可愛いっていわないで

まめつぶ文珠

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第二章

第四話

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数週間後、瑞樹は大学の大講堂に居た。
「バレないかな。おかしくない?」
「バッチリっす。シャツはやっぱり買って良かったっすね。どこからどう見ても大学生ですよ」
白石は親指を上げて保証した。白石が瑞樹宅を訪ねた際にお願いしたことがこれだった。
瑞樹は悠の大学での様子を見たいと頼んだのだ。ちょうど今日、市民にも開放される公開講座がある。悠の学部は出席必須の講座らしく、ここでなら悠の大学生生活を見れると白石は請け負った。
悠に内緒にしたのは、瑞樹が居ない時の悠を見ておきたかったからだ。瑞樹が傍に居れば、授業なんてそっちのけになってしまうことは分かりきっている。
瑞樹の持っている洋服は全て悠の見立てなので、今日の為に服と鞄、帽子まで新調した。現役大学生の白石のアドバイスで、明るい青地に少し派手なイラストが入っている。普段の悠と瑞樹では選ばない色柄だ。ついでの黒縁の伊達メガネは白石に借りた。
「大学行ってみたかったんだ」
照れ笑いする瑞樹に、白石は内心切ない思いがする。瑞樹の家庭環境が良くなかったことを知っているからだ。そんな気持ちは噯気にも出さず、さりげなく移動を促した。
「あっちのドアから入って、後ろの方の席に座りましょう。在校生が前に座るんですけど、悠は多分一番前のど真ん中に座ってますから何処からでも見えるはずです」
「何で分かるんだ?」
「アイツはいつもどの講座も一番前のど真ん中が指定席なんです。あと…ちょっと見たくないシーンもあるかもですけど、気にしないでくださいね」
すり鉢状になった大講堂には既に大勢の人が入っている。およそ大学生には見えない一般市民もちらほら見え安心する。
ドアに程近い、最後方の席に座った。確かに悠らしき人物が最前列中央に見える。
少し遠いが、横顔が斜め後ろから見え瑞樹には充分だった。
講座が始まるまで後数分。ノートとペンを出し準備は完了しているようだ。手持ち無沙汰に携帯をいじる悠の周りに女の子達が集まってくる。悠は笑顔で応対している。話の内容は聞こえないが、笑い声は聞こえてきた。
「いっつもああなんです」
白石は声をひそめて言った。
「いっつも?」
「女の子に囲まれてる」
「あー…そんな気がする」
白石は瑞樹が不快に感じるのでは、と杞憂していたようだ。確かに面白くはないが、納得もしてしまった。高身長で勉強熱心、明るい性格に目鼻立ちの整った顔。女子大生にはたまらなく魅力的に見えるだろう。
間もなく教授が入室し、講座が始まる。講座の内容は瑞樹にとっては大変興味深い内容だった。気付くと悠の事を一時忘れ、講座に聞き入っていた。この内容について悠はどう考察するか聞いてみたいと思う。
悠の姿を追うと、悠もまた真剣に聞いているようだ。ノートを熱心に取っている。
あんな顔して大学生しているんだな、と心に留める。大学生の悠は瑞樹の心に光って見えた。
講座が終わり皆が一斉に席を立つ。悠に見つからない内に、と瑞樹と白石は講堂を出た。
「食堂はこっちっす」
人波に紛れ、食堂へ行く。やはりここでも悠には指定席があるらしい。その指定席とやらは角にあるので、二人は対角線状の隅に席を取った。人が多い時間なのと、柱の影になるところだから向こうからは見えないだろう。
「今、あの席ギャルみたいな女の子たちが占拠していますよね。あの子たち、悠のために席取りしてるんです」
「なるほど」
「悠に会わない内にメシ買ってきます」
「じゃあ、これ。おすすめを二人分ね。今日のお礼」
瑞樹は紙幣を数枚白石に押し付ける。
今日のことは瑞樹へのお礼としてやってるのだからお礼のお礼は変なのでは、と白石は頭を悩ませていたが、悠が来るぞと脅して買いに行かせた。
白石を待っている内に、食堂の入口が騒がしくなる。
女の子たちが悠を取り囲んで入ってきた。悠の腕を取っている子もいる。
悠の視線がこちらを向いた気がして、瑞樹は慌てて被っていた帽子を深く被り直した。
悠は先程のギャル軍団の席に誘導されて行った。
「お待たせしました。ここのおすすめは、ハンバーグ定食です。これ、おつりっす。ゴチになります」
器用に盆を二つ持った白石が戻ってきた。
二人並んで箸を取る。学食も食べてみたかったことの一つだ。
「ちょっとしょっぱい」
「学生には味より値段と量です」
確かに量は多く、男子大学生の腹は満たされそうだ。瑞樹の分はライスが少なめで、白石が気を遣ってくれたことが分かる。
チラリと悠を見ると、周りの喧騒には全く構わず黙々と食べている。何を食べているかまでは見えなくて、少し気になる。
「あっ白石じゃーん」
「今日は柳君と一緒じゃないのー?」
飲み物を口に咥えた二人の女子が、瑞樹たちの前を通りかかった。声を掛けてきたのは胸元が大きく開いたチュニックとホットパンツの娘、もう一人は黒髪の真面目そうな娘だった。
「今日はちょっとな」
「ふーん」
チラリと見られたので、瑞樹は会釈した。
「まぁ柳君いまモテモテタイムだしね」
「おう。昼時は近寄れねえよ」
瑞樹を言外に気にしつつも、白石は普段通りに振る舞った。
「授業終わると瞬間移動したのかって思う位すぐ帰っちゃうもんね。ランチタイムか授業の合間しかチャンスないから、あの娘たちも必死だよね」
「なんですぐ帰っちゃうの?」
黒髪がホットパンツに尋ねた。
「本当か知らないけど、身体の不自由なおじいさん介護してるらしいよ」
瑞樹は盛大に咽せた。
「でしょ?白石」
「…オレは知らない」
「だっていつも携帯見ては心配だ世話があるんだ早く帰りたいって言ってるらしいよ。誰かが犬?って聞いたら大事な人だって」
「ま、まぁそう言ってる時もあるな」
あっちに席が空いたからと言って彼女たちは去って行った。瑞樹は苦笑いするしかなかった。
確かに悠より年上ではあるが、まだおじいさんではないと心の中でツッコミを入れてみる。
しかし時に介護と行って差し支えないくらい身体の内側から外側、隅々世話をしてもらっている。
瑞樹が自分でやると言っても、先回りされてしまうのだ。
瑞樹は居た堪れなさを誤魔化すように白石に声を掛けた。
「今日はありがとな」
今日はこの後はもう解散の予定なので、今のうちにお礼を伝えておく。
「これしきのこと何てことないっす。見たいもんは見れましたか?」
「うん、充分見れた」
最後にもう一目だけ、と思い悠に視線を走らせる。しかし悠の姿はなかった。あれ、と左右にその姿を探した時だった。
「うぐぁぁぁっ」
白石から悲痛な声が発せられた。スプーンがガチャンと落ちる。さっきまで食堂の向こうにいたはずの悠が、白石の右腕を捻り上げていた。悠はにっこりと口だけ笑った。
「ここで何してるの?瑞樹」
「あ…あの…」
「いでででででで!!」
「ちゃんと言わないと、白石の肩抜けるよ?」
「言う!ちゃんと言うから離せ!」
瑞樹は慌てて白石を庇い、悠の腕を外す。
「白石くんごめん。もう行くから」
瑞樹は悠の腕を取って食堂を出た。

二人は無言のままアパートに戻ってきた。
道中、悠はずっと黙ったままだった。
激しく問い詰められると予想していた瑞樹は、むしろ無言の悠を怖く感じている。
玄関を上がり、悠がこちらを向いたので瑞樹は懸命に弁明した。
「悠、聞いて。今日のことは俺が白石くんに頼んだんだ。悠が大学でどんな風なのか見てみたくて…」
「……」
「俺が悠に内緒って言ったんだ。怒るなら俺だけにして」
悠は何も言わないまま瑞樹の服を脱がせようとした。乱暴な手つきではなかった。
「…え?」
「その服、白石が選んだやつでしょ。全部捨てるから脱いで」
真面目に相談に乗ってくれた白石を思い出し、少し悔しい思いが込み上げる。けれどここで従わなかったら、白石と友達でい続けることも許されなくなるのは明白だった。
「……」
瑞樹は黙って全ての洋服を脱いだ。下着も、と言われ羞恥心と恐怖心が綯交ぜになる。
「こっち」
裸になると腕を取られ、風呂場へ押し込められた。悠は着衣のまま一緒に入り、シャワーのコックを思い切り捻った。
「…っつ」
最初は冷たいシャワーが全身に降りかかる。
「こっち向いて」
狭い浴室で向かい合い、ポンプを外したボディソープを頭から全部ぶっかけられた。
悠の手のひらと指は首筋から腕、胸、背中、腹と丁寧に瑞樹を洗っていく。瑞樹の造形と反応を確かめるようにその手は動く。性器は無視され、足の間、膝の裏、踵、足の指まで一部の隙もなく
手が滑り否が応にも官能が呼び覚まされる。
「…っあ。ゆ、ゆうぅ…」
反応してしまった性器も触ってほしくて、ねだるが悠はそれを無視し続けた。
「くっ、すぐったい!!」
全身を撫でられ、最後はぬるぬると肋骨を撫でられた。瑞樹はたまらないくっすぐったさに身を捩じる。抵抗を見せる瑞樹に悠はまた苛立ったようだった。
着たままだった服からベルトを抜き取り、瑞樹の両手首をシャワーのスライドバーに滅茶苦茶に固定してしまう。悠は両腕が上がった瑞樹の足の間に身体を入れ、足を広げさせた。
ぬめる手は性器にすべり、そのまま包み込む。何をされるのか分かって、瑞樹はぎゅっと目をつむった。
「う…あっ、あっ…」
そのまま上下に擦られ、段々と力を込められていく。気持ち良すぎて腰が揺れた。こすれた手首の痛みが邪魔をして、中々上り詰められない。悠はずっと瑞樹の表情を見ている。
「イって」
「っんんー!!」
急速に追い詰められ呼吸が苦しい。溢れた精液はまだ悠の手の中だ。
地獄はここからだった。
「ダメ!!」
達したばかりなのに、もう一度手が動き始める。敏感になった性器は快感を拾う以前にくすぐったい。反射的に足を閉じようにも閉じられず、腕も下ろせず、されるがままになった。
「ひっ…あっあっ…いっあっ…」
狭い浴室に蒸気が立ち込め、汗が肌を伝う。先程よりきつめに握られ、睾丸を揉まれる。
「やめ…て、もうダメッ…」
休憩なしの二回目は気持ち良いというより苦しくて、瑞樹は何度も許しを求める。顎を逸らし果てた時にはもう声も出なかった。
「はぁはぁっ…はぁ…」
上げられた腕がだるくなって、痛い。この体勢が辛い。もう解放してほしい。
そう訴えるのに、また悠は手の動きを再開する。悠は無表情に無感情に瑞樹を観察しているだけだ。いつも瑞樹を蕩かすような言葉と快感だけを注ぎ込むのに、今日は何も言ってくれないことが怖い。
「あっっ!」
悠は瑞樹の性器を握ったまま、身体を瑞樹の方に倒した。腕で一度石鹸を拭い、晒された脇から肋骨に舌を這わせる。舌の先が肋骨に沿うよに動き甘噛みする。もちろん右手は瑞樹を追い詰めようとしたままだ。閉じようとする腕がギシギシ鳴った。
「く…くすぐったい!悠…悠…お、ねがいっ…はっ…やめて」
脇をベロリと舐められ瑞樹は悶絶した。
「あっあっあっ!!出ちゃう、ダメッ!違うの出るから!」
離して、という言葉は声にならなかった。プシッと出る液体が悠の服を汚していく。
荒い呼吸のまま放心状態に陥り、もうどうでもいいような気持ちになって瑞樹は完全に脱力した。
ベルトが外されていく。泡が温かいシャワーで流され排水口でくるくる回る。瑞樹はそれを目で追いながら起き上がることが出来なかった。

後始末をされ、二人とも着替えた。
ベッドに寝かされ、布団を掛けられる。悠はベッドを背に座った。瑞樹は身体を悠の背中に向けた。その背中は怒っているといより、ショックを受けているようだった。
「…どうして、オレに言ってくれなかったの?」
「悠…」
「オレも瑞樹と大学行ってみたかった。一緒に授業受けたり、学食行ってみたかった。…瑞樹の「初めて」欲しかった」
瑞樹はハッとした。瑞樹は悠と付き合う前は雅人と、その前は何人もの人とセックスしていた。どうしても手に入らない「初めてのセックス」の代わりに、付き合ってからの瑞樹の「初めて」をいつも欲しがっていた。先程の痴態ですら瑞樹には「初めて」ではないのだ。
「ごめん、悠…」
幼い頃から一途に瑞樹を慕ってきた悠は、子供っぽい独占欲が捨てられないまま大人になった。雅人が悠の前では二人の関係を隠さなかったために、目の前で搾取されることがトラウマになっていた。もう少しだけ早く悠の気持ちに気づいてあげられていたら、と後悔する。
「オレ、瑞樹と居ると苦しい。心も体もずっと独り占めしたくて我慢出来ない」
悠は苦しんでいた。
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