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5.ホテルの部屋で…(夜)
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重たいまぶたをゆっくり開ける。視界がぼやけている。
「湊さん!」
僕を覗き込んでいたのは伊勢くんだった。
彼の安堵と焦りが混じった表情に、意識が戻ったことを知ると、彼は静かに息を吐いた。
「大丈夫ですか?」
「あれ、僕どうして……?」
声がうまく出ない。喉の渇きが痛いほどで、言葉が続かない。
「ほら、ゆっくり飲んで」
伊勢くんに体を支えられ体を起こす。 渡された水を口に含むと、熱を持った体にじんわりと染み渡る。
「医者が言うには、軽い熱中症と過労じゃないかって。医務室で点滴を打ったの、覚えてない?」
「あ、そういえば。うーーん、そんな記憶もあるような」
断片的に記憶が出てくる。誰かに何度も呼ばれたのは、夢だろうか。
窓の外は、夜の帳が濃く降りていた。
「今までも、何度もミスして驚かされたけど、ステージ袖で倒れるなんて。ライブあとなのに、汗が一気に引いたよ」
呆れた口調。だが、その瞳には隠せない心配の色が浮かんでいた。
「ご迷惑をおかけしました」
「ほんとにな」
「あの、ところでこの部屋は……?」
僕の部屋ではなかった。配置も広さも、ここの方がグレードが良さそうだ。
「ああ、俺の部屋」
「ど、どうして?」
「さぁね、なんでかな」
伊勢くんは次の瞬間、僕のシャツのボタンに手をかけた。
「え、なんで!」
「汗を拭くよ」
「だ、大丈夫です。それに、僕、自分の部屋に戻ります」
「だめ」
「だ、だめ?」
伊勢くんは僕の細い抵抗など意に介さず、ベッドに押し戻す。地からが入らず、そのままコテンと転がってしまった。
「大人しくしてて」
シャツのボタンを一つずつ外される。きれいな細い指に思わず見惚れてしまった。
「俺たちのステージは、ちゃんと見た?」
「うん…、すごく、かっこよかった」
「それは良かった」
シャツのボタンを全て外されると、妙な羞恥心が襲いかかる。
伊勢くんは水で湿らせたタオルを使い、首筋や肩、背中まで丁寧に拭いてくれる。指先が触れるたびに、体の奥がくすぐったくて、思わず小さく息を吐いた。 タオルの湿り気と、微かに香る伊勢くんのコロンの匂いが、妙に意識を乱す。
「熱、まだ少しあるな…」
「も、もう、自分でできます」
「いいから、寝てろよ」
これでは、さらに熱が上がってしまう。高鳴る胸の音を、彼に聞かれていないか不安になる。
「あの、そういえば他の皆さんは…?」
「打ち上げに行ったよ。ホテルのレストランだけどね」
そうだ。最上階の中華料理、北京ダックが食べられるはずだったのに、すっかり忘れていた。
「伊勢くんも、行ってください。僕はもう大丈夫ですから。せっかくの打ち上げなのに、主役の一人が不在では申し訳ないです」
「いいんだ」
伊勢くんは、僕の汗を拭きながら、静かに続ける。
「俺も少し疲れたし、ゆっくりするための口実ができた」
伊勢くんはタオルをテーブルに置くと、僕の髪に手を伸ばし、額に張り付いた前髪をそっと払った。 その指先が耳元をかすめ、さらに唇をなぞる。
その瞬間、体中を電気が走ったように、体がびくりと震える。 反射的に息を止めた。
「……っ」
伊勢くんの視線とぶつかり心臓の音が、熱よりも騒がしくなる。
「か、からかってるんですか?」
精一杯の強がりで口にすると、伊勢くんは唇の端だけで笑った。
「どうかな」
冗談なのか、本気なのか分からない。その曖昧さに胸がざわつく。この熱は、病気のせいか、それともこの空間のせいか。判断がつかなくなっていた。
「ずるいですよ」
「なに?」
「いえ、なんでもないです」
思わず零した声は、熱のせいか、自分でも驚くほどか細かった。
「あーー、俺もどっと疲れが出たかもな。ちょっとつめて」
「え、ええ!」
伊勢くんが僕の隣にごろんと転がった。大きなベッドにふたり並ぶと、その距離がやけに近く感じる。
「このまま、一緒に寝よう」
「い、伊勢くんっ」
「疲れには睡眠が大事だよ」
何かを言おうとしたけれど、たしかに疲れもあって、言葉は喉の奥に溶けてしまった。 彼の体温と、シーツの柔らかな匂いが、一気に僕を包み込んだ。
「湊さん!」
僕を覗き込んでいたのは伊勢くんだった。
彼の安堵と焦りが混じった表情に、意識が戻ったことを知ると、彼は静かに息を吐いた。
「大丈夫ですか?」
「あれ、僕どうして……?」
声がうまく出ない。喉の渇きが痛いほどで、言葉が続かない。
「ほら、ゆっくり飲んで」
伊勢くんに体を支えられ体を起こす。 渡された水を口に含むと、熱を持った体にじんわりと染み渡る。
「医者が言うには、軽い熱中症と過労じゃないかって。医務室で点滴を打ったの、覚えてない?」
「あ、そういえば。うーーん、そんな記憶もあるような」
断片的に記憶が出てくる。誰かに何度も呼ばれたのは、夢だろうか。
窓の外は、夜の帳が濃く降りていた。
「今までも、何度もミスして驚かされたけど、ステージ袖で倒れるなんて。ライブあとなのに、汗が一気に引いたよ」
呆れた口調。だが、その瞳には隠せない心配の色が浮かんでいた。
「ご迷惑をおかけしました」
「ほんとにな」
「あの、ところでこの部屋は……?」
僕の部屋ではなかった。配置も広さも、ここの方がグレードが良さそうだ。
「ああ、俺の部屋」
「ど、どうして?」
「さぁね、なんでかな」
伊勢くんは次の瞬間、僕のシャツのボタンに手をかけた。
「え、なんで!」
「汗を拭くよ」
「だ、大丈夫です。それに、僕、自分の部屋に戻ります」
「だめ」
「だ、だめ?」
伊勢くんは僕の細い抵抗など意に介さず、ベッドに押し戻す。地からが入らず、そのままコテンと転がってしまった。
「大人しくしてて」
シャツのボタンを一つずつ外される。きれいな細い指に思わず見惚れてしまった。
「俺たちのステージは、ちゃんと見た?」
「うん…、すごく、かっこよかった」
「それは良かった」
シャツのボタンを全て外されると、妙な羞恥心が襲いかかる。
伊勢くんは水で湿らせたタオルを使い、首筋や肩、背中まで丁寧に拭いてくれる。指先が触れるたびに、体の奥がくすぐったくて、思わず小さく息を吐いた。 タオルの湿り気と、微かに香る伊勢くんのコロンの匂いが、妙に意識を乱す。
「熱、まだ少しあるな…」
「も、もう、自分でできます」
「いいから、寝てろよ」
これでは、さらに熱が上がってしまう。高鳴る胸の音を、彼に聞かれていないか不安になる。
「あの、そういえば他の皆さんは…?」
「打ち上げに行ったよ。ホテルのレストランだけどね」
そうだ。最上階の中華料理、北京ダックが食べられるはずだったのに、すっかり忘れていた。
「伊勢くんも、行ってください。僕はもう大丈夫ですから。せっかくの打ち上げなのに、主役の一人が不在では申し訳ないです」
「いいんだ」
伊勢くんは、僕の汗を拭きながら、静かに続ける。
「俺も少し疲れたし、ゆっくりするための口実ができた」
伊勢くんはタオルをテーブルに置くと、僕の髪に手を伸ばし、額に張り付いた前髪をそっと払った。 その指先が耳元をかすめ、さらに唇をなぞる。
その瞬間、体中を電気が走ったように、体がびくりと震える。 反射的に息を止めた。
「……っ」
伊勢くんの視線とぶつかり心臓の音が、熱よりも騒がしくなる。
「か、からかってるんですか?」
精一杯の強がりで口にすると、伊勢くんは唇の端だけで笑った。
「どうかな」
冗談なのか、本気なのか分からない。その曖昧さに胸がざわつく。この熱は、病気のせいか、それともこの空間のせいか。判断がつかなくなっていた。
「ずるいですよ」
「なに?」
「いえ、なんでもないです」
思わず零した声は、熱のせいか、自分でも驚くほどか細かった。
「あーー、俺もどっと疲れが出たかもな。ちょっとつめて」
「え、ええ!」
伊勢くんが僕の隣にごろんと転がった。大きなベッドにふたり並ぶと、その距離がやけに近く感じる。
「このまま、一緒に寝よう」
「い、伊勢くんっ」
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