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番外編

2-6

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「兄ちゃん真っ赤!」

「お前まで……!」

「俺、修治兄ちゃんも、純兄ちゃんも、大好き! 兄ちゃんいっぱい!」

「いっぱ~い!」

 好一が喜ぶと、美春も喜んだ。母さんがしみじみ呟いている。

「ご近所様にも、どうやったらあんなに格好良い彼氏ができるのかって聞かれちゃって。母さん、苦笑いだわよ」

「本当よね。私も写真ちょうだいって、言われて大変」

「……悪かったよ」

「孫の夢は、美雪に託すわ」

「うん! 頑張る! いっぱい産むからね!」

「…………おい、居るのか? 彼氏……」

 美春を降ろしながら、恐る恐る聞いた。俺の知らない間に、彼氏ができたのだろうか?

 どんな奴だ?

 また、あんな最低男じゃないだろうな?

 注意深く観察していた俺に、美雪はにこりと笑っている。

「現在募集中~! うちの最強兄ちゃん乗り越える勇気がある人限定だから、なかなかできないけど」

「……そりゃ結構。妙な手だしやがったら半殺しにするって言っとけ」

 俺の妹を弄ぶような男が手を出してきたら、問答無用で吹っ飛ばす。好一と美春に対してもだ。

 でも。

「お前が本気で惚れた奴なら、文句はねぇ。ちゃんと、できる男かどうか見極めろよ」

「……うん」

 素直に頷いた美雪を見つめながら、ふと、時計を見上げた。結構な時間が過ぎている。素喜が心配で、俺がウロウロしていたせいか、夕飯の時間はとっくに過ぎていた。

「腹減ったし、飯食おうぜ」

「そうね。素喜呼んできて」

「おう」

 足と腰にまとわりつく美春と好一を引き連れて、部屋に閉じこもっている素喜を呼ぶためドアを開けた。

「おい、素喜。飯食う………………!?」

 バンッとドアが軋むほど音を立てて閉めた。まとわり付いていた美春と好一が驚いたように離れていく。

「ちょっと壊れるでしょう! 静かに閉めなさい!」

「わ、わりぃ……!」

「もう、早く素喜お兄ちゃんも呼んで食べようよ~」

「ちょ……ちょっと待ってくれ!!」

 見上げてくる兄弟から、必死にドアを守った。

 見てしまった。

 まさか弟のあれを見てしまうなんて……!



 素喜が……大人になっていた……!!



 だらだら汗が噴き出した。怪訝な顔をした母さんが、ドアに近付いてくる。開けようとしたので、力一杯抵抗した。

「何を隠しているの?」

「な、何でもねぇ! 頼む! とにかく待ってくれ!」

「大介お兄ちゃん……怪しい。ねぇ、好一、何か見えた?」

「ううん。兄ちゃんの足にしがみ付いてたからな~んにも見えなかった~」

「美春も~」

 二人の言葉にホッとした。良かった、見られてなくて。

 とにかく終わるまで俺が守らないと。大人のキスで、たぶん、そうなってしまったのだろうし。

 ドアにしがみ付いていた俺は、中から聞こえたか細い声にビクッとなった。

「兄ちゃん……ありがと。大丈夫だから……」

「お、おう……」

 家族中の視線を浴びながら、そっとドアを開けた。少し頬を紅潮させた素喜が出てくる。

「ごめん……食欲無くて……」

「あらちょっと、顔が赤いわ。風邪かしら?」

「大丈夫だよ」

 笑って見せているけれど。チラリと下を見た。

「…………!」

 まずい。素喜の肩を掴んで引き寄せた。

「お前、風呂入ってこい! な! そんで早く寝ろ!」

「熱があるのに入ったら……」

「よし、入ってこい!」

 素喜を肩に担ぎ上げ、急いで風呂場に走っていく。

「まだお湯溜めてないよ~!」

「んなもん、入ってる間に溜まる!」

 狭い脱衣所に飛び込み、ドアをきっちり閉めると素喜を降ろし、小声で囁いた。

「さっさと解放しちまえ」

「……ぅん」

 キュッと唇を噛んでいる弟の頭を撫で回した。

「男なら、しゃーねぇ現象だ。めそめそすんな!」

「ぅん……ありがと、兄ちゃん」

 目元を赤くして笑った弟を残し、誤魔化すために一人部屋に戻る。風呂場近くに集まっていた家族を押し戻していく。

「さ、飯食おうぜ!」

「……素喜は大丈夫?」

 母さんがなんとなく、気付いたようだ。

「平気だよ」

「そう。……お願いね」

「分かってる」

 母さんと俺で話したせいか、美雪が顔を近づけてくる。

「何の話?」

「飯が食いてぇって話」

「え~うっそだ~」

「おら、食うぞ!」

 美雪が風呂場を気にするので、肩を掴んで引き寄せた。頬を膨らませた彼女を押し込み、座らせる。俺も座ると、すかさず美春が飛び乗った。

「こら、美春。大介が食べ難いでしょう」

「良いよ。その代わり、残さず食えよ?」

「うん!」

 元気に返事をした美春は、俺の膝で甘えてくる。

 この子は父さんをあまり良く覚えていない。覚える前に、父さんが他界してしまったから。

 幼い頃は、俺を父さんとよく間違えていた。間違えて甘えてくる美春を俺も父さんとして受け止めていた。俺が父さんに受けた愛情を美春にも感じて欲しかったから。

 小さな頭をグリグリ撫でて、空腹になっていたお腹に夕飯を詰め込んだ。

 家族の誰一人、風呂場に行かないように見張りながら。

 ちょっとだけ大人になった俺の弟は、今頃切ない想いを抱えているのだろう。

 後で話を聞いてやろうと、急いで詰め込んだ。

 その食べっぷりに、末っ子美春は楽しそうに笑っていた。
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