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ライバルは最強兄ちゃん
3-2
しおりを挟む「やっぱりね~、素喜君のお兄さんだったか」
「てめ……邪魔すんな!」
兄の腕に絡みついたのは、修治さんの友達、立川純だった。未だ襟首を掴まれている修治さんに笑っている。
「これ、俺が連れていくから」
「……純、何でお前が……?」
「成り行き、ってやつかな。よいしょっと」
純は兄の顔を捕まえると、ごく自然にキスをした。
「………………!?」
兄の注意が純に逸れる。修治さんも俺も、面食らったまま動けない。
一人純だけが、手早く兄の手から修治さんをもぎ取り、俺の方へと押しやった。店内の騒ぎに集まっていたお客さんも、ただただ、純の行動に呆然としている。
ハッとなった兄が、急いで口元を袖で拭いた。
「て、てめ――!! 何しやがる!!」
「死なないでしょ?」
「あ!?」
怒鳴る兄に全く恐れず笑った純は、腕を強引に絡め取った。そのまま兄を引っ張っていく。
「男と男でも、死なないから。そう青筋たてなさんな。社会人として、バイトとはいえ仕事の邪魔はしちゃ駄目でしょ?」
「何すんだてめーは!! 離せ!!」
「そっちは頼むよ、修治! この狂犬はとりあえず預かってあげるからさ!」
「離せ! 離せよ! くそっ! 素喜!! 逃げんなよ!!」
あの兄を強引に連れ出せる人間が居るとは思わなかった。
呆然と見送る俺の側に、修治さんがしゃがみ込んでいる。殴られた左頬に手を添えた彼は、ギュッと抱き締めてくれた。
「まさかこんなに話を聞かない人だとは思わなかったよ」
「……ごめん」
「素喜君が謝ることじゃないよ」
ゆっくりと頭を撫でてくれる。そろそろと上げた手で、彼の背中に抱き付いた。
兄のあの怒りよう、一筋縄ではいかないかもしれない。純と接点があったのには驚いたけれど、彼でもいつまで宥めておけるかは分からない。
早く既成事実を作ってしまえば良かった。俺と修治さんは本気なんだと、示せるものが欲しい。
この人を失いたくない。
「絶対、守るから。喧嘩になっても守るから」
「……喧嘩はしないよ。素喜君のお兄さんなんだから。根気よく話し続けようね」
ポンッと背中を叩いた修治さんは一緒に立ち上がっている。すぐに店長のもとへ行くと、二人一緒に深く頭を下げた。
「お騒がせしてすみません。壊れた分は給料から差し引いて下さい」
「……いや、驚いたね。素喜君のお兄さんがあんなに……あ、いや、まあ、うん」
頭を掻いた店長は、すぐに顔を引き締めた。集まっていたお客さんに丁寧に謝罪している。俺達も一緒になって謝って回った。店内放送もしてもらい、お客さんに謝罪した後、乱れたディスプレイを直した。
嵐のような数分間だった。
兄という嵐が吹き荒れている。
ギュッと握り拳を作った俺は、兄と闘う覚悟を決めた。そんな俺を、修治さんはそっと抱き締めてくれた。
***
バイトは早めに切り上げさせてもらった。いつ、兄が乱入してくるか分からないから。店長も神妙な顔になっている。もし、また店に乱入するような事があれば、俺を辞めさせなければならなくなる、と。
それには俺も同意した。これほど世話になっているバイト先に迷惑ばかり掛けることはできない。
夕方前に二人でバイト先を出た後、修治さんが純に連絡を入れた。すぐに出た彼は、喫茶店で待っていると応えた。
バイト先から二十分ほど歩いた先の喫茶店に、兄と純が座っているのが見えた。先に気付いた純が手を振っている。席を立った兄が、猛然と走ろうとした足を、彼がひっかけたようだ。転んだ兄の姿が窓から消える。立ち上がった時、純の襟首を掴み上げているけれど、彼は涼しい顔で肩をすくめた。
外で待っていると二人が出てくる。店の中で話せば、また兄が暴れるとも限らない。俺はそれとなく修治さんを背中に庇いながら、兄を迎え入れた。
「素喜……帰るぞ」
何かを我慢するように、兄が低く呻っている。手が出ないだけましだ。今は従った方が良い。
「うん……」
「僕も行きます」
修治さんの言葉に、兄の眉が吊り上がる。
「ホモはすっこんでろ!!」
「修治さんがホモなら俺もホモだよ、兄ちゃん!」
「……冗談じゃねぇぞ」
自分の頭を掻き回した兄は、吐き捨てるように唾を吐いている。
「俺の兄弟にホモなんぞ出さねぇ! 素喜はまっとうな道に戻す!」
「暴力でですか? 殴って何があるって言うんです」
「部外者は引っ込んでろ! 帰るぞ、素喜!」
兄の言葉に反論しようとした修治さんを俺が抑えた。兄の怒りが沸点に近付けば、誰も止めることはできなくなる。修治さんを殴らせるわけにはいかない。
「今日は帰るから」
「……素喜君」
「……大丈夫」
握った俺の握り拳に手を添えた修治さんは、渋々頷いた。その手を払いのけた兄は、俺の腕を取ると歩き出す。こけそうになりながら付いて歩いた。
「大介! 殴るのは駄目だからな! お前が大人なら、分かるだろう?」
「……うっせーよ! 年上面してんじゃねぇ!」
「年上だから言ってんの! もし明日、素喜君の顔が腫れたり、腹部に痣見つけたら、ブッチュ~~だからね!」
「うっせ――――!!」
純の言葉に怒鳴った兄は、無意識にだろう、唇を拭っている。
兄に連れられた俺は、駆け出したそうな修治さんに見送られて帰る事になった。今夜はきっと、兄との壮絶バトルが繰り広げられるだろう。なるべく近所迷惑にならないよう、口論だけで終われば良いけれど。
闘ってでも兄を乗り越える。
静かな気合いを入れた俺は、自分の足で歩いた。
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