【完結】◆胡蝶の夢◆

凍星

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告解の章

◆藤堂華夜

「お兄様」とは。
千種有恒様とは――幼い頃から仲良くして頂きました。
親同士が友人でしたので。
よく互いの屋敷を行き来して、二人だけで庭を探検したり、本を読んだりして過ごしたのは、今でも大切な想い出です。

私達は一人息子と一人娘で、お互い兄妹がいませんでした。
物静かで面倒見がよい有恒様を、私は本当の兄のように慕っていて。
黙っていてもどこか気持ちが通じる所があり、似た者同士の二人だったのかもしれません。

……だから。
お互いに、同じ方に惹かれてしまったのでしょうか。


「――もっと自由に色々な場所に出掛けたいと思ったことは?将来、どんな自分になりたいか、思い描いたりはしないのかい?」

キャンバスに向かい、私の姿を写しとりながら、あの方はよく語りかけてくれました。

私には、女学校を卒業したら誰かのもとに嫁いで、良い家庭を築き、夫を支える……そんな未来しか見えておらず、改めて問われると戸惑ってしまうばかりで。
自立して働くなんて自分には無理だと思っていましたから、考えた事すらありません。

そういった私に、色々と知らない世界の話をしてくださる。最初は新しい家庭教師を得たような、そんな心持ちがしました。
繰り返し二人で話すうちに、言葉も砕け、柔らかくなり、次第に親密になっていくのは自然な成り行きだったのでしょうか。
最初はお兄様が常に一緒でしたが――次第にそれも減りました。

「君は温室育ちの綺麗な華だね……千種と一緒だ」

お兄様のことを話す時、あの人はうっとりと夢見るような瞳をされました。
そこには愛しい気持ちが滲んでいて……最初は、私も微笑ましくそれを見ていたのですが。

けれど、どういう訳か、次第にそれを羨ましいと思うようになりました。

この方に、桐原様に大切に思われているお兄様が。
そうしていつしか、私もそうなりたい、と。
願うようになっていたのです。

「百年は 花に宿りて過ぐしてき

       この世は蝶の 夢にぞ有ける」

そんな歌を口遊んで笑っているので、どういう意味なのかと尋ねました。

「君達がもし華なら、僕はその間を飛ぶ蝶みたいだな、って。ひらひらと、二人の間を舞い飛んでいれば幸せなんだ。今こうして、一緒に過ごしている時間も。夢のように幸せだと……そう思ったから」

「私達、二人の間――ですか?」
「ああ。二人といると、とても楽しいんだ」
「では、それなら――その、私の事も、お兄様のように大切だと思って下さっていますか……?」

胸が高鳴った私は。
思わずそんな事を尋ねてしまいました。

「勿論!今では随分仲が良くなったと思っているけど――それが僕だけの思い過ごしでなければと願うよ」
「……桐原様、私。私は――」

自分から、あの方の手を取りました。
男の方の手を、自分から握るなんて初めての事です。
胸が苦しくて息が止まりそうでした。

「貴方の事を――」

私の告白を、あの方は手を握り返し、微笑んで受け止めてくれました。
……幸せ、でした。
余りにも幸せで、気を失ってしまいそうなくらい。

生まれて初めて感じる、強い気持ち。周りの事もお兄様の事も、何も考えられない。ただ、この人といつまでも一緒にいたい。
ささやかで、でも大それた……きっと叶わない望み。
静かに抱き寄せられた瞬間――時間が止まって欲しいと思いました。

これが、この恋が、穏やかな三人の関係を壊すものだと考えることが出来ない程。
私はただひたすらに、舞い上がっていたのです。

私を見詰めるあの方の瞳に。
昏い焔が宿っていた事にも、全く気付かない。
――幼くて、何も知らない子供でした……




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