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共通章
◆4 発端
そんなある時、私の幼馴染である男爵令嬢、藤堂華夜の両親から「娘の肖像画を描くために、誰か適当な画家を知らないだろうか」と、相談を持ち掛けられた。
私の知っている学院の教授陣は、軽々しく頼めるような人達ではなかったし、洋画科の生徒とはそこまで親しくなかった。
思い付くのは桐原だけだ。
洋画を描く人間で、自分が気安く頼める相手は彼しかいない。
――そう思いながら、躊躇もした。
彼を華夜に紹介して、おかしなことにならないだろうかと。
……それでも、いかにも深窓の男爵令嬢という人見知りの華夜と、玄人好みの桐原では相性が良いとは思えず、万が一、桐原の方がその気になったとしても――両親が許す筈もないだろうから、そういう相手と華夜がどうにかなることは有り得ない、というのが私の判断だった。
それに私は――彼の画才を、愛してもいたから。
彼も美術学院を卒業すれば、仕事にかかりきりで洋画を描く暇はなくなるかもしれない。
だが藤堂家の肖像画を手掛けることで、その才能が世に知られることになれば、もしかしたら。
彼が洋画を続ける助けになりはしないかと思ったのだ。
それが、何と単純な――人の心も、自分の心も知らぬ考えだったのか、と。
私は後に思い知ることになる。
***
「君の許嫁?」
「昔の口約束だよ。まあ――お互いの家では、いずれそうなってもいいかとか、その程度の」
桐原に話してみると、面白がって乗って来た。
「ふうん。それならあまり美しく描いたら良くないかもな」
「どういう意味だ?」
「その絵をお見合い用にでもされたらどうする?相手の家は、ちゃっかり君より格上の婿を狙っているかもしれないぞ?公爵とか伯爵とか」
「はは……だとしたら、画家探しを私に頼まないだろう」
「君は暢気すぎると思うね。だから放っておけないんだよ」
私達はそんな風に笑い合い、彼は快く依頼を引き受けてくれた。
だが、と私はここで咳払いをして。
「言っておくが……くれぐれもおかしな気は起こさないでくれよ?ご両親も彼女も、とても真面目な気質で、君の女性関係のことを知ったら卒倒しそうな人達だから。君を信じて紹介するって事を忘れないでくれ」
「ああ、勿論。分かっているとも」
桐原の笑顔は子供のように無邪気だった。
***
「華夜、紹介するよ。これが桐原。今回、君の肖像画を描く相手だ」
「これとは何だ。大切な友人、とか何とか、もっと上手い紹介の仕方はないのか?」
「………」
私達二人のやり取りを、華夜は物珍しそうに眺めている。
「あ、あの、藤堂華夜です……どうぞ宜しくお願い致します」
少し遠慮がちに、ぺこりと頭を下げて挨拶をした。
腰まである長い黒髪が、サラサラと絹の着物の上を滑る。
洋装が流行っている今でも、華夜は和装を好んだ。
今日の装いは、絵のモデルになるせいか普段着よりも少し改まっていて、流水紋や花車をあしらった美しい濃紅色の友禅に、黒地に銀糸で夏椿を刺繍した帯を合わせている。
艶やかで、それでいて慎ましさもある、華夜らしい姿だった。
藤堂家の中庭に面したサンルーム。
そこで私達三人は初めて顔を合わせ、挨拶を交わした――
私の知っている学院の教授陣は、軽々しく頼めるような人達ではなかったし、洋画科の生徒とはそこまで親しくなかった。
思い付くのは桐原だけだ。
洋画を描く人間で、自分が気安く頼める相手は彼しかいない。
――そう思いながら、躊躇もした。
彼を華夜に紹介して、おかしなことにならないだろうかと。
……それでも、いかにも深窓の男爵令嬢という人見知りの華夜と、玄人好みの桐原では相性が良いとは思えず、万が一、桐原の方がその気になったとしても――両親が許す筈もないだろうから、そういう相手と華夜がどうにかなることは有り得ない、というのが私の判断だった。
それに私は――彼の画才を、愛してもいたから。
彼も美術学院を卒業すれば、仕事にかかりきりで洋画を描く暇はなくなるかもしれない。
だが藤堂家の肖像画を手掛けることで、その才能が世に知られることになれば、もしかしたら。
彼が洋画を続ける助けになりはしないかと思ったのだ。
それが、何と単純な――人の心も、自分の心も知らぬ考えだったのか、と。
私は後に思い知ることになる。
***
「君の許嫁?」
「昔の口約束だよ。まあ――お互いの家では、いずれそうなってもいいかとか、その程度の」
桐原に話してみると、面白がって乗って来た。
「ふうん。それならあまり美しく描いたら良くないかもな」
「どういう意味だ?」
「その絵をお見合い用にでもされたらどうする?相手の家は、ちゃっかり君より格上の婿を狙っているかもしれないぞ?公爵とか伯爵とか」
「はは……だとしたら、画家探しを私に頼まないだろう」
「君は暢気すぎると思うね。だから放っておけないんだよ」
私達はそんな風に笑い合い、彼は快く依頼を引き受けてくれた。
だが、と私はここで咳払いをして。
「言っておくが……くれぐれもおかしな気は起こさないでくれよ?ご両親も彼女も、とても真面目な気質で、君の女性関係のことを知ったら卒倒しそうな人達だから。君を信じて紹介するって事を忘れないでくれ」
「ああ、勿論。分かっているとも」
桐原の笑顔は子供のように無邪気だった。
***
「華夜、紹介するよ。これが桐原。今回、君の肖像画を描く相手だ」
「これとは何だ。大切な友人、とか何とか、もっと上手い紹介の仕方はないのか?」
「………」
私達二人のやり取りを、華夜は物珍しそうに眺めている。
「あ、あの、藤堂華夜です……どうぞ宜しくお願い致します」
少し遠慮がちに、ぺこりと頭を下げて挨拶をした。
腰まである長い黒髪が、サラサラと絹の着物の上を滑る。
洋装が流行っている今でも、華夜は和装を好んだ。
今日の装いは、絵のモデルになるせいか普段着よりも少し改まっていて、流水紋や花車をあしらった美しい濃紅色の友禅に、黒地に銀糸で夏椿を刺繍した帯を合わせている。
艶やかで、それでいて慎ましさもある、華夜らしい姿だった。
藤堂家の中庭に面したサンルーム。
そこで私達三人は初めて顔を合わせ、挨拶を交わした――
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