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ライバルは最強兄ちゃん

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「……こう?」

 キュッと抱き締められる。

 風呂上がりの温かい体が俺を包み込む。

 石鹸の良い香りがして、またしてもほわんと思考が霞んだ。

「これで良い?」

「……うん…………じゃ、じゃなくて!!」

 何を頷いているのか、俺は。

 挟まれたパンダが抗議をするようにうにうに動いている。頷いた俺は、違うと何度も首を振る。

「どうしたの、素喜君。真っ赤っかだよ。抱いてって……まさかとは思うけど……」

「……その……ま、まさか……なんだけど……」

「駄目だよ」

 きっぱりすっぱり、修治さんが言い放つ。思わず顔を上げた俺の額をコツンと打った。

「僕だって男だし、それなりにそういうことには興味があるけど。素喜君はまだ、十八歳なんだよ?」

「……まだじゃねぇ……! もう十八だ!」

「誰に何を言われたか知らないけど、早ければ良いってものじゃないんだよ。興味本位だけでする事じゃない」

 ペシンと一つ、おでこを叩かれる。ほんのり赤らんだ俺のおでこに、優しいキスを落とした修治さん。

「君が大人になるまで待つから」

「……大人って……いつ?」

「二十歳から。お酒飲める年になったら、また誘って」

「…………俺じゃ……駄目か……?」

 上目遣いに言えば、苦笑している。子供をあやすように、大きな手が頭を撫でてくれる。

「まさか。正直、いつもドキドキだよ。でもね。決めてるんだ。この一年、僕は君が好きで、それだけで周りのことなんて気にしてなかったけど」

 ポフッと頭に手が乗った。

「考えてみれば、僕達は特殊な恋愛をしてる。君のご家族は受け入れてくれたけど、まだお兄さんにはご挨拶できてないから。ちゃんとお兄さんの承諾を得て、君が心身共に大人になって、それでも僕を受け入れてくれるなら……ちょびっとだけエッチになりたいな」

 なんてね、とほんのり頬を赤らめている修治さん。俺まで吊られて赤くなる。

 彼のパジャマを握り締めると、ゆったりと背中を抱かれた。

「焦らなくて大丈夫。ゆっくり大人になってね」

「……うん」

「真正面から考えてくれた気持ちはすご~く嬉しいから」

「……うん」

「心配しなくても、素喜君に夢中だよ」

「…………!!」

 耳元に囁かれ、真っ赤になった俺に唇を寄せてくる。

 キスだと思って、瞼を閉じて待った。屈んだ修治さんが顔を寄せてくる。

 もう少しで触れ合う所で、彼の携帯が鳴った。固定の着信音は、俺の家からであることを告げている。

「……残念」

 そう言って笑った修治さんは、俺のおでこに軽くキスをして携帯を渡してくれる。滅多な事では掛かってこないのに、どうしたのだろう。

 通話を押すと、もしもし、という前に向こうからの慌てた声が響いた。

【お兄ちゃん!? まずいよ! どうしよう!?】

「何だ? どうしたんだ?」

 俺の一つ下の妹美雪が、酷く慌てたように声を震わせている。

【急に……急に帰ってくるんだもん~~! 】

「……帰ってって……まさか!? 兄ちゃん……か!?」

 思わず携帯電話を握り締めてしまう。修治さんが俺の反対側から耳を当てて聞いている。

【うん! 下の二人が素喜兄ちゃんに彼女ができたって言っちゃって……! お泊まりしてるって話しちゃったの!】

「…………嘘……だろ!」

【そうしたらお兄ちゃん、最初はニコニコして聞いてたんだけど……どう止めて良いか分からなくて、お母さんとどうしようって話してる間に、彼女だけど男の人だって、美春が言っちゃって……!】

 一番下の妹だ。

 あの子はまだ、俺達の事を良く分かっていない。優しい兄が一人増えた、くらいにしか思っていないだろう。

「……兄ちゃん……何だって?」

 携帯電話を持つ手が震えた。修治さんが真剣な目をして俺を見つめている。

【凄い怒っちゃって! 美春は訳が分からなくて泣いてるし、好一も吊られて泣いちゃうし。今、お母さんが何とか宥めてるけど……】

【誰と話してる!?】

 怒鳴る声が受話器から響いた。

【と、友達……!】

【こんな時間にか?】

【ごめんなさい! あの、またね! 夜遅くにごめんね!!】

【待て! 素喜じゃ……】

 プツッ、と電話は切られ、ツーツーと、虚しい音を鳴らしている。

 フルフル震えながら携帯を握っていた俺から、それを受け取った修治さんは、頭にポンッと手を乗せた。

「例のお兄さん?」

「……うん。いきなり帰って来るなんて……弟達に言い聞かせてたんだけど……」

「ちゃんと話し合おう」

 修治さんはそう言ってくれたけれど。

 あの兄が、まともに話を聞いてくれるとは、とてもじゃないけれど思えない。

 兄が二歳の時、俺が母のお腹に居る時から、その破天荒ぶりに父も母も頭を悩ませたという。赤ん坊にしては成長が早く、大人二人を振りきって走り出しては道路に飛び出して。間一髪命を拾ってきた兄。

 俺が腹の中に居る間も、部屋で暴れては物を壊して。

 近所の子供を叩いて回って。

 悪ガキとしての根性を産まれた時から授かっていた最強の兄。

 そのため、名字としっくりこないけれど、俺には素直に喜んでくれる子供になりますように、と願いを込め、素喜、と名付けられたのだから。

「……修治さんは俺が守るから」

「嫌だな、大げさだよ」

「絶対、守るから」

 握り拳を作って誓った俺に、にこりと笑った修治さんは、大丈夫だよ、と言って優しいキスをしてくれた。

 この温もりを失いたくない。

 絶対、守り通してみせる。

 抱き付いた俺を、包み込むように受け止めてくれた。
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