が早く、大人二人を振りきって走り出しては道路に飛び出して。間一髪命を拾ってきた兄。
俺が腹の中に居る間も、部屋で暴れては物を壊して。
近所の子供を叩いて回って。
悪ガキとしての根性を産まれた時から授かっていた最強の兄。
そのため、名字としっくりこないけれど、俺には素直に喜んでくれる子供になりますように、と願いを込め、素喜、と名付けられたのだから。
「……修治さんは俺が守るから」
「嫌だな、大げさだよ」
「絶対、守るから」
握り拳を作って誓った俺に、にこりと笑った修治さんは、大丈夫だよ、と言って優しいキスをしてくれた。
この温もりを失いたくない。
絶対、守り通してみせる。
抱き付いた俺を、包み込むように受け止めてくれた。
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