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第三王道『恋してふっさふさ☆』
6-3
しおりを挟む「ヒューマンというのは、性欲が薄いのですか?」
「……さあ。比べたことが無いからな」
「うーん。団長が朴念仁なのか、ヒューマンにとっては当たり前なのか」
「朴念仁はないだろう?」
「あの子のこと、好きなんでしょう? 見つめるのも大概にしなさいと言いたくなるほど見つめているのに、いざとなったら尻込みですか?」
「……好きだから、傷つけたくはない。あれは、あの子が望んでいたことではない」
「そうでしょうか? 私には良い感じに受け入れていたように見えましたがね」
どうして我慢ができたのかと、何度も聞いてくる。ヒューマンだからと下に見るような人物ではないけれど、時々、私が総団長だということを忘れてツッコミを入れてくるので、少し困ることもある。
彼とは同期だった。互いに切磋琢磨し合った仲だけに、二人だけでいると遠慮がなくなる。
率直な意見が聞ける一方、ぐいぐい懐に飛び込んでくる遠慮の無さは、治してほしいとも思う。
「私だってそれなりに性欲はある」
「ということは、チェスター隊長に勃ってたんですか!」
「……もう少し包んで話してくれないか」
「私達しか居ないんです。何を乙女みたいに恥じらってるんですか、気色の悪い」
腰に手を当て、ずいっと顔を寄せたヴェルダーは、
「で?」
と話を促してくる。近い彼の顔を手で押し戻すと、椅子から立ち上がった。
「昨日の報告を」
「あ、逃げる気ですね! そうはいきません!」
「君に話ようなことはない。チェスター隊に行った面談の報告を」
室内に二人だけで居るとしつこく話を聞かれそうだ。部屋を出て、歩きながら報告を受けようと執務室のドアを開けた。
その開けた先に、部屋で寝かせていたはずのチェスターが立っている。急に開いたドアに驚いたのか、長い耳がピンッと伸びた。
「……ぁっ」
小さく叫んだ彼の顔が真っ赤になっていく。伸びていた長い耳がへなへなと力なく倒れてくるとハの字に垂れた。
*可愛い! たまらなく可愛い……!
触らせてもらった耳の感触を思い出してしまう。しっかりした筋肉質なのに、ふわふわの毛に覆われている耳は触り心地が良かった。耳と違って尻尾はふっさふさで、まるでぬいぐるみを触っているかのようだった。
「これは面白い! ……おっと本音が」
私の後ろから覗いていたヴェルダーは、固まって動けない私達の腕をそれぞれ取ると、出ようとしていた執務室の中へ押し込んだ。
「ではごゆっくり……ぐふふふふふ」
不気味な笑いを残し、ドアを閉めてしまう。一緒に押し込まれたチェスターは、私を見上げ、ハッとなると凄い瞬発力で距離を取った。一気に部屋の奥まで逃げられてしまう。
それほど嫌われてしまったのか。
肩に鉛が乗ったかのように、体が酷く重たく感じる。目眩を感じ、ドアによろめいた。
彼が望んだことではない行為。私に触られるなど、見られることなど、嫌悪でしかないだろう。
「済まなかった」
素直に謝った。このまま彼が引きずってはいけない。誠意を持って謝ろうと彼に近づいたけれど。
「こ、こ、来ないで下さい!」
私が一歩進むと、彼が一歩下がってしまう。胸の奥が抉られるようだ。
心底嫌われた。
俯きそうになる顔を上げ、せめて、気持ちを伝えたいと足を進めた。
「最後に、聞いて欲しいことがある。私は君を……」
「だ、駄目だ! 駄目なんです……!!」
窓を開け放ったチェスターは、身軽に飛び出した。そのまま瞬発力をいかして逃げていく。遠くなる小さな背中。
追いかけるのは、迷惑かもしれない。
だがもう、彼はきっと、私を見てはくれないだろう。避けられ続けるかもしれない。
諦めるためにも、せめて気持ちを伝えてから去りたい。
私もまた窓から飛び出すと、チェスターの後を追いかけた。
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